第18話「どーなっちゃうの!?危険な社会科見学!!」

どーなっちゃうの!?危険な社会科見学!![Side:B]

「ウガァーッ!」

 夜。人のいない駐車場に、野太い咆哮が響き渡る。声の主は、坊主頭の大男、ネロ。彼が叫びながら飛び掛かった相手は、黒白のゴシック&ロリータドレスを着た女、セブンポット。赤い瞳で相手をしっかりと捉えたセブンポットは、迎撃の構えを取る。

「ウガガガガァーッ!」

 次々繰り出されるネロの拳。セブンポットはこれを、ギリギリの距離で回避し続ける。当たらぬと見たか、ネロは地面を殴り、アスファルトの破片をセブンポットに向けて撒き散らした。一瞬視界を奪われるセブンポット。隙有りとばかりに、ネロはセブンポットへ全力の右拳を叩き込みにかかる。

「フゥッ」

 が、拳がまさに届こうという瞬間。セブンポットはゆらりと後方へ倒れ、ブリッジ姿勢を取った。そのまま逆立ち姿勢に移行したセブンポットは、突き出されたネロの手首へその両脚を絡ませる。

「ウガッ!?」

 グキン! 異様な音を立て、ネロの右手首が奇妙な方向に曲がった! 関節が外れている!

「痛ッだあァァアァッ!?」

 ネロが悲鳴を上げ、腕を無茶苦茶に振り回す。セブンポットは空中に放り出されたが、ズザザと音を立ててスライディング着地、怪我は無いが、流石に消耗が激しい。なにせ、セブンポットとネロは、かれこれ一時間はこうして戦っているのだから。

 ネロは自分の右手首を左手で握ると、グキングキンと音を立てて関節を元に戻した。手をブラブラさせ、握って開く。どうやら問題なく動くようであった。セブンポットは顔をしかめる。

「タフ過ぎるでしょ、病み上がりのくせに」

 技術という概念は、ネロにほぼ存在しない。滅茶苦茶な威力の攻撃を滅茶苦茶に撃って当たればいいという、完全に力だけの戦い方である。言うならば、スイートパラディンに近い。違う点があるとするなら、適当に力を振り回しても充分過ぎるほど強いというところだ。多少のダメージを入れても、今のように何事も無かったかのごとく復帰してくる。その上体力も無尽蔵ときている。

 相手がスイートホイッパーさえ持っていなければ、今頃甘寧もパンケーキでなくハンバーグになっていたことだろう。あの娘がネロに勝てた理由など、あの武器があったからという、ただそれだけである。

「ウガァ、ウガァーッ!」

 ネロが拳を振り回し、再び向かってくる。散々付き合ってやったのに、しつこい男だ。まるで、性欲の湧かない時に求めてくる男のように。セブンポットはつい数時間ほど前のやり取りを思い出していた。

 セブンポットは、ネロに秘密を守らせる必要があった。幸い、男の言うことを聞かせられる技なら多少知っている。女の多い職場ではあるが、キャロライナは男にやたら厳しいし、アナハイムは色気も何も無いガキ。飢えているはずだ。こんな男相手というのは本意ではないが、これなら簡単で間違いない。セブンポットは問うてみた。「黙っててくれれば、楽しいことしてやるよ。何がしたいか言ってみな」と。

 ……その結果が、先程の戦いである。それがネロの一番「したいこと」らしかった。余計に股を開かなくて済むのはいいことであるが、この消耗を考えると果たしてどちらが楽だっただろう。くたびれた、そろそろ終わりにしよう。

「ウガァア!」

 ネロの太く逞しい腕が、セブンポットを真正面に捉えた。その叩き付けるようなパンチが、セブンポットを地面ごと砕け散らせ……いや、違う!

「どしたの」

 これは一体どうしたことか! セブンポットの肉体が、煙めいて空中に霧散しているではないか!

「もっと来なよ。メチャクチャにしていいんだから、アタシの体」

「ウガ……あ? ウガッ、ウガーッ!?」

 再び形を取ったセブンポットを、混乱したネロはがむしゃらに殴りつける! しかしその拳は、ただの一撃も有効打とならない! まるで空気を殴っているように、何の手ごたえもないのである!

「ウガ、な、なんでだ! 分からん!」

「アハァーハァーハァー」

 煙になったセブンポットは不気味に笑う。その煙はやがて大量の大きな蛾に変化した。黒く派手な羽根を持つ蛾は、ネロの顔の周りを密集してひらひらと舞う。

「ウガッ、ア、ア!?」

 ネロはこれを手で払おうとするが、一向に数が減らない。そして次の瞬間、ネロは気付いた。自分の体の動きが、徐々に鈍くなり始めていることに。

「ウ、ウぅ?」

 気付けばネロは、その場にゴトリと崩れ落ちていた。意識はあるのに、体が動かない。ネロが混乱していると、目の前にコツコツと足音。セブンポットが隣に立ち、ネロを見下ろしていた。

「はい、アタシの勝ち。今日はここまでね」

「ウォ……うう、わ、分かった」

 何をされたかは理解できないが、自分がこれ以上戦えないらしいことは理解できる。ネロは己の敗北を認めた。

「アハ。まあ、約束は約束だからさ。また疼いたら相手になってやるから」

 ネロの隣でしゃがみ込み、セブンポットは言った。

「アンタもちゃんと約束守りなよ。キャロライナにはなんて言うの?」

「ウガ……『けがは』、『ねてたら』……『なおった』」

「ハイ、OK。約束破ったらもう遊んでやんないからね。ちゃんと守りなよ」

「わかっ、た」

 素直で助かる。セブンポットはフゥと息を吐き、一匹の蝶を出現させた。それがネロの顔の周りをひらひらと舞うと、彼の体は途端に動くようになった。もっとも、たとえようもない倦怠感は残っているが。

「さ。今日はもう寝なよ」

「ウガ……オマエ。似てる」

 ゆっくりと起き上がりながら、ネロは言った。

「え?」

「オマエの、さっきの。モルガンに似てる」

 ……やはり分かる者には分かるか。先程の技は、あの魔導書に載っていた技術を組み合わせただけである。まず、セブンポットに攻撃が当たらないという幻覚を見せる。ネロが幻覚を殴り始めたら、悠々と歩いて距離を詰める。あとは気化した麻痺毒を吸わせればよい。ネロを納得させたら解毒して、それで終わり。使ったのはこれが初めてだが、なかなか上手く行くものだ。

「……アタシ天才だからさ。モルガンの技くらい楽勝で使えるわけ」

 ネロに説明するようなことではない。セブンポットは適当に誤魔化した。

「モルガン……戦ってくれた。今、いない」

 ネロはぽつりと言う。そうか、昔はこの役割をあの女が。

「オレ、戦えないの、つまらない……オマエ、またやらせろ」

「分かってるって。また言いな」

 セブンポットがフッと笑って答えると、ネロもニィと笑みを返した。同時に、ネロの体にメラメラと火が着く。それが消えた時、そこにはガリガリのホームレスめいた男があった。本来の姿に戻ったネロは、体を引きずるようにしながらアジト内へと戻ってゆく。

「……しかし、モルガンもタフなこったね」

 彼の姿が見えなくなった後、セブンポットは独り言を口にした。キャロライナやカイエンがネロとやり合わない理由は、大いに理解できる。アレに毎日付き合っていたらとても身が持たない。モルガンも肉体派では無いはずだが、どうやってアレに付き合っていたのだろう。始終幻覚と戦わせたのだろうか。というより、それしか考えられない。それなら本人の消費は最低限で済む。

 モルガンがいなくなり、ネロのフラストレーションが溜まり、暴発に繋がったというわけだろうか。思ったよりこの組織に重要な存在だったのかもしれない。セブンポットが根拠も無く想像していた、その時だった。背中の側からザリと何かの動く音がしたのは。

「誰!?」

 しまった、人がいたとは。まさかキャロライナか? セブンポットが弾けるように振り返ると、

「……わたしでございます」

 物陰から現れたのは、アナハイムであった。

「……脅かさないでよ。何コソコソと。覗き見してたってわけ?」

「申し訳ありません」

「……まさか監視? キャロライナに言われて?」

「いえ」

「嘘。どこから見てたの、正直に言わないと知らないからね」

「三十分ほど前からでございます。キャロライナ様の意思とは関係ございません」

 アナハイムはこちらに向けて静かに歩いてきた……どこまで信用したものか。『修行』の件といい今回といい、少々この娘には余計な所を見られ過ぎている。

「キャロライナに言われたんじゃなきゃ何してたわけ」

「……個人的な興味です」

「何それ」

「セブンポット様。もしよろしければ、わたしにも戦い方を教えてはいただけませんでしょうか」

「……は?」

 その時である! アナハイムが己のスカートを突然ばさりとまくり上げたのは!

「!?」

 その右腿にはナイフホルスター。アナハイムはそこから黒いサバイバルナイフを取り出した。その刃は光を反射し、不自然にテラリと輝いている。何かが塗ってあるのか。アナハイムはナイフを構え、間髪入れず飛び掛かる。狙いは喉元か!

 だが。セブンポットはフッと短く息を吐きながら、最低限の動きでこれをかわす。ガラ空いた胴に蹴りを一撃入れてやると、アナハイムはアスファルトを転がってゲホゲホとむせ返り始めた。アナハイムの手から離れたナイフが地面を転がり、カラカラと音を立てる。

「……何コレ、蜂蜜か何か?」

 セブンポットはナイフを拾い上げ、臭いを嗅いだ。どこか甘ったるい香り。こんな方法で攻撃されたことがないので分からないが、ヤクサイシンの民には恐らく毒として働くのであろう。

「どういうつもり?」

「けふ……先程、申し上げました。戦い方を、教えていただきたいのです」

 蹴られた箇所がまだ痛むか、アナハイムはよろよろと立ち上がりながら言った。

「何、戦い方って」

「先程、ネロ様になさったように。わたしにも戦いをご教授頂ければ」

「教えてないし。なんでアタシがそんなめんどくさいことしなきゃいけないわけ」

「……セブンポット様は、人にものを教えるのがお好きなようにお見受けしたので」

「は?」

 ……アナハイムは冗談を言っているようには見えない。

「本気で言ってんの? どこが?」

「わたしに、スイートパラディンの実力の足りない部分について。様々な観点からご解説くださいました」

「いや、アレは酒の勢いじゃん」

「ネロ様にもご教授を」

「それは違うって言ってんじゃん、暴れたいって言うから暴れさせてやっただけ」

「スイートパラディンにも、戦い方を」

「ちょっとォ! それはホントに違うって言ってんでしょ!?」

 つい大きくなったセブンポットの声が、駐車場中に響いた。バツの悪そうな顔をしたセブンポットは、冷静さを多少取り戻して問うた。

「あのねぇ、ナメてんのアンタ? アタシのことからかって面白がってるでしょ」

「いいえ。わたしは戦い方を知りたいのです」

「大体なんでアンタそんな戦いたいわけ。戦士になりたいの?」

「いいえ。わたしにはソースの適性がございません。ソースを飲めば灼け死ぬ定めでございます」

 まあ、そうであろう。セブンポットは考えた。元々ヤクサイシンの民であるわけだし、この娘がスコヴィランの戦士になれるならとうにそうしているはずだ。

「じゃあ無駄でしょそんなことしても。分かんなかった? 基礎能力が違うんだからさ。いくら鍛えようがスイートパラディンになんか絶対勝てないよ」

「……『努力の方向性』」

 ぽつりと呟いたアナハイムの言葉に、セブンポットは眉根を寄せた。

「は?」

「セブンポット様は、かつておっしゃいました。努力で解決できる部分とそうでない部分がある。無駄でない努力を見定めるようにと」

「言ったっけ。ああ、言ったか」

 そういえば酒に酔った折、そんな話をした覚えがある。

「スイートパラディンのふたりも、解決できる部分の努力を始めております」

「へぇ?」

「放課後に屋上で変身し、息を合わせて動く連携力の強化。魔導エネルギーの効率的循環についての研究。漫画やアニメから着想を得、新技の開発等」

「……それ効果出てんの?」

「わたしには分かりかねますが。事実として、プリッキー殲滅までにかかる時間は、段々と短縮されつつあります」

 ……セブンポットはしかめ面をした。やり方こそ無茶苦茶だが、思った通りの展開ではないか。妙に実力をつけ始めている。だから早く殺せと言っているのに、キャロライナは分かっていない。

「わたしも、努力の方向性の大切さを学びました」

 セブンポットの思考を遮り、アナハイムが続けた。

「わたしには戦士の皆様のような力はございませんが……たとえば『暗殺』でなら、皆様と並べませんでしょうか」

「……暗殺?」

 セブンポットは段々と合点が行き始めた。

「なるほどね。毒塗りナイフの不意打ち一発狙いで、喉でもどこでも掻っ切って。反撃の間も与えずに殺してやったら、力比べなんか関係ないってわけ」

「左様でございます」

「アンタ仲良しだもんね、このところしょっちゅう土日一緒に出掛けてるし。そっか、アイツらがアホ面晒してる間にグサッとやったらそれで勝ちか。悪くないね」

 アナハイムは黙ったままセブンポットを見ている。ナイフを投げて遊びながら、セブンポットはウームと唸った。

「でもさ、別に今ので充分じゃない? アイツら油断ゆるゆるだしさ、個別に呼び出して後ろからザクッとみたいな。アタシが何かしなくたって殺せそうだけど」

「…………」

「……アナハイム」

 一見するといつも通りの仏頂面だが……何か様子がおかしい気がする。セブンポットは訊ねた。

「……アンタさ。?」

「セブンポット様。稽古をつけてはいただけませんか」

 アナハイムは、ただ念を押すように繰り返す。

「アンタ」

「何も問わずに稽古をつけていただけるなら。わたしもキャロライナ様に何も申しません」

「……ッ!?」

 アナハイムがほんの一瞬だけ、ただならぬ殺気を放ったように感じた。セブンポットは思わず声を詰まらせる。何もとは何だ? スイートパラディンの強化に貢献してしまったことか? ネロの傷を治したことか? それとも、まさか。あのノートか?

 そういえば、セブンポットの部屋に入れる者は、キャロライナの他に。アナハイム。家事全般を任されているこの女は、戦士達の部屋を掃除することも当然行う。あのノートの存在を知っているのか? ジョロキアやキャロライナの重大な秘密に繋がる情報を、セブンポットが知ってしまったと?

「……アンタさ。それ脅迫のつもり? 自分が何やってるか分かってる? その気になったらねぇ、アンタくらい今すぐ殺せるんだよ」

「わたしの命はどうなろうと構いませんが。わたしには、

「んんッ……!?」

 何だこいつは。セブンポットは冷や汗をかき始めた。ジョロキアとのパイプがあると言いたいのか。自分やカイエン達には無い、ジョロキアとの。それはつまり、こういうことか。と。ここで衝動的に殺したなどということになれば、どうなるか分からないと。

「……何なわけ」

「『』でございます。教えていただけますか。戦いの術を」

 セブンポットは逡巡した。無愛想で無力な召使いだと思って油断していたら、とんだ食わせ物である。考えてみれば、ナイフに甘味をつけて殺せる相手など、スコヴィランの戦士しかいない。

「誰? 誰が標的なわけ? そんなことして何する気?」

「どうぞ、何もお聞きにならないようお願い申し上げます。教えてくださるかどうかだけ、お答えいただければと」

「……ッ!」

 詰んでいる。セブンポットに他の選択肢は存在しない。

「……分かった。分かったから」

 セブンポットは観念して両手を挙げた。

「アタシはただアンタにねだられて仕方なく稽古をつけるだけ。アンタは何にも見てない。それでいいわけね?」

「ありがとうございます。深く感謝申し上げます」

 アナハイムは、あくまで忠実な召使いのように。深々と頭を下げた。

「実際教えられることとかそう無いよ? アタシ別にアサシンじゃないんだから」

「構いません。ほんの少しだけ傷をつけられれば、それで充分でございます。一撃入れるだけの稽古をつけていただければ、それで」

「簡単に言うけどね……言っとくけどアンタ、結構無謀なこと言ってるからね。戦士相手なら初撃外した時点でまず死ぬから。せめて体勢整う前じゃなきゃ傷ひとつだって無理だよ」

「承知いたしました」

 どうしてこんなことになっている。自分はただスイートパラディンを殺し、世界を滅ぼしたいだけなのに。セブンポットは深くため息をつき、ナイフを地面に転がした。アナハイムはそれを拾い、ホルスターへと収める。

「ところで、セブンポット様」

「何?」

「ご覧になられましたか」

 何を? ……などという問いはつまらないものである。やはりか。知っている、あのノートのことを。

「まあね」

「二冊ともですか」

「いや、まだ最初の一冊だけ。アレだけでも読むの結構大変でさ」

「……目だけでも通していただけますと幸いです」

「何、何が書いてあんの?」

 アナハイムは少しだけ間を置き、そして静かに言った。




「……

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