第11話「三鷹愛夢がやって来た!!」
三鷹愛夢がやって来た!![Side:B]
「……スイートパンケーキ。そしてスイートシュークリーム」
スコヴィランの一員となって、既にひと月以上経過している。セブンポットにとって、最早この会議室の風景は見慣れたものであった。ホワイトボードの前に立つキャロライナの姿も、毎回律儀に作られる資料の束も。今、この部屋に見慣れないものがあるとするならば……ネロの席が空いていること。そして、セブンポットの隣に座っている女がいること。
「カイエン、そしてセブンポットの戦いから、少しずつ彼女らの情報が分かってきたわ。簡単にまとめたから、資料を見てちょうだい……アナハイムもね」
「かしこまりました。身に余る光栄でございます」
セブンポットの隣に座る、髪をシニヨンにまとめた小柄な女……召使いのアナハイムは、光栄さを一切感じさせない表情のまま軽く一礼し、資料に目を通し始めた。背の低さが故、椅子に座ると足が若干地面から浮いている。セブンポットは若干そちらを気にしながらも、改めて資料の一枚目に視線を落とした。
「スイートパンケーキ。武器は『スイートホイッパー』。知ってるでしょうけど、我々にとって有害な魔導エネルギーを纏わせ、またそれを追尾機能持ちのビームとして解き放つことができる。ビームは戦士に重傷を負わせるに充分な威力、直撃は非常に危険。明確な弱点としては、チャージに若干時間がかかること、そして先端を魔導汚染することで封じられること。武器以外の戦闘能力は、今のところさほど洗練されていない」
ネットや新聞に掲載されたスイートパンケーキの写真が、数枚ほどコピーされている。そして当然、その相方も。
「そして新たに登場したのが、スイートシュークリーム。武器は『スイートペストリーバッグ』。形状はクリーム絞り袋。魔導エネルギーを纏ったクリーム状物質を先端から出すことができる。クッション、盾、空中での足場等に使える他、プリッキーが触れると貼り付いて取れなくなってしまう特性を持っている。我々が触れた際にどうなるかは未検証。クリームは短時間で消滅する」
キャロライナは資料の内容を淡々と読み上げた。
「いずれも魔導エネルギーにより身体能力は向上しているものの、戦闘技能はあまり洗練されていない。ただし、それを補って余りあるほどに武器が強力であり……カイエン、セブンポットのプリッキーが、武器を装備したふたりの前に敗れている」
カイエンは、そしてセブンポットは苦い顔をした。
「負けてもいいのよ、当然。消されるまでの間に、人間達を沢山不幸にできてるならね……ただ、あんまりアッサリ負けちゃうと困るのよ。分かるかしら?」
「……分かっちょる」
「プリッキーが出ても『ああ、またかぁ』とか思われちゃうとまずいのよね。プリッキーにはこれからも恐怖と不幸の象徴であってもらわなきゃいけないわ。軽い地震や台風くらいに思われちゃ困るの。よろしくて?」
セブンポットは神妙に頷くより他になかった。事実、先日の襲撃はお世辞にも上手く行ったとは言えない。東堂町民会館にいた中年女から出現させたプリッキーは、驚くべき速度で現れたスイートパラディンによって退治された。それも、いきなり両足をクリームで固定され動けなくなったところに『スイート・ムーンライトパフェ・デラックス』を叩き込まれるという、タイムアタックめいた無様さであった。あれでは出すだけ魔導エネルギーの無駄である。
「……アナタ達が直接戦闘できれば、また違うんでしょうけどね。ジョロキア様のご体調が戻るまでは、プリッキーで頑張ってもらわないといけないのよ」
キャロライナは困ったような笑顔で……少なくともそう見える表情で言った。
「彼女達の成長が厄介なのは分かるけど。今まで以上の成果を上げるには、もうちょっと工夫が欲しいところね。単純に突っ込ませるだけじゃなくて、各自頭を使って励んでちょうだい」
工夫。随分簡単に言ってくれる。闇の種を植えるだけの作業に、一体全体どのような工夫の余地があるというのだろうか。セブンポットは心の中で呟いた。闇の深そうな者を選ぶようにはしているが、変化させた時の能力は基本的にランダム。巨大なだけの怪物が出ることもあれば、その時の持ち物等が武器に変わる場合もある。ほとんど運としか言いようのないこの作業を工夫しろと言われても、限度があるというものである。
「大変かもしれないけど、大丈夫よね? だって、全てはジョロキア様の為だもの」
優しく諭すように、しかし目だけはしっかりと二人を見据えたまま、キャロライナが問うた。
「……まあ、やってみせる」
「……何とかすったい」
ジョロキアの為、か。対面に座る浮かない顔のカイエンにちらりと視線を遣りながら、彼女は思い出していた。つい先日、自分をこっそりと呼び出したカイエンが語って聞かせたことを。
「……お前は、なんでスコヴィランにおるとか」
あの日。カイエンが漫画家志望のインターネットお絵かき女をプリッキーに変え、セブンポットがスイートクッキーの母親に会った日。アジトの外に呼び出されたセブンポットは、呼び出した張本人……カイエンにそう問われた。
「散々引っ張るから何の話かと思ったら……結構今更な話題じゃないそれ?」
「いや、重要な話たい。俺はそれば知らんと気が済まん」
草がぼうぼうになった屋根付きの駐車場。カイエンの真剣な顔を、セブンポットはアジトの壁に寄りかかりつつ怪訝そうに見ていた。
「……まあいいけどさ。折角アンタら倒したのに、世の中クソだし助けた価値無かったなーって思ったから。そしたらキャロライナが来て、勧誘されて」
「そこたい」
カイエンはセブンポットの台詞を中断させた。
「勧誘された。そこが気になっちょる。何ち言って勧誘されたとか」
「……何て? えー……何だっけ」
セブンポットは、あの日のことを思い出した。あの畜生に散々おちょくられて、もう死ぬかという時、突然キャロライナが現れた。そして……。
「……友達になろう、って言われたっけ」
「友達?」
「そう、スイートパラディンになれないなら、スコヴィランに入ればいいみたいな。スコヴィランに入れば変身できるし、こんなクソみたいなファクトリーも、ショトー・トードも滅ぼせるから、まあ、一緒にやらないか的な。アタシもやりたいって言ったら、あのソースを貰って……なんか恥ずかしくなってきた」
プロポーズの際に何と言ったか問われたようなむず痒い気持ちが、セブンポットの体を駆け巡った。カイエンは腕を組み、下を向いてじっと黙り込んでいる。
「カイエン、聞いたからにはなんか意味あるんでしょ? さっさと教えてくれる?」
「……お前は、キャロライナのお気に入りやけん」
照れ隠すように問うセブンポットに、カイエンはその赤い瞳を向けた。
「キャロライナの肩ば持つかもしれんばってん、敢えて言わせてもらうたい……おかしいっち思わんかったね?」
「何が」
「俺達が、なんでファクトリーば滅ぼそうとしとるかっちゅうこったい」
「そりゃ、二十三年前だってそうだったじゃん。今更……ん?」
セブンポットは、そこで僅かな引っ掛かりを覚えた。それに答えるようにして、カイエンは続ける。
「二十三年前、そもそも俺達は『ファクトリーば滅ぼす』げな考えちょらんかった」
カイエンはセブンポットの隣で、彼女と同じように壁に寄りかかった。セブンポットは思わず一歩距離を取った。
「前に話したろうが。ジョロキア様は、ヤクサイシンの民が腹一杯辛か菓子が食えるごつ戦争を始めた。っちゅうことは、むしろファクトリーは滅びたら困るっちゅうこったい。食いモンが無くなるっちゃけん」
「そうなるか、確かにね」
「この世界がファクトリーっち呼ばれちょる理由ば考えてみんね」
カイエンは改めてその顔をセブンポットへ向けた。
「この世界の人間が滅びんで生き続ける限り、そこに幸福と不幸が生まるぅたい」
「……放っておいてもお菓子を自動でどんどん作ってくれるから」
「『
カイエンは壁から離れると、セブンポットの前をウロウロと歩き始めた。セブンポットはフッと鼻で笑うように息を吐く。
「薄々感じちゃいたけどさ……ホントにこの世界の人間を道具扱いしてるわけね。それか家畜か。ショトー・トードの奴も、ヤクサイシンの奴も」
「そこは誤魔化してもしょん無かたい。俺も昔はそげん思って戦いよったけんな」
「今は違うわけ?」
「そげんこつはどうでん良か」
セブンポットの問いを握りつぶし、カイエンは続けた。
「とにかく重要とは、俺達は『人間を不幸に生き延びさせる』為に活動しよったっちゅうこったい。滅ぼす為や無か」
「……つまり?」
「分かろうもん。なんで今のスコヴィランは、『ファクトリーを滅ぼす』ことを目標に活動しよるかっちゅうこったい」
何秒もの時間が、両者共に無言のまま過ぎていった。
「……俺はジョロキア様に忠誠ば誓っちょる」
やがて、先に口を開いたのはカイエンだった。
「ジョロキア様は、ヤクサイシンの民ば思って行動する素晴らしい方やった。尊敬しちょるし、ジョロキア様の考えることやったら間違いなかっち思っちょる。やけん、ジョロキア様がスコヴィランに戻れっちゅうなら戻るし、人間ば殺せっちゅうなら殺す。スイートファウンテンを壊せっちゅうなら壊すし、ファクトリーを滅ぼせっちゅうなら滅ぼすたい」
カイエンはフゥーッと深く息を吐いた。
「……ばってん……俺は、ジョロキア様の見よるモンがよぉ見えんとたい」
カイエンは、かなり慎重に言葉を選んでいるようだった。セブンポットは、それをただじっと聞いていた。
「……ショトー・トードに、ファクトリーに復讐ばする。滅ぼす。それがジョロキア様のご意志やっち、キャロライナは言っとった。ジョロキア様がそげん言うなら、俺もそれに従うばってん……その、ジョロキア様と同じモンば見たかとたい。ヤクサイシンも滅んで、ショトー・トードもファクトリーも滅ぼしてから。その先に……どげん景色ば見よるとか」
カイエンの足元には、名も知れぬ雑草が生えていた。
「……俺はただの戦士やけん、ジョロキア様のお考えが理解できんとも当然たい。だけん、少しでも理解したか、納得したかっち思っちょる……ばってん、キャロライナはジョロキア様に会わせてくれんし、黙って従うごつしか言ってこん」
カイエンはもう一度顔をきちんと上げ、セブンポットを見た。
「……お前はどげん思うか、セブンポット。ヤクサイシンも、ショトー・トードも、ファクトリーも。全部無くなったら。その先に何があるとやろうか」
「……フッ」
セブンポットの返事は、息が漏れたような笑いだった。
「……何がおかしかとか」
「ふふっ、いやホントにさ、アンタ真面目なんだろうけど」
「そら真面目くさ」
カイエンが少々困惑したように返事をすると、半笑いの表情のまま、セブンポットは言った。
「そもそもさ、復讐に意味とかあるわけないじゃん」
……カイエンは、よく分からないといった表情のまま固まっていた。
「ジョロキア様の考えとか別にアタシも知らないけどさ。そういうモンじゃない復讐って? 損得とか関係無しに。やられっ放しじゃムカつくからやり返す。奪われたからそいつからも奪う。自分だけ死ぬのは納得いかないから、相手も殺す」
「……そういうモンね」
「そうだと思うけどね。考えるだけ無駄じゃないそういうの?」
……カイエンは数秒沈黙し、やがて踵を返してアジトの出入り口へと歩き始めた。
「何アンタ訊くだけ訊いといて」
「いや。すまん、時間ば取らせてから」
「何それ」
「キャロライナに余計なことは言わんで良かけんな。俺はこれからもジョロキア様の忠実なしもべやけんが」
カイエンはそう言って、建物の中へと消えていった。セブンポットは何が何やら分からぬような表情のまま、その背中を見送った。
「――さて。それはそうと、前進した部分もあるわ」
キャロライナが再び説明を始めたので、セブンポットは我に返り資料を見直した。
「セブンポットが先日、スイートクッキーこと大迫仁菜の家へ直接赴き、聞き込みをしてくれました。その結果、スイートパンケーキの正体に限りなく近いと思われる、ある少女に行き当たりました……そうよね? セブンポット」
「あ、うん。そう」
自分に振られるとは思っていなかったセブンポットは、少々おかしなテンションで反応してしまった。
「……えっと、アタシが話した方がいいの?」
「あら、そのつもりは無かったけど、折角だからお願いしようかしら」
しまった、余計なことを言ったか。セブンポットは内心苦々しく思いながらも、役目を引き受けた。
「……えー。大迫仁菜の母親に話を聞いたんだけど、友達がすごい少ないってことが分かったのね。でもそこはこの前言った通りで、スイートパラディン一緒にやるのに他人ってことは基本有り得ないわけ。だからその数少ない友達について訊いてみたんだけど、そしたら、同じ園芸部に『佐藤甘寧』ってのがいることが分かったわけ」
「佐藤。こっちじゃありふれた名前たいね」
「そーそ。どこにでもあるようなクソみたいな名字」
毒づきつつも、セブンポットは己の知る情報を改めて語る。
「って言っても、大した情報は無いんだけどさ。同じマリ学の中学二年生、同じクラス、同じ園芸部。小学校から一緒って言ってたから、小学校もマリ学だと思う。あとはまあ……困ってる人は放っておけないとか、優しいとか、変わった娘とか。そういう風に言ってた。以上かな」
「……まあ、スイートパンケーキの性格とはそげん違わんたいね」
カイエンの指摘通り、佐藤甘寧とスイートパンケーキの人物像は、似ていると言えば似ている。甘っちょろい正義感を振りかざす変なガキ。それが決定的な証拠になるかというと、若干弱いが。
「それで、佐藤甘寧に関する調査をしたいところなんだけど」
話者がキャロライナに戻ったので、セブンポットはフゥと安堵のため息をついた。
「その子は別にマスコミで取り上げられてるわけじゃないし、ネットで噂とかでもないから。ちょっと捜査が難航してたのよね。東堂町内、東堂駅周辺だけでも佐藤なんか何人もいるし……そこで、この子の出番ってわけ」
キャロライナが肩をぽんぽんと叩いてみせたのは……セブンポットの隣に座る娘。アナハイム。キャロライナが肩を叩こうがぴくりとも反応せず、仏頂面で正面を向いている。
「……え、何?」
「どげん意味ね」
「気になってたでしょう? 今日はどうしてこの子がいるのか……ねぇ、この子、中学生くらいに見えない?」
「……あっ、あぁー……」
セブンポットとカイエンは、ほぼ同時にキャロライナの意図を理解した。
「潜入捜査っちゅうことね」
「そうよ、カイエン。聖マリベル学院にスパイを送り込んで、佐藤甘寧について調べさせる。彼女が本当にスイートパラディンなのか。いいえ、それだけじゃないわ。『スイートパラディン同士は友人』っていうセブンポットの説が正しいなら、スイートシュークリームについても分かるはずよ」
「……なるほどね」
セブンポットは半分納得しかけた、が、数秒のうちに疑問が大量に生まれた。
「あの。マリ学って私立だけど」
「もう転入試験は受けさせたの。来週から通えるんですって」
「え、合格ってこと? ……べ、勉強できるんだアナハイム」
「中学生程度の内容であれば。こちらに来てからひと通り修めました」
特に誇るでもなく、アナハイムはただ事実だけを述べるように言った。それが逆に嫌味っぽくも聞こえるが。
「……あの、戸籍とかは? 日本人じゃないし、そういうの無いんだよね?」
「セブンポット、そういうのってね。お金を積んだらある程度用意できるものなの。便利よねぇ」
キャロライナは事も無げにそう言って、微笑んでみせた。この女は、どういう人脈を持っているのだろう。セブンポットは改めて恐ろしく思った。スコヴィランに手を貸す……というより、金さえ払えば偽装を請け負う人間が、そんなに簡単に見つかるものなのだろうか。思っていた以上にクレイジーな社会である。
「ホントはワタシ達が直接スパイに入るのがいいんだけどね。教師とか。でも職業人として怪しまれないように振る舞うって難しいじゃない? 教師ってブラックだから拘束時間長いし、仕事は多いし、必要知識も馬鹿にならない」
キャロライナはそう言って、アナハイムの頭を何度も撫でた。
「その点生徒は気楽でしょ? 授業受けるだけだもの。ね、『
「……はい」
キャロライナがその顔を覗き込むと、アナハイムは短く返事をした。その三鷹愛夢というのが、アナハイムの世を忍ぶ仮の名というわけだろう。
「愛夢ちゃんはいつもスコヴィランの為に頑張ってくれてるから。ワタシから学園生活のプレゼントよ」
「身に余る光栄です」
「ジョロキア様の身の回りのお世話は、ワタシがちゃあんとやっておきますからね。アナタは心配せずにスクールライフを楽しんでらっしゃい」
「有り難き幸せに存じます」
「当然だけど、仕事は忘れちゃダメよ。スイートパラディンの正体については、しっかり探って来てね」
「承知しております」
「嬉しいでしょう? アナタの働きで、栄光あるスコヴィランの戦士が作戦を有利に進められるのよ」
「大変な名誉でございます」
「よしよし、良い子ねぇ」
人形のように撫で回されながら、キャロライナのあらゆる問いにアナハイムは眉ひとつ動かさず答えた。キャロライナの細い指の間を、アナハイムの艶やかな髪の毛がさらさらと通り抜ける。
「分かったかしら? 二人にはこれからも、プリッキーを使って戦ってもらいます。その間、アナハイムがスイートパラディンについて調べるの。佐藤甘寧がスイートパンケーキなのか。スイートシュークリームは誰なのか。家はどこか。家族構成はどうなっているか。好きなもの、嫌いなもの、得意なこと、苦手なこと、その他ふたりのことなら何でも」
キャロライナは再びホワイトボードの前へ戻ると、作戦を改めて確認した。
「そうして集められたデータは、我々の作戦に大いに役立つはずよ。そして住所を手に入れれば、あとはこっちのものね。ある程度泳がせてから、邪魔になるなと思ったら、夜にでも訪ねて寝てるところをサックリ殺してあげればいい」
「……皆様のお力になれるよう、精一杯努力いたします」
椅子に座ったまま、アナハイムは深々と一礼した。
「それじゃあみんな、改めて力を合わせて頑張りましょうね? 全てはジョロキア様の為に」
キャロライナがニコリとそう宣言した時、アナハイムは……ほんの少しだけ、眉をぴくりと動かしたように見えた。
「……失礼します。お菓子とお酒をお持ちしました」
アナハイムがセブンポットの部屋を訪ねてきたのは、その日の晩であった。とは言っても、別に彼女から自主的に訪ねてきたわけではない。セブンポットがアナハイムにお使いを頼んだと、ただそれだけの話である。アナハイムが持ってきた銀色の盆の上から、セブンポットは酒の缶と激辛スナック菓子、そして丁寧にも用意されたおしぼりを受け取った。
「ん、ありがと」
「いえ、仕事ですので」
……やはり可愛くない返答。いつものことではあるが。セブンポットはスナック菓子の袋をバリバリと開け、中身をひとつつまんで口に運ぶ。唐辛子の目が覚めるような辛みを、味の無い九パーセント缶チューハイで流し込んだ。
「……フゥ……何?」
ひと息ついたところで、セブンポットは気が付いた。盆を脇に抱えたアナハイムが、セブンポットの酒盛りをじっと観察していることに。
「……あげよっか?」
「……いえ」
「ああそう」
セブンポットは更にひと口酒を飲むと、スナック菓子をもう二つほどつまむ。その間もアナハイムは動かずに、セブンポットの顔をじっと見つめている。
「……あの、ホントにいらない?」
「結構です」
「ああそう……」
セブンポットは更にひと口酒を飲むと、スナック菓子をもう二つほどつまむ。その間もアナハイムは動かずに、セブンポットの顔をじっと見つめている。
「……ごめん、アタシひょっとして何か忘れてるっけ? 酒代に使っていい予算使い切ったとか? キャロライナに提出してないなんかがあるとか?」
「ございません」
「そ、そっか……」
セブンポットは更にひと口酒を飲むと、スナック菓子をもう二つほどつまむ。その間もアナハイムは動かずに、セブンポットの顔をじっと見つめている。
「……あのさぁ!? 何!? 滅茶苦茶気になるんだけど!?」
とうとう堪えきれなくなったセブンポットが、アナハイムに勢いよく訊ねた。アナハイムは一瞬だけ視線を逸らし、また戻すと、言った。
「……よろしいでしょうか」
「何が」
「キャロライナ様は、わたしにおっしゃいました。佐藤甘寧と友人になり、スイートパラディンであるか否かに関わらず、可能な限り情報を引き出すようにと」
「まあ、そうなるよね。それが?」
「……セブンポット様は、学校に行かれた経験がおありですか」
……随分と当たり前のことを訊いてくるものだ。セブンポットは訝しんだ。
「馬鹿にしてんの? 行ってるに決まってんでしょ義務教育なんだから」
「失礼しました」
アナハイムは深く一礼し、そして続けた。
「では、セブンポット様。お訊ねしてもよろしいでしょうか」
「いいけど」
アナハイムの様子が、やや尋問めいている。セブンポットは若干の緊張を覚えながら、アナハイムの言葉を待った。不可解な沈黙が数秒続くと、やがてアナハイムが口を開く。
「セブンポット様。中学校における、友人の作り方を教えてはいただけませんか」
……予想もしていない方向からの問いであった。
「……そう来たか」
「はい。佐藤甘寧と友人になる方法をご教授願えればと」
セブンポットは苦々しい顔で頭を掻いた。
「なるほどね。アンタ友達とかいなかったの」
「上司や同僚はおりましたが。友人となると……よく分かりません」
「……まあ、いなさそうだもんね」
随分と困ったことを訊いてくれるものだ、この小娘は。というのも、セブンポットとてここ十年以上友人などいなかったのだから。
「ちょっと待って。考えるから」
セブンポットが友人付き合いについて思い出そうとすると、かなり時間を遡らねばならない。
……大学の頃は、一応一緒に過ごす人間は何人かいた。彼氏がいた時期も何度かある。東堂町出身であることを隠しておけば、人が集まれば何となく話したりはするものだろう。女だからというだけで近付いてくる男も何人かいたし、まあいいかなと思った相手とはセックスしたり、付き合ったりした。それに何かきっかけがあったかと言われると、非常に難しい。そもそもあれは友達と呼ぶことに、セブンポットは大いなる違和感を持っていた。
高校時代のことは、できれば思い出したくない。あの頃程友達という言葉に縁が無かった時代は存在しない。何せ、学校に通わなかった日の方が多いのだから。
中学生の頃……を思い出そうとすると、非常に不愉快な気持ちになる。
(ナナ)
元々いた友人は中学生でクラスが別れ、より仲の良い相手を見つけていた。自分は部活にも所属せず、やりたいこともなく、ぼんやりと日々を過ごしていた中……スイートパラディンになった。
(不思議だよね。接点もなくて。趣味も好みもバラバラで。なのに)
戦った。戦った。戦った。それだけを考えて日々を過ごした。やりたいことがようやく見つかったと、大いに張り切った。プリッキーが現場に出ればすぐさま急行し、コテンパンに倒した。
(一年生の頃は思ってもみなかった。ナナとこんなに仲良くなるなんて)
親友が、いた。いたと思った。それまで知り合いでも何でもなく、単なるクラスメイトだったのに。気付けば隣にいて、何をするにも一緒で、共に笑い、泣き、楽しみ、怒り、そして戦った。
(ナナ、私達、ずっと――)
「あ゛あっ」
明滅する記憶を忌々し気に振り払い、セブンポットは酒を一気に流し込み、スナック菓子をひとつかみ一気に頬張った。ボリボリと大きな音を立て、カロリーとアルコールで己を落ち着かせ……息を吐く。
「……友達の話だっけ」
「左様でございます」
「ごめん、アタシも分かんない。どうやったらできるんだろ友達。キャロライナに訊いたら? 詳しそうだし」
セブンポットは一旦台詞を切り、ウーンと唸りながら頭を掻く。
「あー、でも親しみやすさとかは重要じゃない? 少なくとも話し方は変えた方がいいかも、カタいし。カタいと言えばそうか、表情筋もか。そっちも鍛えるとか……あとはまあ、トークスキルとか……アタシも無いけど。そんなとこ?」
アルコールでやや饒舌になったセブンポットが言い終わると、アナハイムは少しだけ目をぱちぱちさせ、
「……かしこまりました、善処いたします」
深く礼をした。
「……まあ、いいんじゃない勉強熱心で」
「いえ。無知な身であります故、当然のことでございます」
「はぁ……まあ、アタシも勉強しなきゃ」
セブンポットはおしぼりで手を拭き、残った僅かな酒をぱたぱたと飲み、そしてスナック菓子をつまんだ。
「勉強」
「そうそう。今日キャロライナが言ってたじゃん。なんかもっとさ、プリッキーを上手く使えるように。あのクソガキ共にいつまでも遅れ取ってたら流石に怒られちゃうからさ」
「……ご存知でしたら申し訳ございません。資料室はご利用されておいでですか」
……そこで不意に出てきた聞き慣れぬ単語に、セブンポットは疑問符を浮かべた。
「資料室? そんなのあるの?」
「キャロライナ様のお部屋の隣です。ファクトリーの貴重な書物や、ヤクサイシンの魔導書がございます。キャロライナ様の許可さえ取れば、閲覧可能かと存じます」
「……へぇ。ありがと。今度キャロライナに訊いてみるわ」
「お役に立てれば幸いです。相談に乗っていただき、ありがとうございました」
アナハイムは深く礼をし、そしてようやく部屋から出て行った。
……セブンポットは、残りのスナック菓子をつまみ始めた。カロリーと辛み、回ってきた酔いが、思い出してしまったどうでもよいことを押し流していく。
「しかし、なんでアイツらそう何でもアタシに言うかね」
セブンポットは、誰にともなく呟く。カイエンどころかアナハイムにまで相談を受けるとは思ってもみなかった。一番の新入りなのに……しかし考えてみれば納得もできる。ネロは馬鹿なので話しても仕方がないし、モルガンはいない。キャロライナは直属の上司である故に話しにくいであろうし、ジョロキアなどとんでもない。そうなるともう、自分しかいないということか。体の良い話し相手と思われているなら気に入らないが、頼られていると捉えたら……さほど悪い気はしないかもしれない。
「資料室ね」
あの情報は、アナハイムなりの礼のつもりであろうか。ベッドに寝そべりながら、セブンポットは考えた。では、素直に受け取るとしよう。アナハイムが学校に通って勉強を始めるならば、自分も資料室に通って勉強を始めるというわけだ。実に十数年振りに。この組織で生き残り、復讐を完遂する為に。
……しかし、あのアナハイムがお嬢様学校とは。考えてみるとなかなかに面白い。偽りの学園生活とはいえ、あの不器用そうなアナハイムがどのように日々を過ごすのか、興味はある。
まどろみの中へと沈みながら、制服を着たアナハイムを想像し、セブンポットはフッと笑った。彼女がカバンを持って、学校へ通い、友人と談笑する様子を。かつての自分にも一瞬だけ存在した、反吐の出るほど輝く日々を重ねながら。
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