第8話 灰色の穴

僕の中には大きな穴が開いている。

その穴ぼこはただそこにあるだけで、迷惑を掛けたり邪魔になったりするわけじゃない。

でも時折その穴ぼこからは冷たい風が吹き上げてきて、僕の全身を凍えさせる。

覗き込むと中は灰色で、濃いグレーと薄いグレーが渦のように混ざり合っている。

手を突っ込んでも何も触れない。

形あるものがそこにはないもないから、僕の手が何かをつかむことはない。

でもなんとなく、その灰色が右手に絡みついているような気がして、軽く手を握ってみる。

それでもやっぱり手にはなにもついていなくて、僕はなぜかほっとしたような残念なような、複雑な気分になるのだ。


この穴は一体いつから、どんな風にあいたのだろう。

気がついたときにはもうしっかり穴は僕の中に存在し、まったくの通常運転でそこにいた。その状態が普通とは違っているなんてことにすら、僕は気づいていなかった。

暇があれば中を覗き込み、見えない底におびえ、吹いてくる風に身をすくませ、それでも塞ごうとは思わずに、今までやってきた。

意味なんて考えない。ただ穴の開いた人間、それが僕だ。

そんな風にやってきたから、僕はたぶんちょっと変わっているのだろう。

そう思うと少し寂しいけれど、そのサミシサを癒してくれるのもまた、その穴ぼこだった。

穴の渕からグレーのぐるぐるをぼーっと見つめる。

ゆっくり渦を巻く灰色は、光り輝くでもしっとり反射するでもなく、地味な存在のままなのになぜか美しい。

それを見ていると、なんだか心の中が凪いでくる。

人と比べて寂しくなるなんて、そんな愚かな自分を笑いたくなる。

大きな穴があり、何かが欠落している僕でも、きっとここに居ていいんだ、そんな風に思えるのだ。

穴は偉大だ。


今日もまた、穴から強い風が吹く。

その冷たさに体を縮こまらせながら、それでもまた、穴とともに生きていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まるで万華鏡のような マフユフミ @winterday

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ