最終第5話
「相手はたったの三匹だ!やっちまえ!」
「おう!!!」
数にものをいわせた猫たちの爪が届くかという瞬間、春之進はトンッと地を蹴って羽のように浮いた。
幾ら猫とはいえ、驚くべきはその跳躍力である。
春之進の身体は一瞬で、どの猫よりも高く、蒼蓮や黄蓮に届こうかというほどに飛んでいた。
「ほう。」
「高い高い。」
見物する炎獣が感嘆の声をあげる。
「このやろう!降りて来い!」
いきり立って喚く猫たちの頭を、春之進は宙に浮いたままトントンッと渡っていきながら、次々蹴り飛ばしてゆく。
仔猫にもかかわらず脚力も相当だ。
猫たちは蹴られた側から、バッタバッタと昏倒する。
これが締めだとばかりに最後の一人を全力で蹴り上げると、春之進はくるりと宙返りをして、すたんっと着地した。
締めに選ばれた猫は可哀相に、どの猫よりも遠くへ飛んで行き、頭から大木にぶち当たって動かなくなった。
「・・・大丈夫。峰です。」
涼しい顔の春之進は、お気に入りのセリフで締める。
殺生を嫌う剣士が、刀の背を使って相手を打ちのめす事を、春之進たちの国では峰打ちと呼ぶのだ。つまり、死ぬほど強く蹴ってませんよ。春之進はそう言っている。
炎の中から飛び出したまでは良かったが、火霊たちが引き下がった訳ではない。
「ちょっと父さん!大水出す魔法とか、何かないの!?」
「えぇ?!そういう大技はじいさんじゃないと無理だよ!」 ジリジリと間合いを詰める火霊を前に、ジノを挟んだ二人が大声でやりあっていると、
クイーッ。
高く鋭い鳴き声と共に、脚に布を巻いた火の鳥が二人の前へと降り立った。
「あなたは!」
「君はさっきの!」
煌々と火の粉を巻き上げながら翼を広げた火の鳥が、大きく二度三度と羽ばたく。
猛烈な火焔が渦巻いて、鞭の炎が瞬く間に掻き消えた。
火の鳥は、鋭い爪やくちばしで次々と火霊を蹴散らしてゆく。脚の傷も、もう大丈夫らしい。
「さて。」
フィリップたちが問題なさそうなことを確認すると、吉右衛門は改めて自分と瓜二つの猫へ向き直った。
残ったのは自分たちと同じ顔をした猫と夏太郎。
それに炎獣とフィリップたちである。
フィリップはジノを寝かせると、手早く軟膏を塗っていった。幸いなことに傷は多いがどれも浅い。
意識も戻ったジノは立ち上がれないものの、心配そうに覗き込む夏太郎とイライザが無事なことに気づいて、嬉しそうに微笑んだ。
「さてこの始末。そちらの吉右衛門さんはどうつけますかな?」
「どうもこうも、さっきから言っているではないか。手形を持つ者が本物に決まっておる!」
大声をあげた相手に対し、吉右衛門はピクリと耳を動かした。
「ほう・・・。老いてもこの吉右衛門、猫の王である。覚悟は出来ておろうな?」
その瞬間。
表情を一転させ、吉右衛門は全身の毛を一気に逆立てた。
蒼蓮と黄蓮は平然としている。
驚いたのはジノだった。
慌てて夏太郎の腕を引き、小声で尋ねる。
「王?!吉右衛門さんって王様だったの?」
夏太郎は苦笑いした。
「あぁ。あれでも一応な。ただし正確には元、王だ。今は息子が継いでるからな。」
別の意味で顔色を変えたのは、偽の吉右衛門たちだ。
彼らの目的はレッドドラゴンを倒すことなのだ。
こんなところで正体がバレる訳にはいかない。
焦ったこちらのリーダーは、炎獣を振り返って叫んだ。
「は、旗を!我らは通行手形を持っております!旗を持っている方が本物の証ではありませんか!!」
その時。
「わめくな吉右衛門。みっともないぞ。」
その場にいた全員が振り返ると、いくつもの紅椿が落とされた岩の上から、片膝を付いた若者が一同を見下ろしている。
イライザの側を離れた火の鳥が、ひらりと傍らへ舞い降りた。
「あ!」
あれは、ひたすら無礼な最低男!!!
しかしイライザより先に、二頭の炎獣が叫んだ。
「ジャニック!!!」
「いた!お前、どこほっつき歩いてんだよ!勝手にうろちょろすんじゃねぇって、あれほど言ったろうが!!!」
「・・・えぇぇ!?」
思わずのけぞって口をパクパクさせるイライザの代わりに、震える声でフィリップが確認する。
「ジャ・・・ジャニックって・・・。まさか君がレッドドラゴンだったのかい?!」
淡い白地に牡丹と菊花をあしらった着物をひらりと翻し、頬杖を付いた若者はニヤリと笑った。
「よう、貧乳。」
二匹の猫は密かに目を見合わせた。
レッドドラゴンだ!しかも人型を取っている!これならやり易い。絶好のチャンスではないか!
旗を掲げた仔猫を伴い、太った猫は進み出た。
「これはこれはジャニック様。お久しぶりでございます。」
「おう吉右衛門。相変わらず太っているな。」
神気に圧され、恐れをなした仔猫は震えている。
その背中を押し、吉右衛門と呼ばれた猫は更に一歩前へ出た。
「ホホ、相変わらず手厳しいですな。実はこの吉右衛門、遠路はるばるジャニック様にお目通りを願い参ったのですが、何故かそこに偽者がおりまして。少々困っておりまする。」
「・・・ほう。」
「つきましては、証明していただけませぬか。」
ジャニックの頬が、ピクリと引きつった。
「証明しろだと?貴様、神に指示するか。」
苛烈な神気が陽炎のように立ち上る。
気圧されながらも、意を決した偽吉右衛門はさらに前へ出た。
傍らに炎獣が控えているとはいえ、今やジャニックは目前だ。力の限り飛び上がれば、隠し持った刃が届くかも知れない。
しかし熱い決意と裏腹に、冷たい汗が背中を滑り落ちる。
足が震えているのが自分で判る。ドクドクと跳ねる鼓動は、目前の勝利に血が沸くせいか、それとも・・・。
頭を垂れたまま、不安を振り切るように続けた。
「ええ。ですから、旗印を持っている方が本物であると。」
「・・・なるほど。確かにその手形は、俺が吉右衛門に発行してやったものだ。これを持つ者は本物に相違ない。」
勝利を確信し、笑みを隠し切れずに上げた顔から、ザッと血の気が引いた。
苛烈に燃える眼差しに睥睨されている。
控える炎獣も、にこりともしていない。
瞬きもせず偽の吉右衛門を見据えたジャニックは、冷然と言い放った。
「貴様の言うとおり、どちらかが偽者ということになる。つまり片方は、この俺の前で偽りの姿を晒しているということだ。神に対するその無礼、ただで済むと思うなよ。」
ぽひゅん!
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」
白い煙が上がり、旗を持った猫が仔狸へと姿を変えた。
「えぇい、こうなっては仕方ない!」
ばひゅん!
歯軋りをした偽吉右衛門は、ぐるんっと宙返りして元の古狸へ戻ると、宙を蹴ってジャニックに飛びかかった。
「覚悟!」
ジャニックは頬杖を付いたまま、微動だにしない。
行ける!あと少しで届く!!!更に腕を伸ばした次の瞬間。
「笑止!!!」
ビリリと空気を震わせて黄蓮が一括し、丸太のような前足で古狸の鼻面をべしりと叩いて落とした。
ぎゃうん!
顔からまともに落ちた偽吉右衛門は、ぐへっとも、ぐぼっとも聞こえる情けない声を上げて、一瞬で伸びてしまった。
「長老様!?うわ~ん、長老が死んじゃった!!!」
慌てて駆け寄った仔狸がさすったり叩いたりしているが、完全に伸びてしまっている。
「すごい・・・。」
さっきまで自分も遠慮なしに蹴り飛ばしていたくせに、春之進が感心している。
黄蓮がつまらなそうに声を掛けた。
「おい、お前ら。いつまで寝たフリしてる。」
すると、春之進に蹴られて伸びていた猫たちが、どろんどろんと一斉に狸に姿を変え、
「すいませんでした!!!」
叫ぶや否や、気絶した長老を担ぎ上げ、ぴゅ~っと逃げて行ってしまった。
春之進は、自分に化けていた仔狸が放り投げた旗を落とさないようしっかりキャッチし、ぎゅっと握りしめる。
「よかった・・・よかった!」
夏太郎がそっと背中を撫でると、せきを切ったように春之進は泣きじゃくった。
「ごめ・・・さい!・・・吉右衛門様!神様!・・・本当にごめんなさい!」
共に深々と頭を下げた夏太郎の瞳にも涙がにじんでいる。
涙もろいフィリップとジノも、ぐすぐすと泣いていた。
ジャニックは火の鳥に巻かれた布に目をやり、首筋を撫でる。
「そこの猫。夏太郎とか言ったな。俺に話があったのではないか?」
夏太郎は、まっすぐにレッドフォレストの神を見上げた。
「はい。俺は・・・俺たちは、神様から頂いた通行手形をなくしました。何もなかったとはいえ、今回ことは全てその失態が招いた結果です。どんな罰でも受けます。けれど、どうか・・・どうか弟と吉右衛門様の命だけはお許しください!」
深々と腰を折って頭を下げる兄とジャニックの間に、春之進が割って入る。
「違います!兄ちゃんは何も悪くない!おいらが・・おいらが旗をなくしたんだ!」
「いいんだ春之進!」
夏太郎は一喝すると、春之進の身体を後ろへ引き戻し、その小さな肩に両手を置いて、目線まで膝を曲げた。
「いいか?よく聞くんだ春。今回のことは、誰かが責任を取らなきゃならない。結果がどうあれ、俺たちはやってはいけないことをしちまったんだ。」
春之進はしゃくりあげながら、兄の腕をぎゅっと握り締めた。
「だか・・・っ、そ・・・は!!!」
夏太郎の大好きな明るい茶トラ模様の上を、飴玉のような涙がぽろぽろと滑り落ちていく。
いつもはきれいに毛つくろいされている毛並みが、ところどころ寝癖で乱れているのを見てとった夏太郎は微笑むと、そっと涙をふいてやりながら優しく撫でて言った。
「バカだなぁお前。寝癖がいっぱい付いてるぞ。いつもはちょっと乱れてるだけで、部屋に籠もって出てこないくせに。」
「・・・って。おき・・ら・・・ちゃんがっ。」
撫でられるまま夏太郎にすがり付いて、春之進はわんわん泣いた。何故かジノとフィリップもしゃくり上げている。
「いいか?よく聞くんだ春之進。お前は強い。兄ちゃんより強い。お前がいなくなったら、誰が吉右衛門様を護るんだ?」
すると、のんびりと吉右衛門が言った。
「夏さんがいなくなっても困るのう。誰が飯の支度をするんかの?春さんには無理じゃのう?」
吉右衛門は大げさにため息を付くと向き直った。
「犬五郎でどうじゃ、ジャニック。」
すると黄蓮が顔を輝かせた。
「犬五郎か!あれは旨いぞ!!!」
黄蓮は嬉しそうに大きな尾を揺らしている。
犬五郎が何か、フィリップたちには全く解らなかった。
ジャニックは渋い顔で言い返す。
「炎蛇で手を打とう。」
それを聞いた吉右衛門がのけぞった。
「炎蛇じゃと!?こいつは中々手に入らんぞ!夏さん、急いで源一郎に文を出しなさい!」
あっけに取られた夏太郎と春之進は、涙に濡れた顔で吉右衛門たちを見つめている。
「いぬごろうとか、えんじゃってなぁに?」
ぽかんとしたジノに聞かれ、夏太郎は自分の耳が信じられないという風に呟いた。
「・・・酒。」
イライザがずこっとコケる横で、納得したジノが笑っている。
「なんだ、お酒か。僕は人の名前かと思ったよ。レッドフォレストのみんなはお酒が好きなんだね。」
「そもそも手形を取られたところで、うちのジャニックがあんなチンケな狸にやられるタマかよ。それに猫三匹食ったって腹の足しにもならん。そして、炎蛇より犬五郎のがうめえ。」
けっ。と面倒くさそうに吐き捨てる黄蓮の横で、
「黄蓮は大食いですしね。」
と蒼蓮が笑った。
皆がやいやい話す様子を眺めながらフィリップたちが胸を撫で下ろしていると、ジャニックが声を掛けてきた。
「そういえば貧乳。お前も俺に言いたいことがあるんだったな。仕方ない、聞いてやるぞ。」
神と知った以上、今までのように食って掛かる訳にもいかない。イライザは引きつった笑みを浮かべ、連れて来た白い炎獣を抱き上げた。
「もうご存知でしょうけど!私たち!!この子と一緒に暮らしたいんです!!!」
仔狐のような炎獣に目を止め、蒼蓮と黄蓮がやってくる。
山のような炎獣にのしのし近寄られると、やっぱり怖い。
特にあくびの方には、尖った牙を何度も見せ付けられている。
「あわわわ・・・。」
イライザは炎獣を抱えたまは後ろへ下がるが、蒼蓮と黄蓮は構わず近づいてくる。
「珍しいですね。白い炎獣の子供ですか。どこで産まれたんです?ちょっとよく見せてください。」
「おいコラ、逃げるな貧乳!見えねぇだろうが!」
黄蓮もイライザを貧乳と呼び始めた。
「ちょっと!誰が貧乳よ!」
「え?貴方、貧乳じゃないんですか?」
蒼蓮が真顔で聞き返す。
「ち、違うわよ!まだ成長過程なの!これから大きくなるのよ!火の鳥のお守りにお願いだってしたんだから!」
あ、しまった!言わなくていいことまで喋っちゃった!
イライザは赤面するが、蒼蓮たちはまだ解ってないようだ。
「何を言ってるんです?成長?」
「何だよお前、火の鳥のお守りって。天女のことか?」
ジャニックが腹を抱えて爆笑した。
「おい蒼蓮、黄蓮。間違ってるぞ!貧乳はそいつの名じゃねぇ。っていうかお前、天女の加護に爆乳願ったのかよ!なんだそりゃ、前代未聞だぞ!?」
「してない!冗談よ!してないったら!あぁもう、うるさい!あたしの名前はイライザ!貧乳じゃなくて、イライザ!解った?!全くどいつもこいつも失礼なんだから!てか、何で人の姿してんのよ!最初からドラゴンなら、こちとら苦労せずにすんだんじゃない!」
ひっくり返って笑っていたジャニックは、ふと遠い目をした。
「まぁ、こっちの姿の方が気に入ってるだけさ。」
青い空を見上げてそうつぶやくと、ようやく笑いを納めたジャニックは起き上がって、黄蓮と蒼蓮に問いかけた。
「おい、お前たち。そのチビどうする?」
二頭の炎獣は顔を見合わせる。
小さな同属に向かって口を開いたのは蒼蓮だった。
「どうもこうも。お前はどうしたいのです?その白い身体では、仲間の下で生き辛いでしょう?」
すると小さな炎獣は、豆つぶくらいのカメレオンを両手でしっかりと抱きかかえ、蒼蓮に見せた。
これが僕の仲間だ!と言っているようだ。
ジョジョも、まっすぐな瞳で巨大な炎獣を見上げている。
蒼蓮は微笑んだ。
「なるほど。それがお前の答えなのですね?構いませんよ、私たちは。ねぇ黄蓮?」
大あくびをしながら黄蓮は答える。
「あぁ、俺たちも当分くたばらねぇしな。守り役は間に合ってる、構やしねぇ。お前はどうなんだ?ジャニック。」
ジャニックは、形のよい眉をくいっと上げた。
「そうだな・・・。炎蛇で手を打とう。」
再びずっこけたイライザの隣りで、焦ったフィリップが叫ぶ。
「大変だ!夏太郎、炎蛇とやらをもうひとつ頼んでくれ!」
「え?あぁ、解った!」
吉右衛門の息子で現、猫の王である源一郎へ文をしたためていた夏太郎は、慌てて炎蛇の数を一から二に修正した。
ついでに、先日吉右衛門に黙ってジノと食べてしまった特級ししゃもも、ちょっと多目に、勝手に、書き込んでおく。
「よかったわね。」
指先で炎獣とジョジョを撫でるイライザに黄蓮が言った。
「おい。連れて帰るのはいいが、コイツは雄だ。すぐに俺くらい大きくなるぞ。」
「そうだった、それを忘れてたわ!どうしよう。おじいちゃんの魔法で今の家どうにかなるかしら!?」
「おい、・・・おい小娘!」
黄蓮が巨大な口を開ける。
「ヒィィィ!何よ急に!ちょっと!止めて食べないで!」
「あほう!貧乳なぞ腹の足しにもならんわ!早く受け取れ!」
見ると、黄蓮の下あごの牙にネックレスのようなものがぶら下がっている。
イライザは伸ばしかけた手を引っ込めて、疑りの眼差しを向けた。
「・・・噛まないでしょうね?」
「このあほう!さっさと取らんか!早くせねば、あ。顎が疲れてきたぞ、あぁぁぁ。」
「解った!解ったからちょっと待って!」
閉じかけた口に思い切って手を伸ばし受け取ったそれは、紅い玉がついた首輪だった。
「これを付けてやるといい。身体が大きくならん。」
細い紐を通した紅い玉は、動きに合わせて揺れる度、きらきらと夕焼けのように煌いた。
「ほんと!?ありがとう!」
早速炎獣につけてやると、黄蓮がニヤリと笑う。
「犬五郎で手を打とう。」
「・・・!?お父さん!」
話を聞いたフィリップが急いで夏太郎の元に走っていく。
首元で煌めく赤い玉を、ジョジョが珍しそうに触っていた。
「よかったね~。炎獣。ジョジョ。」
「さっきから気になっていたのですが。この子にはまだ名前がないのですか?」
「そういえばそうね・・・。」
二頭の炎獣には、蒼蓮・黄蓮という名がついている。
穏やかな眼差しで小さな仲間を見つめていた蒼蓮は、思いついたように呟いた。
「・・・紅蓮。紅蓮という名はどうでしょう?私たちの名は見ての通り、瞳の色から来ているのです。この子の瞳は紅い。ぴったりではありませんか?」
「・・れ~ん。」
蒼蓮を見上げる炎獣に抱きついて、ジョジョが名を呼んだ。
「ほら。仲間も気に入ったようですし。」
「そうね。紅蓮。ありがとう、いい名だわ。」
蒼蓮は静かに付け足した。
「獅子王で手を打ちましょう。私、犬五郎は好かぬのです。」
レッドフォレストにイライザの声が響き渡った。
「お父さん!」
リビングではお気に入りのベッドに身を起こしたジノが、ふさふさと白銀の尻尾を揺らしながら、いとおしそうにパッチワークを触っていた。
頬に貼られたガーゼが痛々しい。
まだあちこちに火傷や裂傷のあったジノは、レッドフォレストからイライザの家に戻ってきたのだ。
「これは、初めて会ったときのおくるみ。これはよちよち歩きの頃のスカート。これは・・・。」
「森であんたから落ちて泣いたときのシャツよ。」
ジノの表情が、ぱっと明るくなる。
「イライザ!」
イライザは、少し気まずそうにジノの側に座った。
「どう?怪我の具合は。」
「うん。あちこちまだちょっと痛いけど、だいじょうぶだよ。口の中も切っちゃってるみたいで、たまにしみる。」
「そう・・・。早くよくなるといいわね。」
「うん。でもイライザに毎日会えるから、このままでもいいや!」
「なっ!バカじゃないの!?」
ジノのストレートな物言いに顔を真っ赤にしたイライザは、ごそごそとポケットに手を入れた。
「はい、これ!」
突き出されたのは、ふわふわとした大きな茜色の羽だった。
「え?これって・・・。」
「天女のお守り!あんたすぐ風邪引くし怪我するから。あ、変な意味じゃないわよ!?」
ぴょこんとジノの金髪から狼の耳が飛び出た。ジノは大きな尻尾を手繰り寄せると、大切にしまっておいた自分の羽をそっと取り出し、
「はい。」
とイライザに手渡した。
「・・・ありがとう。」
「うん!」
恥ずかしそうに視線を交わした二人は、にっこりと笑い合ったのだった。
レッドドラゴンと猫の王 野々宮くり @4792
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