くいしんぼうのサンタクロース
「ねえねえ、ここにあるケーキ、ぜーんぶ食べていいんですか!」
「なあ、もう少し声小さくできないのか。一応ここ木造アパートなんだが」
「おっと、これは失礼。で、食べていいんですか?」
返事こそしっかりと返してきたが、大量のクリスマスケーキに対峙した彼女は目をキラキラと輝かせこちらのことなど目に入っていないようだった。入居以来女性が立ち入ったことないこの部屋に花が咲いたと言えば聞こえはいいが、そんな華やかさはかけらも感じられなかった。なにせ四畳半の畳敷きの部屋にミニスカサンタだ。デリヘルでもこんな悪趣味な組み合わせはしないだろう。
「……いいよ」
俺がそう答え終わる前に既に彼女はてっぺんの箱に手をかけていた。畳の上に座り込み、白いタイツに包まれた太ももの上に慎重に箱を載せ開ける。はてあれは何が入っていたかと思い覗き込むと、中にあったのは彼女の手首よりも太いブッシュドノエル。
中に入っているプラスチックのフォークを取出し、おそるおそるといったふうにブッシュドノエルに差し込む。丸太から切り出された切り株はそのまま彼女の口へと運ばれていく。
「~~~~~~~~!!!!!!」
感極まったように体を震わせる彼女に、先ほどまで溜まっていた疲れが少し癒された気がした。ケーキにしてみたって、俺に嫌々食べられるよりも彼女に喜んで食べてもらえるほうが気分がいいだろう。しばらく放心したように固まっていた彼女だったが、ハッと何かを思い出したかのように俺の方へと首を動かしそしてこう告げた。
「……寒いんで暖房入れてください」
「なんなんだよ人んちあがりこんどいて意味不明なこと言っておいてまず初めに言うのがそれかよ!」
「勝手にもなにもあがってけって言ったのはあなたじゃないですか。ストーブくらいあるでしょう?」
「ねえよ」
「は?」
「ない。そこの毛布でも被っとけ」
正確にはなくなった、が正しい。室外機を取り付けるほどの強度のないこの木造アパートでは入居時こそどの部屋でもストーブが持ち込まれていたのだが、去年の冬に1階の馬鹿が石油ストーブでボヤ騒ぎを起こして以来、大家の言いつけで全てのストーブはあっけなく粗大ごみ行きとなった。電気ストーブならいいだろう、と俺を含めた住人達は必死の思いで抗議をしたのだが、古臭い大家にはどうやら石油ストーブと電気ストーブの違いが分からなかったらしく以来全ての暖房器具はこのアパートから排除された。許されているのは掛布団と毛布、それに湯たんぽくらいだ。
「女の子に寒い思いさせるなんてサイテーだと思わないんですか」
「だから女は呼んだことないんだよこの部屋には」
「あれ、でもこのプロフィールには彼女歴ありって」
「なんだそれ」
いつの間にか彼女はちゃぶ台の上に一枚の紙を広げていた。慌てて奪い取り何が書いてあるのか読み取る。
書式は一般的な履歴書で、しかしそこにあるのは間違いなく俺の個人情報だった。俺の名前、顔写真、生年月日、学歴。いや、そこまでならまだいい。問題は資格、と続くはずの右の欄には、生暦、と手書きの丸文字が躍っていた。さらにその下には俺の来歴がびっしりと書かれている。なんだこれ、書いた記憶なんてないぞ。
「あー、返してくださいよ。それなくすととっても怒られるんですから」
「なんだこれ」
「それですか? あなたの履歴書ですよ」
「でもこんなの、俺書いた記憶が」
「それはとーぜんですね、わたしが書いたんですから」
「は?」
彼女はこほん、と咳払いをすると手招きをし、自分の横の畳をポンポンと叩いた。どうやらまずは座れと言いたいらしい。自分の家なのに何故こうも主導権を握られているのかと若干の腹立たしさを覚えつつも、渋々彼女の隣へと腰を下ろす。女の子特有の甘い香りがふわりと漂ってきて、今だけはこの部屋に流れ続ける隙間風に感謝した。
「いいですか、そもそもどうやってサンタクロースはいいことそうでないこを見分けていると思いますか」
「もうあんたがサンタクロースであることが確定事項であるかのように進んでいるのが気に食わないがまあいい。そりゃ不思議な力で一目見るだけで分かったりするんじゃないのか?」
「やっだなー、そんなオカルトみたいなことあるわけないじゃないですか。子供じゃあるまいし」
「サンタクロース自体はオカルトじゃないってのか」
「れっきとしたお仕事ですよ、ちゃんとお給金だって貰ってます。トナカイ肉一年分」
「おい、なんだその出所の気になる肉は」
「話を続けますね。じゃあどうしてるかっていうと、サンタクロースは一人一人の履歴書を作成してるんです。もちろん、自分のではなくプレゼントをもらういいこ用の」
「……どうやって」
「それは機密事項に当たるのでちょっと」
「個人情報保護……」
「サンタにそんなもの適用されるわけないじゃないですかー」
ケラケラとおかしそうに笑う彼女。大学に入ってそろそろ2年、大家を含めて頭のおかしい奴にはいくらでも出会ってきたつもりでいたが、世の中にはもっと上がいるらしい。
「大体なんでそこはハイテクなのにこの履歴書は手書きなんだ」
「そりゃそうでしょう。五十嵐柊太さん、あなたバイトの履歴書デジタルで作成するタイプですか?」
「いや手書きだけど」
「それと同じです。履歴書というのは手書きでないと信用性が薄れるんですよ。ワープロで打った文字が載った履歴書なんてただの紙くずと同じです、魂がこもってません」
「随分ブラックなんだなサンタクロース」
「いや、赤と白ですが」
頭が痛くなってきた。話している間にも彼女は食べることを止めていなかったようで、ちゃぶ台の上には既にチョコレートケーキが鎮座していた。押しかける方はまったく気楽で羨ましい。
「それで、プレゼントを渡すとか言ってたが」
「……あー! それ! それです!」
「……ケーキ食うのに夢中で忘れてただろ今」
「いえいえいえいえそんなことはありませんよええサンタクロースであるこのわたしがまさかプレゼントのことを忘れるなんてそんな馬鹿なことがあるわけないじゃないですかHAHAHA、ほら、この袋の中に……袋? 袋はどこです?」
キョロキョロとあたりを見渡し何かを探すミニスカサンタ。最初のうちこそ静観していたが、押し入れに手をかけようとしたところで慌てて手首を掴んで制止に入った。
「何故そこを探そうとする」
「いやだって柊太さんが隠したかもしれないじゃないですか、わたしのプレゼント袋」
「やる暇もなかっただろ」
「私がケーキを食べてる間はケーキに集中していたので知りません」
「自分の不注意を棚に上げて人を貶めようとするんじゃない。だいたいあんた玄関で見たときから袋なんてもってなかったじゃないか」
「え、おかしいな……。ソリに置いてきたのかな」
「ソリて」
「知らないんですか。サンタはトナカイのひいたソリに乗って空からやってくるんですよ。今もこのアパートの駐車場に停めてあります」
「さっきまでファンタジー否定してたのはあんたじゃなかったか」
「それはそれ、これはこれです。そこの窓から駐車場見えますよね、ちょっと失礼しますよっと」
彼女はおもむろに立ち上がると本の塔の間を器用に歩き、窓を開けようとする。が、立てつけの悪いその窓を開けるにはコツが必要で、案の定彼女はどうやってもその窓を開けることはできなかった。
「どうなってるんですかこの窓嵌め殺しにでもなってるんですか、ここは監獄か何かですか」
「人の住まいを勝手に監獄扱いしないで欲しいもんだ、酷い所もあるが住めば都なんだぞ」
「暖房もないのに?」
「それは否定しない。貸してみろ」
俺が窓に手をかけ一度上に力を入れながら引くと窓はすんなりと口を開けた。隙間風とは比べ物にならない寒風が体を撫でまわしていき、思わず体を震わせる。
「どれ、俺が見てやる。どうせトナカイなんているわけ……」
唖然。そう表現するしかないほどに、俺は言葉を失い口を開きっぱなしにしてしまっていた。使っていないはずの俺の駐車スペースには昔絵本で見たような二人は乗れそうな豪華なソリが鎮座しており、トナカイが二匹、ソリに繋がれる形でその近くに座していた。
「どうですー、ありましたー? ……聞こえてます?」
「そんな馬鹿な……」
「はいはいサンタクロースも知らないおバカな柊太さんはどいてください、私が直接見ますから。……あー、やっぱりないですね、忘れてきちゃったか」
彼女は窓を閉め、不服そうにちゃぶ台へと戻りケーキを食べ始めた。窓に近づいたときに平たい胸が、柔らかい二の腕が俺の体に当たった気がしたがもはやそんなものどうでもよかった。なんなんだ現代日本だぞここは。どこに十二月二十六日にトナカイのひいたソリでやってくるミニスカサンタがいるんだよ! ここだよ!
「しーかたないですねー。まあじゃあここにあるもので我慢してもらうってことで。あ、このチョコレートケーキいります?」
「それは元々俺のだよ!」
「えー、でも美少女の食べかけですよ、プレミア付きますよー?」
「あいにくそういう趣味はない」
「残念、じゃあそうですね、パンツとかどうです」
「だからなんでそう発想が古臭いおっさんみたいなんだお前は!」
「いやだって万年童貞の柊太さんにはちょうどいい慰めかなって思ったんですよ、どうです?」
「どうですもなにもあるか、だから彼女には苦労してないって」
「彼女は、苦労してるんじゃないですか?」
図星を突かれて思わず詰まってしまう。追い打ちをかけるように目の前のミニスカサンタは続ける。
「他のところはぜーんぶ及第点以上なのに、何故か性交だけは一向にしてくれない、そんな柊太さんに愛想が尽きた彼女さんたちにフラれてきたんでしょう? ……あ、そーだ。じゃあいいものがありますよ、柊太さんが望んでるもので」
「なんだよ」
「私の処女あげます。あ、でも柊太さんは捨てることになっちゃいますね、童貞」
さっきまでとなんら変わらない調子で、彼女はそう言い放ったのだった。
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