Episodi 16 鏡と涙

 たっぷりの温かいお湯に浸かりながら、ジゼルは膝を抱える。

 長い一日だった。濃い二日間だった。全てがあまりにも、目まぐるしくてここに居ることが夢ではないかとさえ思ってしまう。

 あんなにも憧れていたヘロと共に行動しているという事実が、未だに信じられない。ジャクリーヌはやっぱりヘロにお別れを告げたのだろうか――何となく怖くて聞けない。

「そんなこと……する必要、ないのに」

 ぽつりと呟いて、ジゼルは口元までお湯に浸かった。顔が見る見るうちに紅潮していくのがわかる。ジゼルは顔面を水面にぶち当てた。跳ねたお湯の雫が砂と紅い塩の床にぴしゃりと跳ねて染みこむ。

 ――違うもの。だって、だってあんなの反則だよ……!

 あの時は息が苦しくてがむしゃらだったから意識するゆとりなんてなかった。けれど、この星に移動したままに沈んだあの湖で、ヘロは確かにジゼルの体をふわりと抱き寄せて、水際へ引き上げてくれたのだ。抱きしめられた……抱きしめられた……! 濡れてた……ヘロの、髪が、濡れて、なんだかとても可愛くて、かっこよくて――。

「うううううっ……」

 ジゼルは泣きそうな顔で自分の両頬に手を当てる。

 ――わたし、やっぱりあの人の顔が好きなのかしら……あんなに考えなしで無鉄砲で子供っぽい人だとは思わなかった。知ったつもりになってた自分が恥ずかしい。何にも知らないんじゃない……なのにどうして、こんなに恥ずかしいの? どうしてこんなに口が……。

 口元が緩みそう。

「ううう……わたしってなんて恥ずかしいの……」

 ジゼルはぐすん、と鼻を小さくすすった。両手で顔を覆う。

「だって……だって、顔が本当に可愛いんだもの……女の子みたい……なのにすごく、手も大きくて、かっこいい……声だって好きなんだもの……うう」

 つい、独り言が大きくなる。

『おい、娘。例え入浴中でも杖を手放すのは勧めない。今度から杖は肌身離さず持て』

「うう……心臓が持たな……は、はいっ」

 顔をあげると、シクルがふわふわと浮いていた。

「ひゃっ!?」

 思わず膝を曲げて太腿を寄せ、胸を両腕で隠してしまう。

 シクルに性別なんてないかもしれない。……けれど、やっぱり恥ずかしい。

「え、っと……あ、杖……そう言えば……」

 部屋の外に置いている。

「き、気を付けるわ……今後からは、ちゃんといつもそばに置いておく」

『ふむ。そうしてくれ。そなたが無条件に信頼できるのは玻璃のみぞ。故に神器とシクルだけは何があろうとそなたの味方だ。それだけは忘れてくれるな。ターシャを信用してはいけないよ。あれは根本的にはそなたと道を違えた敵なのだから』

 シクルはくるくると回る。ジゼルはそれをじっと見つめた。

「えっと……ヘロのシクルさんじゃないみたい……?」

 両手で皿を作るように指を重ねると、シクルはその掌にちょこんと降り立った。

『いかにも。私はゴーシェのシクルだ。イルダと呼んでくれたら嬉しいぞ』

 少しだけ誇らしげにそう言った。ジゼルは微笑む。

「ねえ、イルダ。あのね、ヘロのシクルはヘロとお話しているの。ゴーシェともお話してあげたらきっと喜ぶと思うのに」

『……私にとっては、むしろあれが人と会話をしようなどという心持ちになったことが驚きなのだよ。まだ…そうそう心は開けないのだ。……残念ながらな。それに、あの若者もまた、しばしの相棒でしかないのだよ。この八つ星の勇者の蛹達は、廿年と我々を手元に置いてはくれないのだからな。いちいち心を許してしまっていては、シクルと言えど私の心が疲弊してしまうよ。別れはそれなりに辛いものだ。私はプルートの鏡のようにはなりたくない』

 ジゼルはそっとイルダを撫でた。

「そう……。でも、あなたはやっぱり、ゴーシェに心をとても許しているように見えたわ。貰った名前をそんなに喜んでいるのだもの」

『ふむ。確かに嬉しいぞ。あの若者が心優しいとも十分に理解している。しかしな、あくまであれは人でしかない……我らの忌み嫌う人の業を抱えている。だから我々は安易に口を聞くわけにはいかぬ。それをしてしまえば、かつて心に刻んだ誓いを破ることになってしまうのだ』

「誓い?」

『ふむ。女神を裏切ったこと、だよ。おお、ジゼル。そのように固くなるな。たしかにあの娘はそなたに一度に語りすぎたな。あれは私の主ではないが、非礼を謝ろう。あれはどうも、人として良くない出来の娘だよ』

「そんな……非礼だなんて……」

 ジゼルは嘆息した。

「あの、ね……」

 ジゼルは口を開きかけて、また噤んだ。まだ心の整理がついていない。思考が追い付いて行かない。

『よい』

 イルダは柔らかい声で言った。

『無理にすぐに受け止めようとしなくてよいのだ。ジゼル、そなたは確かに女神の系譜を引く稀有な存在だ。だがそなた自身はどう足掻いても女神自身には戻れない。もはやそなたは別人だよ。無理に女神であったことを業と捉える必要などない。そうしてしまえばあの娘と――ターシャと同じ轍を踏んでしまうよ。それではウラノスの願いの意味がないのだから』

「じゃあ、やっぱり……」

 ジゼルは俯いた。肩が震える。

「わたしは、女神と関わりがあるのね……もしかして、わたしは、ターシャのように女神の生まれ変わり、なのかな? そんなことが……あるのかな」

 イルダはしばらく黙っていた。ややあって、再び穏やかな、ヘロのシクルよりもずっと低い声を零す。

『女神が生まれ変わることは……恐らくない。そなたは女神の残骸だ。そしてターシャもまた、正しくはマルス自身の生まれ変わりと言うのはふさわしくないのだよ。魂と言うものは流転しない。一度死んでしまえば摂理から外れ、二度と戻ることは無い。再び生物の器を得て地上に舞い戻ろうとするのは、死んだ魂の垢だ。【未練】、なのだよ。深い恨み、未練、そう言った残してきたものが取りこぼされ、魂から削り取られ、摂理の渦へ紛れ込む。そうして再び命を得る。そうして生まれた意思は、過去のそれであったものの一部でしかない。そうして魂は削られ続け、やがてただの宇宙の塵となってしまうのだ。もはや身体すら持てない。誰よりも体を欲しいと渇望しながら、二度と意識を手放せぬまま漂うことになる。それは恐らく不幸であろうよ。八人の衛星達は……否、この世界では【八英雄】と呼ばれているのであったな。彼らの一部は未練を捨てきれず、この世界に舞い戻ってしまった。そなたを守り育てたアポロはな、彼らの中で誰よりも強く未練と後悔を抱えていたのだよ。己の妹の未練が生まれ変わることを期待し、この世に留まり続けている。けれども、恐らく彼女はそうはならぬ。彼女は死するとき何の未練も抱いていなかった。彼女は正しく【無】と消えた。それは恐らく幸福であったろうよ。アポロは、その未練を捨て去る日まで死にたくはないのだ。妹と同じになれなくなってしまうから。そなたを育てたのも、そのためだよ。そなたが――女神は、アポロの未練の一つでもあるのだから――なぜ泣く』

 ジゼルは目を閉じていた。その伏せた睫毛を伝って、涙がぽろぽろと零れて落ちる。浴槽に溜められたお湯の水面に波紋を描く。

「……哀しく、て」

『なぜだ』

「わから、ない……ただ、哀しくて……ターシャは、もう二度と救われないの?」

『あの娘が前世の記憶とやらに縛られて生き続ける限りは』

 イルダは静かに応える。

『あの娘が、ターシャであることを受け入れた時、あるいは未練を捨て去ることができるやもしれぬ。……しかし、恐らくは無理であろうな。あの娘を誰よりも理解し、守ることのできる人間が、それが愛だと信じて彼女を盲信している』

「それは、ゴーシェのこと?」

 ジゼルは鼻をすすって目尻にたまった涙を指で拭った。

『そうだ。あれは、ターシャを誰よりも深く愛しているのだよ。あれは誰よりも繊細で弱く優しい。故に片割れの暴挙を止めることはできない。どこまでもあの娘の望む未来を守るためだけに生きるだろう。あれは哀れな男だ。それが愛だと信じている。あれなりに熟慮して、何度も悩みながら、それが愛だと折り合いをつけることしかできない。それは人として美しいかもしれぬ。だが我らシクルにとっては浅ましき業よ。故に私はあれと心を交わすことは出来ぬ。それが私なりの――ゴーシェへの意思表示だ』

 イルダは力なく笑うような音を漏らした。

『あのシクルが、あの少年には何故心を許したのだろうな……そなたは分かるか? 私には不思議でならぬのだ……あの少年の何が、そうさせたのか……。プルートの鏡がなぜあの少年を選んだのか……。しばし観察しては見たが、どう見ても我が主の方が玻璃との共鳴力は格段に優れているぞ。無論、あの少年のそれも高くはあるのだが……』

「イルダは、ヘロのシクルさんに聞いてみなかったの?」

『無論、聞いたぞ。しかしあれはただ、あの少年の心が壊れていくのを見ていられなかった、としか言わなかった。他に言いようもないのかもしれぬ。私にはよくわからない』

 イルダは嘆息した。

 ジゼルはぼんやりと考えていた。ヘロはどうして、わたしを連れて逃げようとしてくれたのだろう。ヘロのシクルに聞いた話によれば、ヘロは巡礼者が罪人扱いされて、利用されることに耐えられなかったのだと言う。けれど、それならジゼルを連れていく必要はあったのだろうか。逃げたいのなら、ヘロ一人でもよかったはずだった。ジゼルは自分のことなら受け入れていた。罪人だと言われても少しも傷つかなかった。むしろ――そんな罪を、王室が言うようにウラノスの地図を探すことで業を雪ぐことができるというのなら、喜んでそれに甘んじたかった。そうすれば、わたしはになることができる。人々から、蔑まれないで済む。人々は、巡礼者が生まれながらの罪人だなんて誰も知らないのだから。巡礼者に選ばれることは、彼らにとってこの上ない名誉なのだから。

 ――でも、わたしが女神だと言うのなら……女神本人でなくとも、それに準ずる者なのだとしたら、それも難しいな。

 ジゼルは力なく笑った。存在自体が罪だと言われているのだから、罪を雪ぎたければ消えてなくなるしかない。どうして、一度消されたはずなのにこうして生きているのだろう。土の体を――人でないからだを得てまで、人のふりをして生きていかなければいけないのだろう。そんなわたしが、ヘロに手を引いてもらう資格なんてあるのだろうか。

「のぼせちゃった……そろそろ、出ようか」

 ジゼルは笑って、湯船から足を出した。さらさらとした砂と塩の床の感触を確かめる。わたしは生きている。この世界に生きて、こうして熱もなにもかも感じることができる。わたしの何が人と違うと言うのだろう。死ぬのは怖い。わからなくなることは怖い。まだもう少しだけ、ヘロを騙していてもいいのだろうか。もう自分が、女神だと知ってしまったのに、彼を巻き込んでもいいのだろうか。このまま守ってほしいだなんて、なんて浅ましい。

 ジゼルは俯きながら髪を拭いた。いつの間にかイルダは傍を離れて、どこかへ行ってしまった。あれはイルダの――シクルなりの警告だったのかもしれない。シクルは味方だと言った。けれどそれが、何に対する味方なのかはわからなかった。シクルやヘルメスの杖が――神器が見ているものは、ジゼル自身の心とは離れたところにある気がした。わたしは、どうしたいのだろう。わたしは、ただ。

 ジゼルは熱をもつ目頭を手の甲で必死で押さえた。

 わたしはただ、ヘロがわたしを守ろうとしてくれたことが嬉しいだけ。たとえ彼が何も知らなかったとしても。エリゼアパートナーとして見てくれたことが嬉しいだけ。それが嬉しくて、欲張りになっているだけ。もう少しだけ、もう少し。

 傍に居させて欲しい。

 それ以上は多くを望まないから。何も望まないわ。

「ジャクリーヌ……」

 ジゼルは呟いた。壁には大きな丸い鏡が掛けられていた。そこに映る自分の姿を、人の模造物だなんて思えない。年相応に膨らみを帯びた胸が、ジゼルは女だと教えている。わたしはちゃんと女なんだ。人なんだ。だけど、人じゃないんだ。こんな想いを持っていることすら、烏滸がましい。ジャクリーヌ、わたしはあなたとは違う。あなたと違って、わたしには本当は、こんな風にヘロを好きだなんて想う資格がないの。ちゃんとあなたに返すから。わたしはいつかきちんとあの人の眼の前から消えるから。女神のように、いつか消されることを望むようにするから。だから。

 ジゼルは目をぎゅっと閉じた。泣きたくはなかった。けれど、涙はぽたぽたと、床に伝った。



     *



 ヘロも湯浴びをして、ようやく食事になった。本当は申し訳ない。突然この星に舞い降りて、いきなり家に押しかけて、食事の世話までしてもらって……。けれどゴーシェは「巡礼者をもてなすのは長の仕事だから」とぶっきらぼうに言った。テフテナ家は代々マルスの長を務めているのだそうだ。英雄マルスが産んだ双子の家系が、この星をまとめてきたのだと言う。元始以来の双子だったので、ゴーシェとターシャが生まれた時のマルスはお祭り騒ぎだったのだとか。ターシャは実際に英雄マルスの生まれ変わりだと言うのだから、彼女が双子の片方として生まれてきたのも何かの縁があるのかもしれない。

 今のマルスの長はターシャだと言うことだった。「ゴーシェは【勇者】になる可能性があったから、代わりに」だなんてターシャは食事の席で言っていたけれど、どちらかというとターシャが神器であるマルスの水瓶を扱えるから、という理由が大きいような気がした。その日の晩は、ターシャは水瓶を見せてくれなかった。ジゼルもまた、水瓶の声を聞くことができなかった。いつかそのうち、声を聞いてみたいと思った。ターシャの惑星プルートへの恨みは深い気がした。ジゼルには、ターシャが行きつこうとしているその先はよくわからなかった。けれど、本当にこのままでいいのかも疑問だった。イルダが言うように、神器は全てジゼルの味方だと言うなら、水瓶は何かジゼルに伝えることがあるかもしれない。聞きたかった。自分がこれからどうしていけばいいのか、考えるためにも、水瓶の言葉を聞きたかった。もしかしたらもう、ヘルメスの杖のように言葉を語る力を失ってしまっているのかもしれないけれど。

 それはそれとして、それよりもジゼルは、食事中にヘロを見ないように気を張っていることで精いっぱいだった。湯上りの男子なんて見たことがなかった。厳密に言えばゲルダはアポロと言う男性だったということだけれど、ずっと“ばぁば”だと思っていたのだから、男の人として意識したことなんてなかったし、そもそもゲルダの湯上り姿なんてまじまじと見たこともなかった。彼もまた、見せもしなかった。それなのに。

 何の因果で、片思いの相手の湯上り姿なんて見なければいけないのだろう。

 濡れた髪のヘロは破壊力が凄まじかった。どこか紅潮した肌も、半袖の下から覗く腕も――ジゼルは初めてヘロの腕をまともに見たのだった。その両腕には、火傷のような痕が広く残っていた。ヘロは常に前と後ろに垂れる二枚の黒い長方形の布を、まるで袖のようにして服の半袖にぶら下げていた。もしかしたら、この火傷の痕をあまり人に見せびらかしたくなかったのかもしれない。ヘロは自宅では長袖の服を身に着けていた。痕を見せたくないのなら、そんな風に長袖の服を着ていればいいような気もするのだけれど、邪魔だとか暑いだとか、色々な理由があるのかもしれない。とにかく、滅多に見られないヘロの、細身だけれど筋肉質な腕を見られて、ジゼルの心臓はばくばくと鼓動を早めていた。気を抜いてしまうと顔が真っ赤になりそうで辛かった。

「つらい……」

 隣に座るヘロから湯上りのいい匂いがする。ジゼルはぽつりと呟いた。

「は? どうした? 具合悪い?」

 ヘロが顔を覗き込んでくる。濡れた撫子色ピンクの髪がぱらりと揺れる。やめて欲しい。お願いだから。

 ――かっこいい……。

 ジゼルは両手で顔を覆った。涙が出てきた。心臓が持たない。恥ずかしい。

「え? え? 何で泣くの!?」

 ヘロが素っ頓狂な声を上げて何故かあやす様にジゼルの背をぽんぽん、と撫でた。もう、本当に、やめて欲しい。ジゼルの体がふるふると小刻みに震えだす。耳が熱を帯びてくる。

「やっぱり具合悪いんじゃねえの? 早く休ませてもらう?」

「まあ、もういい時間だしね。寝床は用意してあるから、ゆっくり休みなよ。あ、歯磨きは忘れないで」

 ターシャがにっこりと笑った。ゴーシェがひょいひょいと食べ終わった皿を重ねてしまう。

「だってさ。立てる?」

「た、立てるわ……」

 ジゼルはようやく声を振り絞った。もう、早く寝て忘れてしまいたい。こんな恥ずかしいことは。

「で、どこだよ?」

 顔を覆ったままのジゼルの腕を掴んで立ち上がらせると、ヘロはターシャに尋ねる。

「そこ」

 ゴーシェが指差す。

「ヘロもそこで寝てね。明日の朝、食事ができたら起こしてあげるから、それまでゆっくり寝てるといいよ。今日は疲れたろうから」

 ヘロとジゼルは、ほぼ同時にぴしり、と固まった。

「……なんだって?」

 ヘロが低い声で呟く。ジゼルは指の隙間からヘロの顔を覗いた。ものすごく顔をしかめている。ターシャとゴーシェも同時に首を傾げた――左右対称に。双子だなあ、とジゼルは妙なところで感心した。

「何が? どうかした?」

「いや、俺の聞き間違いかなって思って」

 ヘロはすう、と息を吸い込んだ。

「寝台は一つしかないって言った? 部屋も一つしかないって?」

「うん」

 ターシャは本当にわからないといった風で眉根を寄せていた。

「何か問題なの?」

「いや、その部屋に俺とジゼルが寝ろって?」

「うん?」

 ターシャはますます訝るように首を傾げる。ゴーシェが不機嫌そうな声を漏らした。

「何が問題なんだ? 食わせてやって寝床も整えてやったのに何の文句がある?」

「いや、大問題だろ! いや、もちろん食事も風呂もしかも泊めてくれてありがたいよ? 感謝してるって! ほんとだよ。でもまずいだろ? なんで男女が同じ部屋で寝るんだよ? おかしいだろ!」

「「はぁ?」」

 ターシャとゴーシェの声が双子らしくぴったりと重なった。ものすごく胡散臭そうな表情になっている。目が据わっている。

「何が問題だって言うのー? もう……風呂は一緒に入れないだの一緒の寝台では寝れないだの……面倒だなよその人は……」

 ターシャは深々と、幾分苛立ったように言った。

「一緒の寝台で寝ろってことだったの!?」

 ヘロは青ざめる。ジゼルは卒倒しそうになった。

 ――ぶ、文化が違いすぎる……!

「はぁ? 何がおかしいっていうの? 私とゴーシェだって毎晩同じ寝台で一緒に寝ているよ?」

「その歳でか!」

 ヘロが左手で顔を覆う。ジゼルは三人の顔を見比べて――これ以上食い下がるのはよくないと決心した。なぜなら、双子の顔が苛立ちを爆発させる寸前だったからだ。

「へ、ヘロ……! ざ、雑魚寝と思えばいいじゃない! わたし達はお客なんだからあんまり我儘言えないわ。怒られちゃう……」

 ヘロは疲れたような目でジゼルを見下ろす。そうして双子の顔を見て、深い溜息をついた。

「わかったよ……悪い、ちょっと俺達の星ではそういう習慣はなかったんでちょっと一瞬ついてけなかった」

「そう……慣習の違いって面白いね」

 ターシャは微妙な顔をしてそう言った。

『面白いことになったの』

 ヘロのシクルが楽しそうに笑う。

「面白がらないでよ……」

 ヘロは弱々しい声を出した。ジゼルはそれを見て訳もなくとても申し訳ない気持ちになった。

「そ、そう言えばシクルさんの名前を考えていなかったわ。ほら、一緒に考えよう?」

 ジゼルは拳を握ってヘロに話しかける。ヘロはちらりとジゼルを見て、もう一度嘆息するとぱちん、と自分の両頬を叩いた。

「よし、こうなったらもうやぶれかぶれだ! 寝よ」

 ジゼルはふらりと崩れた。

「ちょ、なんでそこで倒れるわけ!? やっぱり具合悪い?」

 ヘロがおろおろとしてジゼルを立ち上がらせようとする。

『名前かぁ……楽しみだ! 楽しみだぞ!』

 ヘロのシクルだけが、きゃっきゃ、と燥いでくるくると飛び回っていた。


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