第19話「書きたてフレッシュ!ふたりの秘密全部見せます!?」
書きたてフレッシュ!ふたりの秘密全部見せます!?[Side:H]
『大スクープ! スイートパラディン本誌のみ独占取材!
差別、友との別れ……壮絶な過去を乗り越え戦う少女達が今伝えたいこととは』
プリッキー、そしてスコヴィランが復活してから、早いもので二か月ほどが経過した。たったこれだけの間に十八体ものプリッキーが現れ、東堂町を中心に甚大な被害を巻き起こしている。死傷者や被害額は日に日に増加しており、これに対し政府は補助金等を出してはいるものの、プリッキー退治はスイートパラディン任せ。元締めのテロ組織であるスコヴィランがどこで何をしているのかも、未だ掴めていない状態である。
そんな中、粘り強く東堂町で取材を続けてきた筆者は、遂にスイートパラディンとの接触に成功した。プリッキー、そしてスコヴィランと日々戦う謎の美少女戦士、スイートパラディン。彼女らは何を思い、何のために戦っているのか。東堂町を中心に戦う彼女らが、今日本中に伝えたいこととは。話題の中心であるスイートパンケーキとスイートシュークリームに、筆者は早速インタビューを敢行した。
○正体は、ごく普通の中学生
――早速ですが、おふたりのプロフィールをお聞かせ願えますか。
スイートパンケーキ(以下、パ)「スイートパンケーキ、中学二年生です。今年で十四歳になります」
スイートシュークリーム(以下、シ)「スイートシュークリーム。パンケーキの友人で、同じく中学二年生です」
――やはりというか、プライベートでもお友達なんですね。
シ「そうですね。仲良くなったのはスイートパラディンになってからですけど」
――スイートクッキーさんとも?
パ「私はそうです」
シ「私は顔を知ってるくらいで、特に親しくはありませんでした。彼女がスイートパラディンだったのも、報道で知ったって感じですね」
――スイートクッキーさんは聖マリベル学院中学校の生徒だったようですが、おふたりも?
パ「言っていいのかな」
シ「ノーコメントで。まあでも噂になってるよね」
――おふたりのお住まいはやはり東堂町ですか?
シ「それも、まあ。ノーコメントで」
パ「でもよそから駆けつけるの絶対大変だよね」
――おふたりがスイートパラディンになられた経緯についてお聞かせ下さい。
パ「成り行きです。学校にいたらプリッキーが出て。びっくりしてるうちに、君には資格があるから変身してくれって」
シ「私もそうですね。ショトー・トードっていう、まあ妖精の世界みたいなところから来た妖精がいて。その子達から任命されたって感じです」
――妖精ですか。以前から使い魔的存在については噂されていましたね。ここにいますか?
パ「はい、ここに……あれ?」
シ「うわ、いないし! 何やってんのアイツら! すみません、また今度連れてきますね」
――少々下世話な話かもしれませんが、その妖精達から、何か報酬のようなものは出ているのでしょうか?
パ「出てないです」
シ「そうですね。お金とか、そういうのの為にやってるわけじゃないし」
○スコヴィランは目的不明
――それでは、単刀直入に聞きます。おふたりはどうして戦うのですか?
パ「もちろん、悪いことをするスコヴィランの人達をやっつけるためです」
シ「ですね。スコヴィランはプリッキーを作って、沢山の人を不幸にしますから」
――報酬の為ではなく、ただ市民の安全を守りたいから、ということでしょうか。
シ「カッコつけて言ったらそうなるかな?」
パ「困っている人は助けなきゃいけないですし、スコヴィランを止められるのは私達だけですから」
――そもそもスコヴィランは、なぜそんなことをするのでしょうか。
シ「簡単に言うと、不幸な人から出るエネルギーみたいなのがあって。それが食料になるみたいなんです」
パ「でも今はそれが目的じゃないって言ってたよ」
シ「え? じゃあ何が目的なのアイツら。すみません、スコヴィランに関しては私達も分からないことが多くて」
――少なくとも、愉快犯というわけではないのですね。
シ「それは多分そうです」
パ「トップに魔王っていう人がいて、その人の命令で動いているみたいです。会ったことはありません」
――政府の対応は遅れている状況ですが、今後政府と連携を取るなどの計画はありますか?
パ「……思いつかなかったね」
シ「でも、厳しいかと思います。プリッキーやスコヴィランは、銃とか戦車とか、とにかく普通の兵器でどうにかなる存在じゃないので。それより政府には、被害に遭った人を救済してほしいと思います。そして、被害を与えてしまった人も」
○元プリッキーも普通の人間である
――と、言いますと?
シ「誤解してる人が未だにいるんですけど、プリッキーにされた人っていうのは、本当にそのほとんどが普通の人なんです」
――プリッキーにされた人々は、一見すると自分勝手な欲望を周囲にぶつけているようにも見えますが。
シ「そうかもしれません。でも、自分勝手な欲望を持ってない人なんていますか?」
パ「たとえば、『真面目にサッカーがしたいのに、部員がついて来てくれない』って悩んでるサッカー部の部長がいるとして。これ自体は悪い悩みじゃないですよね。それがプリッキーに変えられた途端、『サッカーを真面目にしない奴なんかみんな死んじゃえ』って怒りに変えられちゃうんです」
シ「少しでも心に悩みや苦しみを持っていたら、それを無理矢理増幅させられて、我慢できなくさせられるんです。多分、変身させられて町を壊さない人なんていないと思います。たまたまスコヴィランに目をつけられたかそうでないか。プリッキーにされた人とそうでない人の違いは、それだけしかありません」
――なるほど。誰であれプリッキーになり得るのですね。
シ「だから、プリッキーにされた人を責めるのはやめてほしいと思います。悪いのは全部スコヴィランなんですよ。もちろん、東堂町に何か悪いエネルギーが流れてるなんて事実もありません。本当に、普通の町なんです」
――失礼ですが、東堂町という土地は少々治安が良くないように感じます。
パ「そんなにみんな怖くないですよ」
シ「いやまあ、確かに怖い人もいるんですけど(笑)それもちょっと誤解があるっていうか。確かにちょっと東堂町の人って排他的な部分があると思うんですよ。でも、それってどっちが先なんだろうって。外の人がいじめるからみんなグレちゃったんじゃないのって。順番が違うんだと私は思います。昔はこんなじゃなかったって、父も言ってました」
パ「私のお父さんも言ってました。悪ガキはいたけど、今ほどじゃないって。二十三年前、プリッキーが出てからだって言ってました」
○家族も差別と戦っている
――元プリッキーの人々やその子供は、その後犯罪に走る可能性が高いと言われていますが。
シ「数は多くないのに、プリッキーだった人が特別取り上げられてるだけだと思います。印象論です」
パ「私もお父さんがプリッキーでしたけど、今のところ犯罪者じゃないです」
――お父様が。
パ「はい。お父さんは二十三年前、プリッキーにされました。直接お父さんから聞いたわけじゃないですけど。でも、一生懸命勉強して、大学に行って、今は立派な社会人をやっています。犯罪はもちろんしてないです」
――お父様がプリッキーだったと知った時、どう思いましたか?
パ「その頃はあんまり意味が分からなくて。へぇーって思いました。プリッキーだった人とか、東堂町の人とか、そういう人達が悪い扱いを受けてるって気付いたのは、それから何年か後です。お父さんもご近所さんも良い人なのに、おかしいなって思いました」
シ「私の家族にも、プリッキーにされた人がいます。ずっと東堂町に住んでいて、ずっと真面目に生きてきました。でも真面目過ぎて苦しんでもいて、そこをスコヴィランに狙われて。プリッキーにされてから、その人は引きこもりになって、部屋の外に出られなくなっています」
――プリッキーになってから更生は可能だし、真面目にやってきてもプリッキーになる時はなるということですね。
パ「頑張って生きている人が、ただプリッキーだったことがあるというだけで悪く言われるのはおかしいと思います」
シ「それどころか、ただ東堂町に住んでるだけで色々言われるっていうのは。選べないじゃないですか、どこで生まれたとか、プリッキーになるかならないかとか、完全に運ですよ。自分がそうだったかもしれない。それどころか、これからそうなるかもしれないんです」
○涙の別れ、それでも
――なるほど。平和の為というだけではなく、不当な差別を受けている人々の為にも戦っているというわけですね。とはいえ、おふたりの戦いは命懸けだと思います。
シ「まあ、ヤバいなって時は無かったじゃないですよね」
――特にパンケーキさんは、相棒のスイートクッキーさんを失っていますよね。クッキーさんはどんな方でしたか。
パ「……(沈黙)」
シ「……すみません。パンケーキ、まだその件に関してはちょっと気持ちの整理がついてなくて」
パ「大丈夫です」
――すみません。話せる範囲で結構です。
パ「クッキーは、ずっと前から私の友達でした。私は結構ドジなところがあるので、すぐ考え無しに行動してしまって。そんな時に助けてくれるのは、いつもクッキーでした」
――信頼し合える友人同士だったのですね。
パ「はい。お父さんが元プリッキーだって知った翌朝、それを真っ先にクッキーに話したんです。そしたら、それは私達だけの秘密にしようねって。お父さんがプリッキーでも関係なく、私達は友達だよって言ってくれました(涙を流す、しばしインタビューの中断)」
――失礼しました。やはり、お辛かったでしょう。
パ「はい。彼女は私をかばって……沢山泣いたりもしました。でもいつまでもそうしてはいられないと思います。だって、彼女は亡くなる前に言ってたんです。これは私達しかできない役割なんだって。ですから絶対にやめません。彼女の分まで、自分に与えられた使命を果たそうと思います。絶対に」
シ「私もクッキーと直接面識はありませんが、同じ気持ちです。私達の家族も、東堂町の人達も、勿論それ以外の人達も、スコヴィランをやっつけなきゃ安心して過ごせませんから」
○悪いのはスコヴィランである
――もうスイートパラディンなんてやめたいと思ったことはありませんか。
パ「ありません(即答)」
シ「言われたら確かに無いね、やめたくなることって。確かに戦うのって怖いよなって思うことはあるし、嫌な思いをすることもあるし、命懸けだし……なんでだろ」
パ「変身した瞬間、怖いとか悲しいとか、そういうのがスッて吹っ飛んじゃう感じがしない?」
シ「分かる! なんか気分が上がるっていうか、不思議と考えなくなるよね。危ないとか、死ぬんじゃないかとか」
――市民を守るという使命感がそうさせるのでしょうか。
シ「そうなのかな」
パ「そうかもしれませんね」
シ「冷静になったら怖い気もするんだけど、いちいち怖がってたら被害が広がる一方だからね」
――プリッキーは多くのものを破壊しますからね。
パ「スコヴィランは、です」
シ「そうですね。罪を憎んで人を憎まずじゃないですけど、『プリッキーにされた人が』町を壊している、と思わないで欲しいかなと思います。本人にはコントロールできないし、それをさせているのはスコヴィランなんですから。悪いのはスコヴィランだということは、この場を借りてきちんと伝えていきたいなと思います」
――失礼しました。プリッキーにされた人もまた被害者であるということを、忘れてはならないということですね。
シ「スコヴィランの被害に遭った人だけじゃなくて、そちらへの支援も進めばいいなと思います。大人に頑張ってほしいのはまさにそこで、みんなが安心して暮らせるようになるには、どうしてもそれが必要なんです」
○今、伝えたいこと
――今、スコヴィランに対して言いたいことはありますか。
パ「どんな理由があっても、人を傷付けるのは絶対いけないことだと言いたいです。他人を悲しませるようなことは今すぐやめて、その罪を償ってほしいと思います」
シ「大体言われちゃいましたけど(笑)アンタ達の身勝手で苦しんでる人がいるんだよってことを、ちゃんと想像してほしいと思います。こういうことは絶対許されることじゃありません」
――逆に、今スコヴィランに苦しんでいる人に伝えたいことは。
パ「スコヴィランは絶対に私達が何とかしますから、皆さんはそれ以外のことを頑張ってほしいと思います。お勉強とか、お仕事とか、困っている人のお手伝いとか。役割分担ということで」
シ「私の家族みたいに外に出られない人、偏見に苦しんでいる人もいると思います。それを取っ払うには、いくらスコヴィランをやっつけたとしても、結局その他の皆さんが変わってくれないことにはどうしようもありません。まだ気付いていない人は、是非考え方を変えてほしいと思います」
――本日はどうも、ありがとうございました。
インタビューの中で筆者が驚いたのは、スイートパラディンがあまりにも『普通の少女』であることだ。あれだけの使命を背負っていながら少しも驕るところのない彼女らは、こちらの質問に自然体で答えてくれた。だからと言っておちゃらけているわけではなく、その瞳の奥にはしっかりと正義の炎が燃えている。
インタビューの中で、筆者も気付かされることが多かった。苦しんでいるのは被害者だけではない、無理矢理加害者にされてしまった側もなのだ。それは、身内に元プリッキーを抱え、差別に苦しんできた彼女達だからこそ言える、十四歳とは思えない重い台詞である。
悲しみを力に変えて戦う少女騎士、スイートパラディン。彼女らがプリッキーと戦うならば、我々は何と戦うべきなのか。世の中の元プリッキー、東堂町に対する誤解や偏見。遅々として対策を進めない政府。挙げればキリが無いが、ひとつ確かなことがある。それは戦いを彼女ら任せにしないこと。彼女らが戦ったその後のことは、我々大人がしっかり請け負わねばならないということである。
(文責:増子美奈乃)
「……はぁ~、ホントに記事になってる」
「すごーい! 私達有名人だねー!」
「おめでとうございます」
屋上。表紙に水着の女が載った雑誌を、三人の少女達が覗き込んでいる。甘寧、有子、愛夢。スイートパラディンの大きな写真とインタビューが載ったこれは、本日発売された週刊誌である。行きがけに有子がコンビニで買い、ここへ持ってきた。
「マスコミさん、ちゃんと書いてくれたんだね」
ふたりがこのインタビューを受けたのは先週である。甘寧がスイートパラディンとして美奈乃のインタビューを受けようと提案した時、そんなことをして大丈夫なのかと有子は不安になった。妖精達が「正体を明かさないならOK」と言うので問題無しということになったが。
こちらはギャラ等を請求しない。代わりに、美奈乃も必要以上の個人情報には突っ込まない。そして、自分達が伝えたいと思っていることをしっかりと書いてほしい。美奈乃がこの条件を飲んだことによって、このインタビューが実現した。これほどの速度で記事になるとは。これが当然なのだろうか、それとも美奈乃が相当無理をしてくれたのだろうか? 分からなかったが、とにかく自分達の言葉が世間に届く形になったのは確かである。有子は美奈乃に感謝の意を示しながら、ページに目を落とす。
「こんなデカデカと写真載るとは思わなかった……バレないよね? 愛夢どう?」
「変身時と普段の顔はかなり違うように見受けられますので、問題ないかと」
愛夢がそう言うなら、恐らくはそうなのだろう。有子はとりあえず安心しながら文章を読み進めてゆく。
「っていうか、こんな理路整然と答えてないよね?」
「うん。私考えながらぐちゃぐちゃ話してたのに」
「まあまあ。その方が読みやすいけどね」
「アチャラナータの曲オススメしたのに載ってないねー」
「まあ、それはしょうがないかもね……」
そう。ページが足りなかったか、話を面白くするためか、少しずつ喋った内容が変えてあった。甘寧が指摘した通り、アチャラナータに関する部分は丸々カットされている。妖精達に関してはもう少し詳しい話もしたが、ここに触れすぎると胡散臭くなるとの判断か、これも短くされていた。この辺りは主張とあまり関係が無いので、仕方ないと言えば仕方あるまいが。
有子が気になった点は、それとは別にあった。
(私が驚いた部分が無い)
有子は心の中で呟いた。インタビュー中、有子が最も驚いた部分。それは、この前会ったばかりの甘寧の父親が、元プリッキーであったという事実である。「えっ、そうだったの」と、インタビュー中にもかかわらず有子は思わず声を上げてしまっていた。甘寧は「あ、言ってなかったっけ。そうだよ」と軽く流したが。
(……言ってくれれば良かったのにな)
怒ったり悲しんだりするほどのことではないが。ほんの少しだけ、有子の心にはそこが引っかかっていた。
甘寧のことだ、きっとわざわざ言うタイミングも無かったから言わなかっただけだろう。だが、仁菜には知った翌日に伝えたと。相手がプリッキーに関してどんな思想を持っているか分からぬ以上、本来なら軽く言えることではない。それを即伝えるということは、きっと仁菜は途方もないほど信頼されていたのだ。何を言っても、何をしても、決して嫌われたりはしないだろうと。
甘寧は自分ととても仲良くしてくれる。よく笑顔を見せてくれるし、甘えたような態度を取ってくれることもあるし、週末にはよく遊びに出掛ける。それでも。
(大迫さん。まだアンタより信頼されてないかも、私)
この世を去ったかつての聖騎士に、有子はほんの少しだけ……もやもやと、言い知れぬ感情を抱いていた。その気持ちは、以前にも一度味わったことがある。そっくりだった。タマミを聖マリベル学院が奪って行った時と。
(……きっと、とっても大事な人だったんだろうなぁ)
この記事には、もうひとつ嘘がある。それは、仁菜の話をする時、甘寧が泣いたということだ。
仁菜の話になった時、甘寧が一瞬黙ったのは本当だ。戦えと言われて過呼吸を起こしたほどだ、まだその傷は完全に癒えてなどいないだろう。有子は咄嗟にフォローを入れ、仁菜関連の質問を打ち切ろうとした。それを甘寧の方が遮ったのだ、満面の笑みで、「大丈夫です」と。
容赦のない質問も多かった美奈乃だったが、そこは少し気を遣ったか、「話せる範囲でいい」と言おうとした。その台詞すら食うようにして、甘寧は語り出したのだ。仁菜がどれだけ素晴らしい、かけがえのない存在だったかを。
この記事に書いてあるエピソードは、甘寧が語ったエピソードのうち、ほんの僅かなものに過ぎない。どうでもいい小さなことから印象的な思い出まで、甘寧は仁菜について三十分以上に渡り語り続けたのだ。流石に長いと思った美奈乃がさりげなく話を逸らそうとしても。きらきらと輝く……いや、輝き過ぎて不気味なほどの笑顔で。
「絶対にやめません。クッキーの分まで、自分に与えられた使命を果たそうと思います。絶対に」
最後にそう言った甘寧の顔に、少しだけ、ほんの少しだけ。正直な話、有子はゾッとするものを感じた。甘寧のすぐ側にいるようで、自分はどれだけこの子のことが理解できているのだろう。その可愛らしく人懐っこい笑みの下に、一体――。
「――ねぇ、ねぇ、有子ちゃん」
「へっ?」
甘寧に声を掛けられていたことに、有子は気付いていなかった。有子は我に返り、慌てて返事をする。
「な、何?」
「有子ちゃん、この袋とじっていうの開けてもいい?」
「げぇっ!?」
甘寧はいつの間にか、週刊誌の別のページを開いていた。そこにはやや際どい格好のグラマーな女性。『特別付録』と煽りがついたそれは……!
「閉じてあると中身が気になっちゃうなぁ」
「ちょちょっ、だぁっ、やめなっさぁーい!」
有子は大慌てで雑誌を取り上げ、ジャージのズボンの中にぐいとしまった。
「ハァーッ! いかんいかん、こんなページもあるとは」
「えぇー。まだ見てないのに」
「見なくてよろしい! 愛夢も何その視線は!」
「いえ」
「ほら! ね! 記事も見たし! そろそろ修行しなきゃ修行!」
無理矢理話を逸らし、有子はポケットからブリックスメーターを取り出す。
「やれることやったんだから、あとは戦い頑張んなきゃ! でしょ?」
やや不服そうな顔をしていた甘寧だったが、有子のその言葉で、やるべきことを思い出したようにブリックスメーターを取り出した。
「いっぱい読まれるかな、私達のインタビュー」
有子と手を繋ぎ、指をしっかりと絡ませながら、甘寧は問う。その手の温もりを感じるたびに、有子は不思議な安心感を覚えた。
「読まれるよ、きっと」
「だよね。私達がいっぱい喋って、マスコミさんがいっぱい書いてくれたんだもん」
「何とかなるって。私達は私達で頑張ろっ」
ふたりはブリックスメーターを掲げ、マジックワードを口にする。
「「メイクアップ! スイートパラディン!」」
聖なる魔導エネルギーの光がふたりを包み込む。その衣服は光の中でほどけ、ふたりは一糸まとわぬ姿となってゆく。変身に伴う途方もない快感、高揚感は、有子の心からあらゆる暗い感情を押し流した。戦いの装束がその身に絡み付くにつれ、その精神は恐れを知らぬ聖騎士のそれへと組み変わってゆく。
「膨らむ甘さは新たな幸せ! スイートパンケーキ!」
「飛び出す甘さは織りなす平和! スイートシュークリーム!」
「「メイク・ユア・ハッピー! スイートパラディン!」」
決めポーズをとったふたりは、最早甘寧と有子ではなく、スイートパンケーキとスイートシュークリームであった。
大いなる使命を背負ったふたりの聖騎士は、今日も新たな戦いの為に修練を重ねてゆく。悲しみも、恐れも、不安も、辛さも。何も存在しないかのように。それを見守っているのは、体育座りの愛夢と、雨避けのビニール屋根が張られたミニトマトの苗達のみであった。
……その週、スイートパラディンの独占インタビューが載った『週刊リアル』は、過去最高に近い売り上げを叩き出した。
差別にも友人の死にも負けず、滅私の精神で戦うスイートパラディン。彼女らの言葉はワイドショーやインターネットで繰り返し取り上げられ、大いに議論を呼んだという。
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