戴天
エレベーターはリニア方式で稼働しているのか、無謬の安定感と速やかさで六〇階に到着し、それを知らせるベルの音と共に門扉を開いた。
「……~~♪」
エレベーターの向こうの景色を見て、ボブは口笛を鳴らした。
今まで見たフロアと異なり、暗闇に慣れた眼が眩むほどの照度が空間を支配している。
エレベーター内に六一階と六二階の表記がなかったのだが、どうやら六〇階と六一階は中二階で結ばれているかららしい。
瀟洒な加飾が施されたフロアは、一流ホテルの玄関口と紛うほどに美事の一言に尽きた。床面は磨き上げられた黒曜石を思わせる深い
――どうもおかしい。
解せないのは、ここが無人であるという事だ。
そもそも、エレベーター扉前に陣取っていれば、乗っていたのが侵入者と知った途端に制圧射撃でもすれば、逃げ場のないかごで鏖殺も可能であるはずであるのに……。
エレベーターに乗っていた解放戦線メンバー十人がフロアに降り立つと、滲む絵の具に似た人型の何かが動いたのを、ボブは視覚の隅で捉えた。
瞬間、手品の種明かしでもするように、滲みがはっきりとした形を成し、中心辺りから色が這い出てきた。
はたして、姿を顕したのは、三度笠に似た投影型光学迷彩を頭にかぶった義体警備兵だった。数は、解放戦線メンバーの倍。加えて、相当な
銃火器を捨てるよう促す警備兵。ボブが顎をしゃくると、不承不承といった様子で、手から得物を落とす無頼漢の群れ。
銃を突きつけたまま、他に銃器を隠していないかチェックすると、警備兵は彼らから十歩ほど間合いを取った。
弓弦が張り詰めるような緊張感が大気を火薬のようにし、重力を更に重くしていく。獰猛に呀を剥くが如き凄みを孕んだ笑みを浮かべるボブ・ホークは、この状況でさえ己の勝利を髪の毛一本ほども疑っていない。
たかが十歩ほどの間合い――彼にとって何の障害にもならない。刹那の内に踏破してそのまますり潰す事など、欠伸が出るほど容易い。
暴君の覇気が伝播してか、アシミを始めとする荒くれ者どもも畏れるどころか、涎を垂らすように主の下知を待つ。
――パン。
俄かに柏手を打つ音が鳴り響いた。それは、一触即発の火薬庫に火種を持ち込む事と同義であるにも関らず、不可思議な事に動いた者はいなかった。
中二階へ繋がる階段より、美丈夫が拍手しながら降りてくる。
流れる金髪、恐ろしいまでの美貌、それでいて涼しげな笑みが死刑執行人のような、春風の優しさをもった絶対的な威圧感を生む。華美と見えて、男をよく引き立てている
ボブにとっては、己の王国を簒奪し、玉座で王を気取る度し難い大罪人だ。
そして、絶対者を気取って姿を顕したのが命取りだ。最早、太羲義体公司の極秘プロジェクトなどどうでもいい。
この時、暴君は帝王の殺害を第一目的とせよ、と脳内チップを介した通信で臣に命じた。
「こんばんは、そしてようこそ。飛海解放戦線の諸兄。太羲義体公司社長、メルドリッサ・ウォードランです。以後お見知りおきを」
ボブは思った。
――お出ましかい。そのニヤついた薄ら笑いを浮かべた貌ごと抉り裂く。足元から数センチごとに切り裂いて、無様な敗者としてパーツごとにホルマリン漬けにして晒してやる。
峻烈な殺意を裏付けるかのように、メルドリッサから死角にあるボブの右手がごきりと音を立て鉤爪の型になる。
そんな胸中を知ってか知らずか、安穏たる余裕をもって、魔都を統べる王は眼下の獣の王の姿を睥睨している。天の王に地の王が拝謁するという事態。
果たして、地を這う獣の暴君の爪牙は天壌の王に届くのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます