俺が好きな女は美しいよと彼は笑った



 わたしの戦闘能力は53万です



「え? 委員長?」

「なにか?」

 唯を北島くんに紹介するという話に意外と唯がノリノリだったものだから、そうなるとわたしとしてもそれを北島くんに報告しないわけにもいかず、メールでやりとりをしてお互いの予定を調整して段取りを組んで、そしたらなんか北島くんのほうもひとり男の子の友達を連れて行くからという話になって、これはいわゆる合コンとかいうやつなのではないか、みたいな感じになってしまった。その当日である。

 唯とふたりで駅前の待ち合わせ場所に行ってみたら北島くんたちはもう待っていて、遠くから控えめに手を振ってみたのだけれども、ちっともこちらに気付く素振りがなくて、これはいったいどこまで近づけばわたしに気付くのだろうかと思っていたら、本当に目の前に立って5秒経過しても一切気が付いていなかった。この至近距離でわたしが「北島くん」と声を掛けてようやく、冒頭の会話に戻る。なんだかすごくビックリしていた。なぜ顔を赤らめているのだろう。ビックリしてしまったのがそんなに恥ずかしかったのか。

「いや、なんかいつもと雰囲気ちがうから、ちょっとビックリした」

 そういえば、北島くんはこのわたしの高校デビュー状態は見たことがなかったっけか、とわたしは思い出す。平日の放課後なので、わたしも唯も高校の制服そのままで来ているし、北島くんたちのほうも制服で、今日は制服合コンというわけなのだ。休日じゃなく平日の放課後にしたのは、制服なら夜あんまり遅くなってしまうと悪目立ちするから、早めの解散をせざるを得ないし、それなら滅多なことも起こらないだろうとか、そういうわたしなりの配慮というやつです。そんなわけで、今日のわたしは三つ編みダサ眼鏡じゃなくてサラサラストレートのダークブラウンスタイルなのだった。中学生時代の印象が強いとパッと見で気付かないというのは分からなくもないかもしれないけれど、そうは言っても逆に高校デビュー状態しか見たことがなかった唯はダサ眼鏡モードのわたしも一発で見抜いてきたのだし、なんだお前その体たらくはって気も少しする。

「あ、こっち青木ね。俺の同級生」

 なんらかの体勢を立て直すかのように、慌てて北島くんはわたしたちに連れの男の子を紹介する。青木くんは見た目てきには、なんだかすごく普通な感じ。平均点という概念を擬人化したような平均的な男の子だった。背は高くもないし低くもないし、太ってもいないし痩せてもいないし、髪も長からず短からず、そして不細工でもなければ美形でもない。とっても普通だ。馬鹿みたいに顔だけは綺麗な北島くんと並べると、ちょっと不思議な取り合わせではあった。強いて言うなら、ふたりとも明らかに体育会系ではなく文化系って感じで、そういう点で多少の共通点はありそうだったけど。

「唯です。先日はどうも、みっともない恰好で失礼しました」

「いや、全然。そんなことは」

「北島くんって下の名前はなんていうの? あ、同い年だったよね? もうめんどくさいからタメ語でもいい?」

「あ、うん。全然いいッスよ。あ、ちがうな。全然いいよ」

「ウケる」

 そんな感じで。わたしが紹介するまでもなく、わりと唯のほうがガシガシ北島くんに話しかけていて、ふたりで会話が弾んじゃってて、必然的にわたしと青木くんが取り残されるかたちになるんだけど青木くんはわりと静かなタイプっぽくてわたしとはそんなに会話が弾まなくて。

「いい天気でよかったね」

「そうだな」

「……」

 とか、そんな感じ。今回は前を歩く北島くんと唯の後ろを、わたしと青木くんが並んで黙ってトコトコついていくみたいなシチェーションになる。もう毎度、なんなんだろうこれ?

 とりあえず小腹が空いたねって言って、四人でマクドナルドに入ってそれなりにお話しをして、といっても話していたのはほぼ北島くんと唯で、わたしと青木くんは話を振られたときに「うん」とか「いや」とか答えるぐらいで、そのあとでどうする~? って話でじゃあみんなでプリクラを撮ろうよなんて実に正しい高校生合コンっぽいノリで、マクドナルドを出て商店街をゲーセンのほうに向かって歩く。相変わらず前衛ふたり後衛ふたりの攻守のバランスに優れた(?)フォーメーションで、形式だけはダブルデートっぽさがあるけれど、青木くんとわたしは全然会話が弾んでいない。

「俺はてっきり、コウは君のほうを狙っているんだと思ってたんだけどな」

 この人は喋らない人なんだなって、わたしの中で納得しかかっていた頃合いに、不意に青木くんがそう言って、あ、この人も喋るんだって思って、ちょっとビックリする。胸の中で響いているような低い落ち着いた声で、いい音だなって思う。くぐもっているっていうのとも違って、内側で何度か反響して口から出てくるみたいな不思議な響きだった。

「え? なんでですか?」

 最初は声を発したことにビックリして、それから音の良さに意識が持っていかれて、意味を拾うのがだいぶ遅れてしまって、体勢が出遅れたわたしは咄嗟に否定もできずに青木くんにそう問い返す。

「君のほうがコウの好みっぽい」

 わたしは青木くんのほうを見上げているのだけれど、青木くんはわたしのほうを見ずに、前を歩く北島くんと唯の中間ぐらいの空間をぼんやりと見つめながらそう話す。

「そんなことないんでしょ。北島くん、前の彼女の望月さんもどっちかっていうと唯みたいな感じのかわいい系だったし。もっとかわいい寄りのかわいい系だけど」

「アンタだって十分にかわいい系だろう?」

 刹那で返ってきたビーンボールに、わたしはまた回避できずにモロに直撃を受けてしまう。ボンッと急激に顔が熱くなる。

「あ、いや悪い。ひょっとしたら失礼な言い方だったかもしれない。十分とかそういうことじゃなくて、かわいいと思うよ」

「あ、いや。大丈夫。別に失礼だったりは……しないけど……」

 そうだよね、お世辞だよねと自分に言い聞かせて呼吸を整える。頭に昇っていたなにかが頭蓋骨も突き抜けてそのまま上に抜けていく感じがあって、わたしはなんとか平静を取り戻す。

「わたしのはその……なんていうか、表面だけをなんとか取り繕った偽物だから……」

 わたしがなんとかそう言葉をひねり出すと、青木くんはフッと鼻で笑うように息を吐いて「なに? 本当の自分とかそういうのを信じている系か?」なんて言ってくる。あ、ちょっと馬鹿にされているのかもしれない。

「本当の自分なんて、自分でも分かるものじゃないだろ。他人が自分のことを全然理解してないって思うのと同じくらい、自分でも自分のことを全然理解できないっていうのは普通のことだ。自分も他人も本当の自分なんて分かっていないんだから、ことさらに自分の思う本当の自分こそが真実だなんていう優位性も、そこには存在しないんじゃないか? 俺がアンタをかわいいと言ったなら、それはアンタはかわいいという意味で、それはある種の真実のひとつではあるんだ。アンタが自分自身で自分のかわいいは偽物だって思うのと、それは真実性という尺度では同等なんだ」

 なにが青木くんの琴線に触れたのかはよく分からなかったけれど、急に青木くんは饒舌になって、身振りを交えながらそんなことを言う。掌を上に向けて、左右バラバラに上下させる動き。たぶん、天秤を表しているジェスチャーなのだろう。それらは釣り合っていると言いたいらしい。

「北島くんの話じゃなかったの? わたしじゃなくて」

 話の流れとはいえ、青木くんに何度もかわいいかわいいと言われる羽目になって顔が熱いわたしは、露骨に話を逸らせようとそう水を向ける。青木くんはそんなわたしの様子にもまったく気が付かないような、あるいはそもそも興味がないような素振りでアゴに手を当てて、一拍置いてから「たぶん、自分で自分の好みをよく分かってないんだよ、あいつ」と言った。「だから毎回、長続きしないんだろ」

 さっきからずっと一緒に居たはずなのに、わたしは急激に存在感を増してきた青木くんに興味が湧いてきて「青木くんは……」と聞いてみる。「どういう子が好みなの?」

「俺か? そうだな、俺が好きな女は美しいよ」

 なんの衒いもなさそうな真っ直ぐなその言葉に、わたしに向けられた言葉でもないのになんだかとても恥ずかしくなってしまって、わたしはまたボンッと顔が熱くなる。青木くんのほうはと言えば、別になんでもないことのように平然としていて、とても強い人なんだなと、わたしは思う。

 ずいぶんと情報量の多い一言だった。そのたった一言で、青木くんに好きな女の子がいるってことと、その女の子が美しいってことと、なおかつ青木くんがその女の子にゾッコンで、美しい女の子を誰に憚ることなく美しいと言い切ってしまえる強さのある人なんだっていうことが分かる。

 ああ、なるほどなって思う。青木くんは美しい人が好きなんだ。だから、かわいいなんてことには、そんなに重大な価値も意味も存在していないのだ。だから、あんなにポンポンとなんの含みもなくかわいいかわいい言えてしまうのだ。

 落ち着こうね律子って、わたしはなんとなく、自分で自分に呼びかける。

 ちょっとやそっとかわいいくらいのことでは、美しい人には全然かなわないのだから。

「青木くんって、なんか意外とカッコイイんだね」

「そうか?」

 と言って、青木くんはやっと笑う。やっと笑っているところを見せてもらえる。そうやって笑っていると、年相応の、ちょっと悪戯小僧っぽいところのある、でも平凡な男の子にしか見えない。むしろ、年相応よりも幼く見えたかもしれない。青木くんはとても少年で、そしてわたしたちなんかよりもずっと大人に見えた。大人の世界を知っているって感じがした。

「俺の良さが分かるのには時間が掛かるのさ。縁の下の力持ちってポジションだからな」

 プリクラの機械に四人で入って、わたしと唯が前で男の子ふたりが後ろって配置で、攻撃力に特化した布陣で、ちゃんと女子高生らしくイエーイって感じをやってみる。撮影が終わって機械から出ようとした時に、ちょうどわたしの後ろにいた青木くんにドンッと背中をぶつけてしまって、おっと、って青木くんに肩を支えられる。わたしはそのまま、青木くんにもたれ掛かるようなポーズで固まってしまう。

「あれ……? ひょっとして青木くんってなにかスポーツとかやってたりする?」

「やってるように見えるか?」

「ううん、全然見えないけど」

 学校の制服に包まれた青木くんの身体は太くもなく細くもなく、とても平均的な感じで、あんまりそんなスポーツとかやってそうなタイプには全然見えないんだけれど。

 ぶつかった時の感触が、支えられてもたれ掛かっている時の感覚が、なんだかまるで壁にでもぶつかってしまったかのようなどっしりとした手触りで、なんか思ったよりも胸板と肩幅がしっかりあるんだなって。

 思って。

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