3人目の聖騎士はやる気マンマンです![Side:H]

 その日の放課後、彼女が屋上に立ち寄った理由を問うならば、それは「気まぐれ」としか言いようがない。

 聖マリベル学院の屋上は、校則の上では共有スペースということになっている。生徒であれば誰もが入ることができるし、そこで弁当を食べる等の行為も自由である。が、実際にそれを行う者はあまりいない。その理由を問う行為は、「グラウンドは共有スペースだ」と言って校庭で食事をする者がいないわけを訊ねるのと少し似ているかもしれない。

 とにかく、彼女は静かに風を浴びたかった。誰にも邪魔されずにそれをしたければ、ここが最適だろう。たまたまそう思いついて、屋上へやって来た。本当にそれだけであった。

 転落防止の柵に寄りかかりながら、ぼんやりと空を眺める。天然パーマでセミロングの髪が、風に吹かれてさわさわと揺れた。五月の風は暖かく、空は高い。自分の悩み事など大したことの無いように感じさせてくれる、と、感性豊かな詩人ならそう言うかもしれない。少なくとも彼女は、空から映画のように息もつかせぬドラマチックな展開は感じ取れないし、風から魅力的なキャラクター性を読み取ることはできない。端的に言えば、屋上は思ったより退屈だった。

 気分が『大凶』から『凶』くらいにはなることを期待していたが、無駄だったようだ。帰ってアニメの続きでも見るか。『冥府鬼兵隊めいふきへいたいヴァルキュリアン』の最新話をまだ見ていない。屋上に立ってたった五分後、大きな欠伸をしながら彼女は考えた。こんなことをしていても何にもならないし、ぴっちりしたパイロットスーツに身を包んだ巨乳の美少女達がロボットに乗って胸を揺らしながら戦っている様子を見ている方が何倍も面白い。それに……姉の様子も心配だ。

 彼女はくるりと回れ右し、屋上の出入口へ向けて歩き出した。小さな屋上菜園の隣を通りながら。盛られた土に植えられた何かの苗は、既に小さな花を咲かせている。花を楽しむ植物だろうか、それともこれから何かの実がなるのだろうか。大して興味は無いが。彼女は菜園を素通りし、ドアノブを掴むと、一気に引き開け……。

「ぎゃっ!?」

「うわっ」

 ……丁度ドアを開けようとしていた、その少女に出会った。

「あ、ああ、ごめんなさい。人がいるとは思わなくて、びっくりしちゃって」

「ああいや、こちらこそ、ごめんねびっくりさせて」

「いえいえ、あの、急に大きな声出しちゃったから」

「いやいやまあ、私ももっとそっと開ければよかったから」

 丁寧に謝る髪の長いジャージの娘に、彼女もわたわたと手を振りながら謝り返す。「いやいや」のやり取りを何度か繰り返した末、落ち着いたふたりは改めてお互いの顔を見合わせ……そして気付いた。

「あっ、の!」

「あ、え? ああ、あー」

 少しだけ時間がかかったが、思い出した。目の前にいるこの娘は、先日電車で話した……というより、一方的に話しかけてきた相手。確か、電車に遅れそうになったとか何とか、異様にゼエゼエ言いながら。詳しくは知らないが、確か同じ学年の。

「えーっと、佐藤さん? だっけ?」

「はい、佐藤甘寧ですっ!」

 名前と顔以外よく知らない同学年の娘は、彼女に向けてぴしりと敬礼をしてみせた。

「よくご存知ですね!」

「いやまあ……っていうか、そんな改まらなくてもいいけど。一応同い年だし」

「あ、え、そうだったんだ、知らなかった、ごめんなさい」

「えぇ、いやいや。まあ私中学組だしね……」

 彼女の言う『中学組』とは何か説明するには、聖マリベル学院のシステムを少々解説する必要があろう。

 小学生の頃から聖マリベルに通っていた『小学組』と、中学から入ってきた『中学組』は、中学一年生の間別クラスで勉強をすることになっている。小学組は小学生の頃から中学の学習内容を若干勉強しているのがその理由である。中学組は一年生の間に駆け足で授業を受け、小学組の学習内容に追いつく。そして足並みの揃った二年次から、小学組中学組ごちゃ混ぜのクラス編成になるというわけである。

 一学年にある四つあるクラスのうち、A組とB組は小学組、C組とD組は中学組。二年生になればあまり関係無くなるものの、一年生の間にクラスの垣根を超えて交流するかどうかは、生徒によってかなり差がある。部活をやる者なら当然交流も広がるが、そうでないなら話は逆。二年生になるまで顔すら知らない相手がいる、という者も少なからずいる。クラスも違い、部活にも所属していない自分を、甘寧が知らないのは無理もないことであった。

「っていうか佐藤さん、ひょっとして園芸部なの?」

 少々意外だという調子で、娘は甘寧に訊ねた。この屋上で会うということは、基本的にそれしか考えられない。園芸部の菜園があるため、「園芸部の場所」というイメージがあり、なんとなく近付きづらいのだ……特に今は。

「はい、そうですけど……えっと」

 ここで彼女は、自分が甘寧に名乗っていないことを思い出した。名札も着けていないため、何と呼べばいいのか分からないのだろう。

「有子」

「えっ」

「私の名前。有る無しの『有』に子供の『子』で『有子』ね」

「ああ、なるほど」

 名字を自分から名乗るのは、毎度気が引ける。他者に自己紹介する時、有子はできるだけ名前のみ名乗るようにしていた。

「それで、有子さんはなんでここに?」

「え。うーんと、それはなんて言うか」

「ここには園芸部の人以外なんて滅多に……ハッ!」

 甘寧の顔が、突然ぱっと輝いた。

「ひょっとして! 入部希望ですか!」

「え?」

「やったあ! 困ってたんです、部員は他にもいるんですけど私以外ほぼ幽霊部員っていうか! 部活の存続の為に名前だけ貸してもらってる状態っていうか!」

「あ、あの?」

「とにかくひとりでいっぱいお世話しなきゃいけなくて! これからどうしようかなって思ってたところで! 丁度これからトマトに支柱立てようと思ってたんです!」

「あ、えぇ……?」

 有子の周りをぐるぐる回りながら、甘寧は狂喜乱舞した。

「その、え? 佐藤さん? その、ちが、私植物とか分かんないから」

「大丈夫ですよ! やり方は昨日調べました! 図書室にある本で! ほら持って来てますよ!」

 自信満々に甘寧が有子の眼前に突き出してきたのは、初心者向けの園芸マニュアル本。しおりらしきものが挟んであるページを、甘寧はぺらりと開いてみせた。

「ほら、ね! 支柱の立て方載ってます! この通りやったら大丈夫ですよ!」

 参った。佐藤甘寧、ちょっと変わった子だとは聞いていたし、この前の電車の件で知ってもいたが、まさかここまでの暴走女だとは。このままだと際限なく面倒に巻き込まれてしまう。

「あの、ごめん、私さ、そういうつもりで――」

「私も分からないことだらけですけど! 何とかなりますよ、頑張りましょうっ!」

 きちんと断ろうとした有子の目の前で、甘寧はぐわしっとガッツボーズをし……ただ、笑って見せた。

「……うーん」

 その笑顔を見て言葉を切った有子は、困ったように頭を掻く。

「じゃあ、とりあえずお手伝いだけね……」

 ……そして次の瞬間には、思わずその言葉が口からこぼれていた。

「やったぁー!」

 甘寧はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。冗談かと思う程に。

 ……やっぱり『大凶』だ。何故この時OKしてしまったのか、後から思い返しても有子は上手く説明できなかった。土仕事など好きではなく、また興味も無い。早く帰って『冥府鬼兵隊ヴァルキュリアン』の見逃し配信を見ると心に決めていたはずだったのに。ただ、彼女の笑顔を見た時、この子を放っては帰れないような……そんな気がした。そうとしか説明のしようがなかった。

「それじゃあ、早速始めましょう!」

 甘寧が駆け寄ったのは、屋上の隅にある百人乗っても平気そうな物置。

「この中に道具とか、色々あるので!」

「あー、私今日ジャージ持ってきてないんだけど。大丈夫かな」

「大丈夫です、今日は汚れそうなことは私がしますから!」

 ハイテンションな甘寧に続いて、有子は物置の側へ歩いてゆく。

「えーっと、ここの説明もしますね! これをこうやって開け……!」

 有子の目の前で、甘寧が勢いよく扉を開けた……その時!

「あっあっあっあっあっあっあっ」

「ウゥッ、マリー! そ、そろそ……ろ……?」

 目が合った。ふたりは目撃した。倉庫の床で四つん這いになるピンク色の小動物と、その背後に立ち、ピンクの腰を掴んで懸命に腰を振る青の小動物を。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 それぞれが別の理由で、チョイスの腰を除いてその姿勢のまま凍り付いていた。そして三秒ほど間を置いて、

「「「「わぁーっ!?」」」」

 混乱が始まった!

「ちょちょちょ、チョイス! マリー! バレちゃった!?」

「こ、これは違うッチ! チョイスは悪くないッチ!」

「あっ! チョイス! 腰ッ動かしながら喋るのはァッ、やめるリー!」

「何!? 何この生物!? 喋ってるの!? っていうか何ヤってんの!?」

「これは違うんです! ちょっとチョイス! マリー! 隠れて!」

「そ、そんなこと言ったって走り出した衝動はもう止まらないッチ!?」

「みっ、見られてるリー!?」

「何!? 何なの!? どういうこと!?」

「ガラガラピシャーン!」

 開いた時以上の勢いで戸を閉め、物置の前に立ち塞がる甘寧!

「はい! 何でもないです!」

「遅い遅い遅い今閉じても遅い、絶対今何かいた交尾してた、何なのアレ」

「あっ、あーっ出るッチ」

「マリーもっ、マリーもぉ」

「なんで盛り上がってんのそして」

「もう、やめてってばふたりとも!」

 ガンガンと戸を叩き、甘寧が訴える!

「バレちゃうでしょ!」

「バレてるから、めっちゃバレてるから。そしてそれ以前の問題あるから」

「あッいッ、あぁーッ!」

「うッ! ……ふぅ。あ。甘寧、終わったッチよー」

「最後までヤるな馬鹿」

 軽くパニックを起こしている甘寧に代わり、いつの間にか有子がツッコんでいた。

「ちょ、あの。説明して佐藤さん。何今の? ひょっとして園芸部って変な生物繁殖させてるの?」

「いや、これはその。おもちゃです」

「いやもう前提としてそういう誤魔化す段階は過ぎてるから」

「あーっ! 開けちゃダメですーッ!」

「いやここ開けないと支柱も立てれないじゃん」

 ……妙に諦めの悪い甘寧を観念させるため、有子はこのようなやり取りをあと数回繰り返さねばならなかった。やはりどう考えても『大凶』。有子は改めて思った。




「……じゃあ、つまり。この子達、チョイスとマリー? は、そのショトー・トードってトコから来た妖精さんで? スコヴィランと戦うために女の子を勧誘してスイートパラディンにしてたって理解でいい?」

 支柱に括り付けられたトマトの苗達を眺めながら、フェンスに寄りかかった有子は甘寧に問うた。

「……はい……」

 同じくフェンスの際に立つ甘寧は、しょんぼりと答えた。その頭の上には、チョイスとマリーが乗っている。

「元気出すッチ。バレたモンはしょうがないッチ」

「過去は振り返らず前向きに行くリー」

「アンタ達のせいでしょ」

 若干呆れた様子で有子は言った。

「でも、やっぱりホントだったんだ、園芸部にスイートパラディンがいたって」

「……はい」

「なんていうか……大変だったね」

「いえ」

 大迫仁菜の件は、学校中で噂になっている。甘寧もきっと同じ園芸部として、クラスで心無い質問を受けたりしたことだろう。友達を失って辛いのは彼女だろうに。甘寧は笑顔で返事をしたが、何も感じていないということはあるまい。

「仲良かったんでしょ」

「はい。友達でした」

「……いや、こういうこと訊くの自体アレか。ごめんデリカシー無しで」

「いえ、大丈夫です」

 甘寧は微笑んだまま首を振った。

「でも、ホントに困ってたんです。仁菜ちゃん、園芸部のこと何でもしてくれてたから。卒業しちゃった前の部長が、先輩方飛ばして仁菜ちゃんに部長任せるくらいだったんですよ」

「へぇ……他の人ホントに幽霊部員なんだね」

「そうなんです。だから私達だけで何とかしなきゃいけなくて。でも私全然分かんないから、いつも仁菜ちゃんに頼ってて。なのに」

「あ、いいよ無理にそういうの話さなくて……」

「いえ、でも悲しんでばっかりもいられませんから。私が何とかしなきゃ、この子達もちゃんと育たないし」

 菜園の苗達を見ながら、甘寧は言った。花が外向きになるよう、つぼみの位置を考えながら支柱を立てる。∞の字になるような形で優しく紐を巻き付ける……適当に水をやれば大きくなるというわけでは決してない。本で確認せねば分からなかったようなことは、あまりに多かった。

「仁菜ちゃんに任されたと思って、頑張って立派に育てないと」

 甘寧が有子に向けた笑顔は、とても輝いていた……不自然なほどに。

「偉いッチ。その調子でどんどんプリッキーを倒すッチ」

「わあ! チョイス、私がスイートパラディンなのはまだ話してないでしょ!」

「いや、まあ……流れで大体分かってたよ」

 ……彼女は無理をしている。有子の目からは明らかであった。妖精とじゃれたり、笑ってみせたり、明るく振る舞ってはいるが、友達が、それも目の前で死んだのだ。三日も経てば何もかも元通り、とはいくまい。あれからそろそろ十日になるが、その程度の時の経過が癒せるほど軽い友情ではなかっただろう。

 本人がその気持ちを隠そうとしている以上、ほとんど初めて知り合ったような自分が無理に暴き立てるのもよくない。有子はその件に関し、これ以上深く言及するのを避けることにした。

「スイートパラディンといえば、今後のことも考えなきゃいけないッチ」

 チョイスが肩から降り、浮遊しながら甘寧に言った。

「あれからプリッキーは出現してないッチ。でも、終わりだとは思えないッチ」

「マリーもそう思うリー。新しいスイートパラディンを見つけないといけないリー」

 マリーもチョイスに合わせ、甘寧の周りをふよふよと飛び回る。

「……え、スイートパラディンってそんな代わりとかOKなの?」

 二匹に向かってそう問うたのは、有子である。

「勿論だッチ。スイートパラディンはふたりでこそ本領が発揮できるんだッチ」

「無くなったなら補充が必要だリー」

「言葉言葉。補充ってそんな消耗品みたいに」

 妖精のあまりの無遠慮さに有子は辟易していた。甘寧はうーんと小さく考えるように唸る。

「……新しいパートナーかぁ」

 暖かな風がふわりと吹き、甘寧の長い髪を揺らす。

「見つかるかなぁ……」

 瞬間、甘寧が浮かべた儚げな顔は、有子の胸をドキリと一度強く脈打たせた。そのまま花びらになって飛んで行きそうな少女から、有子が視線を離せなくなっていた……まさにその時、事件は起こった!

 災いの始まりを告げる、ドゴォンと轟く爆音!

「あっ!?」

 ハッとして音の方向を見る有子! 少々遠いが……あれは中吉の隣駅、四葉駅のそば! この距離でもはっきりと見えるその黒い巨体は!

『プリッ……キイイイィィィィイィーッ!』

 悪夢が終わってなどいないことを示す、恐るべきヤクサイシンの使徒! 影の巨人、プリッキー!

「で、出たッ!」

「まずいッチ、結構遠くだッチ!」

「しまったリー! まだ補充が終わってないのにリー!」

「だから言いか、た――」

 直後、甘寧を振り向いた有子は見た。

「お゛あェッ」

 ……プリッキーを目撃した瞬間、甘寧がその場で崩れ落ち、嘔吐したのを。

「佐藤さん!」

「ひっ、ひっ、ひっ」

 地面にへたり込んだ甘寧は、息が詰まったように苦しそうに呼吸をしていた。

「大変、過呼吸起こしてる」

「甘寧ェ、しっかりするッチ!」

 チョイスとマリーは大慌てしながら、甘寧の周りを飛び回る。

「吐いてる場合じゃないッチ、早く変身しないとだッチ」

「プリッキーが大暴れしちゃうリー!」

「もうキミしかいないんだッチ、急いで――」

「……!」

 一喝! それは、有子が発した声だった!

「見て分かんないの!? 佐藤さん今苦しんでんだよ!?」

「で、でも」

「デモも体験版も無いでしょうが! 戦うとかそれ以前の問題! ああもう!」

 有子は物置に飛び込み、中からシャベルを取り出す! 菜園からざくりと土を取って大急ぎで戻ると、吐瀉物の上にどさりと放った!

「後でちゃんと片付けるから」

 シャベルを放り投げた有子は、妖精達を押しのけ甘寧の隣に座り込み、肩を抱く。

「佐藤さん、分かる?」

 甘寧は呼吸を乱したまま、縦に首を振った。

「大丈夫だよ、大丈夫。ね。ゆっくり息しよ。ゆっくり」

 甘寧と指を絡ませて手をぐっと握り、有子は甘寧に声を掛け続ける。

「……大丈夫。すぐ治るからね。ゆっくり。ゆっくり吸って。あんまり深く吸わなくていいから」

 有子が隣で深呼吸をしてみせると、甘寧はそれに倣おうとした。

「平気だよ。ほら。一緒に。スゥーッ」

「ひ、ひ、ひっ、ひっ、ひっ……ひっ……」

 はじめは上手く吸えていなかった甘寧だったが、数分ほど時間をかけ、元の落ち着いた呼吸へ戻った。

「……ありがとう、ございます」

「いいの、大丈夫……よくなるの? 過呼吸」

「いいえ、今のが初めてで」

「そっか。大丈夫だよ、放っておいてもすぐ治るから、心配しないで」

 甘寧の背中をさすりながら、有子は言った。

「……もう大丈夫です、行きます」

 そう言って、甘寧は立ち上がった。遠くでは、今この瞬間にもプリッキーが暴れている。鳴き声の残響が、ここまで響いていた。

『……プリッキィーッ……!』

「えっ、ちょっとやめなって。無理だよ、キツいんでしょ」

「私が止めなきゃ」

「それどこじゃないじゃん、やっぱりお友達のことで無理してるんでしょ、そんなで行ったら」

「仁菜ちゃんが言ってたんです!」

 心配する有子の手を振り払い、甘寧は真っ直ぐに立った。

「……壊れたものを元に戻すのは、大人の役割。なら、壊すのを止めさせるのが……スイートパラディンの役割です。私にしかできないんです。行きます」

「よく言ったッチ――」

「アンタ達は黙って! 私が喋ってんの!」

 有子が再び脅しつけると、二匹は視線を逸らし口を閉じた。

「……ねぇ佐藤さん、危ないよ。よしなって」

「助けなきゃ。プリッキーにされた人も、襲われてる人も。それが役目なんです」

「役目って、そんな心壊してまでしなきゃいけないことじゃないよ。代わってもらえばいいじゃん」

「誰にでもできることじゃないから。仁菜ちゃんがいないなら、私がするしかないんです……そうしたいんです」

 甘寧の目は、あまりにも据わっていた。有子が思わずたじろぐほどに。

「……もー! 妖精共、せめてもうひとりは!? ふたりでスイートパラディンなんでしょ!?」

 八つ当たるように有子が睨みつけると、妖精達はびくりと飛び上がった。

「そ、そんなこと急に言われてもだッチ」

「急じゃないでしょうが馬鹿! あの事件からもう何日経ったと思ってんの!? 探しときなよそれくらい! その間ずっとイチャついてたわけ!?」

「し、失礼な! スイートパラディンの適性は、万にひとりの才能ッチよ、そう簡単に見つかるモンじゃないッチ!」

「万にひとつ!? じゃあ日本に一万人はいるでしょ! ひとりで行かせる気!?」

「素人がアレコレ言うもんじゃないリー、マリー達は毎日こうやってブリックスメーターを覗き込ん……で……」

 甘寧のポケットからブリックスメーターを取り出したマリーは、それを覗き込み……固まった。

「ん、どうしたッチか」

「何?」

「……チョイス、見るリー」

 チョイスは甘寧のポケットからもう一本のブリックスメーターを取り出す。

「佐藤さん、その変な棒よく二本もポケット入ってたね」

「あぁッ!?」

 瞬間、チョイスによる驚きの声! 二匹のブリックスメーター、その先端の向いた先は……有子!

「な、何なの」

「……しょ、衝撃だッチ。こんなに近くにいたとは」

「有子、アナタには……スイートパラディンの資格があるリー」

 ……その言葉を呑み込むのに、有子は数秒時間をかけた。

「……有子、さん?」

「……私?」

「そうだッチ、またしても空腹にケーキ――」

「やっぱアンタ達仕事してないじゃん!」

 有子から飛び出したのは、驚きの声ではなく、怠惰を糾弾する怒りの声であった。想像もせぬ展開に二匹の妖精は、そして甘寧まで驚愕する。

「私毎日学校来てるよ! ちゃんと見てるならすぐ気付くじゃん!」

「そ、そうッチかねぇ、なかなかどうして……むむ、難しいモンだッチ」

「使えないんだから! もう!」

 有子は、ハァッと大きく息を吐いた。

「私がスイートパラディンになれば、佐藤さんは独りで行かなくて済むわけね?」

「有子さん?」

「そうなるリー」

 甘寧が戸惑う中、マリーがそう返事をした。

「分かった、やる。それ貸して」

「有子さんっ!?」

「ハイ、どうぞだリー」

 マリーの握るブリックスメーターを、有子はバシリと受け取った!

「有子さん、さっき自分で危ないって」

「佐藤さんひとりじゃ行かせられないって意味! 私が見てていいならいけるって」

「そんな、し、死んじゃうかもしれないんですよ!」

「大丈夫! 命は大切にするし、佐藤さんが危なそうならフォローするから!」

 どこから湧いてくるやら分からないが、その時の有子には妙な自信があった。というよりも、使命感だろうか。今この場に、甘寧を守れるのはただひとりだけ。ならばこれを動かずにどうする。

「何とかするって! 頑張るからさ!」

 ……有子が力強く言ったその台詞は、奇しくも甘寧の口癖によく似ていた。

「……分かりました!」

「あのー、大丈夫ッチか? やるッチね?」

 甘寧が頷くと、恐る恐るといった様子でチョイスが声を掛けた。

「やるって。どうすればいいの?」

「ムーンライト・ブリックスメーターを片手で持って、もう片手を繋ぐリー」

「そしたらブリックスメーターを掲げて、『メイクアップ・スイートパラディン』って同時に叫ぶんだッチ」

 有子は、甘寧と目を見合わせ、頷いた。有子は右手にブリックスメーターを持ち、左手を差し出す。その手を甘寧が取って、その指をしっかりと絡めた。甘寧のそれは、小さくて、温かい手であった。握る手にグッと力を込め、大きく息を吸い込み……ふたりは声を揃えて叫んだ! マジックワードを!


「「メイクアップ! スイートパラディン!」」


 瞬間、ふたりを中心に光のドームが発生! ふたりを包み込んでゆく! ドームの中で手を繋いだまま、ふたりは一糸纏わぬ姿になっていく! ふたりは空中をくるくると回転しながら、体に聖騎士としての衣装を纏い始める! 鏡のように輝く手甲が右腕に、左腕に! 続いて鉄靴が右脚に、左脚に! 肩当てが右肩に、左肩に! 煌めく宝石付きの大きなリボンが胸に! 髪型がぞわぞわと変わり、甘寧はボリューム感の非常にたっぷりあるポニーテールに! 有子の髪はゴージャスに伸び、ロングヘアに!

 そこでふたりは赤子のように身を縮め……勢い良く大きく開く! 体を覆っていた光のヴェールが弾け飛び、そこに現れるはフリルの付いたエプロンドレス! 短めのスカートの下にはスパッツ! 甘寧はピンク、有子はレッド! そのまま地面へ向けて落下したふたりは、大きく膝を曲げ、ズンと音を立てて着地した!

「膨らむ甘さは新たな幸せ! スイートパンケーキ!」

 先程まで甘寧だった聖騎士は、可愛くキメポーズ!

「飛び出す甘さは織りなす平和! スイートシュークリーム!」

 同じく先程まで有子だった聖騎士は、気合の入った燃えるようなキメポーズ! そしてふたりは高らかに声を揃え、合体決めポーズと共に己が何者か宣言する!


「「メイク・ユア・ハッピー! スイートパラディン!」」


 弾ける光と共に、女王ムーンライトが聖騎士、スイートパラディンが! 今再びその姿を現したのである!

「うわぁ、すごーい! ホントにスイートパラディンだ!」

 急激に変化した自分の格好を見ながら、スイートシュークリームは一気にそのテンションを上げた。その隣でパンケーキは、倒すべき相手をしっかりと視界に入れる。

「行こ、被害が広がっちゃう」

「あ、ごめん。浮かれてる場合じゃないね……飛べるの? これ飛べる?」

「空は飛べないけど、大ジャンプできるッチ。それで跳んで行くッチ」

 チョイスの解説を聞くが早いか、シュークリームは大きく踏み込むと……跳躍!

「うわあーあぁああぁああぁぁあ!?」

 空中でバランスを崩しながら、敷地の外へと飛んで行く!

「あぁっ、シュークリーム!?」

 パンケーキは少し遅れて地を蹴り、しかしシュークリームより安定した姿勢で宙を舞う! シュークリームに追いつくと、その手を取った!

「危ないよっ!」

「ごめんごめん、なんかこの姿になったらテンション上がっちゃってさ」

 屋根に着地すると、再び跳躍!

「うわーっ何ともない! こんな身体能力上がるんだ!」

「急ご! 距離があるから!」

「オーケうわっとっとっとっとぉ!?」

 鳥にぶつかりそうになり、思わず空中で体を捻って回避! 間一髪!

「交通事故にも気を付けなきゃなんだねぇ」

「そうだよ! ちゃんと前わあぁ!?」

「パンケーキ!?」

 木の枝に引っかかり、パンケーキはバランスを崩す! が、屋根の上で宙返りし、素早く体勢を立て直す!

「私も交通事故しちゃった!」

「アハハ。でもすごいね今の、一瞬で復帰して。アクションスターみたい」

「そんな、シュークリームだってできるよ」

「そうかな、今度転んだら試してみよ!」

 命懸けの戦闘が、すぐそこに待ち構えている。スイートパラディン達とて、それは理解していた。パンケーキは特にであろう。だが、スイートパラディンとして魔導力を燃やしている間は、強い高揚感がどこかシリアスさ、あるいは生の苦しみを忘れさせた。ふたりはただ、正義の聖騎士であった。今そこで暴れている、影のペンを握った眼鏡のプリッキーを止める為の。

『プリッキーィ!』

「……来たばいね、スイートパラディン」

 眼鏡プリッキーの肩には、男が乗っていた。この季節に黒と赤のコートなど着込んだ、眉の太い男が。自分に近付いてくるふたつの影を、男は赤い瞳で睨みつけた。

「……ふたりおるやんね。ばってん色が違うばいな……新手っちゅうわけね」

 四葉駅前ビルの上に、ふたりは着地! ポーズを決める!

「スコヴィランっ!」

「我等は聖騎士スイートパラディン! 女王の名の下に、貴様らを成敗致す!」

「……何ねそれは」

「シュークリーム何今の?」

「ああいや、何か言わなきゃダメかな~って思って」

 クッキーとはまた違う雰囲気で現れたふたりに、スコヴィランの戦士……カイエンは若干の困惑を見せた。

「何しに来たとね、スイートパラディン?」

「当然! アナタをやっつけに来ました!」

「町を壊すのを止めさせに来たに決まってんでしょ!」

 カイエンは深くため息をつき、スイートパラディンを睨み返す。

「スイートパラディン、もう少しは賢いと思っちょったばってんな。大切な相方ば殺されたとに、まだ懲りんとな」

「だからこそです!」

 腹の底から気持ちを込めて、パンケーキが叫ぶ!

「クッキーの意志を継いで、アナタ達を絶対にやっつけます!」

「私も! クッキーのことはよく知らないけど、やっつけちゃうよ!」

「……俺が言うたことが分からんかったとや?」

 眼鏡プリッキーが、分厚い眼鏡をかけたその目をふたりへ向ける。

「『次会ったら命のやり取り』。そう言ったばい俺は」

「分かってます! それでも!」

 パンケーキは、大きな声で宣言する。

「私はアナタ達を、絶対に倒します! アナタ達が作る不幸を、止めてみせます! そうしなきゃ、最後まで戦ったクッキーが浮かばれません!」

「『お前ば殺す』っち言い直さんか、バカチンが!」

 カイエンの声が、びりびりと駅前に響く。ふたりは思わず後ずさった。

「……敵討ちのつもりね? スイートパンケーキ。それは俺ば殺すっちゅうことぞ。俺だけじゃなか。ネロも、セブンポットも、キャロライナも、そしてジョロキア様も。みんな殺すっちゅう意味とぞ」

「…………」

「お前にできるとや、あ? 殺し合いん覚悟も無か小娘が」

 カイエンの目、そして声には確かな殺気があった。パンケーキは金縛りにあったように、その場で固まっていた。

「それに……復讐やらつまらんばい。お前が俺ば殺しても、ネロば殺しても、ジョロキア様ば今度こそ本当に殺しても。何ばしても。スイートクッキーは絶対に――」

「パンケーキっ!」

 突如背中にバンと衝撃! 危うくビル屋上から落ちそうになったパンケーキは、改めてバランスを取り直す! 背中を叩いたのは、シュークリームの手!

「しっかりして! あの激眉野郎、ややこしいこと言ってパンケーキを混乱させようとしてるんだって!」

「そうだッチ!」

「まともに聞いちゃダメだリー!」

 どこから出てきたか、チョイスとマリーもシュークリームに同調する。

「み、みんな」

「アンタねぇ、スコヴィラン! 二十三年前負けてもう一回未練ったらしく出てくるような奴にねぇ! 復讐は空しいとか覚悟とか問われても全然説得力無いから! とっととおうちに帰るか、そうじゃないならやっつけるか! ふたつにひとつ!」

 シュークリームはカイエンを指差し、一気にまくし立てた。

「……なんでお前らはそう自分に自信があるとね。信じられんわ」

 深く、深く、深く、カイエンはため息をついた。

「もう一度だけ言うばい。スイートパンケーキ。それから威勢だけは良か新入り。スイートパラディンやら辞めて、遠くへ逃げんね。そしたら直接手を下すのは止めちゃるたい」

 ふたりは決意の眼差しで、決して動かなかった。

「そうね。ホントに馬鹿ばいお前らは……武器ば取らんね」

 思わぬ要求に、思わずふたりは困惑した。武器を取れと言ったのか、この男は?

「早くせんね、武器あっての騎士やろうもん。口だけは達者なお前らの実力を、俺が確かめちゃるたい」

「……らしいッチ、わざわざ武器出す間を与えるのはよく分からないッチけど、使えるモンは使わせてもらうッチ」

 チョイスがこそこそとふたりに囁いた。

「えっと、この前はいつの間にか武器出しちゃってたけど」

「武器って私も出せるの?」

「大丈夫だッチ、今のふたりには武器が召喚できるようになってるッチ」

「手を二回叩いて、『サモン・クックウェポン』って叫ぶリー!」

 とにかく、やるしかあるまい。ふたりは顔を見合わせて一度頷くと……顔の前で、二度手をパンパンと叩く!

「「サモン・クックウェポン!」」

 瞬間、光の粒がふたりの目の前に収束し出す! これこそ、聖騎士の魔導エネルギーが女王のそれと合わさり生み出される、聖なる武器!

「カモン! スイートホイッパー!」

 パンケーキが左手で握ったのは、身長の半分はある巨大な泡立て器!

「カモン! スイートペストリーバッグ!」

 シュークリームが両手で抱えたのは、これまた子供ほどの大きさのある巨大クリーム絞り袋!

「うわ、出た!」

「っていうか何これ! ホントに武器? 袋なんだけど、クリーム入ってるよ?」

「呼んだら出たんだから武器は武器だッチ」

「えぇー……もっとカッコイイのが良かったぁ」

「新入りの武器は見たことん無かな。まぁ良かたい。やってみんね、その武器でこのプリッキーば!」

『プリッキーィ!』

 眼鏡のプリッキーは、手に持っているペンをぶんぶんと振り回す! ペンの先からインクめいた黒い液体が飛び散り、建物の壁にべちゃべちゃと付着!

「うわっ!」

「汚ッ!」

 当然、ただ汚いだけではない! インクの付着した部位は、酸をかけられたようにずぶずぶと焼け焦げ、消失していくではないか!

「うっそ、ヤバいじゃんアレ!」

「とにかく、何とかしよっ!」

「オーケー!」

 ふたりはビルを蹴り、ジャンプ! プリッキーとの距離を詰め、打撃を加えようとする! パンケーキのスイートホイッパーから放たれる聖なる輝きが、武器の軌道を追って彗星めいて尾を引いてゆく! シュークリームはサンタめいてペストリーバッグを背負っている!

「えええいっ!」

「ふぅんッ!」

 プリッキーはそれに向けて……ペンのインクを再び飛ばす! パンケーキはホイッパーをくるくると回転させ、これを受け止める! そこまで器用に動けないシュークリームは、先程と同じように身をよじってこれを回避! だが、今回はシュークリームが正しかった!

「ぎゃっ!?」

 そう、インクの付いた武器が、みるみるうちに聖なる輝きを失っていくのだ!

「えっ、汚しちゃったから!? これ元に戻るかな!?」

「無策で突っ込んで来てからァ!」

『プリッキーィ!』

 カイエンの叫びと共に、プリッキーが腕を振り下ろす! パンケーキは叩き落とされ、地面に激突! 道路にクレーターを形成!

「パンケーキッ!?」

「よそ見ばするなァ!」

『プリッキーイィイ!』

「あ、しまっぶふぉ!?」

 もう片方の手が、シュークリームを叩き落とす!

「……口ほどにも無か。武器は立派ばってん……む?」

 カイエンは拍子抜け気味に見下ろし……そして気付いた。確かにパンケーキは地面に叩き付けられている。が、シュークリームの方はどうか。落下時の衝撃が、明らかに少ない。叩き付けられた音もしない。これは一体?

「……な、何ねそれは」

 カイエンは気付いた。シュークリームの落下地点に、白いものが広がっていることに。あれはまさか……!

!?」

 そう! たまたま袋を下に落下したことが幸いしたか! クリーム絞り袋の中から飛び出した大量の聖なるクリームが、シュークリームを優しく受け止めたのである!

「うわ、ベタベタ……じゃない? アレ、消えてく」

 シュークリームが立ち上がりながらぼやいている間に、聖なる生クリームはずぶずぶと消滅していく。どうやら、持続時間はそう長くないようであった。

「パンケーキ、大丈夫?」

「へ、平気っ、これくらい」

 シュークリームが慌てて確認すると、割れた道路からパンケーキが起き上がり、立ち上がった。

「何となくコレ使い方分かった!」

「せからしかァ!」

『プリッキーィィ!』

 プリッキーは、ペン先から再び大量のインクを吐き出す! それらはまとめてふたりの上へ降り注いだ!

「うわっ!」

「任せてッ……スイートペストリーバッグ!」

 マシンガンか何かを構えるように、シュークリームは上空にペストリーバッグを向け……発射! 中から飛び出したクリームが盾めいて広がり、ふたりをガード! そしてインクごと消滅!

「すごい!」

「ホイッパー見せて、それでクリームまぜまぜしたら、汚れたの直るかも!」

「なるほど!」

 パンケーキが構えるホイッパーに向け、シュークリームは再びクリームを発射! それを空中で絡めとるようにホイッパーを動かすと……何ということか、クリームが消えた時、そこには新品同様のホイッパーがあったではないか! ホイッパーは再び光を帯び、輝き始める!

「いけるんじゃないコレ!?」

「何とかなりそう! 頑張ろっ!」

 ギリと奥歯を噛みしめるカイエン!

「ほんにせからしかなァ! 武器頼りの三下風情がァ!」

「何!? 武器使えって言ったのアンタでしょ!?」

 負けじと矛盾を指摘するシュークリーム!

「ああ言えばこう言う! 行かんねプリッキー!」

『プリッキイィイーッ!』

 プリッキーはペンを握り直し、あろうことかそれで地面を突き刺した! ダンボールでも突いたかのように容易に貫かれるアスファルト! 同時に起きたのは、なんということか! 周囲の道路それ自体の融解! 底なし沼か何かのように、アスファルトがドロドロと溶け始めたのだ! 呑まれる標識、ガードレール、車!

「ちょ、ちょちょちょ! これはダメだって!」

「このままじゃ大変なことになっちゃう! ビルとか崩れちゃうかも!」

 ふたりの足元も不安定になりつつある! 跳ばねば、しかし空中戦が不利なことは、これまでの戦闘が証明している! 一体どうすれば!

「ひょっとしてだけど……見てて!」

 そこで動き始めたのが、シュークリームであった! シュークリームは自分の目の前にクリームを発射すると……なんと、それを空中で固定したのだ!

「お、行けそう! さっきのバリアの時から大丈夫そうな気してたんだよね!」

「え、え? これどういうこと?」

「乗ってみてッ! 多分いけると思うッ!」

 そう言うが早いか、シュークリームは空中のクリームの上に……乗った!

「えぇっ!?」

「多分すぐ消えるから! 急いで!」

「うんっ!」

 パンケーキも大慌てでそれに乗る! 多少足元がべたつくものの、きちんと立つことができた!

「じゃ、行くよぉ!」

「行くって!?」

「掴まって! GOッ!」

 シュークリームは、己の武器の使い方を、ほとんど直感で理解した! 即ち! 前方にクリームを出しながら、クリームの地面を……蹴ったのだ!

 クリームで摩擦が減り、シュークリームはクリームの上を滑り始める! 魔導による超平衡感覚でバランスをとりつつ、進みたい方向にクリームを絞り出す! その上を更に滑る! どんどん加速! まるでジェットコースターか何かのように、空中に自分で作った道を、ふたりはどんどん滑ってゆく!

「ひゃっほぉーッ!」

「わあああぁ!?」

「なっ、なん、また要らんことばしてから!」

 クリームの上を滑りながら、ふたりはプリッキーの周りをぐるぐると回る! 地面からペンを引き抜いたプリッキーは、一生懸命それを目で追おうとする!

「バカチンが、プリッキー! お前の目は全身にあろうが!」

『プリッキィ!?』

 プリッキーは思い出したように……その全身に裂け目を作り、がぱりと開く! 無数の赤い眼が、自分の周りを飛び回るスイートパラディンを睨みつけていた!

「うわ、キモっ!?」

「それなら見えようが! 早く叩き潰さんね、プリッキー!」

『プリッキィーッ!』

 三百六十度全ての方向に視界を得たプリッキーは、クリームの軌道を描いて飛び回る羽虫めいたふたりを、その手で再び叩き落とそうとする! だが!

「甘いッ、クリームより甘ぁーいッ!」

 伸びてくる手に向けて、シュークリームは大量のクリームを発射、空中で固定! すると……嗚呼! プリッキーの手がクリームに触れた瞬間!

『プリッ、エ? プリッキ……エ?』

「『え?』じゃなかたい! どげんしたとかプリッキー!」

 そう、動かない! まるで蝿取り紙、あるいはゴキブリ駆除グッズのように! プリッキーの手を空中で受け止めたクリームは、それをガッチリ捕らえて離さないではないか!

「何ばしよっとか! プリッキー! 振り払わんかクリームくらい!」

『プリッ……エ?』

「『え?』じゃなかたい!」

「今のうち!」

「うんッ!」

 そう、クリームはすぐに消えてしまう! だが、この機を逃すスイートパラディンではない! 腕に飛び乗ったふたりは、プリッキーの頭へ向けて一直線に駆け上がってゆく!

「ぷ、プリッキー!」

『プリッキーィ!』

 もう片方の手が、ふたりを蚊のように叩き潰そうと迫る! だが!

「えぇーいッ!」

 光り輝くホイッパーを、パンケーキが野球のバットめいて振り回す! バシュシュシュシュ! 直撃した手は、そのままバチンと弾かれた!

『エ?』

「『え?』じゃなかっち言いよろうが!」

「はあぁーッ!」

 肩に向かいながら、パンケーキは頭上にホイッパーを掲げ、両手を使って円を描くよう回転させる! ひと回しごとに先端に光が集まり、ホイッパーはその輝きを増していく! それは、パンケーキの内なる魔導エネルギーであり! 女王ムーンライトの魔導エネルギーであり! そして、このファクトリーに存在する幸福のエネルギーである!

「い、いかんばい! これは!」

「……たあぁッ!」

 集まったエネルギーを、パンケーキはホイッパーの先から放出! それは誰あろう……反対側の肩に乗る、カイエンへ向かって飛んでゆく!」

「これは……逃げるしかなか!」

 カイエンは助走をつけ、巨人の肩からジャンプ! 光に呑まれる直前、時空の狭間へと消えた! 代わりに攻撃を受けたのは、プリッキーの肩!

『プリッキィ!?』

「でえぇーいッ!」

 混乱するプリッキーの顔に迫るは、ふたりのスイートパラディン! パンケーキはホイッパーを振りかぶり! シュークリームは飛び蹴りを繰り出す!

『……エ?』

「「ムーンライト……攻撃ッ!」」

 本当に何の捻りも無い! だが、ふたつの強力な攻撃は、プリッキーのこめかみに命中! プリッキーはバランスを崩し……!

「あっ、危ない!」

 まずい、ビルに向かって倒れようとしている!

「任せてッ! スイートペストリーバッグッ!」

 シュークリームは、ビルに向けて全力でクリームを発射! ビルの壁は一面クリームまみれに! 直後……べしゃっ、と鈍い音を立て、プリッキーがビルに激突! しかしクリームが衝撃を緩和している! プリッキーは寄りかかって倒れる姿勢になっただけであった! ビルには傷ひとつついていない!

 空中でシュルシュルと回転しながら、ふたりは向かいの建物の屋上に着地! 武器達は光の粒となり消滅!

「あ、消えちゃった」

「やったッチ、今のうちにとどめだッチ!」

 いつの間にか戻って来ていた妖精達が、ふたりに向けて叫ぶ!

「ホントどこにいたのアンタ達……で、とどめってどうするの?」

「手を繋いだら、あとは流れだリー!」

「流れって」

 詳しく聞いている暇はない! パンケーキは既に右手を差し出し、シュークリームの顔を見ている! シュークリームは目を合わせて頷くと、パンケーキの手を取った! ふたりは固く指を絡ませ、手を繋ぐ! 目を閉じて手に意識を集中すると、パンケーキがシュークリームに、シュークリームがパンケーキに、魔導エネルギーを流し込んでゆく!

「ふぁあ」

「ひゃあぁんッ!? 何コレ!?」

「が、頑張ってっ」

「わ、分かったぁ!」

 魔導が循環し、どこまでも高まる! パンケーキとシュークリームの境界が曖昧になり、背後に強大なエネルギーを感じ始める! 自分達に力を与える大いなるものと、今ふたりは繋がった! 解き放たなければ! このエネルギーを!

「「はあぁッ!」」

 ふたりは同時に目を開き、空いた片手を強く握りしめた! パンケーキの左腕にはピンク色のオーラが! シュークリームの右腕には赤色のオーラがほとばしる! 大いなる力が、ふたりの背中をぐいと押した! 今だ! 一瞬のずれもなく、ふたりは叫んだ!

「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」

 瞬間! 大きく突き出されたパンケーキの左腕からは、ピンク色の光の波が! シュークリームの右腕からは、赤色の光の波が! ふたつは螺旋を描いてまざり合い! プリッキーへと真っ直ぐに飛んでゆく!

「「はあぁーッ!」」

 スイート・ムーンライトパフェ・デラックスはプリッキーを直撃! プリッキーの巨体が光に包まれる!

『エエエエェェェェェエェーッ!?』

 やがてその姿はぐんぐんと小さくなり……人間大まで縮むと、そこにはクリームまみれのぽっちゃりした若い女が残された。同時に空の不自然な赤も霧散し、そこには元の青い空が戻ったのであった。底なし沼と化していた地面も固まり、元に戻った。ふたりはその場でハイタッチ!

「っと、あの人起こさなきゃ!」

「あ、ああ、そういうアフターケアまでするんだ」

 ふたりはビルから飛び降り、着地。風のように女へ駆け寄ると、ふたりで女を抱きかかえた。

「大丈夫ですか?」

「分かりますか?」

 ……女は唸り声を上げながら、目を覚まし……。

「……え?」

「やっぱり『え?』なんだ……」

 ふたりはお互いに視線を合わせ、くすりと笑った。




「……これがスイートパラディンの仕事かぁ」

 夕方、聖マリベル学院の屋上。段々と低くなってゆく太陽を見ながら、有子は呟いた。

「結構疲れちゃった、佐藤さん大変だったんだね、毎回あんなの」

「ううん、それが役割だもん。有子さんこそ大丈夫だった?」

「え、私? 私は平気だよ、クリームびゃーってしてただけだもん」

「いやいや、謙遜するなッチ、よくやったッチ」

 有子の肩をぽんぽんと叩きながら、チョイスが調子よく笑う。

「有子はこれからスイートシュークリームとして、スイートパンケーキと一緒にスコヴィランをやっつけるんだッチ」

「万人にひとりの才能があるアナタにしかできないリー。頑張るリー」

 マリーもそれに乗り、有子を囃し立てた。

「万人にひとりの才能かぁー。なんか言われてみると悪くないね、私にそんなのがあると思うと、アハハ」

 頭をわさわさと掻きながら、有子は照れ笑いをしていた。

「佐藤さん、これからも……」

 有子は言いかけて、一旦やめた。

「……あの、佐藤さん。大丈夫そう?」

「何が?」

「スイートパラディン続けていくの。始めたばっかりの私が言うのも何だけどさ……いけそう?」

 甘寧は少しだけ考える仕草をし……そして、ニコリと笑った。

「大丈夫! いざ変身してみたら、怖いのとか悲しいのとか結構何とかなったし、それに」

「それに?」

「……仁菜ちゃんはいないけど、これからは有子さんもいるし!」

「……おっ?」

 深い意味はないだろうが、そう直球で言われると有子はあまりに恥ずかしかった。

「あ、あは。まあ、大迫さんくらい上手くやれるか分かんないけど、頑張るからさ。これからよろしくね、佐藤さ……んー、やっぱダメ」

 有子は首を横にブンブンと振った。

「え?」

「これから一緒にやってくのに名字呼びってなんかむずがゆいし! 名前で呼んでいいかな、甘寧でいい?」

 甘寧は少しだけ目をぱちくりさせていたが……ニコリとその表情を柔らかくした。

「……えっと、じゃあ私も、有子ちゃん」

「よっし。甘寧」

「有子ちゃん」

 お互いの名を一度呼び合い、ふたりはフフッと笑った。

「……よーし! 折角貰った才能だし、ガンガン生かすぞぉ!」

「わ、有子ちゃんやる気マンマンだ!」

「当たり前じゃん。折角お姉に無い才能見つけたんだから」

 有子はエヘンと胸を張ってみせる。

「お姉? お姉ちゃんがいるの?」

「あ、しまった。テンション上がってついバラしちゃった……まあいっか」

 有子はオホンと咳払いをし、甘寧に向き直った。

「まあ、これから長い付き合いだろうしね。隠し事はナシで……ちょっとびっくりするかもだけど、実はね」

 支柱を立てられたトマトの苗が見守る中、これからの活躍に胸躍らせる有子は、こっそりと甘寧に囁いた。




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