Episodi 13 藍と白

 無言の硬直を強いられている。

 一体どれだけの時間が経っただろう。その間、ヘロとジゼル、そして褐色肌の少年は、じっと見つめ合ったまま微動だにしていなかった。まさかこんな風に――出会った最初の人間に敵意を持った眼差しで見られるとは。後先考えずに逃亡したは、早速出ているらしかった。街にさえ行けば泊まれる場所くらいはあるかなあ、だなんて、呑気に考えていた自分が先刻までの恨めしい。

 こういう時、名を素直に名乗っていいのかがわからない。恐らく自分達は遅かれ早かれお尋ね者になるはずで。

 ――どうして逃げなければいけなかったの?

 ジゼルの言葉が蘇る。理由や経緯を全部話し終わった後も、ジゼルは再びその言葉を零した。

 ――……いいわ。それでも、逃げてしまった事実は変わらないもの……。とにかく、ここは暑すぎるから、どこか休める場所を探さないと。ちゃんと、これからのこと、話し合わないと。

 ジゼルの目は、明らかにヘロに呆れたような……少し非難するような色を滲ませていた。だから、調子が狂う。

 ジゼルのことは、その小柄な外見やどもりがちな口調も相まって、大人しくて守ってあげなければ何もできない女の子――と言うとまるで貶しているみたいだがそう言うつもりでは決してない――なのかとヘロは勝手に思っていたのである。だが、そういう印象のみでは首を傾げざるを得ない彼女の言動に早くも多々立ち会っているわけで。

 ともあれ、目下の懸念は目の前の相手のことだ。果たして、どう出るべきか。

「えっと……そっちは、誰?」

 ヘロは、へら、と笑って、そんな言葉を振り絞ってみた。質問には質問で返す。非常に狡いやり方だとは百も承知だ。けれど、相手の出方を見ないことにはどうしようもできないと言うのも事実だ。まさか自分がこんな常套句を使う羽目になるとは、なんてぼんやり考える。ある意味かけだった。少年は、片眉をつり上げた。

「聞いているのはこっちだけど?」

 ……酷く気分を害したような声で返される。ジゼルの眼差しが背中に刺さって痛い。あなたはこの期に及んで、一体何を言ってるの?――だなんて声が、耳に届いてきたような錯覚さえした。いやいやいや、ジゼルみたいな子があんな蚊の鳴くような声でそんなこと言うわけが――ヘロは肩をすくめた。

「わかったよ、ちゃんと名乗るよ……俺はヘロでこっちの連れはジゼルだ。で、そっちは?」

「私は名ではなく、何故こんな場所にお前達のような【白き者】がいるのかを図りかねて、尋ねたわけなんだが?」

「はぁ? それならそう言えよ? 誰だって言われたら誰だって名前聞かれてんのかと思うじゃん!」

「空気の読めないやつだな……」

『どっちもどっちだ。全く』

 シクルがぼそりと呟く。

 褐色肌の少年は、その藍色の目をすっと細めた。

「ヘルメスの杖……に、シクルか。まだ知らせは届いていないのだが、もしや、お前達は今代の【巡礼者】か?」

 隣でジゼルがびくりと肩を震わせたのがわかった。ヘロはまっすぐに少年の目を見つめ返す。

「そうだよ。ところで、知らせって何?」

「はぁ? そんなことも知らないのか? 仮にも【巡礼者】のくせに?」

「あいにく、俺と相対した皇太子さまは大事なことは何も教えて下さらない人だったんだよ」

「ふん。まあいい。お前達が本物か……神器を盗んだ身の程知らずか……便りを出せばわかることだ。ついて来い。本物なら、どの道手厚くもてなさねばならない」

「いや、そういうのいいです」

 少年は舌打ちした。つん、と顔を背けて、馬の腹を蹴る。ヘロはジゼルの手を引いてその後をついて行く。しばらく無言が続いて、少年は苛立ったような声を上げた。

「何なんだお前は!?」

「え?」

「先刻私の申し出を断ったじゃないか! なのに何故ついてくる!?」

「いや、もてなしとかそんな気を使わせるようなことは必要ない、って言う意味で――」

「くそっ」

 少年は目元を真っ赤にして再びそっぽを向く。

「あの……ついて行って、いいのかな?」

 ジゼルが不安そうな声を潜める。

「いいも何も……それしかなさそうだろ? どうもこの人、俺達がまず本物か偽物かって疑ってるみたいだけど……ここで逃げたらさ、偽物ですって言ってるようなものだし、とりあえず状況把握するためにもいい機会だろ。それに、最悪――」

「最悪、都合が悪くなったらまた逃げればいいし、とか言わないでね」

 ジゼルがむっとした。

 ヘロは肩をすくめた。やっぱり、怒っているみたいだ。

「何? なんか言いたいことあるなら言っていいけど」

「ヘロったら行き当たりばったり過ぎると思うの……!」

 ジゼルは頬を染め上げた。ヘロはばつが悪くて自分の頬をつまんだ。

「ああ、うん、ちょっと俺も思ってたところ」

「信じられないわ……」

 ジゼルが絶句する。

『娘。堪忍してやっておくれ。これはな、こやつが普段感情を抑えすぎていた代償だとでも思って哀れに見守ってやってくれ。我はこれでもそなたには感謝しているのだ。むしろ今のこやつの方がヘロらしい。そなたがいなければ、ヘロはあの星でうじうじと鬱屈して生き続けていたのだろうからな』

「おい、なんか聞き捨てならないこと言われたな」

 ジゼルは目を擦った。少し涙ぐんでいる。ヘロはぎょっとした。

「……なんだか……辛い……」

「なんで!?」

『砂が目に染みたか』

「それもまた違うんじゃねえの」

「おい……お前ら……いい加減にしろよ……」

 褐色の肌の少年は肩をわなわなと震わせた。

「いいか! 砂漠を歩いている時に無駄口は叩くな! 口の中が砂まみれになっても知らないからな!」

「……忠告ありがとうな。でも、ごめん、もう既に砂まみれ」

 ヘロが口をもごもごと動かしてみせると、ジゼルも苦笑しながら頷いて同意する。少年は両手で顔を覆った。袖の隙間から見える手首は思った以上に細く、華奢だった。

「こんな……こんなやつに……俺は負けたのか……こんな……能天気に……阿呆に……」

「何て言った? 聞こえないんだけど!」

 ヘロは砂を巻き上げる小さな風の中で叫んだ。

「ねえ、聞こえなかったんだけど! もう一回言ってくれない?」

「うるさい! ついて来るなら来るで黙ってついて来い!」

 少年は大地が割れるんじゃないかと思うほどの怒号を挙げた。思わずヘロとジゼルは目をぎゅっと瞑って肩をすくめた。後にヘロのシクルが語ったことには、二人は驚くほどにそっくりな顔をしていたという。

 後は終始無言だった。街に入るまでは。



     *



「すごい……」

 ジゼルが目を丸くして街を見渡す。

 白煉瓦でつくられた直方体の建造物。砂の金色と、恐らくは煉瓦の素材であるだろう白い粉が混じった地面には黒い石が敷き詰められて石畳を成している。黒石の階段の上には所狭しと家々が立ち並び、広すぎる金色の砂漠の真ん中で、決して広くはない人の住処が立体的に存在を輝かせているのだった。日差しの強いこの星で、この真っ白はとてつもなく目に響いた。人々は皆、砂よりも少しくすんだような色の金髪に、褐色の肌をしている。光の明暗の強い街だとヘロは思った。真っ白な家の扉や窓枠は、ヘロ達が初めて出くわした少年の瞳と同じ、藍色だ。よく見れば、道行く人々の瞳も全て藍色だった。こんなにも、髪と肌、目の色が均一な人々がいるのか、とヘロは感嘆していた。しかも彼らは揃って似たような恰好をしている。頭も口元も薄青の布を縛り付け覆い隠し、ゆったりとした麻布の服に身を包んでいるのである。アポロの星とは大違いだ。正直に言えば、誰が誰なのか俄かには見分けがつきにくかった。ヘロは目をぐりぐりと擦った。瞬きをしていないと目がやられてしまいそうだ。眩しい街だ。

「どうした、片方はきょろきょろ、片方は目を擦ってばかりか。落ち着きのない巡礼者だな」

 ふん、と少年は鼻で嗤った。面白がっているのが顔でわかる。左の口角が吊り上っているのだ。ヘロは疲れ目のせいで痛むこめかみを、ぐりぐりと拳で揉んだ。

「なあ、あなたは名前なんて言うの? 教えてよ。俺、もしはぐれたらこの中からあなたを見つける自信ないよ」

「はあ?」

 少年は眉をひそめた。そしてふん、と鼻を鳴らし、背を向ける。

「ゴーシェ」

「なんて?」

 か細い声にヘロはもう一度聞き返す。ゴーシェはかっとしたような声で怒鳴った。

「お前の耳は節穴か! 砂でも詰まってんじゃないのか! ど阿呆が! ゴーシェ=テフテナだ! もう二度と言わないからな!」

 少年はだんだん、と足を煩く踏み鳴らしながら先へと進んだ。

「どっかで聞いた名前だな……」

 ヘロは眉をひそめる。少し考えている間に、ゴーシェとの差はあっという間に開いてしまった。えらく早足な少年だ。

 ヘロはぽかんと坂の上の家々を見上げているジゼルの手を引いて、少年を――ゴーシェを追いかけた。



     *



 何段もの階段を上り、下りて、また上る。ジゼルはもう息も絶え絶えだった。ゴーシェは舌打ちすると、ひょいっと肩にジゼルを担ぎ上げた。小麦袋でも抱えるかのように。

「やっ」

 ジゼルが小さな悲鳴をあげる。ヘロは少しだけむっとした。俺だって、もう少し背が高ければそれくらいしてやれた――というか、シクルの力を借りておぶってやろうとしたのに、ジゼルがそれを頑なに拒絶したのだ。終いには「いやっ」と叫ばれたので少しだけぐさっときた。それを軽々と担ぎ上げるとか。

 ヘロがふくれていると、シクルが小さく溜息をついた。

『ヘロ。さすがにあれは無かろう。荷物とは違うぞ。ご覧、ジゼルの顔が真っ赤になっている。助けておあげよ』

 ジゼルを見やると、頭を逆さまにされているせいで血が上り、首が青く変色してきていた。これは、やばい。

 ヘロはゴーシェからジゼルを奪い取った。ジゼルはふらふらとしてヘロに寄りかかる形になった。ずしり、と重みを感じた……なんてことは死んでも言わないでおく。

「何だよ?」

 ゴーシェは眉をひそめた。

「荷物じゃねえんだからさ。顔が真っ赤になってるだろ」

 ヘロがそう呆れたように首を振ると――と言っても、ヘロだってシクルに言われて初めて気づいたのだが――ゴーシェはジゼルが具合悪そうなことに気付いて、ばつの悪い顔をした。

「……悪かったな」

「いえ……歩けないわたしが……だめなので……」

 ジゼルが擦れた声で言う。目の焦点が合っていない。

「誰もだめとは言ってないだろ。悪い。お前は荷運びとかあんまり慣れていないんだな。ここの星の女たちはこれくらい平気なやつが多いから……気が利かなかった」

 ゴーシェは俯きがちに、首に巻いた布を鼻の上まで持ち上げた。

「『白き者』は……貧弱なのか?」

「何、さっきからその、『白き者』って」

 ヘロが眉をひそめると、ゴーシェは視線だけで流し見た。

「お前達は肌が白いだろう。我々の肌は浅黒い。だから我々はお前達のことを『白き者』と呼んでいる」

「浅黒いって言うか……じゃあ、お前達は『金の民』だな」

「は?」

 ゴーシェは訝るように目を細めた。

「だって、髪も砂も金色だし、その肌もまるで絵の具の金色みたいだよ。こんなにきらきらした場所が――星があるなんて、知らなかった。すっげえぴかぴか」

 ヘロはにかっと笑った。シクルを指でなぞる。シクルは六枚の羽を浮かべた。ジゼルの体を持ち上げるように包み込む。ヘロはそのジゼルの体をよいしょ、と背中に負ぶった。

「さあ。行こうぜ。ったく、一体どこまで続くんだよこの階段……さすがの俺も足が棒だよ」

「……辛いか」

「まあ、慣れてないし」

 ヘロはへらりと笑った。ゴーシェは眉をひそめた。

「辛いのに笑うのか。変なやつだな。気持ち悪い」

 ふん、とゴーシェは鼻を鳴らして階段をずんずん登っていく。

 ヘロは足元を見つめて、またへら、と笑った。

『辛いか?』

「それは、どれのこと?」

 ヘロは首を振って階段を踏みしめる。

『無論、そなたの思っていることだよ』

「は……」

 ヘロは苦笑した。

「癖なんだから、仕方ねえじゃん」

 その呟きには、どこか棘が混じる。

『よい。そなたはもう自由だ。追われる身ではあるかもしれんが。少しずつ取り戻していけばいい。歌も、また歌えばよい。そなたを止める者などいないだろうよ。この娘がそれくらいでそなたを軽蔑するとも思えない』

「もういいよ、その話は」

 ヘロは吐き捨てた。汗がぼとりと二雫落ちて、白い階段に灰色の影をつけた。ジゼルが苦しそうにうーん、と唸った。



     *



「ここだ」

 ゴーシェがそっけない声で指を差す。

 緑色の丸い扉が見えた。薄い赤紫色の、透けた布で覆われている。

「他の家と扉の色が違うんだな」

 ヘロが息を切らせながら階段を上り終えて吐き出すと、ゴーシェは首を小さく横に傾けた。

「俺の家は、この星では特殊だからな」

 そう言って、勢いよく扉を開けた。それが横開きではなく上開きなことにもヘロは唖然とした。ジゼルも同じだったようで、ヘロの方に添えられた手がぎゅっと肩を握りしめる。しかも、開いたのは上半分だけだ。ゴーシェは下の半分を足で跨いで中に入る。

「何をそんなに驚いている?」

「いや……扉って普通、横に開くものだと思ってたからさ……」

「そうなのか?」

 ゴーシェは眉間に皺を寄せる。

「他の星がどうかは知らないが、マルスではこれが普通だ。下の扉は大きな荷物を荷車で運ぶ時くらいにしか使わない。下まで開けていると、砂が家の中に入ってきてしまうから」

「ああ、なるほど。理にかなってるな」

「ふん」

 ゴーシェはくるりと背を向けてすたすたと奥へと引っ込んだ。ヘロは肩をすくめる。

「なんであいつ、ふん、しか言わないんだろ」

『あれは意外と照れ屋と見たぞ』

「そう、なの……?」

 ジゼルはおどおどとしたように言った。ああいう風に分かり難い人間は少し苦手なのかもしれない。

「嬉々として言うなよっての」

 ヘロは嘆息して、ジゼルの頭が縁にぶつからないように注意深く下半分の扉を跨いだ。ジゼルも首をすくめる。

「あの、お、降りていい?」

 部屋に入るとジゼルが遠慮がちにそう言った。ああ、とヘロは思い出したように頷く。ジゼルはのそのそとヘロからよじ降りた。……と言っても、悔しいことに大して高さはないのだけれど。

 外と変わらない真っ白な壁と床。けれど床には大きな絨毯が敷いてある。青と黄色、淡い赤紫の刺繍が施された見事な模様だ。壁にもさまざまなものが吊るされていた。籠や布袋、乾燥した野菜に干し肉。毛が殆ど無いような動物の皮もかけられている。天井から壁に掛けて、薄く透けた色とりどりの布が折り重なるように閉じつけられている。

「帰った」

 ゴーシェの声が奥から聞こえる。首を伸ばすと、ゴーシェが誰かと話しているのが見えた。ゴーシェとあまり変わらないか、少し低いくらいの背の誰かだ。ゴーシェと違い、口元から首回りと、肘から下の腕が透けて見える服を身に纏っている。胸元に膨らみがあるから、女性だろうとわかった。体つきもゴーシェよりはずっと華奢だ。足元の裾は短めで、細い足がすらりと伸びている。その太腿から足の指先まで、包帯のような細い帯布がぐるぐると巻きつけられていた。足の爪は薄紫色に染めてある。金色の髪はゴーシェと長さは変わらず顎のあたりで揃えられていたが、ゴーシェが毛先を梳いているのに対して、彼女のそれはそのままに垂らされていた。

「来訪者?」

 少女は鈴が鳴るような声で呟く。

「うん」

 ゴーシェは頷いた。

「巡礼者だって言ってる」

「……そう」

「どう思う?」

「そうだと思うよ」

「理由は?」

「勘……」

「また勘かぁ……」

 ゴーシェは項垂れるようにため息をついた。随分と砕けた話し方をしている。声色さえ違う。随分と心を許した相手のようだった。ゴーシェはヘロとジゼルへ向き直った。

「俺の双子の妹で、ターシャと言う。ターシャ、男の方がヘロ、女の方がジゼルだって」

 ターシャは小首を傾げた。ゆったりとした動作でヘロとジゼルの前に歩み寄る。衣擦れの音以外、何の音もたたない。

 ターシャはヘロの傍で浮遊するシクルにそっと指先で触れた。手の爪も、足の爪と同じ色で染められている。

「こんにちは」

 ターシャはシクルに笑った。そうして、ジゼルをじっと見つめた。やがてその視線はゆっくりと、ジゼルのペルフィアペンダントへと移る。ジゼルが慌てたようにそれをぎゅっと握り締めるのにつられて、ヘロもびくりと肩を跳ねさせた。馬鹿、何で隠しておかないんだ。

 ターシャは目を細めた。その右目が――左目は藍色だったけれど――薄い緑色であることにヘロはようやく気付く。左右で目の色が違うだなんて、珍しい。

 ターシャはジゼルの両手を取った。ジゼルの肩が小さく跳ねる。けれどターシャは、何かを考えているのか、ぼんやりとジゼルの手を撫で続けるだけだった。まるで愛おしむように。

 そうして、ターシャはヘロに顔を向けた。微動だにしない視線にヘロは居心地の悪さを感じた。ターシャはしばらく無表情にヘロを見つめていた。やがて、その目尻に見る見るうちに涙が浮かんで零れた。

「――え? 何? どうしたの?」

「ターシャを泣かしたな」

 ヘロが狼狽えていると、ゴーシェがものすごい形相で近づいてきた。

「いや、俺何もしてないんだけど」

「黙れこのちゃらちゃら男」

「ちゃらちゃら……」

「違うの、彼は違うよ、ゴーシェ。何でもない」

 ターシャは指先で涙を払った。ゴーシェはむすっとする。

「俺は報告するからな。巡礼者が来たら報告するのは星の長の役目だろう」

 ゴーシェは鼻を鳴らして絨毯の上で胡坐をかくと、懐からシクルを取り出して指先でなぞる。

「なんだ、ゴーシェもシクルを使えるのか」

 ヘロが呟くと、ゴーシェはきっ、とした眼差しでヘロを睨んだ。

「お前のせいでこいつともお別れだ」

「え?」

「ゴーシェ」

 ターシャがたしなめるように呟いた。ゴーシェはむすっとしてそっぽを向く。

「もう少し、報告は待って。何か事情がありそうだよ」

「はあ? 何の事情が?」

 ゴーシェは眉をひそめる。

「まあ……それはおいおいね。丁度いい頃合いだし、食事にしよう。この星は日差しが強い。慣れない人にはさぞ辛かっただろうから。今日くらいゆっくり休ませてあげようよ。それくらい待てるよね?」

 ターシャは少年のような溌剌とした、けれど静かで穏やかな声でそう言って目を細めた。

「まあ、ターシャがいいなら、別に俺はいいけどさ」

「はは。納得できかねる、みたいな顔をしてるよ」

 ターシャは笑った。

「じゃあ、お客人はそこに座っていて。湯を沸かしてくるからね」

 ヘロとジゼルは大人しく絨毯の上に座る。ゴーシェは始終むすっとしていた。ヘロのシクルとゴーシェのシクルは、まるでじゃれ合うようにくるくると宙で踊っていた。

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