第1話 馬鹿馬鹿しい話(2)

「それで、つまりは、あれだね。女性を殲滅してほしいと」

 僕は悪代官になったような気分で囁いた。

「……ええまあ、要約するならば、そうなりますね。我が国に異性は必要ありません。遺伝子技術を用いれば、我が子を作ることも容易です」

「そこらへんすごいよなあ」

 口を挟んだ僕に、大して気を悪くした風もなく、彼は頷いた。

「我が国にか弱き女性を置くわけにはなりません。今こそ男性の長を置くべきです」

 選挙の国には長年、トップがいない。ただし、国民が長という存在を望んでいないという訳ではなく、勢力が真っ二つに割れ、長を決めかねていると言うことである。二人にすればよいものを、互いが互いを敵視することでごたついている。

 そして今月、何度目かもわからないような、選挙が行われる。

「まあ、相手はか弱き女性です。恐怖をほんの少し与えるだけで、すぐにこちらに従うことでしょう」

 ほんの少しでいいのですよ、ほんの、少し。と、彼は明るく繰り返す。

 僕の少しは、少しではないことは、僕が魔導師と認識した時点でわかっているだろうに。笑いそうになるのを堪え、軽く頷いて続きを促す。

「古くから家計を支えてきたのは男性です。男性がいなければ家族は、生きていくことすらままならない。国も一つの家族です。いい加減女性はそれに気づくべきだと、訴え続けているのですが……」

 僕が会談しているのは、そこらの兵士ではない。目の前にしているのは最有力候補者兼国南部軍司令長官、バズルである。簡素で殺風景のコンクリート製会議室に、モンスター皮張りのソファーに腰掛け、対面する二人。バズルのお堅いスーツに合わせて、僕もそれらしい服を創造してみた。

 今回の会談、なかなか面白い。

 人間の長と会うことはあれど、勇者が会話するのみ、僕自身に向けて発言されることは殆どない。少し大人になったような気分である。

「僕もちょうど北の方にこらしめてやりたいやつがいるんだよ。思い切りやっちゃっていいんだよね?」

 僕の黒いオーラにバズルは一瞬たじろいだが、小さく頷いた。わき上がる興奮に、僕は愛想よく口角を上げる。たまにはお世辞というものを言ってみるか。

「ふふふ、いかんせん最高級の食事を食べさせてもらっちゃったからね、奮発しちゃうよ。……それにしても、あの、隣国も手を焼いていた『金剛龍』を倒せる人間がいるなんてね。やっぱりこの国はいいね」

 勇者と真っ向勝負する機会はなかなかない。正式な依頼としてやれるなら、大歓迎である。

「化学さえ発展すれば、あの程度たやすいものです。あの魔物の遺伝子を人間に取り入れる研究もかなり進んでいます。選挙の後には、実証実験も終わることでしょう。さすれば我が国民は強靱な体を持ち得る、最強の戦士として働くことができますよ。もしよろしければ、魔導師様もお試しなさいますか? じつはわたくしも実証実験に参加しておりまして」

 バズルはスーツに隠れたままの腕を指さし自慢げに胸を張る。

「車だって軽々と持ち上げられるようになりました」

「ふうん……それは女性には使わないの? か弱くなくなるじゃない?」

 茶々をいれると彼は肩をすくめた。

「とんでもございません。常に力強い男子であることを求められるこの国では、皆、幼きときから勉学に励み、そしてトレーニングに励んでおります。魔物の遺伝子を取り入れて耐えられる体は男子しか持つことができません」

「へえ……」

 値踏みをするように彼の顔を眺める。彼は強い意志を持った目で僕を見つめていた。

「……ふうん、わかった、やってみるね」

 何を訊いても、答えは一つか。変化の余地もなく少しつまらないが、勇者を懲らしめる絶好の機会。今回の依頼、引き受けよう。

 声を低くし、いかにも魔導師のように、つまり偉そうに、僕は声を張り上げる。

「今日の日没、この国に災厄と幸福が訪れるだろう!」




 私としては、食事をとれただけで満足だった。食事以外にはなにもいらない。しかし相手方は、ただもてなすために食事を出したわけではなさそうだった。

「勇者様、どうかお願いがございます。私たちの化学力をもってすれば、男性勢力を削ぐことはいとも容易く、いつでも私たちが頂点に立つことができます。しかし、お恥ずかしながら、元は同じ国民として競い合っていた仲……。こちらが手を出すことで、戦争になってしまってはこちら側にも不利益が出ます。勇者様の魔法のお力をお貸し下さい。少し恐怖を与えるだけで構いませんので……」

「第三者に手を借りると? 勇者を飯で釣って?」

 まんまと釣られた気はするが。

「いえ、そのようなわけではございませんが……」

 女性勢力の長であり、先刻までの給仕係、シャリーナは俯いてしまった。食事をとった後、そのままテーブルの反対側に椅子が置かれ、「失礼します」と腰掛けた後、彼女は身分を明かしたのだった。

「女性の代表として、私はこの争いに終止符を打ちたいのでございます」

 上げた顔は、凜としていた。しかし気取らず、おしとやかという形容も出来そうな、それこそ女性の鏡のような振る舞いだ。

「男性たちは威張ってばかり。いつも私たちは黙って家庭を支えてきました。しかし、それでは女性の権利がありません。私は、男性に理解を求めたいのです」

「でも、向こう側にはセカイっていう、私の連れがいるわ。彼を相手にしながらだと、加減は出来ないのだけれど」

「……少し、懲らしめてやりたいのです」

 女性は躊躇いつつも、口を開いた。

 合点承知。

「わかったわ。今日の日没、私は魔法をかける。二ついいかしら?」

 彼女は丁寧に頭を下げる。

「なんなりと」

「まず、魔力結晶を用意してくれる? あと、魔法をかけるために国の外へ出るわ。出国手続きもお願い」

「かしこまりました」

 こうして私は大量の魔力結晶と、大量のサバニラ、そして一通の出国書を持って、国を出た。サバニラは高級食材だったらしく、安価で手に入る魔力結晶だけでは申し訳ないとお土産にしてくれたのだ。化学の発展により、魔法はもう使われないらしい。しかし国の大事を勇者に魔法で解決させようというのだから、不思議である。




 その日の日没。選挙の国の南北から亀裂が走り、瞬く間に瓦礫の山となった。

「あらら、全員死んでしまったわ」

「あらら、全員死んじゃった」




 私はセカイと並んで歩いていた。

「まさか、二人が同じことを頼まれて、同じように解決しようとするとはねえ。ま、あんな程度じゃ僕は殺せないんだけどね」

 セカイは薄ら笑いを浮かべた。

「セカイだって私を殺せなかったじゃない」

 私は同じように薄ら笑いを浮かべた。

 同時に立ち止まり、お互いを見つめる。

「……ま、なんで片方ずつに援助を頼んだのかってことだよね。プライド?」

 セカイはあっさりとにらめっこに降参した。

「なんでわけようとしたのか、私にもよくわからないわ。プライドなのかしらねぇ」

 私は国だったところに視線を移し、セカイの方に片手を向ける。セカイも当たり前のように杖に変わっていた。杖となったセカイは、私の手に収まり淡い光を放つ。

「二人の力なら、解決出来たのにね」

 小さな呟きは、聞き止めるものがいたか、どうか。

 瓦礫の山に、光が降り立った。




 そこには国がありました。勇者と世界によって滅ぼされた国でしたが、二人の力によって国は元通りに、人は蘇りました。

 彼らには滅ぼされた記憶があります。そんな彼らが、再び争い混じりの選挙をしたのか、それとも手を取りあったのか。

「あの国、どうなるんだろうねえ」

「私にはわからないわ」

少しはまともになっていればと、思う勇者でした。

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私と世界 宮里智 @miyasato

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