クリスマス

蒼居

クリスマス


男と過ごすクリスマスなんてくだらない。


ずっとそう思っていたわ。クリスマスの日の男のワンパターンなことといったら、滑稽なくらい。ちょっと高いレストランを予約して、申し訳程度のプレゼント交換をして。手をつないでイルミネーションを眺めながら男の部屋に転がり込み、ケーキを食べてベッドイン。


確かに私は学生時代から彼氏をきらしたことがないからこんなこと言えるのかもしれないわ。

それにイブの朝はどこか期待しているところがあったのも実を言うと本当よ。

ほら、小学校の時にみんなで遠足とか行ったじゃない。300円までのお菓子を一生懸命駄菓子屋さんで吟味して、前日の夜は興奮してなかなか眠れなくて。

でも実際行ってみると足が棒になりそうなほど歩いて、疲れ果てて、食欲までなくなって、せっかく買ったお菓子だって全部食べることができなかったり。なーんだ、こんなもんかって思うの。


ちょうどそれと同じ感じ。


学生時代に付き合っていた彼なんか、我慢できなくなったのか、それともおっちょこちょいなのか、イエス様の産まれた日じゃなくて天皇の産まれた日に求めてきたわ。

さすがに女子会で笑い話として友達に話したら、みんなドン引きしていたっけ。

あ、男に、ではなくてそんなことをさらりと言う私にね。


だから、男と過ごすクリスマスなんてくだらない。

その証拠に、一緒にクリスマスを過ごした男とは、大抵2か月くらいで別れるの。クリスマスに結ばれることになんてこれっぽっちの意味もない。


でもひとつだけ、独りで過ごしたクリスマスがある。

それが去年のこと。


3か月くらい付き合って、結婚してくれって言ってくれた人がいたの。

初めはその気になれなかったけど、付き合っていくうちに彼の誠実さは伝わってきたわ。

とりたてて仕事ができるわけじゃないようで、あまり愚痴をこぼさない人だったけど、いつも仕事の後に会うと落ち込んだような顔をしているの。私と話しているうちに段々と元気になっていくのが分かったからよかったけどね。

と、いうよりは私と話すことで元気になってくれるのが私なりに嬉しかったのかもしれない。そんなことは今まであまりなかったから。


私と付き合う男はたいてい、過剰なほどの自信を持ったエリート社員が多かったからね。これは自慢でもなんでもなく、宿命みたいにそういうことになるの。やっぱり自慢に聞こえてしまうわね。いいわ。それはそんなに重要なことではないから。


で、その彼と結婚に漕ぎつけたのが11月のこと。でもね、新婚ほやほやのイブの夜に電話がかかってきたの。新しい仕事が入ってきてしまって、それを終わらせるまで帰れないって。

私はクリスマスがどうとか気にしたことはなかったつもりだし、独りのクリスマスを嘆く気持ちが一ミリでもあったとして、それをどうこう言うのはプライドが許さない。だから、「無理しないでね」とだけ言っておいた。


彼は、ごめん、ごめんて、何度も謝って、最後に「メリークリスマス」とだけ言って電話を切ったわ。

私、少し胸騒ぎがしたの。なんとなく不安な気持ちになったというか。

だけど、きっとこれはクリスマスに独りでいることに少し戸惑ったんだって、そんな風に片づけた。


その次の日に帰って来た彼は精魂尽き果てたという感じだった。

お正月も魂を抜かれたような状態で、親戚ともろくにお付き合いしなかったのを覚えているわ。

仕事始めが近づくといよいよ症状が悪化して、新年早々一緒に病院に行ったの。

そうしたらストレスから来るうつ症状だって。


原因は過剰な労働と家庭をもったことによる責任からくるストレスだろうって。

お医者さんってデリカシーないわよね。


私、自分のことも責めたけど、彼のことも責めた。どうして私に言ってくれなかったんだろうって。ほら、なんていうか、私ってあまり話しやすい雰囲気じゃないでしょ。男たちって外見で女性を判断する傾向があるから、あまり心を開いてくれないみたい。

私、その日は涙が止まらなかった。どうしてかははっきりわからない。

でもきっと、私は彼のことを心の底から愛してしまっていたの。


そんな日がずっと続いた。彼は抜け殻のようになってしまっていた。でも時間は淡々と流れていって彼も前向きになってくれたわ。何より、嬉しいニュースが入ってきたから、私もだめになることはなかったの。


1月の終わり頃のこと。

妊娠3か月って。もちろん彼との子よ。逆算してみたら、新婚旅行の頃じゃないかって。

彼に話したら、一緒に笑ってくれたし、もちろん喜んでくれた。まだ仕事には復帰できてなかったし、正直話すのに少し逡巡したんだけどね。余計重荷になったらどうしようって。でも違った。それは彼の顔を見ればわかる。本当にうれしそうだったから。



話が長くなっちゃったわね。

今日は2年ぶりのクリスマスイブ。しかも2人ではなくて、3人で過ごすクリスマス。もうすぐ彼が帰ってくるわ。転職して、今は、できる仕事から少しずつし始めている。貯金がなくなって子育てが一段落したら私も家計を助けるつもり。


料理の腕はまだまだだし、お掃除もあんまりうまくできないけど、子育てはうまいみたいよ。

笑っちゃうでしょ。私にこんな母性があったなんて。隠れた才能よね。


というかきっと、私がずっと願っていたクリスマスはこういうクリスマスだったのだと思う。

だから、つまらない男たちの型にはまったクリスマスが許せなかったのかしら。


どっちでもいいわ。

でもちょっと訂正しておく。


くだらない男と過ごすクリスマスなんてくだらない。

でも素敵な人と過ごすクリスマスは素敵。


ほら、彼が帰って来た。

坊やはまだ眠っているのかしら。


―完―

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クリスマス 蒼居 @stay_blue

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