Assortment of Christmas

瑛依凪

Case1 アトだけ残して―from 嘘つきのつくりかた

 新倉一海にいくらかずうみは几帳面な性格なのか、適当な性格なのかわからない男だ。

 仕事中の机上は雑然としていて、持ち主にしか物の行方がわからない。にも関わらず、仕事が終わると何事もなかったように整理整頓されている。キーボードやマウスの位置まで決まっている始末だ。

 そうかと思えば、物をよく失くす。

 定期券はICカードにしているから再発行がすぐできるものの、家の鍵と車の鍵は何度失くしたと日向ひなたは聞いただろうか。


「なに? 俺の顔に何かついてる? 成瀬サン」


 観察しすぎたらしい。日向の視線に気づいた新倉が不機嫌な声を出す。


「いーえ、別に」


 日向は慌ててエクセル画面に視線を戻す。

 新倉がこちらを見たままなのはわかっているが、口を一文字に結び素知らぬ顔を決め込んだ。


「何。言いたいことがあんならいーなさいよ。俺がイライラする」


 言葉の選び方を習ってこなかったのか、こいつは。

 たった一言で日向の芝居は中断される。


「そーよね、あんたはいつも自分の都合ばっかよね」


 いつもの彼の言葉が今日はやけに耳につく。

 それでも堪らえようと静かに発した言葉の中に、わずかでも日向の苛立ちが混じってしまったらしい。


「いやいや、俺は何か用があるのかって聞いただけでしょ」


 責任転嫁。

 プチっと何かがキレた音がした。


「あんたなんかに用事なんかない!」


 日向はそのまま鞄を掴んでオフィスを出た。


                   *


「それでにいとケンカしたの?」


 取引先との打ち合わせの帰り。

 気づけば隣でハンドルを握る先輩の佐伯に不満をぶちまけてしまっていた。

 佐伯は新倉のことを“にい”と呼ぶ。代わりに新倉は佐伯のことを“せいちゃん”と呼ぶ。

 学生時代からの先輩、後輩らしい。

 佐伯は日向の罪悪感など気にしていないように見える。しかし、仮にも仕事中だということを思い出した。


「……はい。すみません、グチって」

「もやもや抱えたまま仕事されても俺も困るしね」


 日向が謝ると佐伯は淡々と返した。

 居たたまれなくなり、もう一度日向は小さく謝った。

 信号が赤になり、車が静かに止まる。


「で、ケンカの理由は何?」

「……笑いません?」


 そのタイミングで日向に振り向く佐伯に日向は念押しをした。


「理由による」

「じゃあいいです」

「俺が気になるから教えて。ほら、信号変わっちゃう。運転に集中できないでしょ」


 そう急かされて日向は渋々ケンカの理由を告げた。


「実は……」


 クリスマスが近いから新倉に何かプレゼントをしたいと考えた。でも何をあげていいかがわからない。

 彼を日頃から観察していれば何か掴めるだろうかと、日向は数日前から新倉を観察していた。


「あははははははっ」


 大きな交差点で助かった。信号はまだ赤いままで、前の車が動き出す様子はない。


「笑わないでくださいって言ったじゃないですか!」


 精一杯の抗議を声に表す日向。


「いや、だって成瀬かわいいんだもん」

「……っ!」


 佐伯には一度告白をされたことがある。そう言われると日向はまだ心穏やかではない。佐伯は普通に振る舞ってくれているのだから、自分もそれにならわなければならないのに。

 次の言葉に戸惑っていると、佐伯が次の言葉を言った。


「サプライズ、したいんでしょ? だから、にいに言えなかったんだよね?」


 日向が小さく頷く。


「成瀬の気持ちがこもってればいいんじゃない? ってことで俺からはこれね。その中見てみて」


 佐伯が小さくやんわりと笑ってゆっくりとアクセルを踏んだ。


 ポンと渡された小さな持ち手が着いた紙袋。

 中身を取り出すとハンドクリームだった。


「成瀬がいつも頑張ってるご褒美ね」

「女性が欲しいものよくわかりますね」


 乾燥するこの時期はハンドクリームがいくつあっても足りない。

 日向は冬の間にお気に入りのオーガニック系の店で何本も購入する。


「これね、実は今取引してる会社のまだ出てない新製品。モニターにして申し訳ないけど、あとで感想聞かせて」

「あ、そうなんですね。わかりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。はい、着いたよ」


 自社ビルの入り口から少し離れた場所に車を停めると、佐伯がトランクを開けた。

 日向は助手席を降り、慣れた手つきでトランクの蓋を上げ、中に入っている荷物を取り出し始めた。


「じゃあ、これ先に持って行きますね」

「うん、俺も車停めたら追いかける」

「はい、お気をつけて」


 両手に紙袋を抱えた日向の背中をしばし眺めて佐伯が呟いた。


「半分冗談で半分本気なんだけどね。あーあ、俺も進歩ないわ」



                   *


 会社に戻り、佐伯や他の社員とのミーティングを終えると、日向はやっと一息つくことができた。

 休憩スペースでお気に入りのミルクティーを飲んでいた。

 ガコン。

 日向の後方の自動販売機に人の気配がした。


「どこ行ってたのよ、せいちゃんと」


 プシッと勢い良く缶を開けて新倉がコーヒーを飲み干す。

 そしてまた勢い良く空き缶をゴミ箱に投げた。缶はカンッという音を立てて軌道を外れて床に落ちた。

 新倉から軽い舌打ちが聞こえた。


「ホワイトボードに書いてあったでしょ」


 謝ろうと思っていたのに、こんな態度に出られたのではこちらも謝る気にはなれない。

 ゆっくりと新倉が近づいてくる。


「顔じゅう、ニッコニッコさせて帰ってくれば何かあったか気になるでしょーが」


 日向は軽くため息をついた。


「新倉」

「なんだよ」

「もしかして……やきもち?」


 背中越しでもわかる新倉の照れた空気。


「うるさいわ。好きな女取られたくないと思って何が悪い」


 その顔が見たくなって日向は後ろを振り返った。

 新倉は左手を顔に当てて下を向いていたため、表情がよく見えない。


「新倉、手出して」

「て?」


 日向はスーツのポケットに忍ばせていた小さな箱を取り出して、新倉の手の上に乗せる。

 新倉はその箱をじっと見つめたまま動かない。


「クリスマスプレゼント。何あげていいか迷ったんだけど、キーケースなら邪魔にならないでしょ? っていうよりいつも持っていて欲しいから、ですけど」


 最後の方は照れてしまって、日向は下を向いてしまった。

 サプライズした反応が見たかったはずなのに。


「アナタはもう、ほんとに……」


 新倉が何か言ったのが聞こえたが、日向にはボソボソした音で上手く聞こえない。


「え? なに?」

「かわいいことすんなって言ってんの!」


 急に抱きしめられたかと思えば、首からデコルテにかけてひんやりとした感触があった。

 首元に手を当てると、細いチェーンの先に小さなハートがついていた。

 短めのチェーンなのでペンダントトップを今確認することはできないが、たぶん石が付いている。


「プレゼント。肌身離さず付けとくこと」

「……ありがとう」

「こちらこそ」


 日向の声に反応して背中に回された手にぎゅっと力が入る。


「日向」


 初めて名前を呼ばれた。

 平気そうにしているが、新倉も今顔が赤いんじゃないだろうか?

 でも、自分も動揺を気取られたくなくて、平然を装うことに専念した。


「……ん?」

「この後もちろん空いてるよな?」

「うん」

「じゃあ、朝まで俺に付き合ってね」

「……あさまで?」

「うん、カラオケオールね」


                   *

                   

「で、それもらったんだ新倉くんに」

「うん」


 休み明け。日向の首元に光るネックレスをすずは目ざとく見つけた。

 それを見ずとも、朝からの日向の表情を見れば何かあったことくらいわかるのだが。


「日向。鎖骨の辺り、赤いよ」


 トントンと涼が自分の鎖骨を人差し指で示した。


「えっ? 嘘、昨日鏡見たときは大丈夫だったのに!」


 日向はポーチの中から手鏡を取り出すと、鏡で確認する。

 けれども、肌には何の異常も見当たらない。


「って、え?」

「日向、その騙されやすい性格なんとかしないと、私いつまで経っても心配だわ」

「すーずー」

「今日の新倉くんはさぞ機嫌がいいでしょうね」

「なに? 何の話?」


 絶妙のタイミングで新倉が通り掛かった。


「なんでもない。女子の話に割り込んでくんな」


 涼に助けを求めようとすると、涼は既にいない。

 心の中で薄情な親友に毒づいていると、更に追い打ちを掛けられた。


「よくわかんないけど、アナタ相変わらずごまかすの下手ね」

「う」


 ニヤリ。

 新倉がとても楽しそうに笑った。


「なんの話してたか、教えてくれる?」

「教えない」


 秘密はすぐにバレることになる。

 所詮、嘘つきのプロになんて敵うわけがない。

 

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