最後は - ミステリーのつもり(コーヒー)
斉藤がそれを見つけたのは、たまたまだった。
事務室の扉にかけられたチェック表、最終退室者が戸締まりやエアコンのオフ、消灯をチェックすることになっているのだが、昨日のチェックが抜けていた。
気になって、近くを通りかかった中田に声を掛ける。
「中田さん、昨日のチェックがないけれど、何か知ってますか?」
「いえ。私が帰る時には杉木さんがまだ残ってらしたので、声を掛けて帰りましたけど」
なるほど、最終は杉木なのか。デスクで作業している様子が、その場から見えた。
「杉木さん、ちょっといいかな」
杉木は手を止め、斉藤の方へ向きを変える。
「部長、何でしょう?」
「昨日の退室チェックなんですけど、杉木さんが最後だと聞いたもので」
「私が帰る時には、伊東さんの札が出社になっていましたので、そのまま帰りましたが」
事務室以外で作業をすることも多いため、出入り口付近に出社、退社を示す名札をかけてある。出社した時、退社する時に裏返して利用する。
「声かけはしましたか」
「いえ、部屋にいらっしゃらなかったので」
杉木の表情が曇る。最終退室者に声を掛けて帰るというルールがあるが、やっていなかったということだ。
いなければ携帯電話に連絡をすることになっているが、そこまでしていないのだろう。
「そうですか。忙しいところ、悪かったね」
伊東はと見渡せば、ちょうど事務室へ戻ってきたところだった。
「伊東さん、ちょっといいかな」
斉藤が伊東のもとに辿り着いたのは、ちょうど伊東がデスクに戻り着席しようとしたところだった。
「はい、構いませんけど」
いいよ、座ってと促す。
「昨日の最終退室者だと聞いたんだが」
「えっ。昨日は時間休で四時に退社しましたよ。申請の承認も頂いてますし、カードキーのチェックもそうなっているはずですけど」
「伊東さんは昨日、確かに四時に急いで帰られましたよ。すごく慌ててらしたので、覚えてます」
隣の席の山元からも援護が入る。
申請の承認を出しているのは斉藤自身であったが、正直、毎日に大量申請が来るため、事務的に承認しており覚えていない。
「忙しいところ、手を止めさせて済まない」
◇
斉藤は、コーヒーを煎れ、自身の席へ戻り考えた。
誰も嘘はついていないだろうが、パソコンで機能の勤怠記録を確認する。通用口に、社員証をかざして出退勤を記録する装置がある。
データとなった部下の出退勤記録にアクセスする。伊東の記録は確かに、16時過ぎに退勤している。最後は19時半の杉木だ。
まあ、想定通りの結果だ。
今回は、二つのルール違反と発生しなかった心遣いが原因だろう。
ルール違反一つ目は、伊東が名札を裏返さなかったこと。慌てていて、忘れてしまっただけだろう。
二つ目は、杉木が最終退室者と判断した伊東に連絡を入れなかったこと。最後だと意識させることと、名札の裏返し忘れ対策だったのだが。
発生しなかったのは、誰かが伊東が帰ったのに名札がそのままのことに気付いて、裏返すということ。もう少し回りに気を配ってもらいたいとは思う。
コーヒーを三口ほど飲む。さて、問題は同じことを繰り返さないことだ。
最終退室者への声かけは、以前に同様のことがあり始まった。再度注意喚起では、繰り返すだけだ。
一因は、事務室の名札と通用口の社員証、チェックが二度あることだろう。
正直、面倒くさい。どちらか一方で良いではないか。二つもあるから、片方を忘れたりするのだ。
通用口のチェックをしたら、事務室の出退勤表示が自動で切り替わるようなシステムにはできないだろうか。ついでに、休暇の場合には異なる表示になるようにすれば、より便利ではなかろうか。
いや、そうすると忘れた人の表示を、気付いた人が変えることができなくなる。事務室から通用口までのタイムラグも発生する。そこでの行き違いが発生しないとは、言い切れない。
ならば、現在の名札の上か下にでも、通用口のチェックでランプが光るようにするのはどうだろう。
手間は今のままだが、いないのにいることになっている、そしてその逆の場合も気付きやすくなる。
今回の場合も、名札ではいるのにランプではいない状態になるのだから、確認するか忘れて帰ったものと判断するだろう。最後ではないのに、チェックをしてしまうのは問題ない。
我ながら、なかなか良い案に思えた。
費用の問題はあるが、今度上に提案をしてみるか。
斉藤はコーヒーを飲み干すと、溜まっている申請の許可作業を始めた。
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