第16話 最後の賭け

「言わないと、あんなことやこんなことしちゃうよ」

「どんなことよ!」

 いつものフレッドになった、と思った。やっぱり、行かないでくれと懇願する姿は、らしくない。

 フレッドは、後ろから抱きしめたまま耳元で言う。

「結婚だってしたい。ずっとエルナだけを愛したい。すぐには無理だけど、口約束ではダメか?」

 エルナは、その言葉を真に受けないように留意した。そしていつもの思考で反論する。

「期待させて、捨てるんでしょ。一度は王妃になれるかも、なんて思わせておいて、今までどおり最下層の生活に戻したら、さぞ私は打ちひしがれるでしょうね」

 機嫌を悪くして言うと、フレッドはおお、と唸った。

「これが、超暗黒思考か」

「感心しないでください。ありがたいものでもないのに」

 それを機に、部屋は静かになった。

 どうして何も言わないの、とフレッドに言いたかった。だけど顔が見られなくて、落ち着かない。

 その分、緊張が耐え難いほど高まっている。わざと、自分だけ顔を見せないなんてずるい。フレッドは、後ろからエルナの様子を窺えるのに。

「エルナ、俺の提案、飲んでくれるか? さすがに、駆け落ちも出来ないし、国を捨てることは出来ない。もしかしたら、エルナを本当に捨てることになるかもしれない」

「……はい。私だって、フレッドに国を捨てるなんてことして欲しくない」

「でも、何があっても、私の愛する人は、エルナだけだ。それは誓う。これでは、嫌か?」

 いつもと違う口調に、エルナは緊張した。本気だ、と背中から実感する。本当に、ここにいていいの? その思いが強くて、すぐに返事が出来なかった。

「エルナも誓ってくれとは言わない。これは俺の片思いだから……だけど、考えがまとまるまで、しばらくはここにいてもらえないか?」

 顔を見たいのに、フレッドは頑なに後ろから抱きしめたまま。もしかしたら、拒否されることが怖いのかも、と思った。「嫌だ」と言われることに慣れていないような人だ。こんな凄い立場の人に片思いされているなんて、信じられない。夢心地のまま返事をする。

「正面を向かせてくれたら、答える」

 そう言うと、フレッドは少しずつ腕の力を抜いた。ゆっくりとフレッドの腕から抜けると、エルナはじっとその顔を見た。

 どうして泣きそうな顔をしているの。

 子供がおもちゃをとりあげられたみたいな、情けない顔。

 思わず、口元が緩んでしまう。

「そんなに、私と離れるのが嫌?」

 意地悪をしてみた。プライドの高いフレッドがどんな顔をするか見てみたかった。だけど、フレッドは子供のような顔のまま、唇を尖らして頷いただけだった。

 もう、私の周りは放っておけないお兄ちゃんばっかりなんだから。

 エルナは、自分からフレッドに抱きついた。子供をあやす気持ちで。

「私だって、離れたくないよ」

 ぎゅっと体を抱くと、フレッドの匂いがした。兄とも違う、男の人の匂い。

「エルナ」

 フレッドの呼びかけに、エルナは顔をあげる。じっと見つめられ、そして近づいてくる。

 これは、もしかして、熱が出た日の続き?

 そっと近づく顔を、どう受け止めていいか悩んだ。前みたいに、目を隠してくれたらいいのに。

ごとごとごと。外が騒がしい。何の音だ?

「うわぁ!」

 複数人の叫び声で、二人は弾き飛ばされるように離れた。音の方向を見ると、ドアから人が流れ転んでくる。

「何をしている! 覗きなんて、お前らバカか?」

 顔を真っ赤にしたフレッドが、照れ隠しに大きな声で叫んでいる。

 そこには、マキアとダミアンがいた。二人とも、にやけついた顔を隠していない。

「まだ帰っていないのか」

 怒りの声に、思わずエルナも震えそうになった。

「それほど処刑して欲しいのなら、すぐに準備をしてやろう。俺の一言があれば全員即準備に走る。あまり甘く見るな」

 完全に怒りに火の付いたフレッドは、腕を組んでその二人の前に歩いていく。

 こんなときではあるが、エルナは、どこか安心したような気持ちになった。こんな調子なら、処刑の話しが冗談だと思ったから。本当に処刑したければ、もっと躍起になっていたはず。ふうっとため息をつく。先ほどまでの空気は緊迫しすぎて、頭が真っ白だ。

「いやぁ、帰る前にご挨拶、と思ったけど、なんだか入りにくくてさぁ……あぐぅ」

 二人の上から、さらに何人もの人が流れ込んできた。

 ベネディクトとリカ、そして兵士に侍女たち……数十人がいた。全員、もれなくバツの悪い顔をしている。

「おい、なんでこんなにたくさん……」

 額を押さえるフレッドと、顔を覆うエルナ。なんということだ。他人に見られることも恥ずかしいが、何よりもベネディクトに女の部分を見られることが一番嫌だ!

 マキアが、代表するように口を開く。

「ドキドキ。いやぁ、なんだかお忙しそうだから、待っていたんだよ。そうしたら、みんながあれやこれやで集まってしまってこんな状態に……ね、ダミアン」

「そうだぞ。我が愛しのエルナ殿がこんなことに……きゃー、恥ずかしい!」

 ダミアンも顔を覆うが、マキアが冷たい言葉で突き刺す。

「ねぇ、お前ふられたんだよ」

「え、そういうことなの? チクショー!」

 両手を開き、胸の前でわななかせている。相変わらずのキラキラな服だ。破れたはずなのに、作ったのか? 趣味が悪いが、逆の文化の向こうではおしゃれなのだろうか。

 だが、ふられたと言われるまで気が付かないダミアンって、変なの。改めて、変。

「フレデリック様ぁ、うちの妹、いいでしょ、可愛いでしょ」

 猫なで声のベネディクト。あの反発心はどこへやら。

「可愛くないわよ! こんな貧相な女のどっこがいいのよ。お兄様、見る目ない」

 相変わらずフレッドの前ではエルナに冷たい。

「なにおう! うちのエルナを貧相だとは!」

「あんたが一番貧相だけどね!」

 フレッドが国王と知って急に媚はじめた兄と、不満を全身から垂れ流すリカが、お互いを小突きながら言い合っている。

 あのベネディクトが巨乳女になびかないとは。エルナは物珍しい思いで見てしまった。

 侍女も兵士も、好き放題言っている。未来の王妃にふさわしくないとか、好き同士ならばいいじゃありませんかとか。

 ここは、親戚の集まる場所ではないはずだ。皆、家族でもなんでもないのに。

 全員、変なの。

 エルナはかおしくて、くすくすから、、げらげらへと笑いを変えていった。思わず床に崩れ落ちる。

「おかしくないだろ!」

 フレッドは恥ずかしそうにしているが、エルナはこの雰囲気が好きだった。

 皆に愛されているフレッドが、大好きだ。

 笑いの絶えないこの空間を、愛している。

 だけど、最後の秘密はまだ教えない。

 フレッドに五つ星を付ける日が来たら、教えよう。物事に星をつける癖があるということを。

 ずっと、自分は星評価に値しない人間だとすら思っていた。だけど、今なら審査の対象に入れてもいいとすら思える。

 この、愛すべき空間にいられるのなら。

 これからは、暗黒だけでなく、お花畑のような妄想が出来るのだろうか。

 わからないからこそ、エルナはここでの生活に賭けてみることにした。



  了

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妄想少女は王子を欺く 花梨 @karin913

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