咲夜
月の無い夜空は、遂にその領域を太陽に明け渡すと見え、黒から藍に、藍より群青に、群青より青へと明度を上げていく。
次第次第に白んでゆく空を滑空する灰色の航空戦闘機は現在、備わったステルス性を遺憾なく発揮し、電波的にも音響的にも隠匿され、最早彼らを追跡する事は不可能であろう。
それを証明するように、
ここで、ようやく神門は深い嘆息と共に、激戦で枯れた身体を完全に座席にもたれさせた。
今宵の戦い、神門をして、生命が幾つあっても足りないと思わせるほどに、長く目まぐるしい驚愕に彩られていた。
とうとう緊張の糸が切れ、意識をほんの僅かでも手放せば瞼を閉じかねない疲弊が襲いかかる。頭を振り、なんとか夢の国からの誘いを断ち切ろうとするも、意識は完全に連続せずに、途切れ途切れに隔たりを起こす。
眼下に流れる雲海と頭上に散らばる星が、先程までの修羅道が夢幻のように荘厳な美しさを見せる。
特に雲の
何処までも自由な大空。自らの力のみで翔ぶ事ができず、生涯の殆どを、地を這い舐めながらでしか生きれない人間には、許されない無窮の楽園。
「追跡者、反応なし。問題ありません。神門様、今後、如何なされますか?」
機体に直接
「サクヤ……」
行き先を告げようとした神門だったが、口はその後を告げる事はなかった。呼びかけた名が、神門の口を止めた。
サクヤ――特殊機体管制ユニットの頭文字とシリアルで構成された……名には違いないが、人の名ではない単なる識別名。
想いも祈りもなく、無味乾燥にそうであれと与えられた名前だ。
確かに、電子機械に擬似ニューロンの根を張った模擬人格ではあるのだが――今や、彼女はかつてのそれと構成物が異なっているようだが――人の似姿をしており……ある種、愚かしい事ではあるのだが、無機質な識別名で呼ぶ事に抵抗を覚えるほどに、彼女は美しい。
「はい?」
後に続く言葉がない事に疑問を抱いたか、正面に向き直ったサクヤの見惚れるほどに麗しい美貌が、女性に耐性がついていない神門の目に痛く刺さる。正に目に毒といったところか。
彼女の背後から眩い
曙光だ。
黎明の
「
その名はすんなりと、最初から用意されていたかのように神門の口から滑った。
「サクヤ――単なる端末の識別名じゃない、君の名前だ」
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