死神の通告(蛇足) - 不思議

 駅のホームで電車を待つ。

 今日は先頭だ。上手くすれば、座れるかもしれない。

「間もなく電車が参ります」アナウンスが入る。

 少し待って、速度を緩めつつ電車がホームへと向かってくるのを確認した。


 あっ。

 背中に衝撃を感じた。押された? 踏みとどまれず、線路へ向かって一歩二歩進む。

 駅員の慌てた笛の音が響く。

 そうか、これまでか。


「間に合った」

 子供の声がした。

 あわや電車と接触するかというところで、止まっていた。時が、止まっていた。


「本当に、すごい幸運だ。間に合って良かった」

 声の主を確認したいが、動けない。何者なのか尋ねようにも、体のどの部分も動かせない。

「ごめんね、止まった時の中では、動けないんだ。目の前に行って姿を見せてあげたいところだけど、ちょっと隙間が少なくって、入り込めないんだ」

 声だけが届く。


「用件を伝えるね。あなたの幸運が欲しいんだ。くれるなら、代わりに助けてあげる。ああ、答えられないよね。考えてくれればいいよ」

 わけがわからない。

「昨日、死神に会ったでしょ。本来なら、あなたの命は一瞬先までだ。けれど、ボクならそれを回避できる」


 助けてくれるのか?

「あなたの幸運をくれるなら。ボクは、幸運が欲しい。ギブ・アンド・テイクだよ」

 幸運を渡したらどうなる?

「うーん、不運を押しつけるわけじゃないから、不幸のどん底ってことにはならないと思う。でも、あなたがこれまで幸運に助けられていた分は、全部なくなっちゃう。すっごい幸運だから、それだけで不幸だと思っちゃうかも。あの時取引しなければ良かったって」


 どうしてわざわざ取引を持ちかける? 放置すれば死ぬんだから、勝手に持って行けばいいだろう。

「そうだね。そうできればボクも楽なんだけど。ちゃんとした契約のもと、取引しないともらえない仕組みになってるんだ」


 いつもこうやって、死にそうな人に声を掛けているのか?

「ううん。死を回避するのと引き替えにできるような幸運をもっている人は、そうそういないから。それだけ、あなたの幸運は魅力的なんだ。普段は、ちょっとした幸運と引き替えに、ちょっとした願いを叶えてる」


 今、死を回避できたとして、すぐに命を奪われるのではないか?

「次がいつとは言えないけれど、別にあなたは命を狙われているわけじゃないよ。あなたを押してしまったのは、事故なんだ。友達とふざけていて、当たってしまっただけ」


「そろそろ質問はお終いかな。さっさと決めてもらえると嬉しい。時間を止めておけるのも、もう少し。ボクとしては、時間切れなんかであなたの幸運を失いたくはない。ねえ、どうする? 運命を受け入れると決めたなら、それでもいい。あなたが決めたなら、諦めもつく。それとも、ボクと契約して、運命を変える? ボクもあなたもハッピーだ」


 選択肢なんて、初めから無いようなものだ。

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