エピローグ -3(そして夢は)
「――起きて、コータっ! 魔法少女に変身だよっ!」
「なッ、なな、なんだああ?」
突然、目前に迫ってきた赤い唇に驚いて、俺は一気に三メートルほど後ずさった。
「うっわ、またすっごい後退したね。もしかして、私ってそんなに魅力ない? ちょっとショックぅ~」
そう言って、わざとらしく首をすくめて見せたのは夢見乃夢叶……じゃない、ユメミ・ル・ユメカだ。
フリル付きの白いドレスに、無邪気な表情を併せ持ったこの魅力的な少女の顔を、俺が見間違えるはずがなかった。
「ゆ、ユメカ? どうして? だって、魔法世界は……ノイアードは消えたはずじゃ!」
狼狽しつつも、俺はこの部屋の情景に郷愁が奮い起こされていることを自覚する。
黒ずんだ煉瓦造りの壁に、床や天井を無数に這う無機質なコード。
そして振り返れば、S・M・Aと刻まれた金属製の円錐台。
俺は慌てて四つ足で立ち上がり、開け放たれた窓から外へ出た。
そこは、どこまでも広がる青い空――。
西洋風の街並みと、地平線の向こうで黒い影が暴れる、いつものノイアードの姿があった。
「ど……どど、どうなってんだ?」
再び青のフワモコに包まれている自分の小動物な身体を見降ろしつつ、俺は愕然とする。
ユメカは俺の隣にしゃがんできて、にっこりと花が咲いたような満面の笑みを見せつけた。
「どうなってるって、見た通りだよ。こちらの世界は消えてないし、私たちも消えてない。おまけにナイトメアも消えてないから、一刻も早く魔法少女に変身してやっつけなくちゃ」
「いやいやいや、なんでだよ! 俺は夢から目覚めたんだぞ? 現実が確定した以上、世界はどちらか一方しか残らないはずだろう!」
「それって、誰が言ったの? 科学的な根拠はあるのかな?」
……あ。
そういや、これ言ってたの「夢の中の竜ヶ崎教子」ってだけだ。
「あちらの世界のキミも私も、無事に存在しているんでしょ? だったら、夢が続かない道理はないよね。だって、夢は誰かに見せられるものじゃない。自分が観るものなんだから」
なるほど――ユメカの言う通りだ。
夢は、自分自身が造り出す現実なんだ。
だったら、俺がそれを望む限り、夢は永遠に存在する。
俺が望めば、世界は果てしなく続いていくんだ。
「まあ――もっとも、それはあちらの世界が現実だと想定した話だけどね?」
「……はあ? それって、どういう意味だ?」
意味が分からず俺が呆けた声を出すと、ユメカは悪戯っぽく片眼を瞑った。
「だって、竜ヶ崎センセの話が本当なら、こちらの世界が残っているということは、あちらの世界が夢だって理論になるんだよね? 本当の現実世界はこのノイアードで、コータはあちらで『目が覚めた』という夢を見ただけかもしれない。こちらの世界のS・M・Aも無事なワケだし、シチュエーションは私たちが出会った頃と、何一つ変わっていないと思うよ?」
確かにそうだ。状況は何も変わっていない。
長い時間を費やし、世界の移動を繰り返して達した結論は、結局のところ、夢と現実は区別がつかないってことだけじゃないか。まったく、とんだ遠回りをしたものだぜ。
……まあ、それでもいいか。
夢と現実に区別がつかないというのなら、
どちらが夢でも、どちらが現実でもいいってことだろう?
だったら、俺にとっては六玖波市もノイアードも、どちらも現実ってことだ。
「……それなら、護らなくちゃな。あちらの世界も、こちらの世界も」
俺はユメカに頷いて見せる。
それを見たユメカは、眼を輝かせて俺に抱きついてきた。
「ありがとっ! コータ、大好きっ!」
「ぐえええ! 首締まってる首締まってる頸動脈断裂するぞ! 加減を知れ馬鹿ユメカっ!」
『……どうしたユメカ、そろそろナイトメアが市街地に来るぞ。まだ変身できないのか?』
そのとき、ユメカのポケットの中からソラエの声が。
ユメカが無線機に返答する。
「ああ、ごめんソラエ。コータを説得するから、ちょっと待ってて」
『そいつはヘタレだから強引に迫ればなんとかなる。四の五の言うなら頭を殴って気絶させろ』
「おいてめえソラエ! なんて危険なことを言いやがるんだろぷぁ!」
俺を抱き締めていたユメカの両手が、俺の顔面をガッチリホールドして強引に方向を修正させる。
そこには俺の幼馴染みと瓜二つでありながら、まったく違うユメカの顔があった。
「じゃ、行くよコータ!」
「あー、ユメカさん? やっぱ接吻しなきゃ変身できないんスかね。こういうのはなんつーか、お姫様がやるようなことじゃないっつーか、もっと健全で健康的な方法が――」
「これ以外に方法なんて、ないモン。だって、私がこうしたいんだから!」
そうして、俺はまた魔法世界の空を飛ぶ。
夢見るゆめかが夢見る限り、この魔法が解ける日は遠そうだ。
<了>
魔法少女ゆめみる☆ユメカ-Dream that changes your world- 宮海 @MIYAMIX
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