ワラワラっていうのはフランス語で「そうそう」みたいな意味
ベンデレはとにかくノリがいい。
おそらく、日本人では決して到達しえない民族的な特性のようなものがあるのだと思う。その身体の血管の中をリズムが循環しているとしか思えない。そういう、天性のリズム感のようなものがベンデレにはあって、それは俺がどれだけ努力したところで後天的に身に着けるということは不可能なのだろうと感じる。
ベンデレはここだというタイミングを絶対に逃さない。それはなにも、音楽に限った才能ではなく、世の中の万事においてタイミングを誤らないのだ。掴むべきチャンスを掴むべきときに確実に掴み、引き寄せていく。不安とか躊躇とか、そういったネガティブな感情を一切持ち合わせていないのではないかと、傍から見ていると思ったりもする。それは若干、馬鹿みたいに見えることもある。多少馬鹿なぐらいのほうが、たぶん音楽には向いているのだ。
「Hey you guy what are you doing?」
コーラの空き缶をゴミ箱に投げ入れ、祈るような気持ちで呼吸を整えた後でそう英語で喋りかけた俺に、ベンデレはコラを弾いていた手を止めて「ごめんな英語わからへんねん」と、流暢な日本語で、というよりも完璧な関西弁のイントネーションで答えた。
「……日本語喋れるんだな」
「英語よりは分かるで。マリは英語と違うねん」
「マリっていうのはなんだ? 国名か?」
「コクメイ、なに?」
「国の名前。マリがあなたの国の名前ですか?」
「ワラワラ。俺の国、マリ」
ベンデレは指で空間に大きな楕円を描き「アフリカの」その楕円の一点を指して「このへん」と説明した。マリがアフリカ大陸のどこかにある国らしいということしか俺には分からなかった。
「その楽器はなに?」
俺がベンデレの抱えている素朴なギターみたいな楽器を指さしてそう聞くと、ベンデレは「これはコラ。コラはマリの楽器。良い音がするやろ?」と言って、屈託のない満面の笑顔を見せた。白い歯と黒い肌のコントラストが印象的だった。
「ああ、興味深い」
「キョーミ、なに?」
「インタレスティング」
「ワラワラ。セットインテレイソン」
今でこそ、その時ベンデレがセットインテレイソンと言ったのだろうということは分かるが、その当時の俺にはそれは完全に聞き取り不能なただの音だった。
「……それはなに語?」
「フランス語。マリ人はだいたいフランス語を話すねん」
「ああ、フランスの植民地かなにかだったのか」
「ショ……? なに?」
植民地という言葉を英語で言い換えることも日本語で説明するのも難しそうだったから、俺はただ「いやいい」と答えて、ベンデレの隣に腰を下ろした。鞄からドラムスティックを取り出して、そのへんのものを適当に叩いて確認した。ゴミ箱に捨てられていた漫画雑誌が意外といい乾いた音を立てたので、スネアの代わりにする。
「いいぞ、それでなにか弾いてみてくれ」
「お前、なに? ●×▽▲◇#$◇(聞き取り不能)やる?」
ベンデレがなんと言ったのかは分からなかったが、俺が目を見て頷き返すと、ベンデレも笑ってコラを構えた。音楽を間に挟めば、たぶん言葉なんていうのはそこまで重大な問題ではない。
ベンデレが音を鳴らす。
俺は目を閉じてそれに耳を傾けながらしばらく足でリズムを取り、そしてイメージが降りてきたタイミングで一度ドラムスティックを手の中でクルクルと回してから、即席のドラムセットを叩き始めた。
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