Episodi 27 銅色と釣鐘草

 時計の針がちくたくと音を響かせる。不意に訪れた静寂に、ジゼルはたまらなくなってぎこちなく俯いた。ヘロは昨夜の涙もすっかり乾いて、落ち着いているように見えた。あの涙の訳を聞いてもいいのか、自分の片想いは迷惑でなかったか、聞きたくて、不安だった。ジゼルは菫色の瞳を揺らしてふわふわと小さく透明な魚のように視線を泳がせる。心臓がトッ、トッ、と少しだけ早く足踏みをしていた。意を決して空気を胸いっぱいに吸うと、ジゼルは頭をもたげた。

「あの、ヘロ――」

 ジゼルの声が、白い息に溶けて揺らめく。ヘロは静かな眼差しで、窓の向こう側から差し込む光の筋を見上げていた。白と桃色の光がヘロの重たい前髪を照らして、まるで朝焼けの湖面のようにきらきらと瞬いて見えた。穏やかで絵のような切り取られた時間。ジゼルはヘロに見惚れて、それ以上先の言葉を紡げなかった。けれどヘロは、微かなジゼルの吐息さえ拾って、緩やかに振り返った。ヘロの頬の輪郭が白く筋となって照らされる。彩られた髪が隠された左の頬に影を落とした。暗く不自然に照り光る火傷の痕が見える。その痛々しい【死】の痕に、ジゼルはどきりと心臓が抉られるような痛みを覚えた。ヘロの頬に窓の格子が影を落とす。それがまるで墓石に象られた架のようで——彩りに祝福されたような、世界でたった一人の勇者は、仄暗い夜明けに佇んで、まるで切り取られた景色の絵画のように笑っている。

「何?」

 ヘロはきょとんとしたように首を傾げた。けれどジゼルは、何も言えないままヘロの額に手を触れて、その前髪を搔き上げていた。ヘロが、ばっ、とジゼルの手を振り払う。怯えたような目をしていた。

「な、な、何」

 ヘロの声は震えている。ジゼルは胸の前できゅっと手を握りしめた。

 胸が痛い。

 なぜかはわからない。何が悲しいのかさえわからない。あんなにも焦がれたヘロの鮮やかな色が、今は酷く哀しく思えた。ジゼルは掌の中で光るヘロの撫子色ショッキングピンクレルピンを見つめた。瞼の裏に、ヘロの部屋が鮮明に浮かんでは擦れて消える。白木造りの単調な家の中で、あの部屋だけが彩りに満ちていた。あれはまるで薔薇窓ステンドグラスのような部屋だったのだとジゼルは思い至る。綺麗だけれど、きっと簡単に割れてしまう景色。この鮮やかな色は、彼の鎧なのだと思った。硝子の鎧なのだと、思った。

 数えきれない程の傷をこしらえながら、それでもその傷痕の奥に眠る痛みを誇らしげに太陽の光に透かして笑う【勇者の蛹】達は、【魔術師の蛹】であった子供達にとっては酷く奇妙な生き物だった。シクルに愛され、生まれながらにして恵みを継受しているはずの子供が、どうして“落ちこぼれ”であるはずの只人よりも——"勇者になれない子供達”よりも、傷だらけなのか、不思議だった。けれどそれを、殊更気に留めたことなんてなかった。だってみんな、あまりにも、明るく陽だまりのように笑うから。けれど、【魔術師の蛹】だなんて尤もらしい名を与えられなければ生きていかれない燕の雛の方が、よほど甘やかされて育って来たのかもしれない。辛いことから目を背けて、心から笑えていたのは、きっと自分たちの方だった。ジゼルは体を震わせ唇を噛み締めた。

 どうして今まで気づかなかったんだろう。どうして、気づかないでいられたんだろう。ジゼルは涙で歪む割れた水晶玉のような視界を彷徨わせ、ヘロを眺めた。

 一度気づいてみれば簡単なことだった。ヘロは隠しているつもりでも、体の至る所に小さな消えない傷痕が刻まれている。ジゼルの体には一つもない痣が、瘡蓋が、火傷の痕が、見え隠れしている。ヘロが隠し続けた右の額は黒く焼け焦げていた。ジゼルはたまらなくなって、小さく嗚咽を漏らしながらぼろぼろと涙を零していた。

 傷痕を隠したくなる気持ちは、一体どんな声だろう。

 修行でついた傷痕なら、隠さないことが普通だった。それは努力の証だからだ。みんな同じように傷だらけなら、隠す必要なんてどこにもない——そういうものだった。だから誰もが傷痕を見せびらかして、僕は辛くないと胸を張った。これは努力の勲章だと太陽に翳して。

 それを、頑なに隠そうとするヘロは、きっと、この星で誰よりも異常だろう。

 ——ああ、だからきっと、彼が選ばれてしまったんだわ。

 ジゼルは止めどなく流れ落ちる涙をどうすることも出来なかった。戸惑うように伸ばされた長い指が、ジゼルの前髪にそっと触れて、また引き戻される。けれどヘロは、いつしか優しくジゼルの頭を撫でてくれていた。その指の動きはあどけない子供のようで、ジゼルは泣きながら哀しくてふわりと笑った。

「ごめんね」

 ジゼルは擦れる声を振り絞ってそう告げた。ヘロはしばらく黙っていた。擦れた声で、静かに呟く。

「見られたく、なかったのに」

「隠し方が足りないわ……そんなの、見てって言ってるようなものだよ?」

「そんなことは……いや」

 ヘロは俯いた。

「ジャクリーヌでさえか遠慮して触って来なかったのにさ。本当に、大人しい顔してひどいよな」

「ごめんね」

 ジゼルは声を詰まらせた。ヘロはしばらくためらうようにジゼルから手を離して、やがて肩を貸すようにジゼルの頭をそっと抱き寄せたのだった。

「ごめんね……辛い想いをさせるね、ごめんね。わたしのせいで、ごめんね……」

「何がごめん、だよ。ジゼルのせいじゃねえし、大体なんで謝られてんのかさっぱりなんですけど」

「わたし……女神なの」

「知ってるよ。知ってます」

 ヘロは溜め息をついてジゼルの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「わたしね、どうしようもないくらい、女神だったの」

「ははっ……もう、何言ってんだかわっけわかんねえ。もう何言ってんだよ」

 ヘロは吹き出してからからと笑った。

「あー……あのさ」

「うん……」

 しん、と静まり返る部屋の中で、柱時計の針の音だけが響いている。

「あの……その、ノイデが言ってたことは本当?」

 ジゼルは一寸息を詰め、そっと目を閉じた。

「うん」

「そっか」

『何が、【そっかぁ】だ。間の抜けた返事をしおってからに』

 ヘロの周りでふわふわと舞っていたメルディが焦れたように口を挟む。

「うるっさいな。他に何を言えって言うんだよ?」

『かーっ! 呆れた』

 メルディがぐるん、と鋭く回旋する。

「……そうか、しか、今は言いようがないんだよ」

 ヘロはぽつりと呟いた。ジゼルは小さく頷いた。

「ヘロ」

「ん?」

「わたし、陽だまりにはなれない。朝の光にもなれない。夕焼けのようなあなたに焦がれることしか出来ないの。わたしはあなたを照らす光にはなれない。だから、わたしのことなんか、見てくれなくていいの」

 ヘロは俯くジゼルをじっと見下ろして、やがてふわりと笑った。

「はは」

「な、なんで笑うの」

「大げさ。そんなに思い詰めなくていいよ。それに、俺はそんな風に思ってもらえるような人間でもないよ?」

 ヘロは睫毛を震わせて笑った。

「ジゼルってさあ、いっつも下ばっか向いてる」

「そ、そんなことないよ」

「そうかなあ。そんな印象しかないなあ。だから俺、学校でもあんたのことよく知らなかったんだ」

「そ、それはヘロが極端に周りに興味がないからだと思う」

「いや、ジゼルの存在感がないのが原因だって」

「そ、そんなことない」

「ははっ」

 ふわふわと笑うヘロの笑顔は心もとなく、まるで風に飛ばされるまま流れて舞う綿毛の一粒のようだった。ジゼルはまた滲んでくる涙をこれ以上流さないようにぎゅっと瞼を閉じながら首を振った。

「無理して笑わなくていいよ」

 そう言って、ジゼルは目尻を指で拭った。ヘロをもう一度真っすぐ見つめ返す。ヘロは澄んだ瞳で——赤橙の空のような瞳でジゼルを静かに見下ろしている。

 ジゼルは半ば睨むようにヘロを見つめ返した。わたしは言葉が足りなくて、うまく伝えることが出来ないけれど、これだけは伝えなければいけない。ヘロはこてりと首を傾けた。

「泣いたりして、女々しいだろ、俺」

「そんなことない」

「なんで?」

「男の子だから泣いちゃだめって、理不尽」

 ジゼルはきゅっと唇を噛み締める。

「ジャ、ジャクリーヌだってきっとそう言うわ」

「うん……そう、かもね。そうだろうな」

 ヘロはくしゃりと前髪を握りしめて苦い笑みを零した。

「だから……言えなかった」

「どうして?」

「じゃあ、聞くけど、なんで言わなきゃいけない?」

 前髪の隙間から覗くヘロの瞳が、夕焼け空の空洞のように見える。ジゼルはびくりと肩を震わせた。

 いろで隠した瞳孔が、暗く無機質にジゼルを捉えている。

「……それは、」

「言いたくない、話したくないことを、無理矢理話させて楽しい? そうじゃないだろう? ジャクリーヌだって、俺のことが好きだって言うならあんただって、きっと心を痛めるんだろう。そしてそれを見て俺は苛まれなきゃいけないんだ。言いたくなかったのにって。話したくないのにってさ。聞いてくれたのに、一緒になって悲しんでくれるだろうに、きっと俺はあんたもジャクリーヌも恨んでしまう。二人は何も悪くないのにってさ」

 ヘロは前髪を抜けそうな程に強く引っ張っていた。

 こんな時、ジャクリーヌならなんと声をかけてやれるんだろう。ジゼルはただそれを見ていることしか出来ない。

 きっと彼女なら、「それは、癖なの? 自虐ね」だなんて、はっきりと言うのだろうと思った。それが彼女の持つ光だから。そしてヘロは、それを厭いながら、本心では求めているのだ。欲しいと手を伸ばして泣いているのだと思った。

 けれどわたしはジャクリーヌではないし、本当はヘロの側にいていい人間でもない。だったらわたしにそんなことを言う権利もない。こうして心が痛いと叫びそうになってしまうことだって、赦されないのだろう。

「悲しいと、思うのは……許して」

 ジゼルは蚊の鳴くような声で呟いて、俯いた。

「ごめん、俺……ちょっと今、荒れてるかも、しれない」

 ヘロも力なく零して、手を下ろした。

『かもしれない、だと? よく言う』

 メルディがどこか責めるような声で言った。

「この眼、」

「え?」

 ヘロがぽつりと零した言の葉の雫を、ジゼルは慌てて掬い上げた。

「この、俺の眼の色。あんたの眼にどう映ってるかは知らない。ジャクリーヌとか、トゥーレとか、母さんや、父さんや、」

 ヘロは声を震わせた。

「みんなには、どう見えるのか、知らない、けど、俺は、その色が好きだと言われると、悲しいのとか、嫌だと言う気持ちとか、泣きそうになって、嬉しいとか思ってしまって、でもそれが厭なんだよ」

 ヘロは前髪をくしゃりと握りしめる。

「この眼……生まれた時は、物心ついた頃は、魚の鱗みたいな銀色だった。好きだったんだ。水の中で泳ぐ魚が気持ち良さそうで、両親の躾は厳しかったけれど、俺の目はこの魚と一緒だからって、そう思ってた。だけど、いつからかな、どれくらい毒を飲まされたかな。どれくらい魔法をかけられて死にかけたかな。そんな風に体を痛めつけてぼろぼろになって、気がついたら、こんな色になってた。水面に映る俺の目の色は、もう水底には行けそうにないような派手な色だった。髪の毛だってさ、本当はもっと濃ゆい苺みたいな赤毛ストロベリーブロンドだったんだ。それが、まるで色が抜けたみたいに金色になっていってさ、こんなよくわからない色になったんだ。母さんは昔プルートの研究機関で働いててさ、本当はそんなことしたら駄目なのに、内緒だからって俺で色々試したんだ。母さんが赤毛で父さんが金髪だから、誰も大して不思議に思わなかった。珍しいねえって言うだけ。誰も気づいてくれなかった。まあ、仕方ないことなんだけど」

 ヘロは試すようにジゼルを見つめて、目を細めた。

「で、ジゼルは俺のどこが好きなの?」

 ジゼルはきゅっと口を引き結んだ。何が答えなのかわからない。どう言えば、いいのだろう。どうやって、伝えれば。

「わた、しは」

 震える声で呟く。わたしはあなたの色が好き。あなたの纏ういろが好き。あなたの声の音色が好き。あなたを見ていると、息ができる。あなたが水底の魚に憧れたのなら、私だって水面の向こう側に広がる鮮やかな世界に憧れたの。

 言葉にならない。

 どうしたらヘロを傷つけないで済むだろうと考えていた。わたしの言葉が針になってしまったらどうしよう。わたしはきっと、彩りを追いかけてあなたを好きになった。水彩画のようなあなたに水を一滴垂らすように、いつしか惹かれていった。だけどわたしは、あなたを傷つけたいとは思わない。その気持ちは本物なの?

「はは」

 ヘロが振り切るように明るく笑った。

「ごめんな、こんな話して。びっくりしたろ」

 ジゼルはただ俯くことしかできない。伝わらない。伝えられない。けれど伝えなければ、もっと傷つけてしまう。それなのに、喉が潰れてしまったみたいに、声が通って行かないの。

 ヘロは凪いだ眼差しで笑った。

「ジゼルって、なんか釣鐘草ホタルブクロみたいだな」

 ジゼルは顔をあげた。

「どういう、こと?」

 ヘロはジゼルのつむじをとんとん、と指で弾いた。

「いっつも俯いてる」

 はっとしてジゼルは頭を抱えるように手を添える。

「ご、ごめんね」

「だから、なんで謝るの」

 ヘロは穏やかに笑った。また泣きそうになって、ジゼルはきゅっと唇を小さく噛んだ。

「厭じゃないよ」

 ヘロは言った。

「向日葵みたいに、ずっと見つめられてると、疲れるし」

 ヘロは力なく笑った。

「向日葵が太陽を追いかけるのは、向日葵が花を咲かせたばかりだからよ。茎が固まってしまったら、もう太陽を追いかけられないわ」

 ジゼルは応える。

「そうだっけ」

「そうだよ」

 ジゼルは小さく鼻をすすった。

「ジゼル泣きすぎ。釣鐘草ホタルブクロが朝露を零してるみたい」

 ヘロは可笑しそうに笑っていた。ジゼルは困ったように眉根を寄せた。

『なかなかに詩人だろう』

 メルディが静かな声を挟む。

『こやつ、昔からこういった言い回しが好みでな。最近はめっきり言わなくなっていたが』

「まあね。でもなんか……ジゼルってほんと、生き物って言うより植物みたいだ」

 ヘロはくすくすと笑った。ジゼルは駄目とはわかっていても癖のように俯いてしまう。

「そ、それは……わたしが、」

「【わたしが人ではなくて女神だから。人間ではなくて、ただの土人形だから】とかくっだらねえこと言うなよ」

「く、くだらなくなんてないよ!」

 ジゼルは小さくむっとして顔を上げた。ヘロの赤橙の瞳が潤って揺れている。

「くだらないんじゃねえ? 別にけなしてねえし。いいんじゃね? 植物だって必要だから世界にあるんだろ」

「わ、わたしを植物だなんて言うのはあなたくらいのものだよ……」

「俺、ほんとは結構変わってるからな」

「ほんとはもなにも、かなり変だよ……」

 ジゼルは【かなり】に力を込めて言った。けれどヘロはどこかほっとしたように息を吐くだけだった。

 ——綺麗。

 ジゼルはヘロの瞳に吸い寄せられるように見蕩れていた。この色を、もしかしたらヘロ自身は厭っているのかもしれない。けれど、本当には嫌いにはなれないのだろうと思った。

「その色は、」

 ジゼルは静かな声で呟いた。ヘロは首を傾げる。

「その瞳の色は、ヘロが見ている世界の色だよ」

 ——だからきっと、わたしも焦がれるの。

 ジゼルは、伝わればいいと願いながら、ヘロを見つめた。

 ヘロは睫毛を蝶の羽ばたきのように震わせ、そっと目を細めた。

「ジゼルはこの色、どう見えるの?」

「夕焼けの色だわ。でも朝焼けにも見えるわ」

「そりゃ、今は朝だしな」

『また情緒もへったくれもないことを言うの』

 メルディが溜息のような声を漏らす。

「夕焼け空って、すぐに消えてなくなってしまうから、」

 ジゼルは言葉を選びながら擦れた声で言った。

「もったいないって思うの。だからわたしは夕焼け空をずっと見つめてしまうの。ヘロの瞳も、髪も、そんな色をしてる。それはとっても、素敵なことだと思う」

 ヘロは目を伏せたまま、黙っていた。すっかり冷めてしまった紅茶を口に付ける。そうして、ふう、と息をつくと、「くしゅっ」と小さなくしゃみをした。ジゼルはそっとヘロの背を押す。

「ねえ、暖炉の前で暖まっていないとだめよ」

 ジゼルの言葉に、ヘロは鼻をすする音で応える。

 ヘロは抵抗しなかった。大人しく暖炉の前に踞って、肩を震わせていた。

 ジゼルはもう何も言わなかった。メルディがふわふわとジゼルの頬の側で舞った。

『ありがとう』

 ジゼルは首を振る。

『植物みたい、か……言い得て妙だの』

 メルディはどこか嬉しそうに言った。

 ジゼルは黙ってヘロの背中を見つめた。暖炉の熱風に、ヘロの柔らかな髪がふわふわと揺れる。

「こんなに寒いと、夜は大変だね。やっぱり出かけるのはやめとこうか」

 ジゼルは笑った。ヘロは小さく溜め息をついた。

「ほんっとに寒すぎるよ……なんなんだよこの星……アポロの冬もこんなに寒くなかったぞ」

「マルスの時みたいにお風呂があるといいのにね。そうしたら温まるから……」

「つっても他人の家で呼ばれもしないのに風呂に入れてくれとも言い辛いしな……」

 ヘロは炎を見つめた。

「日光浴っつってたっけ。ちゃんとやって、夜に備えないとな」

「出かけるの?」

「出かけたいだろ? 俺としては暖炉の前から一歩も動きたくない気もするけど」

「ヘロが……行きたくないなら、別にわたしはいいよ。一人で行ったっていいし」

「お前、本当に意外と行動的だな……」

『そなたは逆に内向的だからの』

「ほっとけ……」

 ヘロはぐすっと鼻を鳴らした。

「っくしゅん」

 ジゼルも釣られたようにくしゃみをする。

「何そんなとこで傍観してんだよ……あったまれよ」

「うん」

 ジゼルは鼻の頭を撫でながら苦笑してヘロの側に腰を下ろした。

 階段の上から足音が聞こえる。ヘロとジゼルはそっと頭をもたげた。足音はぱたぱたと降りて来て、栗色の袢纏はんてんに身を包んだ栗毛に青い瞳の壮年の男性が——頭の上が少しだけ薄くなっている——姿を見せる。ダルディア医師は手にふうふうと息を吐いては擦り合わせ、「おお寒い」と呟く。二人と目が合って、くしゃりと目尻に皺を寄せた。

「おお、君たちか。おはよう。この星は寒かろうね?」

「おはようございます」

 ヘロはがぺこりと頭を下げる。ジゼルも屈めていた腰を上げて、頭を下げた。

「お世話になっています」

「いやいや、立たなくていいから、暖まっておきなさい」

 ダルディア医師は優しい声でそう言った。ジゼルは小さく頷いて、ヘロの隣に腰を下ろす。

「あの……突然お邪魔して、すみません」

 ジゼルが小さな声でそう言って、ヘロがこくりと頷く。その様子を見て、ダルディア医師は吹き出すようにふぉっふぉと笑った。

「構わんさぁ。ノイデが無理やり連れて来たんだろう? あの子は昔から言葉が足りないからねえ。ああ、大体の話はノイデから聞いているからね、心配いらないよ。あの子はお前さんたちに悪いようにはしないだろう。寝ても覚めても、【勇者】と【魔道士】が行方知れずになってからと言うもの、ノイデはお前さんたちの話ばかりしていたよ。あれはあれなりに心配していたんだろう。

 ヘロとジゼルは顔を見合わせた。

「ノイデは何か言っていたかね?」

「あ……夜、街に出てみたら、って」

 ヘロが答えると、ダルディアは楽しそうに体を揺らした。

「はっは、観光かぁ! そりゃあいい。この星の夜は、宝石の灯りがきらきら光ってとても綺麗だよ。ヘイニが起きたら、塗り薬を貰いなさい。それを皮膚に塗って、お天道様の下でひなたぼっこするといい。温かいよ。夜も元気に遊べるようにね」

 ダルディアは茶目っ気たっぷりに片目をぱちんと瞑ると、「おお、寒い寒い」と体を揺らしながら看護室へと姿を消した。ヘロとジゼルは顔を見合わせて、どちらからともなくふわりと笑い合ったのだった。


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