第40話 希はわかってない

「舞とどんな関係なのか、ヨシカさんって誰なのか、教えてもらえないでしょうか?」


 ノゾミが、俺と舞を交互に見ながら、尋ねてきた。

口元は若干笑みを浮かべているものの、眼差しは真剣だ。


「ユウー、わたし、これたべていーい?」


 黙り込んでいる3人に比べて、クリスは自由だ。

お腹がすいたのか、メニューの写真を見せてくる。

ナポリタンが食べたいようだ。


「ああ」


俺は頷いて、店員を呼ぶ。


「ノゾミも舞も、何か食べたいもの選ぶといいよ」

「……えっ?でも……」


2人にメニューを見せて促すが、舞は遠慮している。


「おいおい、俺に遠慮は無用だろ?昔は気にもしてなかったじゃないか」

「……昔って……あの頃は、芳香姉さんが……」


「まあ……アイツは無遠慮だったからな、お前もそうかと」

「……さすがに、ない」


「見守っていた側から言うと、アイツに似なくて、本当によかったわ」

「……彩姉はそんなことない」

「アイツは、唯一の常識人だったからな、姉に苦労させられていたし」


 そこまで会話して、隣の気配を感じた気がしたので、そちらを向く。

そこには、心底悲しそうな表情をしたノゾミがいた。


「……どうした?」

「私、ユウ兄との思い出、ほとんどないんだなーって……」


彼女は、静かに呟いていく。


「舞とユウ兄の話を聞いていて、そういえば私、共通して話ができること、ないなーって……」


ソファーの背もたれに身体を預けて、項垂れている。


「ユウ兄と、今まで過ごした時間は……あまりにも少ないし……」


 言われてみると、そうかもしれない。

8年前の1週間とこの3日しか、一緒に過ごしていない。

芳香を通じて、約9年の付き合いのある、舞と比べると、心もとない日数だ。


「そう思うと、舞との関係を聞くのも、おこがましいかなと、思ってしまうんだよね……」


 チラッと、正面の舞を見れば、クリスと一緒にメニューを眺めていた。

俺らの雰囲気とか察知していたはすなのに、我関せずを通している。

軽く爆弾を放り込んだ責任は、取ってくれないらしい。

そんなところは、姉に似ているかもしれない。

芳香を少し思い出して、軽く息を吐く。


「ノゾミ」


 俺の言葉に、顔だけを向ける。

非常に落胆している表情をしていた。

涙を流していないのは、最後の意地なのかもしれない。

背中はソファーに埋もれたままだ。


「……芳香は、俺の昔の彼女だ。舞とは、そのときからの付き合いだ」


そこから、芳香と舞とのあらましを話した。


芳香とは、高校時代からの付き合いだということ

それから5年前まで、芳香の家族とも家族同然の付き合いがあったこと

最後は、芳香が勝手に失踪したことにより、別れてしまったこと


 舞は、そんな俺を見て、驚いている。

まさか、全て話すとは思ってなかったからだろう。

……と、同時に、当時の彼女では、理解不能だった事柄もあったようで、必死に聞き耳を立てている。


ノゾミは……。

静かに俺の話を聞いていてくれた。

相槌を打つわけでもなく、質問してくるわけでもなく。


正直、自分の好きな人の過去の女の話なんて、聞きたくないだろうと思う。

俺だって、もしノゾミが、過去の男性遍歴を話始めたら、嫌悪を示すだろう。

仲のいい、男友達の話ですら、いい気分はしない。


「……そうなんだ……」


 ひと通り俺の話を聞いて、ノゾミはそう呟いた。

語尾が明るい。安堵している雰囲気もある。


「……芳香ってひと、損、しましたね……人生最大な損を」


独り言なのか、俺たちに聞かせているのか。

淡々と呟く。


「そのまま、ユウ兄と連絡を続けていれば、来るべき挫折も、何とかなっただろうに」


16歳の少女のはずなのに、言葉1つ1つに妙な凄みがある。

有名企業令嬢って、そういうものなんだろうか。


「ユウ兄」

「……な、なんだ?」


彼女の凄みに飲まれてしまっているのか、思わずどもってしまう。


「ユウ兄は、今でも佐々木 芳香のことは、大切……なの?」

「……」


 今、一番大切に想っている女性からの、この質問は困る。

そうかといって、芳香は付き合いが長いので、簡単に切り捨てることができない。

そこは、俺の弱さなのかもしれないが、普通の友人よりは、あきらかに大切な存在だ。


「質問を代えます」


俺が答えづらいと判断したのか、質問を代えるようだ。


「私……と、佐々木 芳香、……どちらが大切……なの?」


表情は笑みをたたえているのだが、言葉がたどたどしい。

彼女自身も、俺の答えが怖いようだ。

……というか、


「テイッ!」

いつもは佐伯にお見舞いするデコピンを、16歳少女の額に炸裂させる。


「……!……いったーい!ユウ兄、何するのよ?」

「そんな、答えが分かっている問題を、不安そうに聞いてくるからだ」


「……えっ?」

「その当時ならともかく、5年も傍にいない女なんて、お前と勝負になるのか?」


「……ユウ兄の気持ち次第だろうし……」

「……ノゾミ。お前、自分の魅力に、もう少し自信持ってもいいと思うぞ」

「……えっ?ユウ兄……?」


コイツは、全然わかっていない。


 8年前は、芳香がいたから、ノゾミの存在すら全く気にもしなかった。

結婚の約束も、大人たちの汚い口約束で、その場の口裏合わせ。

本気にしたひとも少なかったはずだ。それは、徹叔父さんも含めて。

そもそも、葬式でたまたま出会った遠縁の少女を、思い続ける方が、異常だ。

なので、俺にとって、ノゾミとの関係は、一昨日に顔合わせたところが出発点と言っていい。

様々な事柄に流されて、同居することとなったが……。


それが……。


3日で、「嫁」と名乗られても、違和感を感じない状況まで上り詰めた。

マイクに「お前の嫁から連絡があった」と言われても、「ああ、ノゾミか」と納得する自分がいる。


 俺って、こんなにロリコンだったのか……と、愕然とするくらいに。

最初はノゾミが学生のうちは、手を出さないようにしよう、そう思っていた。

それが、たった2日にして、その決意がゆらぎつつある。

意思の強さに自信を無くすくらいに。


……もし、クリスが同居していなかったら……。


今夜にも、攻め込んでいただろう。ノゾミの叫び声と共に。

そして、1年もしないうちに、パパになっていたかもしれない。


……それだけ、俺が、ノゾミの虜になっていることを、彼女は知らない。




 俺は、照れ隠しにビールを飲み干した。

舞やクリスの前で、そして。こんな店の真ん中で、愛を叫びたくない。

それこそ、店員や他の客から、変な目で見られかねない。




 




 話が落ち着いてきた頃、頼んだ料理が運ばれてきた。

ノゾミはポテトグラタン、舞はカルボナーラ、クリスはナポリタンを頼んだようだ。

あくまでもビール専門店だからなのか、つまみ以外は主食級しかない。

俺の前には、唐揚げとコロッケなど何種かのつまみが並んだ。


「希先輩、芳香姉さんは強敵だけど、彩姉の方がもっとヤバい」


ここで話が終わると思っていたら、この中坊がブッ混んできやがった。

ノゾミもそんな話を振られると、聞かない選択肢はないらしく、興味深々だ。


「アヤ姉って?」

「私と芳香姉の間の、彩香姉さんだよ」


「そのひとが、何でヤバいの?」

「まず、芳香姉と違って、彩姉は常識人。普通の感覚を持ってる」


「……普通の感覚でなかった芳香さんがどんなだったのか、非常に興味が引かれるんだけど……」

「そして、彩姉は、芳香姉失踪後、ユウ兄ちゃんにずっと励まされていた」


「……舞。そこのところを、くわしく」

「芳香姉や私とは、5年前から連絡取っていないから、そこまでの関係なんだけど、彩姉はね……」


「……ほほう、関係持続中、ということ、なのね!」


 チラチラと俺を睨む目が、怖い。

彩香とは、関係ってほどの間柄ではないのだが……。

慕ってはくれているのだが、恋愛関係ということにはなっていない。

相談事に乗ったり、愚痴を聞いてやったり、そんなことはあったが、そんなものだ。


「……ところで、希先輩は、ユウ兄ちゃんと、どうやって出会ったんだ?」


 今度は、俺とノゾミの出会いについて、聞きたくくなったようだ。

俺と彩香の話が、変な方向に行かなくて安心する。

彼女が妹である舞に、何処まで話しているかが、不透明だからだ。

芳香の話は過去のことだが、彩香とは、今もメールを交換する仲だ。

あらぬ疑いを持たれると、弁解するのが苦しい。


「ユウー」


 そんなことを考えていると、俺の左側から柔らかいものが当たって来た。

目の前に綺麗な金色の髪の毛が映る。

俺の左腕を抱きしめている金髪少女の姿が確認できた。

……左腕に当たってるクリスのモノに意識してしまう。

……と、同時に、キャミソールの肩紐が仕事を放棄しているため、視覚的にも危険。


「……クリス、久しぶりだな」

「うん、わたし、ユウにあいに、きた」


 もの凄くいい笑顔だ。2年前とそんなに変わらない。

だが、身体つきは変化したようだ。

胸がこの年にしては、殺人的だ。

慌ててキャミソールの肩紐を戻す。

本人は、その様子を見ても、キョトンとしている。

……危険な身体つきになっていっていることを、早く自覚して欲しい……。


 先程まで、話の雰囲気を察して、遠慮していたようだ。

ようやく終わったから、自分の番だと、俺に懐いてくる。

嬉しいのだが、クリスに対しては、1つ言わなくてはいけないことがある。


「Chris. Where did you say to stay at Mike in enrolling in Suzugamine girls schooi?」

(クリス。鈴峯女学園に通うとして、マイクにどこに泊まると言ったのかな?)


「……I told my father that I would stay at YUU 's house……」

(……ユウの家にお世話になると、言いました……)


 しれーっとそんな返事をしてくる。

ノゾミから報告を受けていることに加え、マイクから何も言ってきていない。

確実にウソだとわかる。


「As reported by Nozomi, you should say to Mike when you stay at the student dorm ……is that true?」

(ノゾミから聞いたけど、マイクには、学生寮に泊まる、と言ったらしいが……それは本当か?)


クリスの顔から笑顔が消えた。

小さな肩が震えている。


「It seems to be true. Then, you have something to do.」

(間違いないみたいだな。ならば、してもらわないといけないことがある)


俺はスマホを取り出し、マイクの電話番号を探し出す。



「If you want to live at my house, get your father 's permission. That is the minimum requirement.」

(もしウチに住みたいなら、父親の許可を取れ。それが最低限の条件だ)


 呼び出し状態にしたスマホを、クリスに渡す。

そして、席に戻って話するように促す。

彼女は、泣きそうな顔をしながら、スマホを耳に当てた。


「 Dad……」

(パパ……)


 小さな声で、少し涙声なので、良く聞こえない。

聞こえなくてもいい。クリスが素直に父親から許可をもらうことが、目的なのだから。

マイクの性格上、戸惑いはするだろうけど、許可を出すだろう。


「……少し、スパルタすぎない?」


様子を見ていたノゾミが、俺に声をかけてくる。


「……私だったら、無理だーっ、許可が取れるわけないよーって、電話すらできないかも」

「徹叔父さんって、そんなに厳しいひとなのか?」


そんなことを聞くと、ニコニコしている。


「んーとね、お父様の場合は、私に関することに、特に厳しいって感じかな」


 なるほど、娘を持つ父親の、共通認識ってところなんだろうけど……。

俺の下にかわいい娘を送り込むのだから、にわかには、信じがたい。


「アメリカの教育方針で、子供に全部自分のことをさせるというところがあるから、それに倣っただけだよ」

「……と、いうことは、佐々木家の父親として、立派に判断したってこと、になるねー」


……ん?父親?クリスは俺の娘ではないが……。


「私にとっては妹でもいいけど、ユウ兄にとっては、娘かなって」


 確かに、俺とクリスの年は、離れすぎてる。

親のマイクの同僚だから、父親と同等扱いだと思う。

そういうこともあって、今もクリスは素直に俺に従って、今、電話をしている。


「私がクリスのお姉さんになると、ユウ兄は私にとって親になってしまうから。それは、嫌」


 俺には思いつかない、こだわりを持つようだ。

……半ば、養っている手前、年齢的にも、ノゾミは「娘」という存在にも近いのだが……。

それを知られると、不機嫌になるのは、考えるまでもなくわかるため、言わないようにする。


「だから、私は、母親として、クリスと接していくの」


俺からしたら、そんなことは気にしなくてもいいのに、と思うのだが……。

わざわざ今、体験しなくったって、自分の子供ができると存分に大変だろうし……。


 クリスの声が聞こえてくるようになった。

無事に許可を取れて、笑顔になったのだろう。

その隣りで、ノゾミも話しかけている。




俺とノゾミとクリス。





即席家族が、今夜から始まるようだ。

……今夜は、小姑1人いるみたいだけど。

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