負けるな愛夢!みんな悩んで大きくなった!![Side:B]

 宵闇に包まれた、廃ラブホテルの駐車場。暗黒に紛れ、ひとつの人影が蠢いていた。シルエットだけで判断すれば、髪の長い女。しかしその動きは、明らかに人間のそれではない。ぐらりぐらりと安定せず、どこへ向かっているとも分からない。それはまるで、ホラー映画に出てくるゾンビであった。

 カツン。

 背後から聞こえた音に反応し、ゾンビめいた人影がぐるりと大きなモーションで振り返る。その瞬間であった。ゾンビが向いた方向とは反対側。駐車場の柱の陰から、小柄な娘が飛び出したのは。娘は素早い身のこなしでゾンビに組み付くと、太腿の辺りから大きな刃物を一本取りだす。そして目にも留まらぬ速度でその首を……掻っ切った。

 ゾンビの首から、暗い何らかのエネルギーが噴出。その場に倒れ込む。娘は構わず腹の辺りを繰り返し刺し、抜く。刺し、抜く。刺し、抜く。大量のエネルギーを撒き散らし、ゾンビは瞬く間に動けなくなっていった。

「……手際は良くなってきたね、アナハイム」

 娘にそう声を掛けたのは、闇の中に溶け込んでいたひとりの女。

「誰が相手でも基本はそう変わんないよ、多分。何か一瞬意識を別のところに逸らさせて、ドスッて。あと腹は案外めっちゃ血が出るし」

「ありがとうございます、セブンポット様」

 アナハイムは立ち上がり、丁寧に礼をした。セブンポットは肩をすくめる。

「ただまあ、これはあくまで殺しに慣れるっていうか、単なる練習だからさ。ホントの相手がこんな簡単に殺せるとは思わない方がいいよ」

「存じております」

 じわじわととろけてゆくアナハイムの足元のゾンビは……制服を着た女子中学生の姿をしていた。より正確に言うならば、スイートパンケーキ。佐藤甘寧の。

「相手を殺して自分も死ぬってんなら好きにすりゃいいけど、そうじゃないならなるべく一発で致命傷与えな」

「はい」

「普通の奴ならどこ切られたって大体痛すぎて咄嗟に対応できないと思うけど。戦士だからね相手は。次からもっと俊敏に動ける人形作るわ」

「ありがとうございます」

 アナハイムは深々と一礼し、セブンポットをじっと見た。

「何」

「いえ。やはりセブンポット様は、人にものを教えるのがお上手だと」

「ハッ」

 セブンポットは鼻で笑った。

「そりゃこのくらいはね。暗殺の専門家じゃないし、一般論で話してるだけだけど」

「やはり教えるのはお好きですか」

「アンタしつこいね。アンタが教えろって言うから仕方なく教えてるだけだって言ってんでしょうか」

「ヤクサイシンが再興した暁には……教師をやる気はございませんか」

 セブンポットは眉をひそめた。

「……何言ってんのアンタ」

「長い時間がかかるかもしれませんが。魔王と魔導、そして人があれば、ヤクサイシンは必ず蘇ります。そうなった時、後に連なる者へ知恵を授ける方が必要です」

 アナハイムは、ごく真面目な表情で語っている。

「そんな面倒な――」

「無論、ただでとは申しません。ジョロキア様は寛大であられます故、いかな褒美もとらせるでしょう」

「へぇ」

 アナハイムの言葉を値踏みするように、セブンポットは腕を組んで相槌を打つ。

「お望みがあれば、わたしがジョロキア様に繋いで参ります」

「例えば?」

「最高幹部の地位、などは」

「ふーん」

「セブンポット様がお望みならば、妃の位も。少々条件は付きますが」

「あのオッサンの? フッ、あんま嬉しいって感じはしないけど、実質最高権力か」

 セブンポットの反応は、アナハイムの目には悪くないように映ったようであった。

「すぐに良い暮らしをお約束することは難しいかと存じますが。未来さえあれば、必ず叶います」

「未来さえあれば、ね」

「つきましては、お願いがございます」

 アナハイムの顔が、いつも以上に真剣になる。セブンポットは返事に少しだけ間を置いた。

「内容による」

「ネロ様を治した薬を、もう一度調合していただきたく存じます」

 ……セブンポットは、フムと唸った。

「可能ですか」

「そりゃできるけど」

「それがあれば、わたしの目的の半分は達成できます。是非に」

 セブンポットは数秒考え、

「分かった。準備しようか。いつまでに?」

「早ければ早いほど。あまり時間がございませんので」

「なるほどね。じゃあ出来たら声かけるよ」

「ありがとうございます」

 アナハイムは、頭を深々と下げた。

「じゃあ、今日はここら辺で。明日もやる?」

「お願いいたします」

「了解。じゃあまた明日、この時間で。ネロがどうするかによるけど」

 セブンポットはそう言って、アジトの中へと戻ってゆく。アナハイムは感謝の意を示すように、それを頭を下げたまま見送っていた。

 セブンポットは建物に入り、歩きながら首と肩をぐるぐる回し、エレベーターに乗り込む。三階へと向かう中、彼女は先程のアナハイムの言葉を思い出していた。

(魔王と魔導、そして人があれば、ヤクサイシンは必ず蘇ります)

(未来さえあれば、必ず叶います)

「未来さえあれば、かぁ」

 セブンポットはニィと口の端を歪ませる。

「あるといいねぇ、未来が」

 三階へ降り立ったセブンポットの顔には、深い影が差していた。彼女は自分の部屋の前をつかつかと通過。そしてその足で向かった先は……キャロライナの部屋の前である。セブンポットは、そのドアを数度ノックした。

「アタシだけど」

「あら、セブンポット?」

 その声と共に、ドアがバタンと開く。中から現れたのは、少女のような顔をしたキャロライナであった。

「待ってたわ」

「ごめん、ネロとアナハイムに付き合ってたから」

「あらあら、アナタも忙しいのね」

 キャロライナは引っ張るようにセブンポットを部屋へ招き入れる。そして、ドアが閉まると同時にセブンポットへ熱烈なキスをした。

「んん……んは、いきなり?」

「だってぇ。アナハイムに取られてた分取り返さなきゃ」

「アハ、何それ」

 セブンポットはそう言って笑いながら、キャロライナと腕を組みながらベッドへと向かうと、抱き合いながら倒れ込んだ。数度口づけを繰り返し、笑い合う。

「今日は、何か言ってた? あの子」

「アナハイム、アタシに治療薬作れって言ってきたよ」

「へぇ、いよいよ本格的にってわけ」

「いいの? とりあえず断る理由が無かったからOKって言っちゃったけど」

「大丈夫よ、作ってあげて」

「そう、キャロライナがいいならそうする。あ、っていうかさ、自分手伝ったら褒美やるって言ってたよ」

「ふふっ、まだ自分が王妃のつもりなのねぇ、何もできないくせに。滑稽だこと」

 嗚呼、これはいかなることか? セブンポットだけに明かしたはずのアナハイムの作戦が、まさにそのセブンポットによってキャロライナへ筒抜けになっている。

「いいの? セブンポット。アナハイムよりワタシを選んで」

「勿論。アタシ、キャロライナの友達だもん。一緒に世界を滅ぼすんだもんね」

「そうよね、ワタシだけのセブンポット。ワタシの大切なお友達。ふふっ」

 ふたりはそう言って笑い合うと、うっとりと見つめ合った。玩具を見るようにではなく、本当の恋人がお互いを見つめ合うように。ふたりは再び深く口づけをし、その舌を絡ませ始めた。そしてベッドを軋ませながら、互いの髪に、顔に、首に、体に触れてゆく。ふたつの吐息は、やがて甘い喘ぎ声へと変わっていった。

 ……セブンポットは、最初からキャロライナの息がかかっていたのか。アナハイムの見立てははじめから間違っていたのか。否、それは断じて否である。セブンポットがキャロライナと体の関係を持ったのも、自分から友と呼び始めたのも、アナハイムの情報を伝え出したのも、ほんの最近の出来事である。

 セブンポットとキャロライナの間に何が起こったのか。それを語るには、少々時を遡る必要がある。セブンポットがモルガンの日記を読み、キャロライナの部屋へ呼び出されたあの夜まで。




「……とてもよく似合ってるわぁ」

 あの夜、キャロライナの寝室。セブンポットを呼び出したキャロライナは、両手を合わせるポーズでそう言った。

「素敵よセブンポット」

「そ、そう……」

 セブンポットの目の前には、縦長い楕円形の壁掛け大鏡。やや過剰装飾気味なそれに映る像を見ながら、セブンポットが言った。

 そこにあるのは、案外自分の部屋とそう変わらぬ内装、そして自分とキャロライナの姿。ただしセブンポットのそれは、普段のゴシック&ロリータめいた服装とはいささか異なる。全体が黒っぽいのは同じだが、つばが広く先端の尖った帽子、そして長いマント。胸元の露出は増え、スカートは短い。肘まであるロンググローブ、脚にはストッキング、それを支えるガーターベルト。靴はかかとの高いブーツ。

「ほら、スイートパンケーキのホイッパー、面倒だったでしょう? いい加減何とかしないとと思ってね、魔導装甲を作ったの。全員分有るんだけど、まずセブンポットに着てほしくって」

「そうなんだ、ありがとう……」

「所詮は魔導エネルギーだもの、対策は可能よ。これを着てれば、ムーンライト由来の魔導エネルギーにも多少は耐えられる。少なくとも一発で大火傷って事態は避けられるはずだわ」

 それは、魔導を操る少女というよりも、魔女と呼んだほうが正しいと思われた。

「はぁ……セブンポット、とっても素敵。ため息が出るほど可愛いわぁ」

 いや、むしろ。

「本当よ。完璧だわ」

 二十三年前、戦士だった頃のモルガンの格好に酷似している。そう言った方が間違いあるまい。自分でも多少気味が悪くなる程だった。顔や髪型、それから胸の大きさやらウエストのくびれ具合やらが異なるものの、ヒールまで含めた背丈は記憶の中のモルガンとほぼ一致している。

「ねぇ、セブンポット。アナタも思うでしょう? 完璧でしょう?」

 セブンポットの右腕を抱き、鏡の枠に二人の姿を収めるようにして、キャロライナは問うた。

「まあ。うん」

「でしょう? くふっ、ふふふ」

 キャロライナは大いに満足したようであった。鏡の中に並ぶのは、微妙な笑顔のセブンポットと、恋する処女と発情する雌が同居したような顔のキャロライナ。

「他の子の分も用意してるんだけどね。真っ先にアナタに着てほしかったの」

 モルガンの日記は、どうやら出鱈目というわけではないようだ。キャロライナとモルガンは恋人同士だったのだろうし、キャロライナは今でもモルガンを想っている。キャロライナが戦う理由もまた、モルガンの為。そして自分は今……モルガンの代わりにされている。あらゆる意味で。

「素敵。ねぇ、素敵よアナタ」

 キャロライナは、首元にごろごろと猫めいてすり寄ると、セブンポットの右耳をそっと噛んだ。

「んっ……」

「セブンポット。ワタシの大切な友達。アナタとっても魅力的よ。もっと知りたいわ、アナタのこと」

「友達」

「そうよ。くふ、とっても素敵な。ねぇ、ワタシ達もっと親睦を深めるべきだと思うの、いいでしょ……」

 耳にかかるキャロライナの生温かい吐息が、セブンポットの全身をぞくぞくと駆け巡る。何らかの魔導的な作用があるのかもしれないし、天性のそれなのかもしれない。セブンポットの脳の髄がじんと熱くなり、体が疼き出す。

(あっ、んだ)

 セブンポットはごく自然にそう理解した。

(キャロライナ、アタシで欲情してるんだ。アタシはこれから、んだ)

 女と寝る経験は無かったが、セブンポットはキャロライナとならば構わない気がした。自分に元々そちらもいける部分があったのか、それともキャロライナがその気にさせたのか、それはよく分からない。ただ、あの汚い部屋で再会した時から、こんな日も来るのではないかと。何となくは思っていた。

 もし、たった数時間前にこうして誘われたのであれば。セブンポットは素直にキャロライナに身を委ね、虚ろな快楽にその身をよじっていたかもしれない。

「ねぇ、キャロライナ」

 しかし、今のセブンポットは。アナハイムに協力を求められ、モルガンの日記を読んでしまった自分は。どこかその頭に冷静な部分を持っていた。そして、どうしても訊ねずにはいられなかった。

?」

 ……キャロライナは、ぴくりと眉を動かした。

「アタシさ、全然嫌じゃないよ。アンタとセックスするの。女としたことないけど、アンタ上手そうだし、アタシもちょっと今のでその気になっちゃったかも。アンタの返事がどうだろうと、アタシの体はあげるから。ホントのこと教えてほしい」

 キャロライナはセブンポットに絡み付いたまま、黙って話を聞いていた。

「アンタがアタシのことどう思ってようとさ、どうでもいいといえばいいんだよ。アタシにもう一回力をくれたことは感謝してる。アンタに逆らう気も無い。最終的にこの世界をキッチリ滅ぼさせてさえくれるなら、いくらでも待つし、誰とでも寝る。でも……そこだけはハッキリさせたい」

 セブンポットは、鏡越しにキャロライナと目を合わせた。

? ?」

 ……キャロライナの気分を害するような質問だったかもしれないし、彼女を怒らせればまたロクでもない事態が待っているかもしれない。それでも訊ねずにはいられなかったのだ。たったひとつ、友達という概念についてだけは。自分が一番信じ、そして一番裏切られたものについてだけは。

 沈黙が流れた。このまま自分は死ぬかもしれないと、セブンポットは頭のどこかでそう思った。

「……知ってるのね、モルガンのこと」

 やがてキャロライナは、落ち着いた様子で口を開いた。

「どこまで知ってるのかしら。誰が言ってたの? カイエン? アナハイム?」

「いや、何となく分かるでしょ。この服とか、色々」

 アナハイムの為というわけではないが、セブンポットは一応曖昧に言葉を濁しておいた。

「一応、アンタとモルガンが恋人だったことも分かってるし。死別したのもまあ分かってる。今回の戦いも、多分それが理由なんでしょ」

「……なるほどね」

 キャロライナの顔には、いつものように繕ったような笑みは無かった。キャロライナはセブンポットの腕をするりと放すと、ばさと音を立てベッドに腰掛ける。

「質問は何だったかしら。アナタがモルガンの代わりかどうか?」

 キャロライナは脚を組み、気だるげに確認した。セブンポットが頷くと、キャロライナは少しだけ考え込んだ。

「……そうだし、そうじゃない。ってとこかしら」

 何とでも取れる答え。キャロライナは言葉を継ぐ。

「ねぇ、セブンポット。誰かと友達になるって、とても難しいと思わない?」

「思うよ」

 セブンポットは間を置かずそう返した。キャロライナは話を続ける。

「ワタシの場合はね、ビジョンが共有できない人とは信頼し合えないと思ってる」

 そう語るキャロライナの顔には、深い影があった。

「モルガンはね。そういう意味で、誰より素敵な子だったわ。趣味も、考え方も、体も。全部相性が良かった。ショトー・トード攻めとファクトリー侵攻を進言したのもワタシとあの子」

 セブンポットは、その是非を問う立場に無い。彼女は立ったままでキャロライナの話を聞いていた。

「あの子がいなくなって。ビジョンを共有できる子がいなくなって。ワタシは、あの子を苦しめたこの世界を滅ぼすことにした。でも……じゃあ、誰がそのビジョンを共有してくれるの? たったひとりのモルガンはもういないのに」

「蘇らせたりはできないんだね。アンタでも」

 セブンポットの言葉に、キャロライナはフッと笑った。

「できるならこんなことしてないわ」

 キャロライナは、赤い瞳でこちらをじっと見上げている。

「モルガンはもういない。ワタシが世界を滅ぼすって言っても、心の底からそうだねって返してくれる子は、もうどこにもいないの。カイエンも、ネロも、ジョロキアも、アナハイムも。力で従わせることはできても、分かり合えはしない」

 セブンポットの目の前には、ただ、酷くくたびれた様子の女だけがあった。

「それでもいいし、仕方ないって思ってた。魔導の才能がある子なら、三人目なんて誰でもよかったし、力尽くで従わせればそれでいい。女の子なら玩具にできるからもっといいってね」

「…………」

「でもアナタ、とっても傷付いていたわ」

 キャロライナはここで、再び小さく微笑んだ。

「心の弱ってるところを誘えば一発だって、分かってた。だから甘いことを言って勧誘した。それは本当よ。でも……この子なら、ワタシの気持ちが分かってくれるかもしれないって。そうも考えたの。世界を滅ぼそうって言ったら、心の底から嘘偽りなくそうねって言ってくれるかもって……モルガンみたいに」

 キャロライナが、こんなにも己の弱みを見せている。これ自体、セブンポットを懐柔するための戦略である可能性も高かろう。だが、セブンポットの目に映る彼女は。あまりにも、あまりにも。

「ワタシも質問していいかしら、セブンポット。アナタはホントに世界を滅ぼしたい?」

 キャロライナは、静かに問うた。

「アナタが憎いものだけじゃないわ。アナタが守ったもの、全部。お酒も、くだらないテレビも、お菓子も、セックスも、ワタシも、アナタも。何もかもなくなってしまうの。それでいい?」

 嗚呼、キャロライナは、本当に世界を滅ぼしたいのだ。セブンポットはゆっくりと理解した。裏の目的があるわけでもない。世界を支配したいわけでもない。世界を滅ぼした後、何か展望があるわけでもない。彼女がやりたいことは、モルガンと、あるいはあの時の自分と同じ。自殺。それも、自分を苦しめた世界全部を道連れにした、壮大な自殺。

「セブンポット。改めて聞かせて」

 キャロライナは立ち上がり、セブンポットを真っ直ぐ見据え、問うた。

「……?」

 セブンポットは、少しの間立ち尽くしていた。いや、かなりの間だろうか? 少なくとも本人の体感時間では、引き伸ばされたような長い時間だった。ふわ、ぐにゃと視界が曲がり、どこか現実感の無いまま、何秒も、何十秒も。

 やがてセブンポットは、キャロライナに一歩近付いた。もう一歩。更に一歩。そしてキャロライナの前で立ち止まると、彼女の唇にむしゃぶりついた。キャロライナもそれに応えた。ふたりはどちらからともなくベッドに倒れ込み、深くキスをし続けた。尖った帽子が脱げ、ベッド脇に落ちる。キャロライナが上になる。セブンポットの頭を執拗に撫でながら、耳を、首筋を、鎖骨を貪るように舐める。媚薬でも盛られたかのように、セブンポットは歓喜の声を上げた。それが答えだった。

 ふたりは獣のように息を荒げ、無くしたものを探すように、服をかき分け、相手の体を求め、そして気の狂ったような声で叫び続けた。泣いているとも笑っているとも、悦んでいるとも哀しんでいるとも取れる声で。涙か涎のように濡らしながら。最高でも最低でもある快感と絶頂の渦の中で。互いの名をしきりに呼びながら。長い、長い、長い、長い時間を。ふたりは共にした。

 何時間も後。二匹の傷付いた獣は、力尽きたようにベッドに埋もれ。そしてお互いの顔を見ながら、指を絡め、手を繋いだ。じんわりとした快楽の余韻に浸りながら、ふたりは見つめ合い、微笑み合う。

「セブンポット」

 涙と唾液を垂らしながら、キャロライナはセブンポットの名を呼んだ。

「ワタシ達、死ぬまで友達よ」

 ……自分がキャロライナに騙されているなら、それでもいい。セブンポットは思った。抵抗が強かった友達という言葉が、今なら信じられる。彼女は過程は違えど同じ傷こどくを背負い、同じものせかいを憎み、同じ結末バッドエンディングを望んでいる。自分が最期の時を過ごす相手は、彼女だ。

「死ぬまでね」

 セブンポットはそう言って、キャロライナともう一度口づけした。

 この晩、セブンポットは、人生最後の友達を見つけた。




「……未来があれば、って言ってた」

 ベッドに横たわりながら、セブンポットは裸のまま呟いた。同じく隣でネックレスと腕輪だけ身に着けたキャロライナは、慈しげに首をかしげる。

「なあに?」

「アナハイム。未来と人と、何だっけ、とにかく。時間がかかっても必ずヤクサイシンは蘇るって」

「フッ、どうするつもりだったのかしらね。あの子妊娠できないのに。アナタに誰かとの子供産ませる気だったのかしら」

「えぇー、絶対ヤダ」

 ふたりは悪戯っぽく笑い合う。

「どーだっていいよ、未来なんて」

 ひとしきりそうした後、セブンポットがぽつりと呟いた。

「未来なんて、アタシ以外の幸せな奴全員の為にあるんだよ」

 そう言ったセブンポットを、キャロライナがそっと撫でた。

「アタシの幸せな場所なんて、過去にしかない」

「過去が返ってこないなら、未来なんてどうなったって構わない」

「誰も手を差し伸べない。皆が幸せに過ごしてる場所に、アタシの居場所はない」

「なら、みんなを引きずりおろして、みんなでどん底で死ぬだけ」

「何となく幸せなことも、何となく好きなこともあったけど」

「人生も世界も、結局ロクなものじゃない」

 地獄の底のように光無く赤い瞳が通じ合い、そこにたったふたりの地獄が生まれた。もうすぐファクトリーを、ショトー・トードを呑み込み、共に消えて行くだけの、地獄が。

「もうすぐよ」

 キャロライナは、セブンポットにそっと囁いた。

「そんなに時間はかからないわ。計画は新たな段階に進むの。そうしたらもう、我慢なんてさせないわ」

「楽しみ」

「いっぱい壊しましょうね」

「いくらでも殺すよ」

「全部ね」

「全部」

 ……クスクス、クスクスと。

 内緒話をするような楽し気な声だけが。地獄の底に響いていた。

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