狩猟
時を同じくして大仙楼入りしたボブは、二台のMBが織り成す削り合いを尻目に非常階段を飛ぶ勢いで駆け上っていた。
二基並んだエレベーターを見つけたが、反応がない。こちら側がシステムを抑えない限りは使用はできないだろう。
目指すは、四〇階。現在、
生身では到底不可能な速さで駆け上り、時折、待ち伏せていた警備兵を血祭りに上げ、獣は血風を道づれに趨る。
そう時を取らずに四〇階に到達したボブはフロアに通じる鉄扉を蹴り飛ばす。
広場を挟んで、銃弾の応酬を行う両陣営。電気の供給が滞っているのか、または電灯が破壊されているのか、広場は窓から差し込む飛海城の街燈以外の光源は、
銃声にも負けぬほどの轟音と共に顕れたボブを見るや、歓喜に沸き立つ解放戦線のメンバー。飛海解放戦線にボブ以上の手練はいない以上、当然ではある。
新たな闖入者を認めた警備兵がライフルを構えるが、既に遅い。
義眼の
飛び蹴りで壁面へと縫い付けられた義体処置者は、続き頸部を破断する貫手で刎頸の憂き目に合った。マシンライフルの射線から身を沈めた獣は、大気ごと敵対者の脚を
義血と鮮血が飛び散り、臑から先が宙を舞う。
位置的にそれを免れた者――義体処置者二人に生身一人は、輪をかけて凄惨だったのかもしれない。
恐慌のあまり近くで棒立ちになっていた義体処置者は、叩きつけられた両の手刀で鎖骨から腿に至るまでを切り離された。
鋼化神経を
脊髄の鋼化されていない神経群が直接ダメージを受けたのだ。四肢を失ったとしても、疼痛もしない義体処置者も、流石に生の神経を痛めつけられればひとたまりもない。
カーボン等で強化された頭蓋に脊髄がつながったオブジェを、一瞥すると生身の警備兵へと投げる。
肉が潰れる音色を聴きながらも、最後に残った義体処置者へと襲いかかる。
締めは、そこそこの機化を行っているらしく、襲い来るボブに五月雨じみた拳打で迎撃する。その隙間を縫って、ボブは型も何もない拳を振り下ろす。
典型的なテレフォンパンチを余裕で躱し、右
「グッ!」
途中途中で障害物を蹴飛ばし、または、貫きながらの不格好な舞踏。堰を切った奔流が如き手数は、到底捌ききれるものではない。
なんとか、殺されぬよう必死の抵抗を試みる機化兵ではあったが、遂に進退極まった。
背中に硬いものが当たる感覚。
それが、フロア端の壁である事を悟った機化兵は、己を冥府へ誘う獣の姿を見る。
絶望を魂の芯まで味わってか、舌舐めずりしながら獣は断崖絶壁の獲物を圧す。
足が地を求めるが、爪先から感じるのは風圧だけだ。全身を襲う絶望的な浮遊感の正体は、壁面を突き破って眼下の飛海城へ落下中であるという事実だった。
いくら機化改造を行っていても、この高さから落ちては死を免れない。
――何か、何か……?
生身ではとうに気絶している風圧と慣性の中、機化兵は縋る物を求め、流れる景色の中で、死を回避するすべを探す。今までの人生で、これほどまで何かを求めただろうか。
だが、現実はどこまでも無情で悲惨だった。むしろ、
大仙楼の四〇階から、風圧に身を晒しながら、ボブはその様子を見つめていた。
彼らが移動した距離は実に数百メートルにも渡った。その距離分、反撃させずに圧し切った獣は、満足そうに嗤うと、元のフロアへ向けて踵を返した。
脚を断ち切られた者らは、既に解放戦線のメンバーによりナイフで頸を切られ、または口に銃口を咥えさせられていた。その姿は、あたかも屍肉をあさる
「大将、機械室を占領しました。エレベーターが使えます」
ボブの右腕アシミが駆け寄り、報告する。アシミもまた
「ああ。情報じゃ何階になっていた?」
アシミが眼球を中空へ向けて、左右へ小刻みに動かす。視覚野に投影した脳内チップからの情報を
「六二階ですが厄介な事に社長室の直通エレベーターからか、六〇階から階段を使わなければならないようですね」
主の簡潔な質問の意味を心得ているアシミは、速やかに目標――銀花の少女の座標を応える。
「じゃあ、六〇階までこいつで行くか」
使用可能になったエレベーターをボブが顎で指すと、アシミが速やかに↑ボタンを押した。
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