切削
削り合い。
単眼の巨人兵とオーバーサイズな肉食昆虫は、独楽がかち合うように削り合う。
巨人兵の甲冑は剥がされ、遠心力で外へ弾き出される。
城塞の鉄壁さを誇った装甲も、もはや、頭部と脚部以外に残されてはおらず、ほどなく陥落の時を迎えようとしている。重い鎧という枷から解放され、動きは精彩を取り戻してはいるのだが、それでもオドナータには及ばない。
至近距離での削り合いはその実、一方的な狩りに抵抗する獲物と狩人の図であった。
胴目掛けて、サイクロップスの蹴りが繰り出されるも、速度と力が
殺された蹴りは期待を遥かに下回り、機械昆虫の装甲を傷つける効果さえも産まなかった。
それどころか、先程のジラの刹那を制する反射能力と判断力に、神門は戦慄を隠しきれない。
勢いのまま突進したジラは、サイクロップスと衝突の瞬間、運動エネルギーを預ける形でオドナータを制動させた。
衝突が産む破壊エネルギーのほぼ全てを甘受させられたサイクロップスの装甲が威力の程を知らしめるように陥没するも、左腕を挟ませた事により、操縦席だけは守ってみせた。
一歩後ずさったサイクロップスは致命的な損傷こそなんとか免れてはいるものの、むしろ、百舌鳥の早贄を思わせる凄惨たる有様だ。
先程、衝突のクッションに挟ませた左下腕は砕かれ、上腕部にぶらりぶらりとぶら下がっており、もうライダーからの下知に応じる事はないだろう。
窪んだ前面装甲は中の神門の眼前数センチにまで迫っており、
沈まぬ城壁を思わせた、着込んだ甲冑は脚部と頭部に僅かに名残を残すばかりである。火器の類は全て使用不可、ワイヤーウインチも残されているのは右肩のみ。
だが、起死回生の一撃は残されている、残されているのだ。
左腰の
腰を切りつつ爆斬鉈の柄を握り、トリガーを退く。撃鉄が叩かれて散った火花に火薬が反応、指向性をもった爆発が刀身を加圧させる。
納さめた刀身を鞘走りで加速させ、抜き払いざまに斬り伏せる。秋津で”居合”と呼ばれる、剣術の一種である。
迸る刃は爆圧の加護を受けていなくとも高速、刃圏内の悉くを斬って捨てる刀技の極地の一つだ。爆発の助力を得たこれは神速の太刀、大気すら斬る極北の剣技といっても差し支えないだろう。
ただし、それは間合いの内にある万物に限っては……だが。
空間も破断させる勢いで放たれた起死回生の一刀は、しかし、定めた目標に届かなかった。
――お見通しさ。
ジラは、爆斬鉈の存在を忘れていなかった。むしろ、扱い難い武器を帯びていた事からこそ、神門の
故に衝撃に負けてか、そう思わせて自らかは別として、サイクロップスが一歩退いたと見るや、体当たりで
流石に、この速度域で繰り出される事は予想外だったが、先んじて回避に入っていたたオドナータがもっていた余裕が、神速の剣技を上回ったのだ。
神門の意識は空白となった。よもや、これを読まれていたとは。どうあっても勝てない。
意識とは無縁とばかりに、勝てぬと悟ると無意識は迅速だった。残された右肩部のワイヤーウインチを作動させ、吹き抜けになっている二階の天井目掛けて射出。
同時に、爆斬鉈を
そして、その
重量過多の状態でも十全に作動するよう強化されたウインチは、装甲を削られたサイクロップスを速やかに持ち上げ、一気に二階へとエスコートした。
「チッ、無駄な事を」
ジラが不意を突かれた悔しさから毒づき、マシンキャノンを二階のサイクロップス目掛けて撃ち放つ。
だが、そもそもの設計思想として、ジラ本人の操作技術と継戦能力を考慮した結果、装甲と機動性を上げ、火器をマシンキャノンのみに限定したオドナータは、砲撃戦に関しては不得手だ。
言うなれば、ジラとオドナータ相手にここまで善戦してのけた神門が、予測よりも手練であった証左といえる。
マシンキャノンの銃弾は、二階回廊の床を裏側から貫通させるも、サイクロップスを捉える事はできず、サイクロップスは一階からは見えない二階の奥へと姿を消した。
「ハハハ、楽しくなってきた。楽しくなってきたぞ、龍神神門ォ! アハハハハハ!」
嬌笑しながら、ジラはオドナータのワイヤーウインチを二階に向けて撃ち込んだ。
稚気が出たのか、ウインチの持ち上げ速度を少々抑えつつ、まさしく獲物を嬲る肉食昆虫の残虐さで、ジラは神門をじりじりと追い詰めようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます