蛇の道

【Profile 7. ソラ】


【東洋人の九歳の少年。


 地球在住時より、数多くの本を読み、図書館に収められたすべての書物を読了。

 私生児であり、母親の事故死とともに孤児院へと預けられた。彼の才能を活かせるような環境にはなく、彼は誰にもその才を見出されることがないままに、与えられた本を読み耽るばかりだった。


 彼の搭乗した有人宇宙機スペース・シップ『キリガヤ』は、元々店員数に大きく満たない乗客数の出航となったため、犠牲者の必要がなかった。乗客は、通信ラジオにて伝わる各宇宙船での相次ぐ悲劇の報せに怯えていた。

 その通信内にて、有人宇宙機スペース・シップ『シャムシール』における、孤児たちを守り身を捧げた一人の修道女の話が伝えられた(後述、【Profile 18. シスター・テレジア】である)。それを聞いた時、ソラ少年は自らの属する孤児院の女性にこう尋ねたという。「素晴らしい人だ。まるでマザー・テレサだね。先生は、もし自分だったら同じことができる?」

 後に彼女は語る。「私の顔はおそらく引きつっていたと思うのです。でなければあの子は、あんな目でじっと私を見たりしなかったでしょう。私はもちろん、と答えましたが、そんな自信など本当はありませんでした。あの子は何と言ったと思いますか。『先生、死にたくないって思うことは悪いことじゃないんだよ。だから本当のことを言ってもいいのに』――そんなことを言ったのです」

 そして彼女が気がついた時には、ソラは船から姿を消していたという。塞がれているはずの通気口がわずかに開いていると、船内では騒ぎになった。船は事なきを得たが、女性は語った。「ソラは影響を受けてしまったのかもしれません。けれど、どうしてあの子が自ら死のうとしたのか、誰にもわからないのです。あの子は、本だけを読んでいました。自分の世界に閉じこもっていました。今となっては、あの子がその目に何を映していたのか、私たちには知るすべがありません。死者のことを悪くは言いたくありませんが……とても不気味な目をする子供でした」】


【(備忘録『宇宙飛行の齎した悲劇レ・ミゼラブル第三章より』)】



______



 退屈だな、と言ったのはヘルメスだった。

 でかい図体をして、いつも食っては寝て、いびきも煩い。本当に彼は自由だった。そして誰よりも少年だった。僕なんかよりもずっと。

 僕こそが八人の中で最年少だったはずなのだけれど、ヘルメスも、ウラノスも、皆僕なんかよりもずっと子供みたいで――まるでいつまでも少年でいたいだなんて、すがっているみたいだった。ああ、でも、アポロは少しだけませていたっけ。僕らの女神に出会って開口一番が、「私と付き合わない?」だったのには、正直引いた。ドン引きだ。まあ、あっさり玉砕して――というか、自分からいつの間にか身を引いてしまったけれど。

 僕は、無邪気に遊ぶヘルメスとウラノスが羨ましかった。子供みたいにはしゃぐ他の七人と女神が羨ましかった。僕はどうしたら無邪気にできるのかわからなかった。だからいつだって、可愛くないことばかりを言った。その分彼らは僕を対等に扱った。子供ではないみたいに。


 距離感の取り方が、わからない。それは恐らく僕が、僕だけがずっと抱え続けた、最後まで抱えていた小さな苦しみだった。僕は結局、最後まで彼らの見ていた世界は分からなかった。彼らは僕を大人扱いしたけれど、僕は結局、大人のような子供で、そのまま一つも成長なんてできなかったのだ。


 最初のお話。


 僕達は世界を彷徨っていた。引力も重さも空気も光もない宇宙の闇の中に取り残され、人の形も失って、銀河の屑となって、混ざり合って――。どれが誰だったのかさえもうわからなくなっていた。けれど僕達は女神に拾われた。遠く離れた惑星の女神に拾われ集められ、こうして人の姿を取り戻して――。女神は一番最初に、僕達に記号を与えてくれた。僕達だけの印。僕達が、彼女の衛星となれるような、万有引力。そうして初めて僕達は形を保つことができるようになった。この広い宇宙の海で、手を繋がなくったって離れ離れにならないですむ、命の綱を手に入れた。


 アポロ以外の七人は、衛星となる前の自分の名を――ただの生き物であった頃の自分の名前を、全く思い出せないと言った。実を言うと、僕はしっかり覚えていた。だけど、僕は僕の名前が嫌いだったから、僕も忘れたふりをした。

 彼らは驚くほどに何も覚えていなかった。例えば僕達には言葉があるように、あの地球ほしでは人の口で紡がれた物語があったこと、歴史があったこと、数学があったこと。神々の話。信仰すると言うこと。その他の色んなくだらない戦争の結末。男と女の話。どうやったら子供が生まれるかとか、どうやって人は死んでいくのかとか。女神は目を輝かせて僕の話に耳を傾けた。そして彼らもまた、まるで幼い少年少女のように僕の物語に聴き入った。不思議な世界。僕は僕を取り囲む彼らの中で、誰よりも幼くて、子供だったのに。当然のように皆は僕を頼ったのだった。僕に知識を問うて、僕をまるで大人のように扱ったのだった。けれど僕が知っているのなんて、空想の話、本に載っていた文章だけだ。それでもやがては微かに記憶を取り戻したのか、ヘルメスとウラノスはよくわからない数字の計算をぶつぶつと呟きながら、女神と一緒になんだかよくわからない魔法を造りだした。絵を描いて、地図を書いて、記号を設定して。時々プルートもそこに加わった。彼女は女の子だったけれど、とてもそういう事に熱心だった。ヘルメスとウラノスの作った魔法をプルートが使う。三人とも子供みたいにげらげらと笑っていた。それを苦笑しながら見つめるアポロとマルス。時々失敗して髪を爆発させるプルートに、内心焦って頭を抱えてばかりのサタン。アフロディテだけは、いつでも無表情で無関心だった。彼女のことだけは、僕にはどうにも最後までよくわからなかった。ただ、最後の言葉だけはよく覚えている。


 ――楽園なんて、どこにもなかったわね。


 そう言って、たった一度だけ、笑った。ふと僕はその時、プルートが彼女を殺すのを見つめながら思ったのだ。アポロは結局、人の姿を失って、神様でもない、ただの衛星になってしまってから、アフロディテのこんな笑顔を見たことなんてあったのだろうかと。出会って随分経ってから、アポロがふとぽつりと零した話を思い出したのだ――他の何も覚えていないけれど、アフロディテのことだけは……彼女があの地球わくせいで、自分の双子の妹だったと言うことだけは、本当は覚えているのだと。彼女が傷つかないようにただひたすら二人で逃げ続けていたことだけは覚えている、けれど、それだけ大事だったはずの妹の名前は、どうしても思い出せないんだと言って、笑っていた。今思えば、アポロはあの時泣きたかったのだろう。自分の名前しか覚えていられなかったこと。

 僕達の名前は――衛星になってからの名前は、全部僕が決めたのだった。アポロが、「私の名前がアポロだったと言うことだけは覚えているんだ」なんて言ったから。僕は、自分の覚えている神話から、それらしい名前を引っ張ってきた。

 僕は今になって初めて気づいたのだ。僕はこの兄妹に、なんて残酷なことをしてしまったのだろうと。最初に出会った時、アポロはアフロディテが自分の妹だなんて教えてくれなくて、ずっと、女神のことばかりだったから。付き合ってだとか、私を愛してとか、私ならたくさん愛してあげられるよ、だなんて、まるで縋るように、そればかりだったから。僕はとても軽い気持ちで、アポロが喜ぶかなと思って、女神に【アルテミス】だなんて名前を――あの地球(ほし)の物語の、【アポロ】の妹の名前を――贈ったのだ。それを説明して、随分と経った後で、ぽつり、とアポロは僕に零したのだ。内緒だよ、と。アフロディテは、私が人間だった頃の、双子の妹だったんだ、本当は、覚えてたのに、逃げてしまったんだ、私は罪人だね。

 けれど、あなた達は確かに、名前のつながりを失っても、双子だった。

 アフロディテは最期に笑った。その顔は、まるで泣き顔だったのだ。本当に、よく似た笑顔を浮かべる兄妹だ。


 正直に言うと、僕は今でも、何故アフロディテを殺さなければいけなかったのか、わからない。まるで、もう引き返す道なんてぐちゃぐちゃに壊されてしまったみたいだった。プルートに理由を聞いたけれど、その答えが「アポロなら私達にとどめを刺してくれるかなと思った」だったから、呆れた。たったそれだけの理由で、恨みの糧となるために、彼女は恐らくもっとの害のなかった女の子を殺したのだ。


 馬鹿だなあ、マルスを殺せばヘルメスなら僕達を恨んで殺しに来ただろうに、だなんて。

 そう、ふと零してしまった僕をプルートは激しい嫉妬の目で睨みつけていた。

 ――あなたが、マルスのことは、殺せないんでしょう。殺したくないでしょう? だって、唯一あなたを想ってくれる女の子だもんね。ガイアって本当に馬鹿。あの子を選んでいたら丸く収まるのにね。そうしたら、私があなたに付け込んで、こんなこと始めなくったってよかったの。

 プルートは、本当に哀れで可哀相な女の子だった。

 女の子なのに、男勝り。彼女は女の子に生まれたことが恐らく最大の不幸だった。女である自分を酷く厭って、そして、最も自分が嫌悪する感情に苛まれることになったのだ。ウラノスへの、女の子としての恋慕に。だけど、彼女を対等に扱ってくれる優しい男の子は、別の女の子を見つめていた。揺るがない想いで。


 本当は、僕の行動理由とプルートの行動理由は、随分とずれていたのだけれど、彼女は僕を同類だと思い込んだ。そしてまた、僕にとってはそれが都合がよかった。馬鹿な女の子。僕がアルテミスを消そうとしていたこと、あんたみたいに嫉妬から来たんじゃないよ。ウラノスに、嫉妬していたわけじゃない。 


 僕を、本当の意味での子供の様に扱ってくれたのはウラノスだけだった。まるで彼は僕の兄のような人だった。僕は彼と過ごす時間が好きだった。好きだったのだと、思う。

 僕の知らないことを教えてくれた。たくさんのことを。頭でっかちな何も知らない愚かな子供だった僕に。友情とか、絆とか、うまくやれないこともあるんだと言うこと、世の中はうまくいかないことだらけなんだと言うこと、そして誰かを好きになること。守るためには何かを諦めなければならないということ。


 僕は彼に、大事なものを教わって、恐らくはそのせいで、大切なものを手放した。



「青年は、荒野を目指すって知ってる?」

「はあ? またなんかの物語の話か? それ。だから覚えてるわけねえだろっつの」

 いつだったか、僕がふと馬鹿騒ぎを続ける三人に呟いたことがあった。ヘルメスが大口を開けて、アポロが顔をしかめる。

「ヘルメス、声をもう少し小さくしてくれないか……私の耳がつぶれてしまうよ」

「アポロが貧弱なだけだろっ」

 噛みつくようなヘルメスの物言いに、僕は嘆息する。

「ああ、もう、うるさいよ、おじさんたち」

「な!? おじさんとはなんだおじさんとは」

「だって僕は子供だけど三人とももう大人じゃん」

「くっそ生意気な餓鬼だな……」

「まあまあ」

 僕とヘルメスが睨み合っていると、ウラノスがのんびりとした声で僕達をたしなめた。

「それで? どうして青年は荒野を目指すの?」

 目を輝かせるウラノス。いつまでも子供みたいな人だった。そして――とても温かい。

 馬鹿みたいに、優しかった人。

「男って言うのは、常に終わりの無い逃避行を夢見るんだってさ。幸せからも温かさからもいい匂いからも大好きな女の子からも、大切な親友からだって、ある日突然逃げ出したくなるんだって。荒んだ荒れ野の向こう側にある世界を、どうしようもなく見に行きたくなるんだ。衝動的なんだ。何もかも捨てて、独りで行ってしまうのが青年なんだって。あの地球(ほし)で生きて、死んだ、とある作家の独白だよ」

「へえ、それって、青年だけの話?」

 ウラノスは興味津々と言った様子で首を傾げる。

「いや……そういうわけでもないだろうけど」

 僕が肩をすくめると、アポロが前髪を掻き上げて、空を仰いだ。

「どうかねえ、私は到底、そんな衝動は持てそうにないけれど」

「そう? あなた達はいつまでも餓鬼みたいじゃないのさ」

 僕が首を傾げると、ヘルメスが、ああ!と大きく手を鳴らした。いちいち煩い。

「なるほど、お前にはそう見えてるんだな、おれ達のこと。だから急にそんな話を持ち出したわけだ。何々? 俺達が急にどこか行ってしまいそうで、寂しいわけ?」

「うわうっざ。近寄らないで」

「なんだと」

「うーん、でも、そうだね、夢見るって言うのは、少しは当たってるかもなあ」

 ウラノスがのんびりとした声で笑う。

「でも、それができるのは青年というよりは……むしろ、少年なんじゃないかと、俺は思うけど?」

 僕はウラノスの言葉がよくわからなかった。

「なんで?」

「だって、そんな勇気はもうないよ。ヘルメスだって、アポロだって、そうだろう? だから俺達は、こうやって馬鹿みたいに魔法とか作ってみて、些細なことに大笑いしてさ、少年だった頃を懐かしんでるんだ。でも、もうそこへは戻れないんだよ。なんて言うのかなあ、すでに青年になってしまったらもうそんな勇気は出ないよ。むしろさ、青年になろうとして……逃げ出すんじゃないのかな。だって、それは多分僕もかつては夢見ていたことだから」

 そう言って、柔らかく笑ったウラノスの視線の先を追うと、女神が――アルテミスが、マルスやプルート、アフロディテとあやとりをして笑っていた。

「はーあ。のろけかよ。今は大切な人ができましたから~捨てられませ~ん、とかなんとかー? そういうの、私の前ではやめてくれる~?」

 アポロがわざとらしくため息をついて、ごろん、と藍色の宇宙で横になる。僕は顔をしかめてみせた。

「行儀わるっ」

「煩いな~。ガイアって何なのかな? 私の母親か何かかい?」

「誰が口うるさいって?」

 僕はアポロの言葉に眉間に皺を寄せる。

「でもまあ、それもそうかもなあ」

 どことなくヘルメスが静かに呟く。

「傷つくのが怖くなるんだよなあ」

 そう言ってヘルメスは、僕を見て、マルスを見た。

「ほんっと、こんな餓鬼のどこがいいんだか?」

「博識だからじゃない~? あと、年下が好きとか」

「アポロ、てめえは下衆な発想をやめろっつってんだろ!」

 僕はふとこちらを見たマルスの瞳から顔を背けた。ウラノスがにこにこと笑っていた。

「いいなあ」

 心からそう思っているように、ウラノスは嘆息した。

「何が?」

 僕が首を傾げると、ウラノスは僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「やめてよ! 子ども扱いしないでったら!」

「子供だよ。まだね。うらやましいなあ。ね、ガイア。さっきの、荒野を目指すってやつ。あれがもしできるとしたらお前だけだよ。それは少年から青年へと至る者の特権だよ。青年の特権なんかじゃあない」

 ウラノスの瞳はどこか陰りを帯びている。疲れているみたいに。何かを思い悩んでいるみたいに。

 いつからだったろう。みんなの目がどこか影を滲ませ始めたのは。

 あの頃の僕には――まだ背も伸びていなくて、声変わりさえしていなかった餓鬼の僕には、まだわからなかった。アルテミスが抱えていた重さも、他の七人の見えていた世界も。

 僕は、過去の記憶を抱えるだけで精一杯だった。だから、こうしてあの頃の記憶を思い返しては見ているけれど、本当に、僕は覚えていないんだ。曖昧だ。ガイアになる前の僕のことはよく覚えていたのに。結局僕にとっては、あの頃の彼らはいつだって幸せそうに見えていた。僕のことを子ども扱いしてくれない子供みたいな大人たち。けれど、それこそが僕を子ども扱いしていたと言うことだったのかもしれない。幸せだなんて見せかけていたのかもしれない。僕はまだ子供だから、わからないだろうから、なんて。

 ウラノスは柔らかく微笑んだ。

「いつか、お前が荒野を目指したくなったら、俺達の代わりに見に行ってきなよ。俺は、お前を応援するよ。お前は弟みたいなものだからさ」

 ウラノスはそう言った。その一言に嘘偽りはないと知っていた。



「行かないで。だめだよ。そんなことしちゃ、だめだよ、ねえ」

 マルスが泣いている。大人しい彼女が、こんなにも、僕の服の裾にしがみついて、行かないでと泣いてくれている。ごめんね、僕にはそんな風に泣いてもらえる資格はないんだ。その涙は、君を大好きなあの不器用でずぼらで感情の機微に欠ける馬鹿のヘルメスのために流してやりなよ。あいつはきっと、君のためなら死んでもいいくらい君が好きだよ。僕はね、ヘルメスみたいに好きな人を守れないし、ウラノスみたいに好きな人を待ち続けることもできないし、アポロみたいに身を引くこともできない、愚か者なんだ。

「ガイア、だめだよ」

 マルスは震えた声で言った。

「逝かないで。だめだよ」

 僕は、マルスの頬に、褐色の肌に触れそうになって、その手を下ろした。

 何がよかったのかわからない。

 僕がやろうとしていることは、恐らく誰も望んでいないことだろう。そしてその後僕が自殺するつもりでいることも、きっと、この優しい女の子は望んでいない。

「僕はね、それでも、アルテミスに自由になってほしいんだ。ウラノスの願いと何も変わらないんだよ。ただ僕は、彼よりももっと自己本位だね」

 僕は自分の目元の隈を指で撫でた。随分と前から――恐らくは子供のころから刻まれ消えないこの影は、僕をずっと苦しめた。結局僕は、今でもあの地球ほしでの記憶に縛られている。

「僕は待っていたくないんだ。母さんが僕を守ろうとして死んでしまったように、もしもアルテミスが僕達を守るためにあの太陽に縛られ続けるのなら、僕はアルテミスを解放してあげたいんだ。たとえそれが、彼女が消えることと同義だとしても。ああそうだ、マルス。君に最初で最後のお願いだよ。もしも……もしも誰かが、アフロディテを手にかけたのは誰だと言ったら、何があってもそれは僕だと言ってね。アフロディテも、アルテミスも、僕が殺した。アフロディテを殺したのは――そうだな、試したかったから。それだけの理由。でももっともらしいだろ? 間違っても、プルートの言葉は信じないで。あいつは信じる価値もないよ」

 マルスは目を見開いた。

「あなたは……意地が悪い」

「ごめんな」

 僕はマルスに背を向ける。


 アルテミスの待っている、宇宙の軌道へ。


 その後、マルスがちゃんと僕の言うとおりにしてくれたかどうかは知らない。知りようがない。

 プルートが、あいつらの仲間でいられたかどうかも知らない。

 アルテミスは、幸せになれただろうか。

 ウラノス、あなたはちゃんとあの人を見つけてあげた?


 何もわからないんだ。何も、知らない。


 僕の記憶に残るウラノスの顔は、いつだってはにかむような、困ったような柔らかい笑顔だ。

 だけど最後に僕の瞼の裏に焼き付いた彼の顔は、僕を蔑んでいた。

 僕は永遠に、あの温かな時を失ってしまった。

 僕の荒野は、あなたの反対側に、真逆の外側にあったんだよ。

 代わりに見ておいで、だって? 嘘つき。

 僕が荒野を見ようとしたら、全て終わってしまったじゃないか。

 そして僕はそれを後悔なんかしないさ。

 だけどあなたはきっと、僕を恨み続けるんだろう。


 兄弟ごっこはおしまいだよ、兄さん。



 僕はあなたと違って、あなたのやろうとしたことにずっと苛々していたよ。

 ねえ、僕は、間違ってはいないでしょう?

 これはこれで、悪くはなかったでしょう?


 あなたの地図なんて、偽善だよ。


 最後に見た彼女の眼は、虚ろだったけれど。

 それでもそんな眼、あなたは見たことなんてないだろ。


 僕は、これを見るためだけに、生きていたんだなって。

 そう思わなければいけなかった僕の気持ちなんて、ウラノス、あなたにはきっと一生わからないよ。


 せめて、だから、せめて。




 僕の地図記号ヘキサグラムは、彼女女神に――。




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