闇の力をはね返せ!スイートパラディン新たな力!![Side:H]

「――ちゃん、愛夢ちゃん。しっかりしろ、愛夢ちゃん」

 野太い男の声が、アナハイムの意識を現実へ引き戻す。ゆっくりと目を開けると、そこには見覚えのある熊めいた男と、スーツ姿の男がいた。

「ああ、愛夢ちゃん。分かるかい」

「生きてたか。よかったぜ」

「……FUDOWさん、と。甘寧さんの、お父様」

 喫茶店アチャラナータの主人と、甘寧の父親。あるいはヒップホップアーティストと教師。

「ああ、よかった。甘寧ちゃんの友達に何かあったらどうしようかと思ったぜ」

「愛夢ちゃん、痛いトコ無いかい。血とかは」

 アナハイムは己の状態を確認しようとした。キャロライナはいない。ボロのメイド服、両手両足は手錠をされたまま。猿ぐつわが無いだけか。

「はい、問題ございません」

「ならいいが……後から病院に一度行った方がいい。その時は気付かないって場合もあるからな」

「……ありがとうございます」

 辺りを見回す。赤く染まった空、崩れた建物、割れた道路。歪んで炎上している乗用車やヘリコプター。辺り一帯焼け野原……とは言わないが。寂れた東堂駅前だったと思しき場所は、ある一点を中心に原型を留めず崩壊している。そう、ある一点を。

「手錠、ちゃんと取ってやるからな。今NISEIに道具取りに行かせてるから……しかしまあ、えらいことだぜこりゃ」

 その一点。駅のあったはずの場所。そこに、赤く輝く怪物が立っていた。

 山羊めいた角と六本腕を生やした、のっぺらぼうで筋肉質な巨人。全身あちこちに目がぎょろぎょろと蠢いており、常に体のどこかが心臓のようにバクンバクンと脈打っている。そして背中には……巨大フードプロセッサー。

『ヴォアアァアァアァアアァァアァアァア!』

「プリッキー、なのかね。ありゃ」

 本能的嫌悪感を催すあの声。しかしあれは……ネロだ。アナハイムはそれが理解できた。

「二十三年前からプリッキーを知ってるが。あんな気持ち悪い奴は見たことねぇ」

「ああ、最低な気分だよ」

 聞いたことはある。闇の種をスコヴィランの戦士に植えた時に生まれる、おぞましい破壊の化身。ジョロキアやキャロライナは確かこう呼んでいた。『ブート・プリッキー』と。

 しかしジョロキアは、この魔導を使うことを禁じていた。プリッキーが倒されない限り元に戻らないように。ブート・プリッキーも、一度なってしまえば元に戻す手立てはないのだ。ただひとつ、死を与える以外の方法では。

「……スイートパラディンは」

「ああ、さっきから戦ってるよ。瓦礫の山に埋まってたお前さんを助け出して、俺達に託してからな」

 ……スイートパラディンが。アナハイムは何と言っていいか分からなくなった。

「正義のヒーローに頼られるってのも結構悪くねぇぜ」

「何がだよ国彦。あんな危ない真似して。ライブの時もう無茶しねえって言ってただろ、リアルだから嘘つかないんじゃないのか」

「お前だって。俺をぶん殴る為に学校放っぽりだして来たくせによ。おあいこだよ」

 アナハイムは、ブート・ネロとでも呼ぶべき者の方角を見た。そして彼の周りを飛び回る、二本の光の筋を。それはクリームの道であり、そして幸福を纏った泡立て器であった。

「はあぁあーッ!」

「せいやあぁーッ!」

 スイートパンケーキに、スイートシュークリーム。彼女らの雄叫びが、ここまで聞こえてくる。六本もある巨大腕の間をキラキラと飛び回りながら、ふたりはその巨体にクリームをぶちまけようとし、あるいは光の筋をぶつけようとしていた。だがそれは、怪物の表面にぶつかった瞬間にバチンと弾けて消えてしまう。そして逆に。

『スイイィイィイィィイイイィト! パラディイィイィイィイイィイイン!』

 ブート・ネロの全身が発光。同時に、全身から赤い稲妻が何筋も発射されていく。スイートシュークリームは咄嗟にクリームで自分達を包んだが、雷はそれを貫いて即座に蒸発させる。

「きゃああぁあ!」

「ぐわあぁああ!」

 全身に雷を浴びたふたりは、悲鳴を上げながら地面へ落下。土埃の柱を上げ、ドゴォと頭から着地した。

「うっ、まずい」

「いや、まだだ」

 FUDOWの言う通りだった。次の瞬間には、ドゴォンという音と共にふたりは跳躍。瓦礫の上に立ち、ブート・ネロと再度対峙した。

「よいしょ」

「!」

 甘寧の父親は、アナハイムをお姫様めいて抱き上げた。

「あ、余計だったかな。見たいのかなと思って」

「さっきからずっとあんな感じだ。自分の十倍はあるかないかって相手によ。何度もああやって突っ込んでって、ボコられて、そんでもまた立ち上がって、向かって行って」

「痛々しくて見てられないよ」

「ああ」

 FUDOWは頷き……しかし改めてふたりの方を向いた。

「だが、見ちまう」

「GOォッ!」

 威勢のいいシュークリームの掛け声。それと同時に、クリームの道がもう一度展開され始める。ふたりはそれに乗り、星のような光と共に空中旋回。

『スイィトォ! パラアァ! ディイイィイィイィィン!』

 六本の腕は、ふたりという虫を潰そうとバチンバチンと手を叩く。ふたりはその合間を縫って、縫って、縫って……しかし、全ては避けきれない。バアァンという爆発めいた轟音と共に、ふたりは紙のように潰され……るかに思われた。

 が、その手がグググと開かれてゆく。両手両足をピンと伸ばしたふたりが突っ張り棒の役割を果たし、潰されまいと抗っていたのだ。

 とはいえ相手が悪すぎる。相手は単なるプリッキーではない、暴走を超えて絶望と破滅の力を得たブート・ネロ。そのような抵抗は、いつまでも続きはしない。ブート・ネロはその手に筋力と魔導力を込め、押し潰そうとする。

「「うあぁあぁあああぁ!」」

 ふたりの悲鳴が聞こえる。彼の体から発される、邪悪な魔導エネルギーを浴びているのだ。先程の雷撃を零距離で直接ぶつけられるような苦痛であろう。それでも。

「パンケーキィ!」

「シュークリームゥ!」

 どうしてこう、ふたりの声はここまで響いてくるのだろう。まるで励まし合うように、少女達は必死でお互いの名を呼んでいる。今までにもスイートパラディンの戦いは何度か見てきたが、そのどれよりも必死で。力強く。そして、互いへの信頼に満ちている。そう聞こえる。

 ふたりは互いに顔を見合わせると、突っ張り棒を続けたまま片手を離し……その手を繋いだ! 指を絡めた!

「「スイート・ムーンライトパフェ・ミニ!」」

 ドゥン! それは一瞬の煌めきであった! ふたりの手から出たピンクと赤のエネルギー波が、ブート・ネロの掌をゴウと焼いたのである!

『ヴァオオォオ!』

 その手は、ほんの一瞬表面を焼いただけであった。それでも抜け出すには充分な隙。ふたりは掌の間から抜け出し……直後、別の手に殴りつけられ、地面へとめり込んだ!

「あっ……!」

 愛夢は思わず声を上げた。それでもふたりは、もう一度瓦礫の中からガラガラと身を起こし、飛び上が――!

『ヴォアアアァアァアーァアアァア!』

 しかしその間に、怪物は次のアクションを取っていた。背中の超巨大フードプロセッサーに、近場の瓦礫をがさりと掴んで放り込む。そして、邪悪なる魔導力で蓋もせぬままそれをギャギャギャと回転させた。砕け散った瓦礫は人間の顔ほどの大きさまで細かくなると、宙高く舞い上がる。

 スイートパラディンにしてみれば、これは隕石の豪雨地帯に脚を踏み入れたようなものである。ふたりはクリームを防御に回さざるを得ない。聖騎士達が全身をクリームで包んだ次の瞬間。怪物が全力で脚を上げ……!

「あぁっ!?」

 思い切り蹴飛ばしたのである! くっつきもベタつきもしない! クリームは瞬間的に蒸発し、そこにはただ全力の蹴りを受けたふたりの少女だけがした!

「きゃあああぁあ!」

「うわああぁああぁ!」

 ふたりは同じ方向に吹き飛び。ガロンガゴンと派手な音を立てながら地面を転がり。そして、

「うわっ、こっち来るぞ」

「いかんッ」

 男達が脇に避けた瞬間、彼らのいた場所をゴガガと転がり、大きな瓦礫にぶつかり……ようやく止まった。

「す、スイートパラディンっ」

「大丈夫か!」

 構うことなく、FUDOWはふたりへ近寄っていく。甘寧の父も、アナハイムを抱えたままそれに続いた。

「スイートパラディン!」

 そこには、力無く地を転がるふたりの少女がいた。

「……ボロッボロじゃねぇか」

 FUDOWは、呆然と立ち尽くしたまま呟く。

「……近くで見ると酷いもんだ」

「遠くにいるとキラキラ綺麗なのにな……クソッ、ウチの百々と同じくらいの子が。こんな小さくて可愛い子らがよ」

 FUDOWは足踏みをし、歯をギリと鳴らした。

「あんな、この世のものとは思えねぇようなでっけぇ化け物と戦って。傷付いて。それを俺らは見てることしかできねぇ」

「国彦」

 今この瞬間にも、怪物は咆哮と共に雷を撒き散らし、そして辺りにあるものを手当たり次第に壊している。

『ヴォアアアァアァアーァアアァアアァアアァア!』

「自信無くしちまうよ」

「……俺も時々不安になるよ。俺にできることなんて、何もないんじゃないかって」

 腕の中のアナハイムは、男達の会話を黙って聞いていた。

「俺達にもできることがあるんじゃなくて。そう思わないとやってられないだけなんじゃないかってさ」

「情けねぇよな」

「ああ、情けない……情けないがッ」

 甘寧の父親の声が、にわかに大きくなった。

「それしかないんだよ。スイートパラディンにしかできないんだよッ」

「そうだよな」

 FUDOWは静かに相槌を打ち、しゃがみ込む。

「なぁ、スイートパラディン。まだ行けるか」

 パンケーキは、シュークリームは答えない。

「俺達も、この二十三年間。俺を助けてくれたアンタ達に報いようと、一生懸命やってきたと思ってる。まだまだハッピーな世界になってねぇのは申し訳ねぇが」

「これからも、少しでも世間が変わるように。できる限り努力してくつもりだ」

 アナハイムを抱きかかえ、立ったままの姿勢で。甘寧の父親も続けた。

「俺はただの教師だし、充分に恩に報いられるか分からん。充分にはできないかもしれん」

「だが、お願いするしかねぇ」

 FUDOWは、甘寧の父親は。低く、だが力強く。繰り返した。

「身勝手なお願いなのは承知だ。だが、起きてくれ」

「俺達を、家族を、この町を、この世界を。助けてくれ」

「頼む」

「お願いだ」

 それは、頼みというよりも、祈りであった。その体を揺さぶるでも、泣き喚くでも、がなり立てるでもなく。男達は、聖なるものに向けてそうするように。ただ、祈ったのだ。

「……う」

 その時であった。目を閉じていたパンケーキが、小さく息を漏らしたのは。

「!」

「スイートパンケーキ!」

「う。う」

 パンケーキの右手が、何かを探るようにじゃりと地面を引っ掻く。それと同時に。

「……あぁ」

 右隣に倒れたシュークリームも、震える左手を懸命に動かし、何かを探し始める。

 やがて、その手と手は。引き寄せられるかのように指先で触れ合った。ぴくりと動いた指先は、安心したように重なり合い、そして、絡み合い……繋がった。

「……ああ。は、は。パンケーキが、いる」

 途切れ途切れの声で。シュークリームはかすかに笑う。

「……ふ、ふ。シュークリーム、だ」

 パンケーキもまた、それに応えて笑う。

「……あったかい」

「あったかいね」

 ふたりはそっと目を開け、お互いを見合った。

『スイイイィィィイィィイィイィト! パラディイィイイイイィィイイィィイン!』

 嗚呼、ブート・ネロが、聖騎士の名を呼んでいる。理解しているのであろう。これほどまでに痛めつけても、憎むべき敵が死んでいないことを。

「スイートパラディン」

「スイートパラディンっ」

 二人の男達も、その名を呼ぶ。その声は、そして怪物の声さえも。確かにふたりに届いているようだった。

「呼ばれてるね」

「呼ばれてる」

「行かなきゃね」

「行かなきゃ」

「勝てるかな」

「勝てるよ」

「守れるよね」

「守れるよ」

『スイィイイィィイイィト! パラディイィイィィイイイィン!』

 ブート・ネロの全身が、再び赤く発光し始めている。いや、しかし。今までのそれとはわけが違う。六本の腕に向け、エネルギーが流れていくのが見える。間違いない、放つつもりだ。スイートパラディンを狙った、より恐ろしい攻撃を。そうなれば、アナハイムも。無論甘寧の父親やFUDOWも無事では済むまい。

「うおぉッ!?」

「まずいッ!」

 男達は我に返り、逃げ出そうとする。嗚呼、しかし、スイートパラディンを置いて? 連れて行くべきか? 逃げると言ってもどこに行けば無事なのか?

『ヴォアアァアァアァアアァアァア!』

 逡巡の間に、チャージが完了する! ブート・ネロの六本の腕から放たれた、裁きの赤き雷撃が! ズバババと大気を切り裂くような音を立てながら! 周囲の瓦礫を吹き飛ばしつつ! こちらへ向かってくる!

「うわあぁあぁあーッ!」

「蒔絵ッ、百々ォーッ!」

 悲鳴を上げる男達。アナハイムは何も言わず、ただ虚ろな目で。こちらへ襲い来る死をただ眺めていた。スイートパラディンは、嗚呼、スイートパラディンは。

「何とかなるよね」

「何とかなるよ」

「できるよね」

「できるよ。だって。私達」




「「」」




 次の瞬間! スイートパラディンを中心に、白いドーム状の光が発生! アナハイムは、FUDOWは、甘寧の父親は! その眩しさに思わず目を閉じる! その光が晴れた時……嗚呼、なんということか! 三人の力無き者達は、尻餅をついただけで何事も無く生きていた!

 そればかりではない! ふたりの聖騎士も、当たり前のように手を繋ぎ、すっくと立っている! それどころか、その手には……!

「スイートパラディン」

 ふたりの男達が思わず目を見張る! 怪物が赤い眼をぱちくりさせ、思わず一歩後ずさる! 何故なら! スイートパラディンのその手には、見たこともない武器が握られていたのだから!

 パンケーキの左手にあるのは、ただの泡立て器ではない! 回転部分のふたつ付いた、ひとかかえもある巨大な電動泡立て器! 本来は両手で支えないとならないようなそれを、彼女はいとも簡単に片手で構えてみせる!

 シュークリームの持つそれも、絞り袋とは程遠い! 最早調理器具ですらない、ゴツゴツとした、しかしどこか気品のあるデザインの水鉄砲である! その水を貯めるタンクには、白くエネルギーに満ちたクリームが詰まっていた! 無論シュークリームも、体の半分はあるその水鉄砲を片手で持っている!

「こっ、これはァ!」

 アナハイム達の頭上から声。同時に、二匹の妖精達がこちらに向けて飛んで来た。

「二人の絆が、立ち向かおうという心が、信じる心が!」

「新たな力を呼び覚ましたんだリー!」

「あ、今頃出て来て。また隠れてたんでしょ」

 呆れたようにシュークリーム。が、その顔はさほど怒っているようには見えない。

「でも、すごいわコレ。あんなデカい奴で。あんなボコボコにやられて。マジで勝てないって思ったのに」

「今、全然怖くない。みんなを守れるって、そんな気しかしない」

 アナハイムは知る由もないことだが。パンケーキのその顔は、初めて武器を手にしたあの日に比べ、とても穏やかなものであった。怒りも、悲しみも、恐れも、震えもない。彼女の表情にあるのは、勇気と使命感だけ。

『……スイイィイィイィイイイィイィイィイイィイィトォオォオォオォオォオ』

 たじろいでいた怪物は我に返り、再び全身を発光させている。その腕には、先程よりも凄まじい勢いで魔導エネルギーが集まっている。決める気だ。次の一撃で、スイートパラディンを消し去ろうとしている。

「うぉッ……なぁ、スイートパラディン」

「行けます」

 FUDOWが口を開いた瞬間、パンケーキは先を読んだようにそう返した。

「何とかします、頑張ります」

「それが正義の味方の役割だからね」

 ふたりは、繋いだ手にギュッと強く力を込め直す。強く、強く、愛の、友情の、希望の分だけ強く握りしめる。手に握った武器が、聖なる魔導泡立て器スイートハンドミキサーが、聖なる魔導クリーム銃スイートペストリーガンが、まばゆい光を帯びてゆく。希望と幸福の一撃が、今、放たれようとしているのだ。

『パラッディイイィィイィイイィイィイイィイィイィィイイイン』

 六つの手が、焼き切れるほどの雷を帯び、そして振り上げられる!

「「ムーンライト……」」

 同時に、スイートハンドミキサーが驚異的速度で回転を始める! スイートペストリーガンの先端が、ギュイギュイと音を立てて光り輝いてゆく! そして!

「「……デコレーションケーキィィッ!」」

 地獄を地上に呼んだような一本の赤い雷と! 龍のようにうねる二本の光が放たれたのは! 全く同じタイミングであった! スイートパラディンは手に更なる力を入れ! 一歩ズンと踏み込む!

「「……デラァーックスゥッ!」」

 二本の光は絡み合い! ひとつになり! そして、雷とぶつかり合う! ズババババとぶつかり合い、反発し合うふたつのエネルギー!

『ヴァアアァアァァアアァアァーッ!』

「「はぁああぁあぁぁああぁーッ!」」

 僅かの間、それは拮抗したように見えた! だが!

『ヴァアアァ、アァ!?』

 様子がおかしい! 光の先端が変形し、何らかの形を取り始めたのだ! 長い髪をなびかせ! ローブをはためかせるそれは! 人の、女性の、それも清らかなるそれの形!

「あれは、まさかだッチ……!」

 二匹の妖精は、ごくりと息を飲む。

「間違いないリー。あの日と同じだリー」

「…………だッチ!」

(アァアアァアアァアアアアァアアァアアァアアァアァアア)

 その像が、甲高い声を上げながら、邪悪なる雷をバリバリと引き裂いてゆく!

(アァアアァアアァアアアアァアアァアアァアアァアァアア)

「「はぁあぁぁぁあああぁあぁぁあぁぁああぁぁあぁーッ!」」

『ヴァアアアァァアァオォオォオオオォオオォオオォ!?』

 あらゆる聖なるものの象徴は、聖騎士達に背を向けて! 暗き魔導エネルギーを呑み込み! 救いの無き怪物に迫る! 迫る! 迫る!

『ヴァアアァア! コワスゥウゥウゥウァアアァアァア! ツヨイッ、オレエエェアア! ヨワク、ナィアァア!』

(アァアアァアアァアアアアァアアァアアァアアァアァアア)

「「はぁあぁぁぁあああぁあぁぁあぁぁああぁぁあぁーッ!」」

 その光は! ブート・ネロを包み込み!

『イヤアァアァアアァアアァアアアァァァアアアァアアアァアアァアアアァアァ!』

 轟く絶叫! 立ち上る光の柱! それは空の毒々しい赤さを消し飛ばし! ……そして……それが消えた時。怪物の姿はどこにもなく、空にはただ、ありのままに赤い黄昏があった。

 はじめの数秒の間、ふたりはただゼエゼエと立ち尽くしていた。やがて、武器は光の粒となって消え。ほぼ時を同じくして、力が抜けたようにがくりと膝をついた。

「……やったぞ!」

 その後方で声を上げたのは、FUDOWであった。

「おい、おい、おい! スイートパラディン! やったな! あのスコヴィランを倒したぜオイ!」

「やったッチィー!」

「助かったリィー!」

「はは、は。は」

 FUDOW。チョイス。マリー。甘寧の父親。それぞれがそれぞれの形で、喜びを表現している。そんな中、ひび割れた大地の上にへたり込んで。手を繋いだまま。ふたりの聖騎士達は。まだ呼吸を荒くしたまま、互いを見合って微笑んでいた。

「やっつけた……ね。シュークリーム」

「うん、ホントに倒したね……パンケーキ」

 ようやく実感が湧いてきたか。は、は、は、と。ふたりは徐々に弱々しい声で笑い始めた。

「……スコヴィランの戦士を。倒したんだ」

「そうだよ……倒したんだよ」

 互いが互いの方向へ、ゆらりと傾き。肩の走行がカツンと触れ。そして、頭がコツンと触れ合った。

「ありがとう、ありがとうッ、スイートパラディンっ!」

「助かったんだ……会えるんだな、また、甘寧に」

 FUDOWは気が緩んだかオウオウと涙を流し、甘寧の父親はまだ実感が湧かないか、ハ、ハと弱々しく笑い声を上げ続けている。パンケーキとシュークリームは、頭同士をくっつけた姿勢のまま、少しずつ少しずつ、顔に笑みが宿りつつある。

 倒されたのだ。消え失せたのだ。スコヴィランの戦士、ネロ・レッドサビナが。この世のどこからも、永遠に。

 全ての戦士が消えたわけではない。これからも戦いは続くだろう。だが、この東堂町が今すぐ根こそぎ破壊し尽くされることは回避された。多くの者が守られ。また、それがひとつのけじめ、魂の決着となった者もいる。ひとつ。たったひとつだが。決着がついたのだ。救われたのだ。多くの人々が、その魂が。

 これからも戦える。僅かなすれ違いを乗り越えたふたりが、親友である限り。そう言いたげに、ふたりは手を繋ぎ、寄り添い、少し涙を流しながら笑っていた。

 彼らが、彼女らが。徐々に喜びを噛みしめていく中。アナハイムは。

 ……宿

 ネロが、失敗した。

 いっそ彼がふたりを殺してくれれば、どんなに良かったことか。アナハイムはネロを、あるいは聖騎士に力を与えた女王ムーンライトを呪った。

 彼が失敗したということは、次は自分に役目が回ってくる。それも、そう遠くない未来だ。

 魔導拷問をやめてもらうために。自分の命を守る為に。ジョロキアにもう一度会うために。仕方なかった。魔女の甘言に乗り、新たな呪いを受け入れてしまった。

 最早、誰にも助けを求められない。

 ネロがしくじった以上、やるしかないのだ。




 

 

 

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