第19話:小児科医と相談美少女




 アンネリースが遠慮がちに病室を訪れた夕暮れ。

 アナスタシアの体温は、すでに平熱に戻りつつあった。

 完全に解熱すれば退院が認められ、入院生活は終わる。


 そもそも今回の入院は、法力素による臓器や脳神経系の炎症を恐れてのものだ。

 危険性が消えれば病院を出されても文句は言えない。

 第二第三のアナスタシアのためにもベッドは開けるべきである。

 ほら、今は非常事態だから。


 こうして紆余曲折ありながら、僕は二度目の夜を病室で過ごすこととなった。

 消灯すれば話し相手は巡回の看護師さんくらいで、ずっと黙っている。

 アンネリースもぐっすり熟睡中だ。


 独り言もままならないと逆に落ち着かない。

 明け方、僕はひっそり部屋を出た。

 顔を洗って襲い掛かる眠気を吹き飛ばすために。

 あるいは独り言を満喫するために。


 消灯中の薄暗い廊下は異空間のようにしんとしていた。

 そっと歩いていても靴音が妙に反響する。

 お化けが出たりするのかな。……ないよねぇ。ないない。

 こんな新品の病院で出てきてもらっては困る。


 あー、考えるな。考えるのやめ!

 かぶりを振って恐る恐る振り返ってみても、遠くにスタッフステーションの明かりが見えただけだった。


「成人男性が怖がってどうするんだよー、もう。格好悪い」


 考えない。考えないぞ。

 よし、はいっ! おわりっ!


 自分で自分のテンションを維持しつつ、洗面室へ入った。

 五つ並んだ背の低い洗面台で顔を洗い、寝ぐせみたいにはねた髪をつまんで戻す。

 ぴかぴかの鏡に映るのは、赤茶の短髪に眠そうな目をした、ありふれた男。

 ぱっとしない顔を両手でぱちん、と叩いて気合を入れた。


 アナスタシアはじきに退院する。マンションに帰ったら、落ち込んだアンネリースのフォローもしなければならない。

 特効薬が帰ってくるまでは、僕が看てあげなくちゃならないのだ。

 二人揃ったらまた何か買わされるかもしれない。

 無理難題を押し付けられるかもしれない。


 おもちゃに暇なしだ。拒否権を持たない以上、やるしかない。


「がんばろ」


 ゆっくり深呼吸して、洗面室を出た。

 そして、そこで出くわしたのは――


「……お前、どうしてここに?」

「げっ、キース先輩。……あはは、ご、ご無沙汰しております?」


 まさか、だ。

 水色のケーシーを着たキース先輩と出くわしてしまった。


「……マーニじゃ、ないよな?」

「弟のソールで合ってますよ」

「……う、うわああぁぁぁー!! ついに幻覚まで見えだしたのかと思った……」


 うずくまって頭を抱えるキース先輩の声は、どことなくしわがれていた。

 いつもより掠れていた。


「つーか、なんでお前病棟にいるんだよ。不法侵入だぞ?」

「いやぁ、知り合いの妹さんが入院中でして。僕は夜間の交代要員でいるだけです」


 上手くはぐらかしてこの場を乗り越えたい。

 キース先輩はアナスタシアを知る数少ない人間だ。感づかれるのは非常にまずい。


「知り合い?」

「はい。知り合いの」


 押し切れ、僕。

 いけるいける。


「知り合いなぁ……」

「先輩と違って交友関係わりとあるんで」

「そうなのか?」


 そうじゃないけど!


「そうです!」

「……ふーん」


 あ、納得した感じのふーん、だ。しめしめ。


「院長先生こそ、こんなところで何してるんですか?」


 明け方に病棟をほっつき歩く院長先生なんて、前代未聞だ。


「い、いや、こ、これはあの、な? うん、べ、別に」

「動揺が隠せてないですよ」


 虫の脚みたいに手を蠢かせて狼狽えられると、好奇心に火がつくじゃないですか。


「や、あ、あぁー……。告げ口しないでくれるか?」


 奥さんか。奥さんだな。

 僕と似た背格好のくせに、小型犬感が凄まじい。

 告げ口されたら命がないんだ!! みたいな必死の形相だ。


「しませんって」

「うそついてないよな?」

「ついてないですー」


 キース先輩は「はああぁぁぁぁ」と長い長いため息をついた。


「実はな、逃げてきたんだよ。……いくらやっても仕事が終わらないんだよぉ」


 長くなりそうなので、とりあえず二人で洗面室に入る。


「もしかして、僕が増やしたアレですか?」


 アレ、と言った途端にキース先輩の目が潤んだ。


「このヤロウありがとなぁぁ!!」


 首を掴まれてぐらぐらと揺らされる。


「うぐぅー。八つ当たり反対ー」

「感謝してるんだよぉぉぉ!!」


 ぐらんぐらん揺さぶられすぎて、むち打ちになりそうだ。


「やーめてくださいー」


 僕が手首を掴むと、腕が離れる。

 その代わり、また指がわなわなと震え始めた。


「うぅ……。俺だって自分なりに頑張ってんだ……頑張ってんだよ! 量がおかしいんだって……こんなバカみてぇな会議だの進捗状況報告だのさばけるわけないんだよ! 大体何であんなおっさんどもと話し合わなきゃならねぇんだ! 毎回毎回偉そうなハゲに暴言吐かれても笑ってるんだぜ? この俺が!! 俺スゲェよなぁ!? キレずに大人やってる俺褒められてもおかしくないよなぁ!?」

「すごいすごい。キース先輩素晴らしいコミュニケーション能力です」

「だよなぁ!?」


 ストレスで色々狂ってらっしゃる。


「スタッフにも無理させてるし、人手足りねぇし、患者は雪崩れ込んでくるし……求人出しても、グラズヘイムは規則上アンフィニしか雇えねぇから人集まらねぇし……うあああぁぁぁぁぁ!!」


 頭を抱え、うずくまってしまわれた。


「た、大変ですね」

「ああ大変だよ!」


 顔だけが持ち上がり、睨まれる。

 赤い瞳が大方死んでいた。


「お疲れさまです」

「うぅー、あああぁ!! よそから人手借りようにも冷たくあしらわれるし、どこもカツカツだし……医師も看護師も……ああああぁぁぁぁ!! ありとあらゆる職種が足りねぇ!! 人手が欲しいよぉぉぉ……叶うなら院長補佐も雇いてぇ……」


 持ち上がった頭はまた抱えられる。


「キース先輩、あんまり叫ぶと人が来ますよ?」

「どこかに落ちてねぇかなぁ、人員……。このままじゃ過労死する……万が一職員が倒れたら俺、マジで泣くかもしれねぇ……。うぅ、助けてくれぇ。人手が、人手がぁ……」


 キース先輩はしばらく唸っていた。


「……はっ!!」


 声をかけようとしていると急に唸りが止み、キース先輩は勢いよく立ち上がった。

 心を読むまでもなく嫌な予感がする。


「ソール。お前マーニと双子ならアンフィニだよな?」

「うっ……。まぁ、そうですね」


 死んだ瞳にぱぁっと光が灯される。


「なぁ、後輩。お前専門は?」


 あーあ。きたきた。


「言うんですか?」

「言え」

「言わなきゃいけないんですか?」

「言え!」

「どうしても?」

「どうしてもだ!」


 両腕をがっちり捕らえられる。

 逃げられなくなってしまった。


「……小児科です」


 今度は表情に生気が宿る。


「なぁ!? 俺が言いたいことわかるよな!?」

「えー、やですよー」

「なぁ!?」


 もうやだこの人、目が据わってる。


「りょ、療養中の身なので?」

「最大限配慮はする!」

「研修医に毛が生えた程度の若造ですけど……」

「毛が一本生えてるだけでも万々歳だ! 基本業務の経験があれば大丈夫だから! なっ!?」

「でも」

「なぁっ!?」


 拒否権をください。

 徐々に迫ってくるキース先輩に身の危険すら感じる。


「なぁ!?」

「うっ……」


 さてどうするべきか。

 スタッフステーションまで距離があるせいか、誰も院長先生を連行してくれない。

 助けて。もう先生はしたくない。


「三か月! 三か月でいいから! 給料は……まあ、それなりに出すし、法に触れるような過重労働も多分させねぇから!」

「まあとか多分とかをつけないでくださいよ。絶対うそになるやつじゃないですか」

「俺を信じてくれよぉ……頼むからよぉ……」


 だから、情けない顔をしないでくださいって。


「助けてくれぇ……」


 呆れるくらいまっすぐ懇願される。

 良くも悪くも表裏のない人だなぁ、キース先輩。

 ここまで頼み込まれるとさすがに突っぱねられない。


「あー。ええと、持ち帰らせてください。近いうちに連絡します」

「待ってるからな!? 忘れんなよ!?」

「忘れませんって」


 自分の運の悪さを呪いたくなった。

 鉢合わせした相手がまさかのキース先輩だなんて、あんまりだ。

 もう小児科医の肩書は廃棄処分する予定だったのになぁ。向いてないし。


 うわぁ、憂鬱だ。返事をせずにばっくれたい。

 体よく記憶喪失にでもならないかな。……あはは、無理ですよねー。


「よっしゃ、逃げて正解だったな! これも神の思し召しってやつ? 俺そういうのこれっぽっちも信じてねぇけどよ!」

「どこのどいつですか、その神様。今からぶっ飛ばしに行きたいですよ」


 僕はあいにく神王様一筋なもので。

 神様を名乗るのならもっときちんとした良縁を結んでもらいたい。こんなむさ苦しい野郎じゃなく、お淑やかでナイスバディな女性と出会いたかった。


「怒るなって」

「怒ってませんー。ていうかポケット滅茶苦茶ブルブルしてますけど?」


 丸め込まれたあたりから、バイブ音が洗面室に響いている。

 恐らく、キース先輩の所持する携帯端末だろう。


「き、気づかなかったことにしようと思って……」

「奥さんに文字通り殺されますよ?」

「だってよぉ」

「だってじゃありません」


 しょげたキース先輩は「じゃあな。俺、地獄へ帰るわ……」と残して洗面室を出た。



「お、おはようございます……」

「ごめ、ごめんって。ちょっと日の出が拝みたくてヒィッ! すみません。申し訳ない。すぐ行く、走って行く」

「うっ。うん、ああ。え?」

「……半熟のオムレツ食べたい。あまいの。……うん、うん」

「ありがとな。その、お前も少しは休めたか?」

「えっと……おう。今度三人でな」



 遠ざかっていく会話には家族のぬくもりが滲み出ていた。



 *****



 アナスタシアの退院後、僕はスコーンを焼く任務を仰せ使う。

 紅茶のジャムをたっぷり添えて、二人にごちそうするとてもやりがいのある任務だ。

 ティータイムに贈られるアナスタシアの笑みと感謝の言葉が至高のご褒美だった。


 数日はだるそうにしていた彼女だが、若さゆえすぐに活気を取り戻す。

 喜ばしいことに、今回焼いたスコーンは及第点ではなく合格を頂戴できた。

 そんな嬉しい話がありつつも、僕の意識はキース先輩と交わした約束に大半を割かれていた。


 この件は、きっぱり断りたい。

 だけど、憔悴した顔が浮かんで心が揺らぐ。

 グラズヘイムは、ある高名な小児科医の声掛けによって優秀な医師が集結した。

 実のところ、僕もひよっこ研修医時代に目をかけてもらった人物である。

 信用に足りうる彼に見出された人材なら、知識面も技術面もまず問題ないだろう。


 いくら優秀でも、人となりまでは測れないけれど。

 十八で医学科を卒業して約五年程度。

 グラズヘイムは未熟者に務まるような場所なのか。

 当直も病棟も外来も一通り経験してはいる。しているんだけどさぁ……。


「うぅ……あー、うあぁー……」


 スコーンを胃袋に収めたお嬢様方はベランダで歓談中だ。

 ガラス越しの背中から、楽しそうなオーラが漂っている。

 対して僕は部屋の中をぐるぐるぐるぐる回り続けていた。


「あぁー……あぁーっ!」


 などと奇声を発しながら。

 こうしている間にも貯蓄は減っている。せっかく誘ってもらったんだ。

 気のおけない人がトップにいる病院で働くのも悪くない。

 おまけに血を分けたマー君まで在籍している。


「向いてなくて辞めたのになぁ……」


 半年前、僕は病気療養の名目でヒキコモリになった。

 次失敗すればもう逃げ場はない。

 もう助けてもらえない。

 愛想をつかされる。見放される。


「あぁー……」


 ぐるぐるうろうろ。

 ひたすら悩みながら、でも、と、いや、を繰り返す。


「ちょっとソール! 奇行にはしるのは結構だけれど、私たちの目の届かないところでやってくれないかしら!」


 掃き出し窓が乱暴に開き、アナスタシアに叱られてしまった。


「うぅ……なっちゃぁん……」

「何よ気持ち悪い」

「悩めるおもちゃの相談に乗ってくださいませんか……」

「ますます気持ち悪いわよ、あなた」


 十四歳の女の子にする話じゃないけれど、打ち明けられる相手が他にいない。


「お願いだからさぁ……」


 今とびきり情けない顔してるんだろうな、僕。

 だってほら、お二方の目つきが憐みに染まっているし。


「そうねぇ」


 アナスタシアとアンネリースは顔を見合わせ、にやりと口角を吊り上げた。


「おつかいしてくれるのなら、乗ってあげてもよくてよ。ねえ、あっちゃん」

「だね」

「ありがとうございますぅ……」



 こうして二十四歳独身男性による、将来についての大相談会が幕を開けた。



「じ、実はですね」


 ベッドに座ったアナスタシアとアンネリースと、椅子に座らされた僕。

 まるで入社試験の面接みたいで、妙に緊張する。


「この前、街で偶然学生時代の先輩に出会いまして」

「まして?」

「その時に、うちで働かないか、って誘われたんですよ」

「ふんふん」


 知られたくないなぁ。

 でも言わなきゃなぁ。


「先輩が運営しているところ、僕の前職と同じ職種で」

「絶望的に合わなかったってやつ?」

「そうそれ。先輩とは昔から仲良くしてたし、断りたくないなぁって思うんだけどね、如何せん……」

「向いてない仕事に復帰したくない、と」

「ソール君、そもそもどこで働いてたの? 神官じゃないみたいだけど」


 言いたくない。

 言わなきゃ相談にならない。


「ええと、ですね……」

「濁さないの」

「笑わないでくれる?」

「場合によっては笑うわ」

「えぇー」


 もう、容赦ないなぁ。


「八割は笑わないからさくっとバラしちゃいなって」

「う……、その、ですね。半年前、……冬までなんだけど、病院で働いてました」

「病院?」

「小児科で医者を……」


 場の空気が凍りつく。

 紫と青が大きく開かれ、ゆっくりまばたきをして、数秒後――


「えぇぇぇぇえぇぇえぇえぇー!?」


 驚愕の雄叫びが見事に重なった。

 想像通りだ。


「待って、予想の斜め上すぎて逆に笑える。え、えっ? ソール君先生だったの?」

「にわかには信じられない……」


 眩暈がしてきた。


「あら? でもまだ駆け出しすぎて誘われるような年数積んでないんじゃないの?」

「あぁ、ほら、聖区にさ、十八で医師免許と神司資格が取れる一貫教育校あるじゃないですか。三校ほど」

「……もしかしてソール、リンラン様の後輩、なの?」

「キルスティ学園ではないけど、うん、同系列のね」


 キルスティ学園、アンティア学園、パイヴィ学園。

 かつて降臨していた三柱の女神の名を取った学園、通称女神校。

 我が国における最高峰の教育機関がこの女神校だ。

 在籍する五歳から十八歳までの生徒には女神の名に恥じない一貫教育が施される。

 僕は喰らいついて必死で卒業に漕ぎつけたが、脱落者も多い。

 相当な家柄の子供でなければ平然と切り捨ててくる命がけの戦場だ。


 才媛と呼ばれた姉さんが通っていたのがキルスティ。

 僕はアンティアだった。


「このボンボン!」

「くたばりなさい!」

「ぶふっ」


 投げられた枕が顔面にぶち当たる。


「別にそんな裕福じゃないし……名の知れた家でもないし……」

「うるさい! あそこの学費、桁が違うじゃない! リンラン様くらい天才じゃなきゃ奨学金も無理なんでしょう!?」


 兄弟二人分の学費はすべて父さんが負担してくれた。

 負担してもらわなければ通えなかった。

 ユリハルシラ家はそこそこの神官輩出一族ではあるのだが、母さんは勘当されている。未婚の母は汚点として排除された。

 だから実質僕たちに後ろ盾はないのだ。


「まあ、うん。そうだね……。でも、上には上がいたし……」

「誘ってきた先輩も女神校なの?」

「うん。四つ年上でね、今病院の院長先生してるんだ」

「二十八で!?」


 大きな大きなため息とともに眉間を押さえるお嬢様方。

 そりゃ驚くだろう。僕もびっくりしたし。


「……今はグルナード事件で医療の需要も高いし、院長先生直々の勧誘だし、この先食いっぱぐれることもないだろうし……。もうさぁ、ソール君承諾以外の選択肢ないじゃん」

「ないわね。この機を逃したら確実に野垂れ死ぬもの」

「や、でもさ、自信がなくてこうして相談しているわけですよ」


 また壊れてしまうんじゃないか。

 考えれば考えるほど不安は精神を食い荒らす。


「うじうじぐだぐだしてないで飛び込んでしまいなさい。ダメだったらダメになった時に考えて、どうにかするの」

「ソール君どんくさくて不安要素たっぷりだけど、もう一回頑張ってみなよ。おいでって言われてるってことは必要とされてるんだよ? 友達いないんだし、ここで縁が切れたら孤独なおじいちゃんになるよ?」

「どうにかならなくて、いらないって捨てられたら……」

「あぁもう! 女々しいわね!」


 足を組んでいたアナスタシアがベッドから立ち上る。

 青筋を浮かべて目の前まで来ると僕の両耳たぶをきつく捻りあげた。


「痛い痛い痛い痛い!」


 軽く抵抗すると手は離れたが、疼くような痛みが残る。


「断りたくない、って最初から答えは出てるのよ? 今首を横に振ればマイナスにしかならないけれど、縦に振ればプラスの出来事があるかもしれないの!」

「私たちのおもちゃでい続けてくれるつもりがあるなら、応援してあげるよー」


 アンネリースは軽い口調で告げたあと、伸びをした。

 働くようになったらこれまで通りのおもちゃ業はこなせない。

 二人にも捨てられるかもしれない。


「うーん……。帰りが遅い日もあると思うよ? 夕飯だって作れないかも」

「私となっちゃん、ソール君に会うまでずっと自炊してたもん。三人分くらいすぐ作れるし?」

「昼間テレビチェックできないよ?」

「またコンサートチケットを取ってくれるのならチャラにしてあげるわ」


 また耳たぶをつねられる。


「痛い痛い」

「あなたに選べる選択肢は、“はい”しかないの。拒否権があると思ったら大間違いだわ」


 おもちゃにはこんなところですら拒否権がないのか。


「……あーもう。そこまで言うならやってみます。一生懸命足掻いて、なんとかしてみます、多分」

「よろしい。それでこそ私たちのおもちゃよ」

「無理のない範囲で無理するんだよー」


 アナスタシアとアンネリースはにっこりと微笑む。

 年相応で可愛らしい、胸の奥がとろける笑顔だった。


「じゃ、おつかい頼むよソール君」

「買いそびれたら承知しないから」


 とろける笑顔は、一瞬で含みのある笑みに変わってしまわれた。

 そんな二人から承ったのは至極単純なおつかいだ。

 限定品の腕時計を、女の子の行列に交じって買え、というだけの。

 聞かされてぞっとしたが、恋人のために買う雰囲気でいけば怪しまれないだろう。

 並んでいる間、泣いてしまいそうだけれど我慢しよう。

 僕はおもちゃだから。



 こうして僕は復職のきっかけを得るに至った。

 普通に働いて普通に対価を得る、なんて強敵と殴り合う決意を固めたのだ。



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24歳ニートですが、わけあり美少女達のおもちゃにされています 景崎 周 @0obkbko0

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