芭蕉さんどこ行ったん? - 現代(方言)

 久しぶりの上野市駅。駅舎を出ると、目の前にはまさに工事中という景色が広がっていた。

 迎えに来てくれているはずと、駅前に駐車している自動車を見回す。その中の一台が窓を開けて、父がこっちこっちと呼ぶ。

 私も軽く手を上げて、気付いたことを知らせ、父の車へと乗り込んだ。


「おかえり」

「ただいま」

 私がシートベルトをするのを待ち、車は出発した。

「久しぶりの市駅はどうよ?」

 親戚の家へ向かうため、いつもとは違う駅で降りることになった。上野市駅を利用するのなんて、本当に何年ぶりだろう。

「どうって、言われても。駅前めっちゃ工事中やし。そういや、芭蕉さん松尾芭蕉の銅像はどこ行ったん?」

「さあ? 工事中だけどっか行ってるんちゃう?」

 父だって普段から利用する駅ではない。まあ、知っていなくても当然か。


 ほどなく、目的地に着いた。

 車の音を聞きつけてか、停車した車を降りた時に玄関が開き、親戚のおばさんが出てきてくれた。

美希みきちゃん、今日はおおきにな。元気してくれてたお元気でした?」

「はい、おかげさまで」

「遠いとこ、えらかったしんどかったやろ? まずは、お昼でも食べよに」

 ささ、上がってと、通される。


 通された和室では、母がちょうどしっかりとしたこたつ机と格闘していた。

「美希おかえり。ちょうどええわ、ちょっとつって運ぶの手伝って

 早々に作業をさせられる流れか。

「どうしたいん?」

「お昼食べんのに、部屋の真ん中までやりたいねん」

 母の向かい側に回り、せえので持ち上げる。移動して、今度はせえので下ろす。


 昼食の準備が進む。私は、運ばれてきた料理を並べるだけ。

 母は割と張り切っているようだが、勝手の分からぬ家のため、おてしょお皿は? きびしょ急須は? と在処ありかを尋ねている声が聞こえてくる。

 取り皿を並べていて、そのうちの一つが欠けているのに気付いた。ちょうどおばさんが漬け物を持ってきてくれたところだったので、伝える。

「すみません。これがちょっと欠けていて」

 欠けている部分を分かりやすく見せ、指も添える。

「ほんまや、ごめんな。怪我せえへんかった? すぐにさら新しいの持ってくるわ」

 漬け物と欠けたお皿を交換する。ほどなく、別のお皿を持ってきてくれた。


 準備が終わり、ほな食べよかと、食事を始める。

 慌ただしさが落ち着いたこともあり、私はようやく本日の最大の疑問をぶつけた。

「ところで、私はなんで今日、招集されたん?」

 とりあえず来いとだけ言われて、理由はまあいいからと教えられてなかった。

 ようやく私は呼ばれた理由を、理由を先延ばしにした理由を、私が苦難の入り口を入ってしまったことを知るのだった。 

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