第9話 足跡を辿って・一
天幕の外へ出てみれば、すっかり高くなった日の下、琥琅と同じ頃に眠ったはずの男たちが元気な姿を見せていた。さすが、最近まで戦に参戦していた傭兵と言うべきか。使えなくなった天幕の解体やら何やらといった昨夜できなかった作業を、少ない人数で手際良くこなしていた。
琥琅が周囲を見回していると、天幕の影から
「
「ああ琥琅、おはようございます」
そう琥琅に挨拶する雷禅は、男たちとは正反対にまだ眠そうだ。目をしきりに瞬かせ、小さく欠伸をしている。
不意に、雷禅がじいと琥琅を見つめた。彼があまり動いていない思考を巡らせているのを視線の動きで悟り、琥琅は首を傾ける。
「雷、どうした」
「………………いえ…………貴女に何か言おうと思っていたんですが、忘れてしまいました」
「……」
なんだそれは。琥琅が胡乱な目で雷禅を見ると、彼は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。まあそのうちに思い出すでしょう、とごまかすように笑い、琥琅を
昨夜は結局食べ損ねた猪肉の切れ端を今日こそ琥琅が食べていると、
「雷禅さん、琥琅さん。おはようございますー」
「おはようございます、黎綜殿。他の人たちは、先に作業現場へ行ってしまったんですか?」
「はい。ここに残ってるのは、使えなくなった天幕の解体とか飯や道具の調達とかを任された人だけです。叔父上たちは、撤去作業をしに行っちゃいました」
そうだ、と黎綜は両手を叩いた。
「雷禅さん、琥琅さん。朝餉を食べたら、一緒に集落へ行きませんか? 僕、馬と道具の調達を任されてるんですけど、雷禅さんに値引き交渉してもらえたら、安く買えると思うんです」
「確かに、仕事で値引き交渉はよくやってますけど、安くしてもらえるかどうか……まあ、肉体労働よりは僕に向いた仕事ですし、付き合いますが……」
と、黎綜の頼みに頷きながらも、雷禅は琥琅にちらりと目を向けた。集落か作業場、どちらの人ごみを選ぶのかと視線が問う。
「……俺、残る」
「残るんですか?」
「そいつ、賊殺せる」
意外そうな顔をする雷禅に、琥琅はそう説明した。
昨夜、黎綜は他の者に背を預けながらだが、普段の呑気そうな雰囲気とは裏腹な剣さばきと躊躇いのなさで戦っていたのだ。琥琅が見た限りは、雷禅と同等以上の技量がある。あれならば、賊相手の雷禅の護衛として充分だろう。
雷禅を守ることは役目であり意志だが、だからといって他者に任せないのは愚かであるとわからないほど、琥琅は頑迷ではない。力量や性根を見た上で判断する程度の理性は持ち合わせていた。
「そうですか……なら、気をつけてくださいね。また妖魔や幽鬼が現れないとも限りませんから。こういう事態ですから、貴女が言っていたおかしなことというのも気になります」
「ん。雷も、気をつけろ」
頷き、琥琅も雷禅に注意を促した。
そうして朝餉を終えた琥琅が雷禅たちと別れ、作業現場へ向かうと、土砂の撤去作業はすでに始まっていた。作業に従事している
彼らに混じって働いていた秀瑛が琥琅に気づき、片手を上げた。
「よお琥琅殿。雷禅殿はどうしたんだ?」
「黎綜と買い物」
「ああ、なるほど。雷禅殿なら、上手く値切ってくれそうだもんな」
いい手を思いついたなあいつ、と秀瑛は何度も頷いた。
それはどうだろうか。商売に興味のない琥琅であるが、雷禅の義父が『商品に正当な評価を与えるのが商人の役目』と我が子に教えていることは知っている。取引するかどうかの交渉はできても、値切る交渉はできないのではないだろうか。金を払わない琥琅にはどうでもいい話だが。
ところで、と秀瑛は話を変えた。
「こっちの人手は、今のところ必要ねえよ。集落から手伝いに来てくれた奴が思ったより多くてな。だからあんたは念のために、妖魔だのなんだのがいねえか森の中を調べてくれねえか? 一応、この周辺は軽く見回ったんだが、撤去作業を邪魔されたら困るからな」
「……わかった」
「助かる。んじゃ、誰かつけたほうが……」
「要らない」
首を巡らせ部下を呼びつけようとした秀瑛に、琥琅はきっぱりと言った。彼の部下たちは手だればかりだから戦力になるだろうが、せっかくろくに知らない男たちとの重労働から逃れられるのに、ついて来られるのは嫌だ。
「そうか。んじゃ、頼むな。ついでに、今日も何か獲ってきてくれるとありがてえ」
「……できたらな」
狩りはそう毎回成功することではないというのに、そんな期待の目で見られても困る。承諾はしたものの、この男と話をしたことを琥琅は後悔した。
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