聖夜翌夜物語

ペンギン吾朗

第1話 12月25日

「なぁにが、クリスマスだ! こんちくしょー!」


 自慢の肺活量を如何なく発揮して、煌めく夜空に投げかけてみたけれど、道行くリア充共には歯牙にもかけられていないようだった。

 どうせ、質の悪い酔っ払いが騒いでるくらいにしか思ってないんでしょ。私は酔ってない! ワイン二本しか開けてないもん!


 本日は、聖なる夜。クリスマス。それも、あと数分で終わりを告げようとしている。

 そんな日に、なぜ私がこんなイルミネーションだらけの大通りで醜態を晒しているのか。


 つい数時間前まで、私はリア充だった。

 それはもう、幸せの絶頂にいた。

 三か月前に合コンで引っ掛け付き合い始めたイケメン(年下、医者の卵、実家は病院経営)と夜景の見える高級レストランでデートして、プレゼントに前から欲しかったヴィトンのバッグを貰った。

 嬉しくてたまらなくなって、用意していたロレックスのペアウォッチと一緒に自分のアパートの合鍵を渡した。

 そしたら、なんて言われたと思う?


「ゴメン、美香ちゃん。前から思ってたんだけど、重い。っていうか、存在が重荷」


 重いってなに⁈ 体重⁈ ダイエットする⁈ そうじゃない⁈ 

 存在が重荷ってどういうことよ!!

 

 乙女心完全無視の医学オタクに、星一徹もびっくりのちゃぶ台返しならぬテーブル返しをかまし、ヴィトンとロレックスだけ引っ掴んで、レストランを飛び出した。

 そのあとは行きつけのバーに繰り出してナンパでもされないかと待ってみたけど、ただただ時間が過ぎて、終電まで逃した。


 そんなこんなで、私は一夜にして寒空の下でくだをまく厄介な人に身を堕としたのだった。


 ◇◆◇


 日付が変わった。だというのに、誰一人として「涙をお拭き、お嬢さん」と声をかけてくれるイケメンは現れない。泣いてなんかないけど。お嬢さんなんて齢でもないけど。


「あぁ、なんてことだ! クリスマスが終わってしまった!」


 そう、クリスマスは終わった。夜が明ければ手のひらを返したように年越しの準備が始まるのだ。

 うん? 誰の声?


「おや、お姉さん。こんなところで寝ていては風邪をひきますよ」


 キタコレ!! お嬢さんじゃなくてお姉さんだったけど、及第点!!

 私をこの不幸のどん底から救い出すイケメン王子様の姿を求めて顔をあげた。

 しかし、そこにイケメン王子の姿などなく、イルミネーションが消され卑猥なネオンだけが残ったただの夜道しかなかった。

 えっ、気のせい⁈ 妄想⁈


「こちらですよ、お姉さん」


 その声は、足元からだった。

 私は、ついに現実と妄想の区別がつかなくなってしまったようだ。

 だって、それは――、


「こんなところで、一体どうしたというんです?」


 真っ赤なサンタ服を身に着けた男の子。手のひらサイズの妖精さんだったから。


「ああ、夢か。もっかい寝よ」

「ダメですよ!」


 ◇◆◇


「僕はサンタクロース。子供たちに、プレゼントを届けにやってきました」


 妖精さんに話を聞くようせがまれて、仕方なしに私は近くのカラオケ店に入った。真夜中とは言え、あんな大通りにいては警察のお世話になるのも時間の問題だったから。

 絶対に夢幻の類だと思ったのだけれど、喋るし、触れたし、なにより可愛いので、とりあえず現実として受け止めることにした。


「クリスマスは数分前に終わったけど」

「そうなんですよ!!」


 妖精さん、もといサンタさんはちっちゃな頭をこれまたちっちゃなおててで抱え込んだ。

 可愛すぎる。こういう北欧のおもちゃみたいなの、大好き。


「本来なら、二十四日に来なくてはならなかったんですけど、曜日を間違えてしまって、おまけに寝坊して、道に迷って、途中でプレゼントの入った袋を落として、トナカイともはぐれてしまったんです」

「あなた、本当はサンタさんじゃないでしょ。ポンコツすぎるもの」

「正真正銘サンタクロースですよ!」


 泣きながら抗議してくるけれど、可愛いだけだ。

 

「ああ、また長老に怒られる……」

「長老がいるんだ。っていうか、サンタってたくさんいるの?」

「いますよ」


 彼が言うには、とある北の国にサンタの住む村があって、そこには老若男女たくさんのサンタが住んでいる。

 彼らは一年かけてクリスマスの準備をしているらしい。


「プレゼントを届け、人を幸せにすると、この瓶に『幸福のかけら』が溜まるんです」


 彼はどこからか自分の背丈と変わらない、空っぽの小瓶を出現させた。

 もう、これくらいじゃ驚かない私だ。


「『幸福のかけら』は僕らの働きに対する報酬で、村で使う通貨なんです」


 出来高払いなんだ……。


「ですが、僕は毎年失敗続きで。未だに一つもプレゼントを届けられたことがないんです。ですから、この齢になっても親の脛齧りで……」

「この齢って、一体いくつなの?」

「今年で二十八になります」


 うわあ。人間と同じ感覚だとしたら同い年じゃん。それはキツイ。


「僕はサンタに向いてないんじゃないかと思い始めてるんです」


 サンタの向き不向きってなんだろう。スケジュール管理能力だろうか。


「長老に『今年も失敗したら、村から追い出す』とまで言われてしまって。なのに……」

「ああ、わかった、危機管理能力だ」

「なにがです?」

「あなたに足りない、サンタの資質。あと、自覚と責任。社会人失格よ」

「そんなぁ」


 そもそも、サンタを社会人の枠に当てはめていいのか疑問だけれども。

 しかし、涙目の彼を見ていると、可哀そうに思えて放って置けない気がしてきた。


「なにか、埋め合わせはできないの? 菓子折り持って謝罪回りでもしてみたら?」

「謝って許される問題じゃないんですよ……。せめて、僕のサンタ力を示せれば」

「サンタ力って?」

「人を幸せにする、奇跡を起こせる力です」

「なにその素敵な力。ロマンチック」

「そうですか?」


 彼はなぜか照れたように顔を掻く。その仕草も可愛い。


「僕、サンタ力には自信があるんです」

「でも、成功したことはないんでしょ?」

「そうなんです」


 しょんぼり。項垂れる姿も可愛い。私の母性は刺激されまくりだ。


「今からでも、長老とやらに自慢のサンタ力を見せつけてやりましょうよ」

 

 とは言ってみたものの、そもそもサンタ力とはなんなのか。奇跡ってどういうことなのか。


「ねえ、試しになにか奇跡を起こしてみてよ」

「いいですよ」


 そう言うなり、彼はクリームパンみたいなおててを天にかざした。


「こんなのはどうです?」


 はらり。きらり。古びたカラオケボックスの一室に、純白の結晶が舞う。


「うわぁ、綺麗」

「触ってみてください」


 私はその結晶の一つに手を伸ばす。

 

「あ、融けない」


 ひんやりとした感触。思いの外感じる重量感。氷ともガラスとも違う、限りなく透明なそれは、私の手の中で幻想的に煌めいている。


「僕からのプレゼント。話を聞いてくれたお礼ですよ」

「素敵。ありがとう」


 特に用途があるわけではないけれど、今までの彼氏から貰ったどんな高級アクセサリーよりも、特別感があった。


「あっ」


 コロン、と瓶を叩く音。

 彼の持ち物である小瓶に、結晶と同じような煌めくかけらが入っていた。


「『幸福のかけら』だ! ……、そうか!」


 瞳を輝かせ、彼は希望いっぱいに私を見上げる。


「なにも、子供にプレゼントをあげることだけが、サンタの仕事じゃないんだ!」

「そうなの?」

「人を幸せにすること。それが条件なんだ。だから、今、『幸福のかけら』が現れた」


 今、彼が奇跡を起こし、私を幸せにした。その、対価。


「だから、僕はあなたを幸せにします!」

「えぇ!?」


 小さな手が、私の指先を包み込む。ほんのりと伝わるぬくもり。


「お願いです、あなたを幸せにさせてください」

「別に私じゃなくても」

「あまり他の人に招待を知られるわけにはいきません」


 サンタクロースですから、と。


「そっか、じゃあ、いいよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「いや、こちらこそ、よろしく」


 でも、どうするのだろう。


「今、欲しいものとか、やりたいこととかありますか?」

「うーん。クリスマスデートかな」


 最悪なクリスマスの上書き。我ながら未練がましいなー、なんて。


「了解しました」


 言うなり、彼は再び天に手をかざす。

 眩いばかりの光に覆われたかと思うと、そこには――、


「僕と、デートをしましょう」


 ――マーマレードのような髪。サファイアの瞳。彫刻のようにすらりとした肉体。

 ドンピシャ好みドストライクな超絶イケメンが、百万ドルのスマイルを私に向けていた。


「僕の名前はエリアス。あなたは?」

「み、美香」

「では、美香」


 脳髄を痺れさせる、甘い声。


「今日という日を、僕にください」


 よくよく考えたら、朝が明ければ仕事に行かなくちゃいけないんだけど、


「よ、喜んで」


 朝一で欠勤の連絡を入れるしか選択肢はなかった。

 


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