ブレーメンの音楽隊は実はブレーメンに辿り着いていない

 後日、フェイスブックで友達関係になっていたベンデレからバンドへの誘いのメッセージが来た。ベンデレのアカウントは普段はフランス語で更新されていて、日本語はひらがなカタカナは読めるものの、漢字が混じると分からないという話だった。しかし、ベンデレから送られてきたそのメッセージはなんの不自然さも感じさせない完璧な日本語だった。そのメッセージをベンデレに代わって書いて送ってきたのがキャロライン・カンジンガ・木村だった。キャリー木村。それが、いま俺の愛している女の名前だ。キャリー木村は美しい女だった。

「ベンデレにはそういう才能があるのね。なにか足りないものがあると、ヒョイとどこかでそれを見つけてくるの。そういうめぐり合わせというか、星の元に生まれついているの」

 キャリーは俺にそう説明をした。ベンデレとキャリーはバンドを組もうとしていて、そのために足りないものというのがドラマーだった。そして、ヒョイとどこかで見つけてこられたのが、俺というわけだ。

 ベンデレはキャリーに顔を合わせるなり「ドラマーを見つけた」という話をキャリーにして、そして自分では日本語で込み入った話ができないからとキャリーにスマホを託してフェイスブックアプリで俺を誘わせたのだ。

「ちょっと若すぎる気がするけれど」と、キャリーはまるで値踏みをするように顎に手を当てて俺を上から下まで眺めまわしたが、その視線は不思議と、それほど嫌な感じがするものでもなかった。「きみ、何歳?」

「いまは15歳。中三です」

「わっか!」

 俺が答えると、キャリーは心底驚いた声を出した後で「でもまあ、別にいいか。若くて困ることってのもそんなにないし。多少あったとしても、どっちみち数年もすれば解決することだし」と勝手に簡単に納得して、話を続けた。

「わたしたちはいま、バンドを組むためにドラマーを探していて、そして君はとても面白いリズムを持っているとベンデレは言っている。どう? 君、わたしたちとバンドを組むつもりはない?」

 面白いリズムか、と俺は思う。それはたぶん、別に俺になにか特異な才能や、キラリと光る見どころがあるというわけじゃない。ベンデレが俺のドラムを面白がったのは、たんにベンデレがそれまでヘビメタとかプログレなんかの音楽に親しんだことがなかっただけのことだろう。その当時の俺のドラムのスタイルはヘビメタとしては非常にオーソドックスというか、たんにメジャーどころのスタイルを模倣しただけのつまらないものだったし、そして、俺は俺が自分で嫌になるほど、ドラムに関しては飛びぬけた才能も優れた感性も持っていない、平凡で凡庸なプレイヤーに過ぎなかった。しかし、その頃の俺はまだ、本当に優れたプレイヤーというものを知らず、面白いと言われて素直に悪い気はしなかったのだ。なにより、キャリーは美しかった。マリ人と日本人のハーフのキャリー。父親はマリ人だが、キャリー自身は日本生まれの日本育ちの日本国籍で、完全な日本人だが、やはりその日本人離れした風貌は人目を引いた。混交するときに、なにか奇跡的なバランスが成立したのだろう。カフェオレ色の肌も、彫りの深い顔立ちも、ボリュームのある編み込みの髪も、妙に膝から下が長い全体のシルエットも、全てが美しく調和していた。ひょっとしたら、それが一番の理由だったのかもしれない。俺は誘いを引き受けた。

「しかし、すごいメンバーになっちゃったわね」

 呆れたように、キャリーがそう呟いた。

 結果として、俺たちのバンドはアフリカの民族楽器であるコラのプレイヤーのベンデレと、フュージョンジャズ出身のベーシストのケイタ、ラテンロックのギタリストのヒフミ、それにソウルのヴォーカルのキャリーとヘビメタのドラマーの俺という変な構成になった。

「まるでブレーメンの音楽隊だ」と俺が言うと、キャリーは少し困ったような顔をして「彼ら、結局音楽では大成しなかったのよね。ブレーメンに行く途中で良い感じの家を見つけてそこに住み着いてしまうの」と、大げさな身振りで肩をすくめ、首を横に振った。

 結局、俺たちのブレーメンの音楽隊も、途中で見つけた感じの良い家にそのまま住み着いてしまっていた。それがムーンオーヴァーだ。俺たちのバンドはここで月イチのペースで演奏をやらせてもらっている。大した金にはならないし、聴きにきてくれる顔ぶれもいつもだいたい同じで代わり映えしないが、ここにいれば音楽をなんとか続けていくことはできる。

 先行きの見通しもないままにここで音楽を続けることになんの意味があるのか、ということから目を逸らしさえすれば、それはわりと悪くない、居心地の良い環境だった。

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