恋人はサンタクロース

「いや、いやいやいや待て。待ってくれ、なんかの冗談かそれとも」

「特に冗談を言ったつもりはないんですけど、女の子の処女で喜ばないとかあなたほんとに童貞ですか」

「全国の童貞に謝れ」

 冗談だと思った。そんなもの軽々しく口走っていいはずがない、そう思っていた俺の常識はこの数時間の間にぶち壊された。そんな台詞を言った彼女を問い詰めてみても帰ってくるのは飄々とおちゃらけた言葉だけだった。

「じゃあなんですか、童貞卒業したくないって言うんですか」

「そんなことはない、だけどどう考えたっておかしいだろこんなの」

「いやー、サンタって周りは白髪のジジイばっかりだし他にいる若い人達ってみんな女の子ばっかりなんですよね。そのせいでジジ専とレズとホモしかいないんですけど私はいたってノーマルなんで処女は守り通せてきたってわけです」

「おかしいのはそこじゃねえよ!」

「……わたしじゃ、駄目ですか?」

 ……そうやって急にしおらしくなるのは卑怯だ。相手を嫌な気持ちにさせる、それをしないように人生を生きてきたものにとって、その表情は何よりも耐えがたく苦しいものだった。

「履歴書を見たときに、堅物でつまらなそうな普通のいいこだと思ってたんです。だけど会ってみたら冗談も軽口も言えて、とっても面白くて、面倒くさい私にもしっかり構ってくれて。サンタクロースであるわたしは、そんな体験それこそ絵本の中でしか見たことがなくて、憧れた人間らしい生活がそこにはあって。この人と結ばれたらいいなって思ったんです。だけど、やっぱりだめですかね、そんな自分勝手なプレゼント」

 だから、俺はつい、慰めの言葉なんてかけてしまった。

「……いや、そんなことねーよ。だけどその、えーと。……なんていうかだな、順序ってものがあるだろ、物事には」

「……と、言うと」

「……そうだな、とりあえず今はいない彼女が欲しい」

 クリスマスのあとにミニスカサンタの格好をしてやってくるケーキの好きな彼女が、と後ろに付け加えると、彼女は満面の笑顔で俺に抱きついてきた。彼女の軽い身体でも胡坐をかいていた俺を押し倒すには十分で、抑えが利かずに煎餅布団に背中から倒れ込んでしまう。

「やったー!」

「まてまてだから順序を踏んでだな!」

「えへへ、もうこれでわたしはあなたの彼女です! サンタクロースなんてつまんない仕事はごめんです!」

 そういう彼女はケーキを食べていた時よりもとても幸せそうで、不思議と嫌な気分はしなかった。

「ねえどうしましょう、やっぱり最初はキスからですかね、それとも指のサイズを計るところから?」

「だから順序を」

「ああ、それともそれとも、そうだ、こんな状態なんですからまずは一緒に……寝る……ところ、から…………、すぅ……」

 そういいながら彼女はいつのまにか目を閉じ寝てしまった。かけ時計を見上げれば午前の二時をとっくに回っていて、眠るのはちょうどいい時間だった。弾き飛ばされた毛布を彼女の背中にかけ、俺自身もそっと目を閉じる。

 三時間前の寂しさと冷たさは、もうこの部屋にはなかった。




……

…………

………………


「だからってウチに住むとは聞いてねぇぞ! 家に帰れよ!」

「サンタクロースはプレゼントをあげるまでは帰れないんです。私があげるのは処女なんですから、それを柊太さんにあげるまでは帰れません」

「だから俺は彼女だけで」

「まずは、ですよね?」

 起きてからはずっとこんなやりとりの応酬だった。聞けばジジイとレズのいるサンタハウスに戻るつもりは毛頭なくわたしは柊太さんとここで同棲するのだ、と言って一向に引こうとしない。昨日部屋に入れたのから彼女が欲しいといったところまでぜんぶ夢にならないかなと考えてみたところで、目の前のミニスカサンタは消えてくれやしない。胃がキリキリと痛んできた俺を気にも留めず、俺に彼女はこう言い放ったのだった。

「ふつつかものですが、よろしくお願いしまーす」

「その通りだよ馬鹿野郎!」

 窓の外から大家の叫ぶ声が聞こえた。あのソリとトナカイを見ての反応だろう。すぐに俺の駐車場に止まっているのを確認して怒鳴り込んでくるはずで、また一つ増えた心労に俺は深くため息を吐くしかなかった。

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押しかけミニスカサンタクロース 大村あたる @oomuraataru

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