中学生にとってはバスで30分は遠距離(たぶん)



 わたしは革のブックカバーです。




 中学校の三年間、わたしのあだ名は委員長だった。

 クラス委員の選定という話になると、暗黙の了解といったぐあいで特に協議も係争も投票もなくわたしが委員長ということになっていた。なにしろ三つ編みグリグリ眼鏡なので、見た目としてわたし以上に委員長に適した人材というのは存在しなかったのだ。そして、中身の適性というのは見た目の適性ほどには重要視されないのが中学生の社会というものらしい。

 北島くんはちょっとクラスの中では浮いているタイプの男の子で、でも顔は抜群に綺麗だった。

「俺は見た目てきにスポーツなんかなんでも簡単に軽くこなしちゃいそうな感じだろ?」

 クラス委員長だったわたしが、クラス委員長の業務の一環として、どうしてクラスマッチの練習に参加しないのか、という話を北島くんにした時に彼はそう答えた。言っている内容のわりに、そのことを自慢しているという感じではなく、むしろそのことが心底嫌で仕方がないというような表情だった。

「ところが、見た目に反して実は俺、めちゃくちゃ運動音痴なんだよ。だからクラスマッチには出たくないしクラスマッチの練習にも参加したくない。どうせお互いに嫌な気分になるだけなんだ」

 わたしはちゃんと北島くんの話を聞いたうえで、それに対して可能な限り様々な解釈を試みてはみたのだけれど、どう考えてみてもただの北島くんのわがままだとしか思えなかったので、なら仕方ないですねと引き下がるというわけにもいかなかった。なにしろ、わたしはクラス委員長だったのだ。

「そんなこと言ったら、わたしだってめちゃくちゃ運動音痴だしクラスマッチに参加したいかというと、どちらかと言えば参加したくはないんだけれど」

 そうは言っても、嫌でも参加しないといけないのが学校行事というものだろう。そのこと自体の是非はそれはそれで議論の余地はあるのかもしれないけれど、少なくとも、それはわたしがするべき議論ではない。

「委員長はいいんだよ。だって、委員長はどこからどう見ても運動音痴だもん。別にちょっとぐらいミスったところで、ああ委員長なら仕方ないよな、委員長なりに精一杯に頑張ったんだろうなって思うだけじゃんか」

 北島くんは両手を頭の後ろに回して、大きく伸びをするようにしてから続ける。

「四月ごろにさ、親睦を深めましょうとか言ってクラスのみんなでボーリングに行こうって話があったの。俺はボーリングに限らず球を投げるようなのは全部ビビるぐらい苦手だから断りたかったんだけど、苦手だから嫌だって言っても謙遜してると思われたのか『またそんなこと言って~』みたいな感じで聞かないのな。で、あんまりにも言うから渋々参加したら、トトカルチョやるみたいな話でさ。チーム分けして一番だったチームはプレイ代タダで、二位以下のチームでその分の代金を全部持つっていう。そうなるとみんな強いやつと組みたいからチーム分けもなんか目が血走ってる感じで、その上、苦手だって言ってんのになんか知らないけど勝手に俺の争奪戦になってるの。ジャンケンしてまで取り合って、俺と同じチームになって『ヤッター!』って、もう勝った気になっててさ」

 わたしは北島くんの話を聞きながら、その場面を想像してみる。うん、しんどいかもしれないな、とちょっと思う。

「もちろん、俺のスコアは70くらいでチームはボロ負けだったんだけど、いや~ダメだったね~って言ったら同じチームの女子が『え、なんで?』とか俺に言い出して、いや知らねえよって感じじゃん。最初から苦手だって言ってんのに勝手に期待したのはそっちだし、俺は俺で精一杯やったっつーの。もうその『え、なんで?』が思い出すだけでもすげー腹が立ってさ。今でもたまに夜中にふと思い出してひとりでムカッとしたりするの。思い出しムカつきするの」

 別に運動が得意だなんて自分では一言も言っていないのに、見た目で勝手に期待して勝手に幻滅されて、あまつさえふざけているとか真面目にやってないとか思われたりするんだもんな。やってらんないよ。

 北島くんの言うことはわたしにもよく分かった。北島くんは方向性こそ真逆ではあるものの、種類としてはわたしと似た者同士であるようだった。見た目で勝手に判断されて、期待される。予断を持たれる。でも、わたし自身の経験上、解決法は見た目を自分に合わせるか、自分を見た目に合わせるか、どのどちらかしかないと思えるのだった。見た目が快活で社交的でスポーツができそうであるのならば、それは大声で自分は快活で社交的でスポーツができますとアピールしているのと、実質的には同じことなのだ。中学生の社会においては、一般的にはそのようなことになっているらしいのだ。

 結局、クラス委員長にふさわしい見た目でクラス委員長の役割を与えられているわたしには、クラス委員長てきな価値観でもって諦めずに北島くんの説得を続けるという以外の選択肢はなく、北島くんは北島くんでそれをうっとおしがりながらも強く断ることもできずで、わたしたちは定期的にこのようなのらりくらりとした押し問答をすることになってしまうのだった。そして、わたしはそのことを、それほど嫌だとも感じてはいなかったようで、むしろ楽しんでさえいたのではないかと、そんな風なことも今になって思い返してみれば少し考えるのだった。

 そのようにして、委員長のわたしはイベントごとがあるたびにクラスで浮いてしまいがちな北島くんに声をかけることになり、そのたびに北島くんは文句をたれ、わたしはそれに一方的にシンパシーを抱いたりして、せっかく綺麗な顔をしているのに勿体ない話だなー、見た目に合わせて中身もちょっと工夫すればいいのになーなんて思ったりもしていたのだけれど、北島くんは中学二年の途中でなにかの都合で転校してしまい、それっきり会うことも話すこともないままで、わたしの生活から唐突にフッと消えてしまったのだった。

 北島くんが転校してしまってから、ひょっとしてわたしは北島くんのことが好きだったんじゃなかったかな、というようなことを思うこともあった。心の奥底の、薄いベールの向こう側にひっそりと転がりコロリとした小石のようなその予感を、わたしは時々取り出してみては矯めつ眇めつ見分し、おそらくそうだったのであろうと自分で結論付けて、だからといってそれで転校してからも連絡を取ってみようなんて積極的な情動は起こらなかったし、それに、そもそもどこに転校したのかも把握していなかった。小石のような予感はそのまま、心の奥底の大事な引き出しに収められて、もう実用されることのないただのコレクションとしてそこに保管された。

 北島くんはバスと電車を乗り継いで三十分ちょっとのところに引っ越していたのだ。めっちゃ近所じゃん。

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