死神の通告 - 不思議
改札を通る前に、現在時刻と、次の電車と、それまでの時間を確認する。それは、ここ数年の通勤で身についた習慣だった。
そういえば、そろそろ24時間だなと、頭をよぎる。
昨日、いつものように改札を通った所で、後ろから声を掛けられた。
「
自分の名前を呼ばれれば、誰だって反応する。名字だけ、名前だけでも反応するのに、フルネームならなおさらだ。たとえそれが、全く聞き覚えのない声だったとしても。
例に漏れず、声に反応して振り返った。
そこにいたのは、見覚えのない、黒尽くめの背の高い人物だった。声と身長から男性だと判断したが、中折れ帽を目深にかぶっており、顔はよく見えない。
スーツ、靴、帽子だけでなく、カッターも黒、その上黒の手袋までしている、黒尽くめの見本という姿だった。身長は190cm近くあると思うが、細身で圧迫感はない。
「桑原真澄さん」
私がその人を認識していると分かった上で、もう一度名前を呼ばれ、人違いではなく、私に対して呼びかけているのだと、はっきりと認識した。
「すみません、どちら様で?」
問いかけに、相手は帽子を取る。現れた顔はやけに白く、唇はやけに赤かった。
「私は死神です。桑原真澄さん、あなたに死期を伝えに参りました」
何を言われているのか、とっさには理解できなかった。むしろ、どこから名前と顔の情報が漏れたのかと、そちらの方に意識が行った。
私の困惑をよそに、彼は話を続ける。
「あなたの命は後24時間です。どうか良い最期の一日をお過ごしください」
理解が追いつかない。
それではと、男性は帽子をかぶり、背を向ける。慌てて呼び止めた。
「ちょっと待ってください。どういう意味ですか」
男性は、改めてこちらを向くと、帽子を取ることなく答える。
「そのままの意味です。あなたは明日のこの時刻に、命を落とします」
その後の彼との問答を要約すると、こうだ。
死神は死期を伝える役割を担う。ずっと連絡が無っ方人から連絡があったと思ったら、数日後に亡くなったとか、死期を悟ったような行動をとる人がいるのは、その通告があるためだと。
彼の言葉を信じるも信じないも、残りの時間をどう過ごすかも、全ては私次第だと。
「ご質問は以上でしょうか」
返事をしない私に、彼は軽く会釈をし、反転すると雑踏の中へ去って行った。
人々の話し声、足音などが一気に押し寄せてきた。そうなってようやく、先ほどまでやけに音が無かったことに気付いた。
電車。乗ろうとしていた電車はもう行ってしまっただろうか、腕時計を確認する。
時間が経っていない。思っていたほどというレベルでは無く、あれだけ会話をしていたのに、1分も経っていない。
白昼夢でも見ていたのだろうか。
あの出来事からおよそ24時間、私はいつも通りの普通の一日を過ごした。
あれを信じて、羽目を外した結果、何事も無く日が続いた場合に、どうしようもなくなってしまう。
だいたい、病気でも無く、自殺など考えもしていない私にとって、自分自身の死はとても遠いところにあるのだから。
いつものように、降りる時にちょうどいい位置に移動する。
階段の裏になることもあり、普段から他の場所に比べて人が少ない場所ではあるのだが、今日は私が先頭だった。
しばらくして、電車が来るアナウンスが入る。
電車が来る方をぼーっと見る。
アナウンスからしばらくして、電車が見えた。
電車がホームへと入ってくる。
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