第14話 その血の主は・二
「とりあえず、返書を書かないといけませんね。
「ああ、構わない。
「
伯珪が頷くのに続いて
「白虎殿も、欲しいものがあれば遠慮なく言ってくださいね。用意できるものは用意させてもらいますから」
〈わかった。今は特に思い当たらないが、あれば言わせてもらおう〉
そう白虎が雷禅の申し出に答えた、そのときだった。
「――――――――っ」
ぞわり、と背筋を駆け上がってくるものがして、琥琅はばっと立ち上がった。白虎もそれは同様だ。
離れた場所で、力が生まれた。冷たく、深く、重く、危険な予感しかしない気配。
この気配を、琥琅は知っている。幽鬼が近づいてきたときに感じたものだ。
「っ琥琅!?」
琥琅は剣を握ると、雷禅が驚くのも構わず駆けだした。隣に姿を見せた白虎の背に乗り、駆けさせる。
「これ、幽鬼……!」
「ええ。商人に扮して入り込み、関所を混乱させるつもりなのでしょう。噂に加えて、この人の数です。混乱させることは容易かと。――――狡猾なことです」
そう吐き捨てる間にも、白虎は小門を超えて要塞の前に突入した。己と琥琅を見て立ちつくし、言葉を失くす人々に脇目もふらず駆けていく。
「白虎、あれ!」
野宿する者たちの天幕が集う区域の端まで来て、琥琅は他の天幕からやや離れたところに張られた二つの天幕を指差した。さっきよりはいくらか濃い術の気配が、片方の天幕から立ち昇っている。
「あれ、斬る!」
「御意!」
是と言うか早いか、白虎は琥琅の意図を正確に理解し、天幕のすぐそばへと飛び込んだ。その前に抜かれた琥琅の剣は、振り払われ、白虎が駆ける速度のまま高い音を引き連れ、細い柱を叩き折って布を切り裂く。
そうして切り裂かれた布地の合間から、天幕の中の異様な様子が白日の下にさらされた。
狭い天幕の中、所狭しと細長い箱が置かれていた。全部で五つ。どれも魚や剣よりずっと大きなものが入る大きさで、呪術の札が蓋に貼られている。
箱が並ぶ中に座っていた男と、天幕の外に立っていた二人の男は闖入者を見るや、ぎょっとした顔になった。
「何故ここに……! 術で誰にも気づかれぬようにしていたはず……!」
「いや待て、あれは白い虎……魔獣だぞ!」
「ということは、この女が…………!」
男たちはそんなわけのわからないことを言っていたが、一体何に思いいたったのか、琥琅に殺意だけでできた目を向けてきた。腰に佩いていた鞘から剣を抜き、構える。体格といい構えの姿勢といい、素人ではなく剣に慣れた戦士であるのは間違いない。
そしてそんな男たちに守られるようにして、天幕の中で座る男は指で何かを形作り、中断していた詠唱を再開した。一端失せていた幽鬼の気配が、また高まりだす。
止めなければならない。琥琅がそう直感した刹那、男が襲いかかってきた。
振り下ろされた一撃を剣で受け止めると、じいん、と腕が重みで痺れた。見かけどおり重い一撃だ。調子に乗って受け止めていると、腕が耐えられなくなるに違いない。
もう一人からの時間差の攻撃は、白虎が男に跳びかかって防いでくれた。地面に押し伏せ、首筋に牙を立てて絶命させる。びくびくと男の身体が痙攣した。
渾身の力を込めて琥琅は男の剣を弾くと、そちらには目もくれず、呪文を唱える男を狙った。手加減なんてしている余裕はない。目を大きく見開く術者の喉を、一薙ぎで斬り払う。
「く、くそ!
先ほど以上の憎悪で目をぎらつかせ、生き残った男は琥琅を睨みつける。だがそんなもので怯む琥琅と白虎ではない。じわりじわりと男を追いつめる。
〈観念しろ。大人しくすれば傷つけはしない〉
血濡れた牙を見せ、白虎が投降を呼びかける。しかし、憎悪で凝り固まった者が聞くわけがないのだ。全身から放たれる気でもって、男は拒否を示す。
「琥琅! 大丈夫ですか!?」
ならばと琥琅が動こうとしたそのとき、背後からそんな声が聞こえてきた。振り向きはしないものの、琥琅の意識が一瞬そちらへ向く。
その隙を逃がさず、男は懐にしのばせていた短剣を琥琅と白虎に放ってきた。琥琅と白虎がひるんだ一瞬のうちに、この場から逃走する。
が、白虎が男に追いつくより早く、頼もしい援軍が男の足止めをしてくれた。
天華が上空から天華が急降下し、逃げる男に襲いかかったのだ。逃げることに必死だった男は、思いがけない頭上からの襲撃に即応できない。片腕で顔を庇いながら、がむしゃらに剣を振り回す。
走るまでもなく追いついた琥琅は、今度こそ男の喉首に剣の切っ先を突きつけた。白虎は背後に回り、今度こそ逃がさないとばかりに唸り声を上げる。
〈今度こそ大人しくしろ。もう逃げられぬぞ〉
「誰が清人と魔獣に許しを乞いなどするものか!」
「っ!」
白虎の呼びかけを拒否し、男は叫ぶ。はっと琥琅が気づいたときにはもう遅かった。
男の口がきつく閉じられたかと思うや、唇の端から血が一筋伝い、目から光が失われた。地面に倒れ伏し、動かなくなる。
秀瑛が駆け寄り、首筋に手を当てた。しかし男はぴくりとも動かないままだ。死んでいるのは明らかだった。
白虎は困惑した声を上げた。
〈一体何者でしょうか。何故、このようなことを……〉
「わからない。でもきっと、白虎廟の前の、仲間」
首を振り、剣を鞘に収めながら琥琅は断定した。
白虎廟の前で死んでいた男とこの男の身なりは、とてもよく似た意匠をしている。それに、男たちは白虎と琥琅を見ておかしなことを言っていたのだ。仲間であると考えるのが妥当だろう。
琥琅が男たちの天幕のほうへ戻ると、雷禅が死んだ男の一人を見下ろし、言葉もなく立ち尽くしていた。その顔は蒼白で、大きく目が見開かれている。
「雷? どうした? 怪我?」
尋常ではない様子の理由がわからず、琥琅は雷禅に近づいて頭のてっぺんから爪先までざっと見てみた。が、やはり服は破れていなければ、血がにじんでもいない。怪我なんて見当たらない。
「…………………この人は、知り合いなんです」
ぽつり、と震える声で雷禅はこぼした。琥琅たちはえ、と目を見開く。
「僕が以前……
言葉を詰まらせた雷禅の身体がぶるりと震えた。雷禅は口元を手で覆い瞳を揺らす。
「どうして……こんなことを……………………」
雷禅が見つめる先の男は、目をかっと見開いて口から血を流したまま、ぴくりとも動かない。これからも動くことはない。――――――――もう死んでいるのだから。
ざわめく周囲から一層大きな声がした。騒ぎを聞きつけた兵たちが来たようだが、そんなものに構えるはずがない。
「……雷、もういい。見なくていい」
琥琅は自分より背の高い雷禅の頭を抱き寄せ、そっと髪を撫でた。養母や雷禅の義母が、琥琅にしてくれたように。語彙が乏しく気の利いたことなんて言えないから、自分が安心する方法を彼にもしてあげることしか思いつかなかった。
今回は、この接触を拒まれることはなかった。
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