章之弎
気配
ローツ・パトリシア・キャリコとボブ・ホークの取引より一週間後の午前二時。夜闇に紛れ、夜戦仕様の迷彩にペイントされたトレーラーが砂埃を蹴散らせながら走っていた。
コンテナを平ボディー型のMBトランスポーターへと換装されていたが、先の作戦で使用した車輌と同じトレーラーである。
MBトランスポーターには、同じく灰色と黒の夜戦仕様のカムフラージュパターンを施された布に包まれて、MBが一台眠っていた。
今宵は、双子月も姿を隠す新月であるのだが、フロントライトは一切の光さえも放っていない。だが、MB運搬トレーラーには
トレーラーは飛海城と別都市をつなげる高架線路の下にある、作戦開始ポイントを目指して走っている。玄天街を離れた時から高架線路の下を通ってもよいのだが、その場合、高架線路付近を根城にしている野党どもの襲撃に会いやすい。
彼らの装備は下手なテロリストをも凌駕している。いくらステルス性に優れたトレーラーでも、お目こぼしをいただけるはずもない。従って、作戦開始ポイントまでは高架から少し距離を取っていたのだ。
「そろそろ到着だな」
運転席のパイソンが助手席の神門に告げる。無言で首肯すると、神門は後部ハッチを開けた。冷ややかな夜風が入り込み、車内の空気を攪拌する。
迷彩シートの隙間からサイクロップスの狭隘な操縦席に滑り込むと、
低い動作音が響くと共に、
『到着だ』
ヘルメットの無線からパイソンの声が聞こえたと同時に、進行方向へ身体が持っていかれる。目標地点に到着し、トレーラーが停車したのだ。
そこには、危峰のようにそそり立つ長城があった。これが高架線路と一見しただけで看破しうる者がいるのかどうか。単純な造りながら、首を上に傾けなければ頂上が見えぬと言えば、高さの程が理解できるであろうか。
MBトランスポーターはカタパルトの機能も有している。ケイジをカタパルトデッキにし、固定したMBを打ち出して、MB単体では到達できない高所、またはMBの高速展開を可能としているのだ。言うに及ばず、今回の目的は前者だ。
トランスポーターがはしご車よろしく、ゆるゆるとレイルを頂上の更に上空へと定める。レイルの先に仕掛けられたカメラを通して、パイソンは狙いを定める。
「神門……」
狙撃手が銃爪を絞り込むかのように、スタートボタンを押し込む。
神門の網膜に投影された画面がカウントダウンを三からスタートさせる。二……一……。
「死ぬなら借り返してからにしろよ」
〇……。
……バチンッと電圧が爆ぜ、電磁式カタパルトは大気を焼きつつ、機械仕掛けの単眼の巨兵を空へ打ち上げた。
「――っぐう!」
後ろに叩きつけられるかのようなGに、我知らず、くぐもった声が漏れる。
ケイジから飛び出てきたサイクロップス。車輌に纏わせていた都市迷彩シートが打ちのめす大気の圧力に負けて剥ぎ取られた。
現れた単眼の機械兵は、戦車やMBのスクラップから寄せ集めた装甲板をボルトで
遠間からは人型ではなく、モザイク状の凹凸を持つ錆びた鉄塊にしか見えぬのではなかろうか。
カタパルトによる加速で狭まった視野が、先程まで仰ぎ見ていた危峰を眼下に捉えた。そう知った瞬間、操縦桿の上部トリガーを引く。甲冑の隙間――本来のサイクロップスの左肩部に当たる部分に仕掛けられたワイヤーウインチが作動し、線路上に突き刺さる。
続いて、踵で
やがて、長城に降り立つ頃には羽毛が舞い落ちるほどの軽さで、余裕をもって着地した。
高架線路に舞い降りたMBは、見れば見るほど、先日のサイクロップスと同型機とは思えぬ姿をしていた。
バックパックのハードポイントには義血の詰まった増槽と16連ミサイルポッドを装備、左腰部のハードポイントには鞘に収められた
腕部ハードポイントにも重火器。左は銃身を切り詰めて取り回しを良くした
肥大化した脚部は、片脚一基ずつのホバーブレイドを片脚二基に増設し、重量過多で落ちた機動性を力ずくで強化している。機動性は確保されたろうが、反面、操縦性については劣悪の一言に尽きよう。装甲板の塊を剥がない限りは、充分な回避能力や旋回性など望むべくもない。
更に異様なのは、車体後部に接続されたMBブースターユニットだ。牽引物にも見えなくもないそれは、このカスタムMBに似たトライクを思わせる印象を与えている。
長城の上には二条の堀。深さはサイクロップスの腰程で、両際に底まで届く正方形ブロック状のタイルが
ホバーブレイドを作動させると、サイクロップスが即席の
MBの車内に満ちる、大気の見えざる手に押し込まれた鋼鉄が軋む音を聴きながら、神門は前方を見据える。
目指す目標にはすぐに追いついた。貨物車輛を連結した磁気浮上式列車だ。旧時代の車輪型列車を
速度を調整しつつ、最後尾の貨物車輛へと右肩部のワイヤーウインチを打ち込む。ワイヤーウインチの先端は用途により交換できる仕様だ。
左肩ワイヤーウインチは鋭い鏃を備えているが、右肩部のそれは吸盤型であり、打ち込んだ対象に破損や衝撃を与える事ない使用が可能だ。
狙い能わずワイヤーウインチが貨物車輛とサイクロップスに橋渡しをすると、神門はフェイスガードに仕掛けられた無線通信機能でエリナに連絡する。
「接続完了」
『はいはーい、併走開始』
低血圧そうな声が骨振動スピーカーを通して応答すると同時に、不愉快な振動を続けていたサイクロップスが、根を生やした安定感の支配下に置かれた。この人の手には余る無謬さこそ自動運転の妙だろう。
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