第15話 王子ではありません
〈第五章〉
「おおおおお、王様!?」
驚きの声に、フレッドは首をかしげた。
「この非常事態に、王が不在なはずないだろう。俺が王だ」
フレッドが、フルゥアの国王だったなんて。寝耳に水といってもいい。
まだ手の傷は塞がっていなかったが、すっかり熱も下がり、エルナは部屋でフレッドの訪問を受けていた。
王子様って感じじゃないですよねー、なんて軽口を叩いたら「いや、俺、王なんだけど」とあっさり言われた、というわけ。
「で、でも、前の王様が亡くなったら、いくら疎い私でも耳に入ります。……本当に?」
エルナは疑い深く見る。フレッドは飄々としたもので、あっけらかんと答えた。
「父は今、体調が優れなくて。静かなところで母と過ごしている。今は、国王代理、というわけだ。すぐに復帰する予定だから、公にはしていない」
「お元気なら、それでいいけど……。でも、結局王子でいいのでは?」
呆然と言うと、フレッドは王だとは思えない気さくな笑顔でエルナの頭を撫でる。
「厳密には王だ。エルナにはわざと言わなかった。まんまと騙されて面白いと思ったしな」
「だって、王子なの? って聞いたときに何も言わなかったじゃない」
「否定もしていないが、肯定もしていない」
ああ言えばこう言う。腹立たしい!
「もう、なんで嘘ばっかり!」
手のひらで、ぺちぺちと唇を叩く。
フレッドにはいろんなことを知らされていない。
マキアのことも、何も言わずに連れてこられた。王であることも隠し、イカサマディーラーだと知っていたのに言わなかった。
なんだか、すべてフレッドの手の上で転がっている気がする。これでは、どちらがイカサマ師だかわかったものではない。
だが、それももう終わりだ。エルナは心に決めていた。
叩いていた手首を掴まれ、エルナは顔を赤くしてしまった。フレッドはまた笑顔だったから。
こうされてしまうと、何も言えなくなってしまう。でも、今日はあることを言うと決めていた。エルナは掴まれた手を振りほどき、息を吸って心を落ち着かせた。
「フレッド、私、今日でここを出て行くことにしました」
思ったよりも緊張せずに言えた。直前に王様であることを聞いたからかもしれない。それほど、彼は遠い存在なのだとわかったから。
しかし、フレッドはうろたえた。分かりやすいほどに。
「待てよ、ここでの待遇が不満なら、改善する。それに、傷がまだ……」
「手当てなら、街にも医者はいます。それに、ここは私にはもったいない生活なんです。やっぱり身分相応な場所に帰るべきだと思うし、いつかは帰らなきゃいけないんだもの。いつ帰るかを、自分で決めただけです」
当然のように言うが、とても寂しかった。できるなら、ここでフレッドと一緒に過ごしたい。だけど、どうにもならない。
追い出される前に、帰ろう。そう思ったのだが。
目の前のフレッドが、視界から消えた。
「行くな、どこにも」
抱きすくめられ、耳元で囁かれる。それは小声というよりも、搾り出すような声にも聞こえた。
「フレッド……何言っているの。もう事件も解決したんだから」
戸惑って言うと、フレッドはさらにエルナを強く抱きしめて首を振る。子供みたいだ、とエルナは微笑む。これで、国王代理なんて信じられない。
「いつまでもここにはいられないの」
「いい、いてくれて構わない。ずっとここにいて欲しい」
「だけど」
そうはいっても、いつかはフレッドも結婚するだろう。どこかのお嬢様だったり、他国のお姫様だったり。それを間近で見ていたくはなかった。
幸せを願うだなんて、遠くにいるから出来ること。
「フレッドは、これから本当の国王様となって、国を治めていくんだよ。私なんか必要ないの」
「必要だ! 俺には、エルナが」
きっと、フレッドは何か勘違いしているに違いない。たまたま、短期間一緒にいただけで、こうも庶民の女に執着するなんて。
「初めて、カジノで見た時から……。俺は、この人と一緒になりたいと思った。イカサマをしているのに、ずっと申し訳なさそうな顔をしていて、なんていい子だろうと思った。きっと、正義感が強くて、優しい子だと、客と接する態度からも分かった。だから急いで部屋を作って、さらって来た。ずっと、俺の側にいられるように」
言われている事実が信じられなくて、エルナはめまいを起こしてしまいそうだ。だけど、気をしっかり持って対応する。
「私は、最下層の人間だよ。イカサマカジノをやるくらいの」
「今、エルナはここで英雄扱いされている。最下層なんて言うな」
ダミアンをおとなしくさせてから、エルナはこの王宮内で崇められるようになっていた。慣れないことで、どうにも居心地が悪い。
「エルナのような人と一緒なら、俺は強くなれる気がする」
その言葉に引っ掛かりを覚え、エルナは問い返す。
「強く?」
「前にも言っただろう。すぐに人をバカ扱いするのは、そうしないと自分が傷つくからだ。先に相手をバカにすれば、優位に立てる気がして……本当に、俺がバカだな」
呆れたように笑うと、体を離してエルナの顔を覗き込む。
視線があうように、少し腰をかがめてくる。逸らしたくても、その真剣な顔はそれを許さない。
「こんな風に、俺の弱いところをみせられるのもエルナだけだ。きっと、これからも出てこない」
「未来のことなんて、誰にもわかりません」
でも、とエルナは確認する。
「私、お作法とか、そういうの習うの? 勉強もするの? 苦手なんだけどな、社交界とか、奥様会とか」
そう言うと、フレッドはきょとんとした。そして、大爆笑。腹を抱えて少し涙まで滲ませている。エルナがあっけにとられていると、フレッドは言い放つ。
「仮にも将来の国王だぞ? そう簡単に結婚までいけるか。ただ、一緒にいたいと言っただけで、そこまで考えるか」
恥ずかしさと怒りで顔が熱くなった。思わず、握り締めた拳をフレッドにぶつけようとする。しかし、軽々とそれは握られてしまった。
「そうか、そこまで考えていてくれたのか。嬉しいよ」
愉快そうに口元を緩ませ、小さく頷いている。腹立たしい。反撃してやる、とエルナは睨みあげた。
「私にも、フレッドみたいな秘密があるの」
「え、何?」
「ひとつは、妄想が激しいこと。最悪の事態を想定しておくの。そうすると、多少嫌なことが起きても、考えていたよりマシだった、と思えるから。ここにつれてこられたときだって、ずっと悪いことばかり考えていたんだから」
今まで、誰にも言えなかったことを告白する。おかしな妄想ばかりで、兄には利用されているが。
「へぇ。どんな妄想?」
「言いません」
頑なな態度に、フレッドは唇を尖らせる。じゃあ、と話題を変える。
「ひとつは、って言ったけど、もうひとつは?」
「言いません。これは兄も知らないもの。フレッドごときに教えたくはありません」
つっけんどんに言うと、さすがにフレッドは顔を曇らせる。
さすがに怒ったかな、と思った。だけど、これしきのことでいちいち怒られていたら一緒にはいられない。じっと顔を見上げると、にっと笑う。
「じゃあ、ベネディクトより先に秘密を聞こうじゃないか。俺だけの、エルナの秘密だ」
ぐい、と抱き寄せられると、後ろ向きにされて羽交い絞めにされた。
うぐ、と声が漏れる。だけど、後ろから抱きしめられるとなんだか収まりがよくて、居心地がよかった。
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