注意して見るべきは高低差と気のようなサムシングの流れ
わたしは炎天下のエアゾールです。
休日になるとわたしは長い髪をふたつの三つ編みにして分厚いグリグリ眼鏡を掛けて、もっさいマキシ丈のスカートに日よけの大きな白い帽子という出で立ちで、首からデジタル一眼レフカメラを提げて廃屋を求めて町を歩く。
やっぱり多少の無理があるということなのだろう。見た目を整えて晴れて普通の女子高生になれたわたしは、それでもまだ心身ともに完全に芯から普通の女子高生になれたわけではないらしく、心のどこかに常になにかに嘘をついているような後ろめたさがあって、それがストレスになって内圧が高まって爆発しそうになってしまうらしい。それで、休みの日には本来の自分に戻って、自分だけの趣味の世界に潜ることでガス抜きをして、それでバランスを取っている、ということなのだろうかと思う。でも、それもおかしい。その本来の自分だって、そもそもの最初は人の目に合わせて形作った嘘だったはずだ。
廃屋の写真を撮り始めたのは、わたしの頭のおかしい天才っぽい見た目のせいで生まれた、周囲の人たちの「及川律子は頭のおかしい天才」という認識に合わせて考えただけの、手持ちのものだけで手っ取り早く始められる頭のおかしい天才っぽい趣味だったはずで、もともとのもともとの本当の本当のわたしは、別に廃屋も写真も好きなんかじゃないはずなのだ。それでも、やはり鋳型の中に長時間押し込めていれば、形じたいがそのように変形してしまうということなのだろうか。
本当のわたしなんてどこにもない。
ところで、廃屋の情報というのもどこにもない。
siriに「近くの廃屋」と言っても無駄だし、食べログにもるるぶにも廃屋のことは載っていない。あるいは廃墟や心霊スポットならそういった情報ポータルも存在するかもしれないけれど、わたしが探しているのは飽くまで廃屋なのである。そういった、いわゆる「廃墟マニア」とも少しカバーしている範囲が違うのだ。したがって、これは自分の足で情報を稼いでいくしかないのである。
廃屋探しも何年もやっていると地図を見るだけでだいたいの目星がつくようになってくる。見つけた廃屋を地図に赤ペンで書きこんでいくと、ある程度の傾向のようなものが見えてくる。街というのは森と同じだ。なにかの流れがあって、その流れが太いところでは、木々が陽の光を受けて勝手にニョキニョキ枝を伸ばすように、街も(見かけ上は)勝手に発達するし、逆に流れの滞っているところ、淀んでいるところでは何かの徴、あるいは証のように廃屋が発生する。廃屋は均一に分布するわけではなく、明らかに地域的な偏りがあり、発生しやすい地域というのが存在し、逆に、決して廃屋が発生し得ない地域というのもあるのだ。そういうところはいくら探しても無駄だからスルーして、見込みのありそうなところを、首からデジタル一眼レフを提げて、地図を片手に実際に歩いて回る。最初は自宅の周辺から始めた廃屋探しも、攻略済みの地域が増えるごとに必然的に遠出をしていくことになる。電車とバスを乗り継いで、行ったこともない、別に観光地でもなんでもないような普通の、普通よりやや寂れ気味の、知らない町を歩く。
今回はバスと電車を乗り継いで三十分ちょっとの、県北の山手のほうの住宅街を散策することにした。最寄り駅は本当に、なんの変哲もない平均化された「普通の寂れた駅前」だった。バスが見当たらないバスロータリーがあり、タクシーが待機していないタクシー乗り場があり、三面中二面が広告主募集中になっている錆の浮いた大きな広告看板と、風雨で色あせた周辺の案内図がある。駐輪場だけは賑やかで、色とりどりのフレームが日光を反射して煌めいていた。少なくとも、この自転車の数だけの住民は周辺に住んでいるのだろう。朝いちばんで駅からどこかに出掛け、そしてまた陽が暮れると自転車に乗って各々の自宅に帰っていって眠るのだ。そういう種類の町だった。
駅前唯一の小さな商店の脇の急な角度の石段を昇るともう住宅街になっていて、パッと見で百坪以上はありそうな大きな邸宅が軒を連ねている。各家庭のガレージにはメルセデスやBMWやジープチュロキーなどの大型高級車が並びまくっているけれども、道路の幅員はとてもじゃないけれどそれら二台が離合することは不可能そうなぐらいに狭くて、普段これらがどのようにして運用されているのかが気になる。たぶん、今ほど自動車が普及するより前の時代からある古い高級住宅地なのだ。道路も家も、一度作ってしまうとなかなか修正というものがきかない。作る前に、一段高い意志決定機構がなんらかの計画を、それも早急に用意しなければいけないのだ。急がないと各々が勝手に家を建て始めてしまって手遅れになってしまう。ここは、明らかに手遅れに、取り返しもつかないほど手遅れになってしまっている地域だった。それはつまり、わたしにとっては期待値が高いということである。急な坂道を登って高いところに行けば行くほどに、邸宅の規模は大きく立派になっていく。昔のお金持ちは、どうも高いところに住むことを好んでいたらしい。こんなところに住んでも不便だろうから、もっと便利の良いところに住めばいいのに、と思ってしまうけれども、きっと昔のお金持ちには不便な部分はすべて面倒を見てくれる使用人などが存在したのだろう。
上り坂と直角に横に進む道も伸びていて、これは消防車でも離合できそうな、ちゃんとした舗装も新しい二車線の道路。そちらのほうに進んでいくと、ちゃんと区画整理されていて五十坪ぐらいの似たような新しめの住宅が並んでいるちょっと毛色の違うエリアに出る。このあたりは山を切り開いて新しく作られた区画のようだ。ちゃんと街を街全体として意図し、デザインした者の、一段高い意志決定機構の存在を感じることができる。こういうところに廃屋は発生しない。その新しい区画と古くからあるらしい高級住宅街の間の細い路地を登っていくと、やっぱりあった、という感じで、どちらの区画にもなれなかったエアポケットのような場所がある。そして当然、そこには廃屋もある。
目見当では築六十年~七十年くらい。外観から推測できる間取りはせいぜい1DKぐらいだろう。かなり小ぶりの平屋だ。規格も古いから玄関の扉や窓も最近の住宅よりも高さがなくて、屋根も低い。この家が実際に小さいというのもあるのだけれど、すぐ裏は巨大な邸宅だらけでそれに目が慣れてしまっているので、ますますミニチュアっぽく見えてしまう。雨戸も全て閉じられているし、猫の額ぐらいのささやかな前庭には雑草が生い茂っていて、屋根の瓦も苔むしてしまっている。今も人が住んでいるような気配はない。でも、もともとの素性がいいのか、それほど荒廃しているという雰囲気でもなく、空き家以上廃屋未満といった感じ。
これは、かなりいい廃屋。
カメラを構えて写真を撮る。正面から、斜めから、アオリで、色々な構図を試しながら何度もシャッターを切る。一通りこちら側から撮った写真をチェックして満足して、また別のアングルから撮りたいなと思って、どこか裏に回れるところはないかと探しながらウロウロしていたところで「あれ、委員長じゃん」と、後ろから声を掛けられた。
写真を撮っているだけで、別になにも悪いことをしているわけではないんだけれど、まるで犯行の現場を押さえられたかのように「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて飛びあがるほどビックリしたわたしは、恐る恐る後ろを振り返った。
声をかけてきたのは北島巧くん。ありていに言うと、たぶん、わたしの初恋の相手だった人。
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