じろーのいせかいぼうけんき
藤沢正文
じろーのいせかいぼうけんき
気がつくと僕は真っ暗闇の中に居た。
正確には僕の周りと僕の目の前に用意された椅子の周りだけは明るく照らされていた。その椅子には僕の知らないお姉さんが腰かけていた。
「ジローさん、ようこそ死後の世界へ。残念ながら貴方は亡くなってしまったのです」
お姉さんは僕の姿を確認すると、静かにそう述べた。
僕は訳がわからなかった。僕はさっきまでなっちゃんと一緒に散歩をしていた筈だ。
僕が首を傾げるとお姉さんは少し困った顔をして、そして再び口を開いた。
「貴方には異世界で新たな人生を歩んで頂きます」
ますます意味が分からない。イセカイ? 何それ、美味しいの?
僕が再び首を傾げると、お姉さんはニッコリと微笑んだ。
「お、おいでー」
お姉さんは椅子から立ち上がり、屈んで僕の事を呼んだ。呼ばれた事を無碍にも出来ず僕はスタスタとお姉さんの前まで歩みを進めた。
「よしよ〜し。突然の事でびっくりしたよね〜」
彼女は僕の頭を優しく撫でてくれた。僕はそれだけで嬉しくなった。
「でも、また違う場所に行く事になるけどびっくりしないでね。あ、そうだ!」
悲しそうにそう述べていたお姉さんは思い出したように顔を僕に近づけた。
「はい。これは私からの餞別よ。向こうでも逞しく生きてね」
僕の頭に唇を押し付けたお姉さんはそう言って、再び微笑んだ。
再び気が付いた時には、僕は知らない森の中にいた。太陽は高くに登っていて、辺りは明るい。
『ここどこだろう?』
取り敢えず、辺りの匂いを嗅いでみる。うん、知らない匂いだ。
クンクンクン。
辺りの物の匂いを嗅いで行く。すると突然、頭の中に何かが浮かんできた。
【やくそう】:たべれる。ちょっとすたみながもどる。
突然の事に僕は慌てて、その場を離れる。すると、先程の文字はスッと消えて無くなった。
『え? 何?』
僕は恐る恐る、先程の場所へ戻る。そして、もう一度嗅いでみた。
【やくそう】:たべれる。ちょっとすたみながもどる。
すると、再び頭の中に先程の文字が浮かんできた。
『これ、食べれるのかな?』
もう一度匂いを嗅いでみる。
うん。なんか大丈夫そう。
そう思った僕は一思いに目の前にある草に噛り付いた。
『ん〜。別に不味くも美味しくもないな〜』
薬草という草を何度か噛んでから飲み込んだ。特に何も起こる事もなかった。
それから僕は辺りの森を歩き回った。匂いを嗅いでいると時々、さっきみたいに頭の中に文字が浮かんでくる事があって、大体はその名前と「食べれる」か「食べれない」が表示されていた。
結構な時間を歩き回っていたのだろう。そろそろ喉が渇いてきた。
ん?
微かに空気の中に水の匂いがした気がした。僕は慌てて匂いがする方向へと走った。
『わ〜凄い!』
森の奥へ進むと、大きな水溜りが目の前に広がっていた。僕は水溜りに近づき、水面を覗き込んだ。水溜りは底が見渡せるほど綺麗に澄んでいる。
クンクン。
【ようせいのみずうみの水】:たべれる。すごくおいしい。ちょっとすたみながもどる。
匂いを嗅ぐとまた表示が現れた。どうやらおいしい水らしい。僕は恐る恐る顔を近づけ、舌を水溜りに付けた。
!!
『おいしい!』
喉が渇いていたのも相まってか、僕は無我夢中でその水を飲んだ。
げぷっ。
ちょっと調子に乗って飲み過ぎたようだ。けれど、あれだけ飲んでも水溜りの水は一向に減る気配がない。
『ここに来ればいつでも水が飲めるね!』
そう思った僕は水溜りから少し離れ、水溜りを眺めれる場所に腰を下ろした。
先程まで辺りを歩き回っていた所為もあって、僕は少々疲れていたのだ。
『なんか良い所だな〜』
心地よい風が吹き抜け、木々の葉の隙間から木漏れ日が辺りを差す。
『今度はなっちゃんも一緒に来たいな〜……あれ? なっちゃんは?』
色々な事があったので忘れていたが、僕はなっちゃんと一緒に散歩していたのだ。
なっちゃんはどこに行ったんだろうか? そう思った僕はなっちゃんを呼んでみた。
「ワン!」
しかし、僕の声は静かな森の奥に消えていく……
「……クゥ〜ン」
幾ら待っても、なっちゃんはやって来ない。僕は少し寂しくなって、その場で丸くなった。
いつの間にか眠っていたらしく、気が付いたら辺りは暗くなっていた。
目の前に広がる水溜りには、夜空に登ったお月様が綺麗に映っていた。
『綺麗なお月様』
きっと近所のカイくんは大きく遠吠えするんだろうなと考えていると、僕はふと思った。
『そうか……カイくんもいないのか……』
そう思うと、再び寂しくなってきて、僕は居ても立っても居られなくなった。
「ワオォォォォーン」
僕はお月様に向かってカイくんがやっている様に遠吠えをやってみた。
『以外にすっきりするんだね』
遠吠えを初めてしてみたけど、以外と様になっていたと自負している。僕は少しだけ元気になった。
!?
何かが近づいて来る気配を感じて僕は身構えた。
「グルルルルゥ……」
森の奥から幾つかの目が此方に視線を向け威嚇している。
そして月明かりに照らされて、森の奥からぞろぞろと僕よりも少し大きい犬? が沢山やって来た。
多勢に無勢だ。圧倒的に向うが優勢である、此処は穏便に事を運ぶか、尻尾を巻いて逃げなければ只じゃ済まなさそうだった。
「グルルルルゥ……」
な、なんか、向うは牙剥き出しで涎も垂れて、やる気満々みたいです。
『こ、これは話し合いでどうこう出来る感じじゃ無さそうだね……』
ガサッ……
僕が後ろ足を後ろに一歩下げた所で、僕の後ろから物音が聞こえてきた。
『え……後ろからも?』
もう観念するしかない。そう思った矢先、目の前からジリジリと迫って来る犬たちが急に怯え始めた。
『誰じゃ? 今宵の月夜に騒ぎを起こそうと為る者は?』
森の奥から現れたのは、白い毛並みをした大きな大きな犬でした。
『ほう。お前さんら、此奴一匹に大勢で襲いかかるつもりか?』
白くて大きい人がそう述べて一歩踏み出すと、先程まで僕を威嚇していた人たちは一歩後ずさった。
『しかも、此奴はどう見ても弱いぞ? そんな相手に大勢で掛かって。お主らには誇りはないのか?』
そう言って、一歩踏み出す。威圧される様に彼らは後ずさって行く。
『もう良い! 去ね!』
最後に一言、白くて大きい人がそう述べると、件の集団は散り散りになりながらその場を去って行った。
張り詰めていた空気が一気に解けてゆく。僕は思わず溜息を吐いた。
『あ、ありがとう』
『ん? お主、話せるのか?』
僕は振り返り、白くて大きな人に感謝を伝えた。しかし、彼は僕に驚いた様子で話し掛けてきた。
『この辺りじゃ見かけない顔をしておるが、お主何処から来たんじゃ?』
『ん〜僕もわからない。なっちゃんと散歩してたら、急に知らない場所にいてお姉さんにナデナデして貰って、気が付いたら此処に来てたんだ』
『ほぅ、異世界の者か。ちょっと待っておれ』
そう言って彼はジロジロと僕の事を見つめ始めた。
『ほぉ、お主「ジロー」と言うのか』
『うん』
『んー。ステータスはまあ仕方ないとして……お! お主、【鑑定】のスキルを持っておるのか!? それに……なんじゃこれは?』
僕の事をジロジロと見つめる白い人はブツブツと何かを言っている。
『お主の【女神の慈愛】とはなんじゃ? 儂もこんなもの見た事ないぞ?』
『……知らない』
『知らんとはなんぞ? お主も【鑑定】のスキルを持っておるんじゃから、自分で確かめてみぃ』
白い人にそう言われたので、僕は確かめて見ようと試みたが、彼が言う【鑑定】というスキル? を使う事が出来ない。
『ねえ。どうやって使うの?』
僕の言葉に白い人は溜息を吐いた。
『まあ、いいわい。儂についてくるんじゃ』
そうして僕は白くて大きい人について行く事になった。
『ね〜。ねぇってば! フェンリルおじちゃん! 僕にもそれちょーだい』
『ダメじゃ。自分の飯くらい自分で取れんようならこの世界ではやって行けんぞ?』
僕の隣で先程狩って来た大きい鳥を羽を毟って、フェンリルのおじちゃんは美味しそうに齧っていた。
『それは嫌って程聞いたよ〜。けど僕もう3日も草とキノコと水しか食べてないんだよ〜』
ジリジリと近寄る僕に彼は鼻息をフッと僕に吹きかけた。
『油断も隙も無いわい。食事の時ぐらいジッとしておれ』
彼の吹いた鼻息で僕はゴロゴロと転がされ、遠くにあった木まで飛ばされた。
『ちぇッ。けちー』
『言っとれ』
僕の言葉に見向きもせず、彼は只管に鳥に噛り付いていた。
僕は仕方なく辺りに何か無いか、探してみる。
クンクンクン。
『ん?』
匂いを嗅ぎながら歩いていると、突然頭の上に何かが落ちてきた。
『あー、言い忘れておったが、この辺は昆虫系の魔物が沢山いるからの〜。注意するんじゃぞ〜』
相変わらず僕の方には見向きもせず、フェンリルのおじちゃんはそう述べた。
『ちょっと! それ、先に言ってよー』
僕は慌てて、頭の上に乗っている物を振り落とした。どうやら芋虫のような魔獣らしい、こちらに向かって威嚇のような動きをしている。
『大丈夫じゃ。この辺の魔獣の強さは知れておる』
『それ、おじちゃんならでしょ!?』
魔獣に遅れを取らないように僕も体勢を整えて、戦闘体勢をとる。
『ガハハ。そうじゃったのう、大抵の奴らは儂の足元にも及ばんわい!』
『はいはい。そーですねー』
僕は彼の言葉を聞き流しながら、芋虫の魔獣に飛び掛かった。
なっちゃん。
僕は前にいた世界とは違う世界で懸命に生きています。
また会える機会があれば、一緒に遊んだり、散歩したりしたいな〜
クンクンクン。
【ベイビーキャタピラ】:たべれる。まずい。えいようまんてん。
『はぁ。草よりマシかな……』
僕の異世界冒険記はまだまだ続くのです。
じろーのいせかいぼうけんき 藤沢正文 @Fujisawa
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