山菜採り - 不思議(野菜(山菜)、腐、ホラー)

 春になりまして、緑が増えてきましたら、山菜を食べたくなってくるものです。

 独活うどたらの芽、わらび、芹、こごみにふき、おいしい山菜が姿を現します。


 ここに、そんな山菜を採りにきた女が一人。ただね、一人でやってきたわけではありません。

 それは、数日前の昼休み、「山菜食べたいね」なんて話をしていたわけであります。そうしましたら、一人が「いい場所を知っている」と言い出したわけでありまして、それならばと休日に数人でやってきたわけであります。


 最初は集まって採っていたものの、あそこにも、あそこにもと山菜を追っているうちに、気がついたらば一人きり。夢中になっていたものですから、自分が通ってきたところも分かりません。


 日が当たっているところは、緑になっているものの、木々に遮られて薄暗いところも多いのです。夢中になっていた時は何も思わなかったのに、一人になってしまったと気付いた途端、不安がこみ上げて参ります。


 そうだ、携帯。そう思いまして、スマホを取り出します。友人と連絡を取ることもできますし、地図とGPSで進むべき方向もわかるというものです。スリープを解除して、希望が消えたことを知りました。

 そう、圏外です。

 今時圏外なんて、つながらないことに苛立ちながらも、このような山の中ならば仕方がないかと、思い直します。


 さて、どういたしましょう。こういう時には助けにきてくれるのを待ち、下手に動かない方がいいのでしょうか。それとも、自力で合流すべきなのでしょうか。

 ともにやってきた友人を思い浮かべます。待っている様子しか思い浮かびません。友人だって、この地に詳しいわけではないでしょう。下手に探せば、彼らが迷う可能性が高いのです。


「おーい」ひとまず大声で叫んでみます。もし、呼びかけに応えてくれたなら、声のする方に進めば良いのです。

 友人の名を呼び、しばらく待ってみますが、返事はありません。これはもう、自力で合流するほかなさそうです。


 山菜採りに来て遭難とか、こんな事でニュースになったら嫌だな、そのような事態を避けるためにも、どうにかしなければなりません。

 山菜を追いかけてきたわけですから、緑のあるところを通ってきたはずです。辺りを見回し、それっぽい方向へと進み始めます。


 しばらく歩いてみましたが、友人の姿を見つけることはできません。それどころか、同じところをグルグルと回っている気もします。同じような景色ですし、木々に遮られて遠くを見ることもできません。


 歩いた事による身体的疲労と、知らないところで迷った精神的疲労から、女は一旦歩みを止め、しゃがみ込みます。はぁー、と大きく溜息をつきます。さて、どうしたものか。このままでは、いくら歩いたところで山から抜け出せそうにありません。


 木々の葉ではっきりとは分かりませんが、辺りが暗くなってきたことから、雲が空を覆ってきたのだと、理解しました。「雨が降ってくると嫌だな」思いながら、今朝の天気予報を思い出します。降水確率は低かったはず、けれどもそれは自分の住んでいる場所の話です。出かけ先の天気を気にしていなかった自分を、今更恨みつつ、もう一度溜息をつきます。


 そのときです、なにやら気配がしました。友人が探しに来てくれたのかと名前を呼んでみます。呼びかけに応える声はありません。野生動物でしょうか。山の中ですから、いても不思議はありません。それならば、お互いに出くわしたくはないはず、声を掛ければ去って行くはずなのです。


 けれども、気配が去る様子もありません。「誰?」声を掛け、気配の方を注視しておりますと、見えてきたのは二人の子供。小学校低学年くらいの男の子と女の子です。地元の子供でしょうか。


 ひとまず、熊のような危険な動物でなかったこと、いかにも怪しい雰囲気の人物ではなかったことに安堵いたします。「誰?」離れた位置から、男の子が訪ねました。女の子はその後ろに隠れるようにしています。二人にとっては、この女こそが怪しい人物なのです。


 近づいて話そうと女が腰を上げれば、二人は一歩下がります。ようやく、女は自分が怪しい人物だと言うことを認識しました。その場から、二人に届くように声を出します。

「友達と、山菜採りに、きたのだけど、はぐれて、迷ってしまって」

 何を伝えれば良いのでしょう、そこで詰まってしまいました。


「どこから来た?」

 男の子が訪ねます。女は反射的に答えました。

「大阪」

 子供二人が顔を見合わせます。なにやら二人で話しているようですが、女にまでは聞こえません。ここで無為に近づいては、二人を怖がらせてしまうでしょう。女はぐっとこらえて待ちます。


「知らない」

 ようやく、男の子がよこした答えに女は不思議に思います。小学校低学年とはいえ、大阪を知らないなどということがあるのでしょうか。

「滝谷? 谷の裏? 谷の池?」

 いくつか男の子が単語を言いますが、女には何のことだかさっぱり分かりません。


 反応のない女に、男の子も黙ってしまいます。

 このままではいけない。女はしばらく考えて、ようやく思い至りました。この辺りの地名を言っているのではないかと。そうであれば、場所さえ分かれば、連れて行ってもらえそうです。


「ごめんなさい、この辺りのことは分からなくて」

 ことわって、車を止めた辺りの景色を思い出す限り伝えます。

「どう、わかる?」

 二人はこくりと頷きました。「こっち」そう言って、二人は斜面を登り始めました。しかし、女には登ったり下ったりしたという記憶がありません。


 女がついてこないことに気付いた二人は、一旦足を止め振り返ります。

「こっち、近道」

 二人を疑ったところで、女は一人で帰ることができないのです。意を決し、二人の後を追います。


 さて、山の地面というものは表面を落ち葉や柔らかい腐葉土が覆い、その下の固い地面との差で滑りやすくなっているものでございます。

 山に慣れていない女は斜面を登ろうとし、足を滑らせてしまいました。

 ですが、さすがに顔面から地面に突っ込むほどに反射神経は衰えておりません。瞬間的に手をつきました。


 そのとき、右手になにやら不思議な感触をおぼえました。音で例えますと、「ぐにゃ」、「ぬるっ」、「べちょ」というところでしょうか。

 体勢を整え、改めて右手を見ますと、茶色くて水分の多い、そうですね、澱粉糊のようなものがついています。

「ヒャッ」

 なんともいえぬ声を出し、慌てて右手を振り、ついたものを振り払おうといたします。


「柿」初めて聞く女の子の声に、よくよく手をついた辺りを見てみますと、柿のへたらしきものが、女の手についた片割れの近くにあります。

 なるほど、秋に落ちた柿がそのまま腐り、ちょうど運悪く、その上に手をついてしまったようです。


 正体が分かってしまえば、落ち着いて対応もできるというものです。女は荷物からウェットティッシュを取り出し、汚れを拭き取りました。


 その後は何事もなく、二人に連れられて、女は無事に友人のもとへ辿り着くことができたのです。


「もう、一人で行っちゃうから心配したよ。電話しても出ないし」

「圏外で……」

 そう言いつつスマートフォンを取り出して確認すれば、着信履歴がいくつもあります。

「そんなに山菜採りに熱中していたの?」

 一度も着信音なんて鳴らなかった。女を言いしれぬ不安が襲います。


「それにしても、ちゃんと戻ってこれて良かったな。こんな事で捜索頼むとかないよなって話してたんだから」

「私も帰れなくてどうしようかと思ったんだけど、地元の子にあって、案内してもらえて」

 それを聞いた運転手の男性が、怪訝な顔をします。

「いや、この辺に民家とかないけど?」

「でも」

 言って辺りを見回しますが、二人の姿はどこにもありません。


 仲間内に、気味の悪い空気が漂います。

「でも、そんな一所懸命に山菜採りして、採った山菜はどうしたの?」

 空気を変えようと、ことさら明るく尋ねたのですが、どうやら裏目に出てしまったようでございます。

「あれ? でも、確かに持っていたのに」

 女は必死に思い出そうとします。柿に手をついた時は、持っていた。歩くのを再開した時も持っていて、それから。


「まあ、みんなでちょっとずつ分ければいいだろ。帰ろうか」

 全員が何かしら、いてはいけないような雰囲気を感じていたようでして、そうだね、帰ろう帰ろうと、車に乗り込みます。


 帰路につく自動車。そして、それを遠くから見ていた狸が二匹。その足下には、女が集めた山菜の袋がございましたとさ。

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