低温調理器で黒毛和牛のローストビーフ

 低温調理器はもう何年も前から持っていた。ただ特に使う機会がなかったんだ。

 え? じゃあなんで買ったんだって? いや貰いものだよ貰いもの。


 ボクの父はガジェット好きというか、新しいもの好きで、昔からいろんなものに手を出していた。例えばまだ世間ではスマホよりケータイの所有率のほうが高かった時代に、iPadAir2を使いこなしていた。


 そんでまあ、低温調理器も買っていたわけだが、特に使うこともなくこっちに回ってきた。いや父は料理好きで、作る料理も美味いわけだから、無意味に買ったわけじゃないのだろう。だけど使わないままこっちに回ってきたのはなんだかなぁと思いつつ、ボクとしても何年か放置していたわけだ。


 そもそもの話、ボクは低温調理器とやらをそれほど信用していなかった。ローストビーフは窯に入れてじっくり焼くほうが絶対に美味いと、分子ガストロノミーとかどちらかというと否定派だった。


 だけど興味はあった。料理は科学であるという根本のところは肯定している。だから試してみたいという気持ちは持っていた。


 そんなわけで手に入れた国産黒毛和牛のブロック600グラム。安かったんだよ。そうだよロピアだよ。綺麗にサシが入ったやつが2700円。安い!


 実のところ、ボクはローストビーフがそんなに好きじゃない。冷たくなるとパサついてるし、それほど美味いと思えないし。人生で一番美味いと思ったローストビーフは帝国ホテルで食べた焼き立てのローストビーフだ。ほぼステーキだった。


 そして冷めたローストビーフで美味いと思ったのは、スギモトの松坂牛のローストビーフだけだ。あれは冷めてもしっとりしていて美味かった。


 それでボクは思った。黒毛和牛なら冷めても美味いローストビーフができるのではないかと。だが家に窯はない。ならば低温調理器、お前の実力を見せてみろ!


 黒毛和牛のブロックを袋に入れ真空パック。でかい鍋を沸かし、60度ほどになったら低温調理器と肉を入れる。低温調理器の設定は58度で4時間だ。

 下味? やらないよ。どうやら低温調理器の場合は下味をつけないほうがいいっぽい。


 低温調理器を暫く眺める。1度でも下がるとヒーターが作動して58度をキープ。結構忙しい。これを4時間続ける。いや眺めなくてもいいんだけど。


 そして4時間後、鍋から肉を取り出し袋を開け、塩コショウして10分休ませる。袋の中にある肉汁は捨てちゃだめよ。

 次に外側をバーナーで炙る。焼き目をつけるため軽く……なかなか焼き目がつかなかったから想定よりもがっつり炙った。まあこの程度じゃ中まで熱は伝わってないだろう。


 いざ包丁を入れる。えっ、すごっ! 全体が均一に熱が通った色をしている。ミディアムレアとかウェルダンとかそういう話じゃない。全体が同じ色なんだ。ウェルダン色ではなく、少し赤みが残っている、まさに理想の色。すげえ。

 肉が柔らかいから薄切りができない。ステーキみたいな厚さのカット。どこを切っても同じ色だ。面白い。


 い、いや。問題は色じゃない。味だ。

 今回はいつもの手抜き和風ソース(大さじで醤油2みりん2)ではなく、少し凝ったものを。

 なんて言っても大差ない。袋の肉汁を2、醤油2、みりん1、はちみつ0.5、一味適量を軽く煮詰める。

 西洋わさび────ホースラディッシュがないから普通のわさびでいざ実食。


 うめぇ! なんだこれ、美味い! 肉の厚みが違う部分でさえ均等に同じ熱が入っているから、どこを食べても美味い。

 科学すげえ! 温度と時間を設定するだけのお手軽さで、これほどのものができるのか! 今後はステーキもこいつに任せていいかもしれない。



 そして翌日、タッパーに入れた残りの肉を冷蔵庫から取り出す。うわぁカチカチだ。

 これならスライスできる。ローストビーフサンドを作ろう。

 ところどころ味見……おお、パサついてない。しっとりしてる! やっぱりいい黒毛和牛で作ったローストビーフは冷めてもいけるらしい。


 次はどうするかな。豚や鶏でハムを作るのもいいかもしれない。ちょっと楽しみだ。

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