青龍門

 飛海フェイハイ寨城の閉鎖型環境都市アーコロジーは外殻を衛星軌道のように取り巻く環状線がある。

 そこから東西南北にある門扉により内部へ入れる構造となっており、これを覗けば外部と内部の連絡手段は、廃棄軌道エレベーター大仙楼の頂上を改良したヘリポート以外は存在しない。


 先日の作戦では外殻の周りのステーションから襲撃したのだが、今回は閉鎖型環境都市内へ踏み込む一大作戦である。


 手に入れた情報には、東側門扉――青龍門――のパスワードに関するデータも含まれていた。どうやら、義血を青龍門から内部へと輸送するつもりだったらしい。

 擬似乱数で更新されるパスワードに加え、物理的ロックを掻い潜らなければならない門扉ゲートは未だ破られた事はない。

 そもそも、この門扉自体がシェルター用の強固なもので、物理的破壊手段でさえも、まともに破壊することは難しいだろう。

 手に入った情報は明日までの青龍門のパスワードの擬似乱数計算式が記録されていた。残るは物理的ロックを外す手段である。


 作戦決行までのタイムスケジュールで見ると、チャンスは一度、今晩青龍門から飛海寨城へ入る予定の貨物磁気浮上式列車リニアモーターカーしかなかった。


 サイクロップスで門扉まで入り込み、物理的ロックを外し、その後、陽動へと移行。当然、それまで相手が黙っているわけもない。

 現在、サイクロップスの存在はエリナのクラッキングによりオートメイションシステム上は隠匿されているが、それも作戦が動けば白日の下に晒される。

 神門にとって決死の作戦と言っていい。


 既に賽は投げられている。あとは死ぬか生きるか賽の目次第の大博打だ。


 やがて、青龍門が見えてきた。

 貨物車輛の後方のサイクロップスは外観からは一目瞭然なのだが、深夜ともあって完全に無人となった駅構内に見咎める者などいない。

 無人化されたシステム群は透明になったサイクロップスの存在に気づくことなく、青龍門の門扉を開いた。青龍門は二重の門となっており、外殻の外周と内周にそれぞれ備わっているようだ。


 そのまま磁気浮上式列車と併走し、閉鎖型環境都市内に侵入した。視界に飛び込んできた飛海城内部は、美しい光の渦が夜を忘れたと言わんばかりに瞬き、煌びやかな布細工にも見える。玄天街六番街とは規模からして比較にもならない。


 磁気浮上式列車は外郭の内縁を描くレイルに沿って進む。青龍門を抜けた後に閉鎖型環境都市内の最寄駅へと移動するのだろう。神門は、ワイヤウインチを回収し磁気浮上式列車と袂を分かった。


『内部ロックの座標情報をナビゲーションに表示しんした』


 電磁的に再現されたエリナの声が届くと同時に、ヘッドマウントディスプレイHMDにナビマップが表示された。


『それと……見つかりんした』


 耳を劈くアラームの音が鳴り響く。


「……のようだ」


 ナビによると、元来た道を多少戻らねばならないらしい。後方を振り返った神門の視線は、早速邏卒らそつと思われるMBが数台迫ってきたのを捉えていた。流石に、閉鎖型環境都市内部ともなれば素早い対応だ。


 MBブースターユニットの燃料は、まだもう少し持ちそうだ。そうと分かるや否や、ホバーブレイドを開放――一気に距離を詰め、両手の回転式機関ガトリング砲とグレネードランチャーが凶悪な呀もつ獣の咆哮を上げる。


 敵MBの銃撃がまさに砲煙弾雨となって、神門のサイクロップスに降り注ぐが、操作性を犠牲に手に入れた城壁じみた装甲を剥がしはできない。

 むしろ、過剰に過剰を重ねた武装を備えたサイクロップスが一台とは思えぬ弾幕を吐き出し、数台で展開したはずの敵MBが途端に劣勢になり、瞬く間に数を減らす。


 装甲を剥ぎ、そのまま突き刺さらんとするガトリング砲の銃弾と、装甲はおろか、内部に至るまで徹底的に破壊せしめんと爆ぜるグレネード。

 身に収まりきれぬほどの火薬の群れを搭載したサイクロップスは、火産霊ほむすびの化身であろうか。モザイクじみた煉瓦色の装甲は、燃ゆるほむらが形を成したものか。


 数瞬後、残り一台になった頃にはサイクロップスが目の前に迫っていた。残る一台は軽量系MBピクシー、サイクロップスの一回り小さいボディの高旋回力と、車体価格の低さが特徴の車種だ。


 だが、いくらピクシーといえども、ここまで接近したサイクロップスを回避する事は叶わない。


 増加されたサイクロップスの車重を活かし、掬い上げるようにして撥ねた。

 哀れ、ピクシーは様々な部品と装甲の欠片を撒き散らしつつ、数メートル後方へと叩きつけられた。サイクロップスは一切の減速をせぬまま、ナビゲーションの指示に従って、入ってきた青龍門開口部へと向かう。


 開口部の上部から緊急用シャッターが降りてきていた。一度に限界までブースターの加圧を上げ、炎を纏った銃弾もかくやと突貫する。シートベルトが神門に食い込んだ。まるで穴から覗くが如く狭まった視界を、閉じかけた開口部一点へと集中する。


 シャッターが地に落ちたと共に鉄が拉げる悲鳴、そして一瞬遅れて爆音と炎の大華が咲いた。それは、サイクロップスの操縦席に座る神門に、背中を焼かれたかと一瞬錯覚を起こすほどの熱量を伝えてきた。


 爆発の正体はサイクロップス後方に接続していたブースターユニットが、シャッターの顎門あぎとに噛み砕かれ、血を吹き出したかのように炎を撒き散らした結果だ。

 ホバーブレイドの軌道に引きずられた赤い火炎が、暗い隧道トンネルに道を描くが如くに照らす。炎が煉獄に誘う揺らめく手を差し伸べてくるが、それを振り切って、サイクロップスはナビゲーションの指し示すがままに発進した。


 警戒しつつ隧道トンネル内を疾走していた神門だったが、来るべき殲滅戦あらしの前の凪か、敵機はまるで姿を見せない。見えぬ時間制限ありのタイムアタックといったところか。

 早々に物理ロックの解除を行わなければ、鋼鉄の処女アイアンメイデンに処された在任よろしく、全身に銃痕を刻まれるは確実だ。


 通常の二倍のホバーブレイドの出力で以て機動を見せるも、鈍重極まる装甲で車重を増したサイクロップスは、操作に対する反映速度がコンマ数秒乖離が見られる程に、劣悪に尽きた。そんな駄馬を御しつつ、神門ははしる。


 ナビゲーションにエスコートされ、ある地点で隧道トンネルの横穴へ入った神門とサイクロップスは、MB用のレバーが付いた物理ロックの前へと辿り着いた。


「目的地に到達」

『了解。パスワード開錠作業開始しんす。少ぅしばかりお待ちを』

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