Case2 回りくどくてエンドロール―from 逆転トリロジー
「クリスマスってなんなんさ……」
終業式が終わった放課後。机に突っ伏した。
思いのほかヒヤッとした机の温度に起き上がったが、再度頬だけ机に当てて伏せた。
こうしてじっと耐えていれば、頬に触れる冷たさもそのうちマシになってくるはずだ。今はこのままでいたい。
「急に神の存在意義考え始めてどしたん? 眉間とこ、シワ寄ってんで」
世界は、今の私の視界から90度回転しているのに、サヤの顔は私と同じ方向に傾いている。
サヤに指摘された眉間を右手でこする。
「自分でもわからん」
二人の誕生日はとっくに過ぎてしまっているのだから、気合を入れるならここだろう。
お互い気持ちを伝え合ったはずなのに、付き合ってる感じがないのは気のせいだろうか。
「わからん。あいつの考えてることが全くわからん」
「神崎に聞けばええやん」
何も言わなくてもわかるほど、私はわかりやすかっただろうか。
それとも、サヤが鋭いだけだろうか。
「聞いて答えるヤツやと思う?」
「思わんな」
「やろ?」
明日から冬休みだというのに憂鬱なのはあいつのせいだ。
*
「なぁ。最近
「おかしない」
特に約束をしているわけでもないのに二日に一度は帰りが一緒になる。
図ったように。
「そういうところがおかしいと思うけどな。なに、なんか悩み事でもあるん?」
隣を歩いていたはずの神崎が突然目の前にいた。
「誰のせいやと……」
言い掛けて口を閉じた。神崎は少し不機嫌そうに私の顔を覗く。
「なんやねんな? 言いたいことあるんやったらはっきり言おうや。なぁ? なんかやなことでもあったん? な、言わんとわからんやろ」
顔を見たくなくて私は横を向いた。
「……なんであんたはいつもそんな自信満々なんよ」
「そんなことないし」
「いっつも余裕そうに人のこと見ては笑ってるやんか。あたしはいつもいつもそれに振り回されるのに……!」
「ん。受け取らんかったらこれ捨てる」
神崎に差し出されたものを受取りたくはなかった。
けれど、そう脅されては受け取るしかない。
神崎に渡された袋の中に入っていたのは細長い箱だった。
「タンブラー。ほら、俺とおそろい」
神崎のは青で私のは……赤だ。
「……自分、私より乙女なときあるよな、ときどき」
おそろい、という響きがくすぐったくて、私は照れ隠しにそんなことを言った。
「でな? それ渡したとこ悪いんやけど、返して」
「は?」
神崎は私の手から赤いタンブラーを半ば強引に受け取ると、ニヤリ、と笑う。
「これ二つともうちに置いとくし、うちで一緒に使おうや」
言葉が出てこない。
うち? 一緒に?
「あれ? 意味通じんかった? 俺のうちに来て欲しなーって意味やってんけど」
目を丸くして神崎を見つめたまま動かない私に、彼がさっきの発言の理由を述べた。
「……わかってるわ」
更に赤面するようなことをこいつはぬけぬけと。
「なんや、聞こえてるんやんか。返事ないから聞こえてないんかと思ったわ」
「なんでそんな平気そうやねん」
やっと絞り出した私の声に神崎は少し溜息をついた。
「平気ちゃうよ。これでも顔出てんねんけど」
「わかりづらいわ!」
「しゃーないな。ほら」
寒かった空気が神崎のハグによって遮断される。
その代わり温かくはなったが息苦しい。
私の顔は外に向いているけれど、神崎に密着したこんな状態でどうやって息をしろという。
「な? 心臓の音早いやろ? これで信じてくれる? あれ、佐倉さんも早い?」
わずかな隙をついて腕の拘束から逃げようとした目論見。
勘のいい神崎に先読みされ、全く動くことはできなかった。まだ彼の心臓の音は耳から離れない。
「ほんまはな、ペアリングが良かってん。けど俺、佐倉さんの指のサイズ知らんわ!っておもてやめた」
神崎の乾いた笑いが彼の体を通して私にも伝わってくる。
「なんでそんなんなん? あたし、ここんとこずっと悩んでたのに、神崎はすぐにこういうこと思いつくんな」
「それは、佐倉さんのこと好きやからな」
言葉はスルスルと出てくるのに合わせて彼の鼓動の速さも上がる。
「佐倉さんと一緒にしたいことたくさんあるからな。いっぱい思いつくねん。佐倉さんは違うん?」
「……考えれば考えるほどわからんくなった」
「んふふふふ」
神崎の気持ちの悪い含み笑いが体中に響く。
「ちょお、急に笑い出さんといてぇな」
「や、嬉しいなぁと思って。俺のこと考えてくれてたわけやろ? そんな風に言ってくれるの今までなかったやん。俺、これでも不安やってんで? 俺の彼女、素直ちゃうからな」
そう言ってまたぎゅうっと彼の私を抱きしめる腕に力がこもる。
彼女、と言われて私の胸もきゅうっとなった。
「……きやって前に言ったやんか」
「ん? 聞こえへんなぁ」
意地の悪そうな声。どうせ顔も同じように性悪な笑みを浮かべているに違いない。
「好きやってちゃんと言ったやんか!」
「あーはいはい、落ち着いて。さすがに周りに聞かれるんは俺も恥ずかしいから」
神崎が私の背中を優しくポンポン、と優しく叩く。
「で?」
「でってなんやの」
「俺だけに聞こえるようにもっかい言って、さっきの」
「いやや」
ここは人通りが少ないとはいえ、私達の通う高校の生徒が使う道。
神崎の腕で見えないけれど、さっきから刺さるほどの視線を浴びているのは、きっと気のせいじゃない。
それは神埼の方が感じているはずなのに、一向に拘束が弱まる気配はない。
「なぁ」
少しの間を置いて、神崎が口を開いた。
「なに」
「佐倉さんの下の名前何て言うん?」
「知らんかったんかい」
「名前は知ってんねんけど、どう読むかわからんねん。“蒼”って書いてなんて読むん?」
“あお”だの“そう”だの、男の子みたいな読み方はよくされる。
一度で私の名前が呼ばれたことはない。
「……あおい」
「ククククククククッ。可愛い名前やな」
「どうせ名前の雰囲気とちゃうわ、おとなしそうちゃうわ!」
「そうやって突っ張るからやろ。
「……
「アホは余計や。で、どうする? これからうち来る? 来ぃひんの?」
「あんたに振り回されっぱなしでムカつく」
「それはお互い様やから安心して」
やっと腕の拘束を解いてくれたかと思うと。
神崎はこっちに向かって手を差し出した。
今度はあの時のように素直にその手に応えられそうな気がして、そっと乗せる。
んふふと右隣から笑う声が聞こえる。
私はあんなに嫌だった「あのしたり顔はもう見られなくなるのだろうか」とおかしな心配をしながら、彼の隣をゆっくりと歩いていった。
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