第3話 前

早朝の漁が終わって、一時の至福の時を過ごしていた。

妹の奏でるハープの音色を聴きながら、ござの上に寝転がる、たまに顔の様に見える天井のシミをぼんやりと見つめたままうとうとする。

いわば二度寝をするのである。


夢見心地の中で朝の漁を振り返ってみる。

今日はいつも以上に静かな朝だった。

いつも魚をあわよくば掻っ攫っていく海鳥たちが居なかった。

波の流れもどこか引っかかる動きをしていた。

……近々、荒れるのではなかろうか

もしそうならば、風で道具が飛んでいかないように納戸に片付けねば。

ましてや船が流されては一貫の終わりだ。

これは陸に引き揚げて杭で固定でもしておこう

それにしても本当に静かな日だ…

嫌な予感がする……

しかし、そんな嫌な予感に睡眠欲は打ち勝ったらしく、私は眠気の波へと引きずり込まれていった。



「お兄さま、起きて下さい。お兄さまー」

「……」

起きたのは夕方だった。

随分とぐうたら過ごしてしまったものだ。

オレンジ色の日が妹のクリーム色の髪に映えていた。

「あぁ。お兄さま、起きて下さいましたか。ただ今、長直々に招集命令が出されました。ご用意のほどよろしくお願いいたします」

「わかった。すぐ行く」

俺は汗で湿ったござからすっくと起き上がると、妹が作ってくれた草で結って編んだ簡単な靴と履き、村の中央へと向かった。



「十年に一度の嵐がやって来る。兼ねて明日の漁は禁止。外に出しているものは全て仕舞え。以上」


破けたバンダナを頭に巻いた厳つい眼光をした長は単刀直入に要件を口に出すと、使いの者に持たせていたカットラスを無言で奪い、ザカザカと砂を掻き分け海の方へと歩んで行った。


「おっ、お待ち下さいませ!ダンピアさまっ!!」

「其方は海でございます!じきに荒れると仰っていたではありませんか!!」


「………」


使いの者が呼びかけ、制止するのを他所に


よく分からん奴め


それにしてもやはり勘は当たっていたか…。

ならば早速家へ帰り、寝ていた分の労働をしなければ。


俺はいつも以上に早足で帰路を急いだ



「十年に一度の嵐が来るらしい。お前も外に出しているものがあるならすぐ仕舞うといい。俺は船をちょいと片付けてくる」

家に付き、戸を開けると同時に駆け寄ってきた妹に早口気味に伝え外に出、網やら銛なんかの細々とした道具をまず建て付けの悪い納戸に仕舞い込み、近くにいた仲間に手伝い手伝われつつも引き揚げ作業を終わらせた。


その時ふと見上げた月がやけに妖艶に見えたのが心底不気味であった。


不気味さを感じつつ、後は嵐で納戸が崩壊しないことをただただ祈った。

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海恋 @penntomino121

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