花葬
「こりゃすごいな」
滅多な事では感嘆の声をあげないパイソンであるが、流石に目の前の光景を見てしまってはそうにもいかない。
歩を進めると進めるたびに、事切れた
屠殺場の凄惨さで辺りに倒れ伏した
――エリナを置いてきてよかったぜ。
彼が本当の意味で感嘆の声をあげたのは、この地獄絵図が一切の銃火器を使用した形跡が見当たらない事にあった。壁に弾痕が無いどころか、硝煙の臭いすらない。
ここに到るまでと同じように、素手で行ったとしか思えぬほどに、辺りに立ち込める空気は――奇妙な事だが平穏に満ちていた。
まるで、
「まさか、だろ」
背筋辺りから走り抜ける
ふと見ると、神門は神門で
元々、民族的に倫理観が強いとされている秋津人の神門にとって、
「……」
割り切った、冷淡な心で一部屋一部屋を確認して回っていた神門だったが、ある部屋の入口でその足が止まった。
その部屋の扉は――どういうわけか外れて、倒れ伏している。中心には余程の圧力を受けてか、抉るような大穴が口を開いている。
訝み近づこうとしたパイソンだったが、彼の背中を見て何故か得心し、それを見守るように足を止めた。この窖に来る途中に気づいた、内ポケットに忘れ去られていた一本の
* * *
一歩ずつ噛み締めるように中へと歩を進める神門が見たものは、玄天街では珍しい高級ジェルベッドに横たわえられた人籠の少女の姿だった。
首筋から真っ赤な血を流し、引き千切られた
穏やかな死に顔は、浮世の懊悩から開放された安堵からか、生前に見たどの顔よりも穏やかで、ともすれば眠りについただけにさえ見えるが、その顔色の青白さがそれを否定している。
抱き起こすも既に彼女の肢体には筋の張りが失せ、糸の切れた
呼吸もなく、心臓が奏でる命の律動すら感じない。ただ、彼が辿り着くほんの数分前に事切れた証明か、肌には温かみが沈殿していた。
面と向かって話した事もなかった。縋る瞳から眼を背ける事しかできなかった。彼女の中で、自分がどういう位置づけでいたのかも判らぬ。
ただ、痛ましい姿を救いたいと願った。この願いは、復讐の炎に身を窶した神門にとって、初めての、それ以外に願った事なのやもしれぬ。今となっては、叶わぬ願いだが。
哀しみこそ感じているが、涙すら流れぬ自分。哀切に顔を歪ませる事もできない。或いは、冷酷な復讐の炎に焼かれた者の
ただ、神門にできる事は、この哀しい美しさを瞳に焼き付けるしかない。もし、彼の
およそ一分程だろうか。少女の遺体をゆっくりとジェルベッドに横たえると、やおら立ち上がり、パイソンの元へと戻った。
パイソンは壁にもたれ、追悼の線香代わりか紫煙を吹かしていた。舞う煙が天を目指すも、天井に引っかかったかのように浮遊している。魂魄が存在しているのか、そして、天へ昇るのか。神門は答える術を持たない。だが、この地下において……空の見えぬ玄天街において、彼女の魂魄が
神門は、前に進む。せめて、彼女を死に追いやった者に一矢報いるために。振り返りはしない。一方的だが別れは済ませた。果たせない無念も、
我は往く。
手に収まった秋津刀の寒々しい鋭さと同じ眼差しを張り付かせて、神門は空虚な霊廟を一顧だにせず、歩み出した。
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