復活!スイートパラディン![Side:H]

 爽やかな旋律の流行歌と、ブゥンブゥンと鳴るバイブレーション音。ピンクカバーのスマートフォンから鳴るそれは、少女を深い眠りの世界から現実に引き戻……さなかった。長い髪に寝癖だらけの少女は、画面に表示される『スヌーズ』ボタンをタッチし、再び眠りについた。

 ……五分後! 爽やかな旋律の流行歌と、ブゥンブゥンと鳴るバイブレーション音。ピンクカバーのスマートフォンから鳴るそれは、少女を深い眠りの世界から現実に引き戻……さなかった。長い髪に寝癖だらけの少女は、画面に表示される『スヌーズ』ボタンをタッチし、再び眠りについた。

 ……更に五分後! 爽やかな旋律の流行歌と、ブゥンブゥンと鳴るバイブレーション音。ピンクカバーのスマートフォンから鳴るそれは、少女を深い眠りの世界から現実に引き戻……さなかった。長い髪に寝癖だらけの少女は、画面に表示される『スヌーズ』ボタンをタッチし、再び眠りに……。

甘寧あまね、遅れちゃうよ」

「ふぁ!?」

 ドアの開く音と男の声で、甘寧はベッドから飛び起きた!

「ちょっとお父さん! レディの部屋に勝手に入らないで!」

「入ってはないだろ、ほら、敷居をまたいでない」

「屁理屈だぁーッ!」

 指差して猛抗議する甘寧に対し、スーツにネクタイの父親がハハと笑う。

「……って甘寧、それより時間時間」

「ぎゃっ!」

 甘寧は部屋の時計を見、驚愕した! 馬鹿な、アラームをかけておいた時間から十分も経過している!

「これは何者かの攻撃を受けているッ!」

「いいから早く準備しなさい、お父さんもう行くからね」

「分かってるぅ! 行ってらっしゃい!」

 ベッドから転げるように飛び出した甘寧は、父親の隣を突き飛ばすように部屋を飛び出していく! 階段をドタンバタンと駆け下り、廊下を右に曲がって正面の扉を開ければ、そこがリビング! キッチンには眼鏡をかけた祖母が立っている!

「おはよう甘寧。時間大丈夫かい?」

「だいじょばない! いただきます!」

「もう十分早く起きればバタバタしなくていいのにねぇ、アッハッハ」

「目覚ましはかけてたんだもーんッ!」

 祖母への反論もそこそこに朝食をかき込んでいく甘寧!

「ちゃんと噛まなきゃ喉に詰まらすよぉ」

「むむぅむむぅ! ん゛っ……あ゛ぁ! ごちそうさま!」

 驚くべき速度で全てを平らげた甘寧は、そのままリビングを飛び出し、隣の洗面所へ! 洗顔! 歯磨き! ヘアセット! 大急ぎで部屋に戻り、薄桃色水玉模様のパジャマを脱ぎ捨て、中学校の制服に着替えてゆく! カバンを持ち、スマホを拾い、姿見の前でくるりと一周! 全身を確認し……最後に鏡へ向かってニコッと笑顔!

「よし、完璧ッ! くまじん行ってきます!」

 棚の上の大きなテディベアにひと言挨拶すると、再び階段を下りる! 目の前にある玄関でローファーを履き、大きな声で挨拶!

「行ってきまーす!」

「行ってらっしゃーい!」

 祖母の声に見送られながら、二階建ての小さな古い家を出、甘寧は駅へ向かってダッシュしていく! いつもの電車まであと五分! 走ればギリギリ間に合うか! 表通りに飛び出して、歩道を駆ける! 駆ける! 駆ける!

「おはよう甘寧ちゃん」

「おはようございまーす!」

 近所のお婆さんと挨拶!

「おう、おはよう」

「おはようございまーす!」

 犬の散歩中のお爺さんと挨拶!

「あら、おはよう甘寧ちゃん」

蒔絵まきえさんおはようございまーす!」

「またパンケーキ食べにおいでね~」

 通りに面する喫茶店前で、表を掃除していたママさんと挨拶! 

「おはよう百々ももちゃん!」

「……おはよう」

 駅前を歩いていた顔馴染みの女子中学生にも挨拶! その時、駅からピンポンパンポンとチャイムの音!

『間もなく、上り電車が――』

「ぎゃっ! もう来ちゃう!」

 そのまま駅の階段を駆け上り、自動改札に定期券をかざす! その先に待ち構えるは、ホームへ向かうための更なる上り階段! 一番飛ばしで更に駆け上がる! 電車がホームへ入ってくる音! 急がねば!

『扉が、閉まります。ご注意ください』

「待ってぇーッ!」

 笛の音とほぼ同時に、甘寧はホームへ上る!

「何とか……なるゥーッ!」

 そして、まさに扉が閉まるか閉まらないかというその瞬間! 何とかその身を車内へねじ込むことに成功した!

「はっ、はひーッ……はひーッ……何とかなったぁ……」

 人はそれなりに乗っているが、クロスシート式の座席にはまだ若干の空きがある。甘寧ははひはひと息を切らしながら、空いている座席にストンと座り込んだ。

「はひぃ~……」

「うわっ」

 先に座っていた天然パーマの女子中学生は、突然隣に来てゼエゼエ言い出す甘寧に動揺を隠せなかった。

「ふぅー……ああごめんなさいいきなり、私今朝危うく遅刻しかけちゃってぇ」

「へ、へぇ、そうなんだ」

 甘寧はナチュラルに話しかけたが、ふたりは特に話したことはない。

「ちゃんとアラームかけといたのになぁ。いつの間にか止めちゃってたみたいで」

「そ、そりゃ災難だったね……」

 繰り返すが、ふたりは特に話したことはない。

「私ホント朝弱くって。結局お父さんに起こしてもらっちゃって……あ、でも酷いんですよ私のお父さん。いきなりノックもしないで部屋に入って来て」

「そ、そう……」

「そういうの良くないと思いません? いくらお父さんでもプライバシーってものがあるでしょ? もう」

「た、確かにねぇ……」

 再三になるが、ふたりは特に話したことはない。結局この東堂駅から、三駅先にある中吉なかよし駅に辿り着くまで、甘寧は一方的に名も知らぬ女子中学生に話しかけ続け、彼女は困惑のうちに相槌を打っていた。中吉駅を飛び出し、長い髪をふわふわとなびかせながら一目散に駆けて行ったその先に……甘寧の通う学校、私立聖マリベル学院はあった。




「……って感じでね、今日こそホントに遅刻かと思ったよぉ」

「甘寧はそればっかりですよ。もっと余裕持って起きないからですよ」

 去年校舎が改築されたばかりである聖マリベル学院は、生徒達の使う教室をはじめとして、様々な場所が新しく、また現代的に生まれ変わっていた。図書館、食堂――今は『マリベル・カフェ』である――、体育館……そして、甘寧らに一番関係のある場所といえば、この屋上。より正確に言うなら、屋上にある菜園。

仁菜にいなちゃんは遅刻しないよね、早起きのコツとかあるの?」

「コツって……早く寝るだけですよ」

「それができないから困ってるんじゃん、もー」

「もーじゃないですよ……」

 放課後。ジャージ姿の甘寧に呆れ顔でそう言ったのは、ボブカットに眼鏡の同級生、仁菜。彼女も当然ジャージ姿で、小さな畑に植えられた植物にじょうろで水をかけている。

「お風呂から上がったら温かいうちに布団に入るですよ。スマホとかパソコンは眠れなくなるから、寝る前はいじらない方がいいですよ。ああ、あとストレッチとかをちょっとするといいかもですよ」

「うーん、難しいなぁ」

「何も難しいこと無いですよこの現代っ子は」

 ふたりが育てているこの植物は、コリアンダー、あるいはパクチーと呼ばれている。仁菜の強い推薦によって昨年度末に植えたこの植物は、今や独特の匂いを放ちながら、にょきにょきとその葉を茂らせつつある。間もなく収穫できよう。

「甘寧は春休みのだらけ切った生活習慣が抜けてないですよ、始業式ならとっくに終わったですよ」

「知ってるしー、もう、仁菜ちゃんはお説教ばっかりー」

「甘寧が抜けてるだけですよ、ホント小学校の頃から何も変わらないですよ……」

 比較的扱いやすいハーブ類や、屋上で育てやすい簡単な野菜等を中心に、畑やプランターで植物を育て、収穫。自分達で食べたり、料理部や友人、教師陣に配ったりする。そのような活動をのんびり行うのが、甘寧ら園芸部の主な活動である。とは言うものの、部員は全部で六人。そのうち四人は運動部等の忙しい部と兼部しているため、実質の部員はこのふたりのみと言っても過言ではなかろう。

「さてと、水やりはこの辺でいいですよ」

 やがて、全ての植物に潤いがもたらされた。屋上から見える四月の空は、いずれ収穫される小さな植物達を、そしてふたりのことを静かに、暖かく見下ろしている。

「いい天気だねー、仁菜ちゃん」

「ですよ。パクチーもモリモリ育つですよ」

「いっぱい食べれるねー」

「パクチーサラダ、パクチードレッシング、パクチーカレー、パクチークッキー……フフフ」

 道具を屋上隅の物置に戻し、ふたりが帰る準備を始めた……その時であった。

「――ァァァぁぁぁぁぁぁ」

「……何か聞こえない?」

 甘寧が顔を上げ、辺りを見回し始めた。

「何かって何ですよ?」

「ほら、何か」

「ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ」

「あ、ホントですよ」

 仁菜も一緒になり、周囲をきょろきょろと見る。

「段々近くなってるよね」

「なんか男の人が裏声出してるみたいな」

「あ、あっちからする、ほら、あっちの柵の向こ――え?」

 そう! 空の向こう、柵の向こうから! 何か小さなものが全速力で飛んで来ている! 何やら筒状のものにまたがった、小動物のようなものが!

「ああああああああああああああああああ!」

「ぎゃっ!? ちょ、待っぶわっ!?」

 正面衝突! 猛スピードで飛んで来たそれは、甘寧の顔に尋常ならざる速度で激突した! 後方に吹き飛び、物置に叩き付けられる甘寧!

「甘寧ェーッ!?」

「きゅう」

「気を確かにですよ! えっ、何、何ですか今のは」

 目をチカチカさせる甘寧を揺さぶりながら、仁菜は床に転がるその小動物を見た。

「うぅ、また失敗したッチ、これポンコツだッチ。チョイスは悪くないッチ」

 小動物はむっくりと起き上がり、己の乗ってきたピンクと白の筒状物体に向けて悪態をついている。そう、悪態を!

「え、え……ぬ、ぬいぐる――」

「ぬいぐるみが喋ってるぅ!」

「復帰早ッ」

 仁菜より素早く甘寧が驚愕した! そう、どう見てもぬいぐるみ、よくてハムスターやらモルモットやらの仲間にしか見えないその青い物体が! 人間の言葉を操っている!

「すごーい! 珍しいー!」

 激突されたことも忘れ、甘寧がそれに駆け寄っていく。

「ちょ、待つですよ、危ないかもですよ!」

「ねえねえ、どこから来たの? お名前は?」

「ムムッ! しまったッチ、人間に見つかってしまったッチ! 騒ぎになるから可能な限り姿を見せるなって女王様に言われたのに……でもチョイスは悪くないッチ」

「チョイスっていうの?」

 チョイスと名乗るその小動物を、甘寧はひょいと拾い上げた。片手で握れるほどの大きさしかない。だが、確かに体温や脈があるようだ。紛れもない生き物である。

「ぎょえー! 放すッチー! チョイスを誰だと心得るッチー!」

「ほら見てみて仁菜ちゃん、チョイスだって! 生き物だよ! 喋る! ゲット!」

「ゲットって……え、それマジに生き物ですか? まさか新種? 実験動物? エイリアン?」

「ちょ、ギャハハハ、くすぐったいッチー!」

 仁菜が興味深げにチョイスの全身をいじると、チョイスは身をよじり悶え始めた。

「ど、どうするですよ、いきなり目の前にこんな生き物が」

「とりあえず写メろっか、イエーイ」

「よせッチー!」

 甘寧がスマホを取り出し仁菜やチョイスと共に自撮りをしようとした、その時!

「チョイス! ここにいたリー!」

 今度は女の裏声めいた声! 甘寧と仁菜は振り向いた! そこにいたのは!

「に、二匹目ェ!?」

 そう、似たような生物がもう一匹、やはり筒状物体に乗ってその場を浮遊していたのである! チョイスが水色であるのに対し、二匹目は桃色! また、二匹目の方が若干丸みを帯びているようにも見える!

「わぁ、すごい! 二匹もいるんだ!」

「あ、ちょっとォ!」

 チョイスを仁菜にぐいと押し付け、甘寧は二匹目へと駆け寄っていく。

「チョイスのお友達なの? お名前は?」

「初めましてリー。マリーはマリーだリー」

「マリーっていうんだ。よろしくね! 私甘寧、あっちの子は仁菜ちゃん」

「なるほどだリー。とりあえずチョイスを放してほしいリー。こちらにも身体の自由があるリー」

「……あ、え、ああ。分かったですよ」

 小動物から突如人権を主張された仁菜は、戸惑いつつもチョイスを解放した。チョイスは先程の筒状物体を拾うと、マリーの側へと全力で飛んで行った。

「た、助かったッチ。危うく解剖されるところだったッチ」

「しないよそんなの」

「チョイスが無事でよかったリー、もう暴走運転は控えてほしいリー」

「ちょ、チョイスは悪くないッチ!」

「それより、甘寧って言ったリー?」

 マリーは、改めて甘寧を見る。甘寧はこくりと頷いた。

「マリー達は、今東堂町って所を目指してるリー。どこか知らないかリー?」

「え? 東堂町なら私のうちがあるとこだよ」

「「えぇっ!」」

 甘寧の発言を聞いた途端、二匹は飛び上がった!

「や、やっとたどり着いたッチ!」

「長かったリー。チョイスと合流するのに一週間、そこから迷子でもう十日……」

「このまま辿り着けないんじゃないかと思ったッチ」

 抱き合い、くるくると回りながら喜ぶ二匹を見ながら、甘寧はよく分からぬうちにぱちぱちと拍手をした。仁菜も怪訝そうな顔でそれに続く。

「じゃあ、早速チョイス達を東堂町へ連れて行ってほしいッチ!」

「え、東堂町に?」

「とても大切な用事があるんだリー。チョイスとふたりだとまた迷子になるかもしれないリー」

「チョイスは悪くないッチ、ショトー・トードに比べてこっちが広すぎるんだッチ」

「……なんだかよく分かんないけど、東堂町に連れて行けばいいんだよね?」

 目をぱちくりさせながらも、甘寧が答えた。

「いいよ、連れてってあげるね。仁菜ちゃんも行こうよ」

「えっ、私もですか?」

「いいじゃん、この子達送るついでに『アチャラナータ』寄ろうよ」

「ああー、あそこ……」

「ダメ?」

「いや、ダメじゃないですよ。まあ時間もあるですし、行くですよ」

「やったぁ! 私久々にあそこのパンケーキ――」

 甘寧がその場で飛び跳ね喜びを表現し、その足が地に着いた……まさにその瞬間! 何かの爆発に似たドゴォンという轟音が、どこか遠くから鳴り響いた!

「「……え?」」

「私のジャンプのせい?」

「んなわけないですよ……あっ! あそこ!」

 仁菜が指し示したのは、中吉駅のそば! 赤色に染まった奇妙な煙が、建物の合間からもくもくと上がっている!

「何あれ……!?」

「事故ですか? それともテロですか?」

「……まずいッチ」

 何が何やら分からぬふたりのすぐ側で、チョイスが、マリーが小さく震えていた。立ち上る煙によって、青い空は不気味な赤色に染まってゆく。その煙が薄まった時、そこには!

『プリッ……キイイィィィイイイーッ!』

 ボイスチェンジャーめいた奇怪な叫び声を上げる、民家より大きな黒い影めいた巨人が立っていた!

「……プリッキーだリー」

「遅かったッチ、スコヴィランが動き始めたッチ!」

 プリッキー。そして、スコヴィラン。その言葉に、甘寧と仁菜はぎょっとした。

「……プリッキー」

「す、スコヴィランって……あの!?」

「ムムッ、知ってるッチか?」

 ふたりの意外な知識量に、チョイスは少しばかり驚いたようであった。

「そりゃ知らない人いないですよ、小学校でも習うレベルですよ! 一九九四年、東堂町を中心に破壊活動を行ったテロ組織、スコヴィラン! そしてそのしもべ、プリッキー! どちらも――ああ、ごめんなさいですよ、ついつい熱くなって」

 何とも言えぬ顔で立ち尽くす甘寧に気付き、仁菜は冷静さを取り戻した。

『プリッキィーッ!』

 プリッキーは、スーツを着たのっぺらぼうの巨人といった外見をしていた。甘寧が、仁菜が、恐らくは全国民が、写真や映像として何度も見たことのある姿と非常に近い。直後、プリッキーの全身に無数の裂け目ができ、目が発生! ぎょろぎょろと周囲を見回しながら、その拳で近くの建造物を殴りつけてゆく!

「うわっキモッ! ……そ、それで、そのスコヴィランが何故ここにいるですよ」

「話すと長くなるッチ、とにかく……ど、どうしたらいいッチ」

「どうって、何とかしなきゃだリー」

「そうは言っても、まだスイートパラディンも見つかってないのに」

「だったら早く見つけるリー! もう贅沢言えないリー、この辺で調達するしかないリー!」

「そ、そうッチね! 甘寧、仁菜、この辺に十四歳前後の女の子が密集してる場所は無いかッチ?」

 口論を終えた二匹は、突如として真剣な面持ちでふたりに向き直った。

「その、それならここ学校ですよ。放課後だから多少減ってるですけど」

「何と! ここは学校だったッチか、畑かと思ってたッチ! 空腹にケーキとはまさにこのことだッチ!」

「助かるリー!」

 礼を言った二匹は、先程までまたがっていた筒をひょいと手に取った。ピンクと白を基調としており、長さにして二十センチほど。先端は笹切りにしたナスやキュウリめいて斜めに尖っている。二匹は尖っている方とは反対、柄の部分、その頭にあたる場所を覗き込み始めた。

『ガアアア! イヤダアアアアア!』

 スーツのプリッキーは、何やら喚きながら自動車を玩具めいて放り投げる! 民家に激突!

「えっ、あの、私達はどうすればいいですよ?」

「え? ああ、好きにするッチ、少なくともアレに近付かなければ大丈夫ッチ!」

「わ、分かったですよ。甘寧、とりあえず逃げ――」

 仁菜は甘寧を振り向き、そして気付いた。甘寧が凍り付いたように、突如として現れた厄災を、プリッキーを凝視していることに。

「……甘寧?」

「……な、何とか、しなきゃ」

「えっ」

「何とかしなきゃ、何とか……」

「甘寧? どうしたです――」

「「あぁッ!?」」

 仁菜の声は、二匹の甲高い声によってかき消された。ふたりは思わずハッとそちらを見る。

「えっ、な、何ですよいきなり」

「き、き、き、キミ達……!? これは何たる偶然、空腹にケーキにジュースだッチ……!」

「まさに運命としか言いようがないリー……」

 筒をそっと下ろし、二匹は驚愕の面持ちでふたりを見つめている。

「……な、何ですよ?」

「……ふたりとも、適性があるッチ」

「魔導聖騎士……スイートパラディンとしての、適性があるリー」

 ……スイートパラディン! それもまた、少女らにとって耳慣れぬ単語ではない!

「す、スイートパラディンって、あのスイートパラディンです!?」

「おっ、スイートパラディンも知ってるッチか、話が早いッチね!」

「仁菜の思ってるそれだリー、二十三年前プリッキーと、スコヴィランと戦った! スイートパラディンだリー!」

「ちょちょちょ、え!? 待つですよ、スイートパラディンに、変身!?」

「そうだッチ。さあ時間が無いッチ、この『ムーンライト・ブリックスメーター』を使って、スイートパラディンに変身するッチ!」

 ずり落ちかけた眼鏡を、仁菜はかけ直した。

「え、あの、マジです? 兵器が一切通用しないプリッキーを唯一倒せる正体不明の女性二人組、宇宙人説、異世界人説、未来人説、人型決戦兵器説、様々な説が囁かれながら今も正体は明らかにされていない、あのスイートパラディンに、私達が!?」

「めちゃめちゃ詳しいッチね……」

「まあまあ、話が早いのは助かるリー。じゃあ早速戦ってほしいリー」

「えっ、で、でも、そんないきなり――」

「――それを使えば」

 ひとりと二匹の大騒ぎを静めたのは、沈黙を続けていた甘寧の一声であった。

「……それを私が使えば、アレを止められるの?」

「え、うん、そりゃ勿論だッチ」

「使わせて」

「ちょ、あ、甘寧ェ!?」

 左手を躊躇なくバッと差し出す甘寧に、仁菜は動揺を隠せなかった。

「あ、危ないかもですよ? あんなの相手に、怪我するかも」

「このままじゃ、あっという間に町がメチャクチャになっちゃう」

「そ、そうですけど、いきなり戦えって言われても」

「何とか……なるよッ!」

 甘寧はバシッと音を立て、チョイスからムーンライト・ブリックスメーターを受け取った!

「もう、甘寧はいつもそうやって! ……だあぁ分かったですよ、こうなりゃ付き合うですよ!」

 一瞬の躊躇の後、仁菜はマリーからブリックスメーターを受け取る!

「よし、時間が無いッチ! 変身の手順を説明するッチ、まずはふたりとも手を繋ぐッチ!」

「え、手ですか?」

「うん!」

 甘寧は間髪入れず、その右手で仁菜の左手を取った!

「もっとしっかり握るリー! 指を絡ませるリー!」

 言われるままに、指をしっかりと組み直す!

「な、なんか恥ずかしいですよ」

「そしたら次だッチ! ブリックスメーターの尖った方を上にして、バッと掲げるッチ!」

 チョイスの言った通り、ふたりは勢いよくブリックスメーターを掲げる!

「最後に『メイクアップ・スイートパラディン』って力いっぱい叫ぶリー! あとは流れに身を任せるリー!」

 ……『流れに身を任せる』の意味は全く分からなかったが、いちいち突っ込んでいられない! プリッキーは今この瞬間にも破壊行為を続けているのだから!

「行くよ、仁菜ちゃん!」

「分かってるですよ、甘寧!」

 ふたりは同時に息を吸い込み、そして叫んだ!


「「メイクアップ! スイートパラディン!」」


 瞬間、ふたりを中心に光のドームが発生! ふたりを包み込んでゆく!

「やったッチ! やはりふたりはスイートパラディン適性があったッチ!」

「……って、ぎゃっ!? どうしよ、私達裸だ!?」

「あれ!? じゃ、ジャージはどこですか!? 眼鏡は!?」

 ドームの中で手を繋いだまま、ふたりは一糸纏わぬ姿になっていた! ただし全身をコーティングするように謎の光が放たれており、肌自体は見えなくなっている!

 ふたりは空中をくるくると回転しながら、体に聖騎士としての衣装を纏い始める! 鏡のように輝く手甲が右腕に、左腕に! 続いて鉄靴が右脚に、左脚に! 肩当てが右肩に、左肩に! 煌めく宝石付きの大きなリボンが胸に! 髪型がぞわぞわと変わり、甘寧はボリューム感の非常にたっぷりあるポニーテールに! 仁菜の髪も大きく伸び、両サイドで三つ編みに編まれた上に、円を描くよう超自然的に固定された!

 そこでふたりは赤子のように身を縮め……勢い良く大きく開く! 体を覆っていた光のヴェールが弾け飛び、そこに現れるはフリルの付いたエプロンドレス! 短めのスカートの下にはスパッツ! 甘寧はピンク、仁菜は黄色! そのまま地面へ向けて落下したふたりは、大きく膝を曲げ、ズンと音を立てて着地した!

「膨らむ甘さは新たな幸せ! スイートパンケーキ!」

 先程まで甘寧だった聖騎士は、可愛くキメポーズ!

「頬張る甘さは悩みも蒸発! スイートクッキー!」

 同じく先程まで仁菜だった聖騎士は、知的さにどこか幼さを残したキメポーズ! そしてふたりは高らかに声を揃え、合体決めポーズと共に己が何者か宣言する!



「「メイク・ユア・ハッピー! スイートパラディン!」」



 弾ける光と共に、女王ムーンライトが聖騎士、スイートパラディンが! 今再びその姿を現したのである!

「……って、ホントに変身したぁ!」

「なんか思ってもない言葉がスラスラ出てきたですよ!」

「すごい可愛いしかっこいい! あと見た目重そうなのに全然軽い!」

「っていうか前が普通に見えるですよ、私視力〇・一以下なのに!」

「感想は後だッチ! 今はアイツだッチ!」

 あまりにも大きな己の変化に興奮するふたりを、チョイスが諫めた!

「そうだった、助けに行かなきゃ」

「でもちょっと遠いですよ、全速力で走っても――」

「フフフ、そこは問題ないッチ」

 チョイスがニヤリと笑いながら、スイートパンケーキの肩へ着地。同時にマリーも、スイートクッキーの肩に乗った。

「さあ、スイートパンケーキ、スイートクッキー! 地面を蹴って大きくジャンプだリー!」

「えっ、こう……うひゃあああああぁああー!?」

「ぎゃあああああああぁあぁああ!?」

 ふたりは試しに屋上の床を蹴り、跳ねた! 有り得ない! あまりにも跳び過ぎる! 校庭を大きく飛び越え、ふたりは信じられぬ速度で学校の敷地外へ! まるでジェットコースター!

「おちるおちるゥーッ!」

「だから嫌だったですよォーッ!」

 空中をシャカシャカと走るようにしながら、ふたりは何とか重力に抗おうとする! が、いくら跳べようが落ちるものは落ちる!

「し、死んじゃう! 助ける前に死んじゃう!」

「何とかするですよ二匹ィーッ!」

「大丈夫だッチ! そこらの屋根にでも着地するッチ!」

「落下の衝撃は魔導力で緩和できるリー!」

「え!? え!?」

「と、とにかくあの家の屋根に一旦着地ですよ! やればいいですねやれば!?」

 ふたりは同時に屋根の上へ……着地! 全くのノーダメージ! 同時に屋根を蹴り、再び前へ向け跳躍!

「すごい! 何コレ!?」

「体が軽いとかそんなレベルじゃないですよコレ! これならすぐ到着ですよ!」

「それがスイートパラディンの力だッチ!」

「ふたりは今最強の聖騎士だリー! その力でプリッキーをやっつけるリー!」

 ふたりはもう一度屋根を蹴り、一気に目標へと近付いた! ターゲットは未だ赤い煙を放つ、スーツのプリッキー!

『イヤダアアァ! モウイヤダアァアァ! モウ……!』

 耳をつんざくほどの絶叫を響かせながら周囲の建物を破壊していたプリッキーは、ふとその手を止めた。同時に、全身に再び赤い目が現れ、パンケーキとクッキーを睨みつける!

『ヤリタク……ナイィーッ!』

 そう叫びながら、プリッキーは新たな獲物に……突如現れた聖騎士にその手を伸ばした! 改めて近くで見ると、何たる大きさか! 十メートルほどはあるように見える! その手がこちらに、明確な敵意を持って迫ってくる!

「危なーいッ!」

「ヤバイですよォーッ!」

 ふたりは同時に大ジャンプをし、これを回避! 空振りした腕は、民家の屋根を砕いた!

「ちょちょちょ、いくら素早く動けるようになったからって、アレ喰らったら流石にまずいですよ! 一体どうやって――」

「――あのプリッキー」

 落下しながら大慌てのクッキー、その隣で、パンケーキは静かに言った。

「えっ?」

「やりたくないって」

「え、ええ。言ってたですよ」

「きっと、本当は戦いたくないんだよ」

「え?」

 ふたりは同時に屋根に着地した。

「クッキー、小学校で習ったよね。プリッキーは何でできてるか」

「……人間ですよ」

「そんなことまで習うッチか」

「スコヴィランが人間をいじって、怪物プリッキーに変える。それはみんな知ってるですよ」

「へぇー、勉強熱心だッチ」

 チョイスが感心している間に、パンケーキは続ける。

「あの中にもきっと人がいて、今も苦しんでる」

『ヤメタイヨォ! ヤメタイヨォーッ!』

 ふたりの目の前で、スーツプリッキーは頭を抱えて暴れまわっている。

「私達が、止めてあげなくちゃ。あの人の為にも」

「……そう、ですよ。でも、あんなの倒せるですかね……」

 不安げなクッキーの手を、不意にパンケーキが握った。そして、微笑んで言った。

「何とかなるよ、頑張ろっ!」

 しばし呆然としたクッキーは、しかし数秒のうちに同じ笑顔になった。

「……っしゃあ! やってやるですよ!」

 ふたりは同時に屋根を蹴り、プリッキーへと急速接近!

『イヤダアアアァア!』

 プリッキーはその右腕で、ふたりの聖騎士を叩き落そうとする! が!

「「ムーンライト……パーンチ!」」

 ふたりは同時に叫び、ただ拳を前に突き出した! すると、嗚呼、何たることか! 圧倒的サイズ差にもかかわらず、聖なる属性の付与されたガントレットは、プリッキーの放った拳を易々と弾き飛ばしたのだ!

『プリッキィーッ!?』

 何が起きたか分からず困惑するプリッキー! 再び屋根で勢いをつけたふたりは、その隙に追撃を叩き込む!

「「ムーンライト……キーック!」」

 息を合わせ、何の捻りも無いキックを胴体へ叩き込む! プリッキーはその場にズンと倒れ、悶絶!

『プリッ! キィーッ!』

 だが、プリッキーの破壊衝動は留まるところを知らない! 倒れながらも手足をジタバタさせ、周囲の建物を巻き込んでいるではないか! 辺りでは人々が逃げ惑い、凍り付き、あるいはスマホで写真を撮っている! これ以上暴れさせては、彼らまでも危険!

「スイートパラディン! 今のアイツは隙だらけだッチ! 必殺技を使うッチ!」

「ひ、必殺技!?」

「アイツの前で、さっきみたいに手を繋ぐリー!」

「わ、分かったですよ!」

 ふたりは割れた道路へ軽やかに着地! 変身時と同じように、指を絡めてしっかりと繋いだ!

「そ、それで? どうするですか?」

「その手に気持ちを集中するッチ!」

「ふたりの魔導力を混ぜ合わせて、力に変えるリー!」

「ま、魔導力?」

「言ってる意味が――」

「早くするッチ! アイツが起き上がるッチ!」

 その通り! 既にプリッキーはこちらをギロリと睨みながら、その上体を起こそうとしている! ふたりは目を閉じ、繋いだ手と手に気持ちを集中させた!

 温かい。鉄のガントレットを着けているにもかかわらず、まるで直接手を繋いでいるかのようであった。クッキーの手が、確かにそこにある。パンケーキにはそれが分かる。クッキーの手から、何か熱いものが流れ込んでくる。生命の息吹が。

「ふぁ」

 腕を伝わり全身に駆け巡るそれは、とても気持ちがいい。こちらからも返さねばならないと、パンケーキは思った。この高まるものが魔導力なら、それを今は自在に操れる気がする。彼女は再び手に集中し、己の熱い魔導の波をクッキーへ送り込んだ。

「んふっ」

 くすぐったそうにクッキーが声を出す。分かった。これが魔導の循環だ。まるでひとつの生命のように、ふたりは魔導エネルギーを体内で循環させていく。パンケーキがクッキーで、クッキーがパンケーキであるような、曖昧な感覚。もっと、もっと循環させたい。同時に感じたのは、まるで背中を誰かに押されているような感覚。とても大きく、神聖なものに。解き放ちたい。自分達の中で蠢いている、強大な魔導のエネルギーを。

『プリッキィーッ……!』

「「はあぁッ!」」

 プリッキーが立ち上がり、再始動しようとしている! ふたりは同時に目を開き、空いた片手を強く握りしめた! パンケーキの左腕にはピンク色のオーラが! クッキーの右腕には黄色のオーラがほとばしる! 大いなる力が、ふたりの背中をぐいと押した! 今だ! 一瞬のずれもなく、ふたりは叫んだ!

「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」

 瞬間! 大きく突き出されたパンケーキの左腕からは、ピンク色の光の波が! クッキーの右腕からは、黄色の光の波が! ふたつは螺旋を描いてまざり合い! 光に怯えるプリッキーへと真っ直ぐに飛んでゆく!

「「はあぁーッ!」」

『ヤメタイィイィ!』

 スイート・ムーンライトパフェ・デラックスはプリッキーを直撃! プリッキーの巨体が、光に包まれる!

『プリッ! キィーッ!?』

 やがてその姿はぐんぐんと小さくなり……人間大まで縮むと、地面に落ちた。同時に空の不自然な赤も霧散し、そこには元の青い空が戻ったのであった。

「……やっつけた」

「……ですよ」

「やったッチ! 流石、チョイスとマリーの見立てに間違いはなかったッチー!」

 得意げなチョイスを無視し、パンケーキは駆け出した。

「ちょ、パンケー……あっ」

 パンケーキの走って行った先、つまりプリッキーのいた場所には、ひとりの男が仰向けに倒れていた。スーツを着た、三十代くらいの男が。

「おじさん、大丈夫ですか!」

 パンケーキが揺さぶると、男は小さな唸り声を上げ、やがて目を開いた。

「ああ、よかった……」

 パンケーキはほっとしたように微笑んだ。

「き、君は」

「大丈夫です、もう何も壊したりしなくていいんですよ」

「……あ……僕は」

「パンケーキ! ま、まずいですよ!」

 男が何か言いかけたのを、隣へ駆けてきたクッキーが遮った。

「えっ?」

「ほら、周り周り!」

「……あっ!」

 パンケーキは周囲を見渡し、そこで初めて事態を理解した。いつの間にかギャラリーが集まってきている! もう安全だと理解した町の人々が戻って来て、派手な格好で豪快にプリッキーと戦ったスイートパラディンをひと目見んとしているのだ! スマホを構えて撮影している者までいる!

「あ、ど、どうも~、ご迷惑おかけしてまーす……」

「何やってるですか、逃げるですよ! コレ絶対面倒に巻き込まれるやつですよ!」

 手を振っているパンケーキを、クッキーがぐいと引っ張る!

「あうっ、でも」

「ほら、警察の人とか来たらどうするですか! 絶対めんどいことになるですよ!」

「うう……そ、それじゃあ! もう平気ですからね! 大丈夫ですよ!」

「気を付けてお帰りくださいですよ!」

 スーツ男と慌ただしく別れを済ませ、ふたりは大きく跳躍! シュンシュンと風を切る音を立てながら、目にも留まらぬスピードで現場から遠ざかっていく! 住民達は一生懸命それを目で、カメラで追っていたが、ほとんどピンクと黄色の風にしか見えないふたりの動きは、すぐに捉えられなくなってしまった!

「……パンケーキ、クッキー、ふたりともよくやったッチ」

「スコヴィランの企みを、まずはひとつ潰すことができたリー」

 逃走中のふたりに、二匹の小動物達は能天気な声で語り掛けた。

「これからふたりはスイートパラディンとして、この世界に現れるプリッキーやスコヴィランをやっつけるんだッチ」

「それが女王様のふたりに与えた使命だリー」

「ちょ、ちょっと待つですよ、なんか勢いで戦っちゃったけど全然状況掴めてないですよ私達」

 二匹の勝手に話を進めていくのを、クッキーが制止する。

「そもそもアナタ達が何なのかも、スイートパラディンのこともよく分かってないですよ! 女王とか使命とかよく分かんない単語も出てきやがりますし、もう少し……ホラ、パンケーキからも何か言うですよ!」

「――これからも、出てくるんだよね、プリッキーが」

 大いに混乱するクッキーの隣で、パンケーキはきりっと前を向いていた。

「え?」

「そうだッチ、スコヴィランを倒さない限り、プリッキーがどんどん生み出されてこの世界を破壊していくッチ」

「それを止めるには、ふたりが戦うしかないんだリー」

「じゃあやる!」

「ちょ、パンケーキ!?」

 あまりにもあっさり戦いを承諾するパンケーキに、クッキーは困惑を隠せない表情で言った。

「ね、クッキー! 守ろ、世界の平和!」

「え、えぇー……何ですかその爽やかな笑顔は……」

「パンケーキは勇ましいリー!」

「クッキーも覚悟を決めるッチ、食べかかったアイスだッチ」

「乗りかかった舟みたいに言うのやめるですよ! 大体……うぅー、パンケーキ、マジで戦う気ですか? アナタの気持ちもまあ分かるは分かるですけど――」 

「何とかなるよ!」

 クッキーの様々な懸念を一蹴するように、パンケーキは笑顔を添えて宣言した。

「何とかなるよ、頑張ろっ!」

「……うぅー……アナタのその顔には昔から弱いですよ……」

 その眩しい顔から少しだけ目を逸らし、数秒考えたクッキーは、観念したようにため息をついた。

「……分かったですよ、その、食べかけたアイスですよ」

「よくぞ決心したッチー!」

「これからよろしくリー!」

「頑張ろうね、クッキー!」

「うぅ、本当に大丈夫ですかね……と、とりあえず学校に戻るですよ、荷物もあるですし……」

 隣同士並んだふたりは、風のように学校へ向け跳んで行く。これから訪れる長い長い戦いへの使命感、不安感、高揚感……様々な感情、そしてついでに不思議な生物二匹を背負って。




「あれが、新しいスイートパラディン」

 ……ふたりは知らない。プリッキーの暴れた現場から、少し離れた場所。駅前ビルの屋上から、復活したスイートパラディンをじっと観察していた二人組がいたことを。片方は、短髪で眉の太い男。四月も中旬だというのに、赤と黒のロングコートを着用している。

「スイートパンケーキに、スイートクッキー」

「ハッ、弱そうな名前」

 隣でそう嘲笑ったのは、短めの髪で春らしい洋服を着た、一見するとどこにでもいるような三十代ほどの女。だがその赤い瞳が、彼女の正体が単なる成人女性ではないことを物語っている。

「カイエン。結構アッサリやられたね、アンタのプリッキー」

「セブンポット、お前新入りのくせに生意気ったい。今日は軽く遊んでやっただけに決まっとろうもん」

「……あっそ。じゃあいいけど。次はいいとこ見せてね、センパイ」

 セブンポットと呼ばれた女は、肩をすくめてみせた。カイエン……即ち、かつてのスコヴィランの戦士がひとりは、この生意気な新入りを怒鳴り付けるべきか本気で悩んだが、何とかこらえた。

「……まあ良かたい。それで、どげん思った」

「何が」

「決まっとろうもん。スイートパラディンたい」

「……別に。大したことないんじゃない? 力も全然使いこなせてないし、今のアタシでもアッサリ倒せそう」

「お前……実戦経験無かとにどっから湧いてくっとねそん自信は」

 呆れるカイエンを前に、セブンポットは不敵な笑みを浮かべて見せた。

「ナメないでくれる? アタシだって二十三年間待ってたんだから、戦える日を」

「あーそうね。どれだけのモンか見ものたい……でも今日は帰るばい、キャロライナに報告せなんけんね」

 皮肉っぽく言うと、カイエンはすたすたと歩き始める。

「ほら、帰るばい。行きは歩かなんばってん、帰りはテレポートでよか。便利かろ」

「へー、いいじゃん。便利便利」

「……せからしかぁー」

 悪態をつきつつも、カイエンは新入りの前でテレポートのレクチャーを開始した。

「よかね? そげん難しくなかけん。アジトをイメージしながら何歩か走って、えいッとジャンプ。失敗しても飛べんだけで壁ん中に出たりはせんけん、やってみんね」

「ハイハイ」

 セブンポットはゆっくりと構え……。

「やってみせるッ」

 五歩ほど走り、跳躍! そのまま飲み込まれるように時空の狭間に消えた!

「……な、なかなか飲み込みが早かやんね」

 誰もいない空間に向け、カイエンはぽつりと呟いた。

「……俺も帰らんばね」

 プリッキーの破壊跡に、救急車や消防車、そしてパトカーが集まり始めている。これ以上残っていても、特にやることは無い。カイエンはほんの数秒、それを見ていた。理不尽な力によって突然破壊された、何も知らぬ人間達の生活の場を。

「……悪く思いなさんな」

 カイエンは小さな声で呟き……数歩走って跳躍。

 次の瞬間そこにあったのは、ただ、静寂だけであった。

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