第4章:あなたがやけに眩しくて
4:あなたがやけに眩しくて 1
「まずいね」
回廊を小走りで進みつつナジュムが言う。
「セフィーは人を疑うことを知らない。ハヴァース元王太子殿下みたいなのに嘘をそれらしく吹き込まれるとそれがそのまま真実になってしまう。だからと言って何かをする子ではないけれども、身内として引きずり込んだ以上は僕らの方が先にセフィーを洗脳しておかなければならない」
ナジュムの一歩後ろでルムアが「それでは我々も悪役みたいじゃないですかぁ」と抗議した。
「もっとこう、あるでしょう? セフィーを使いにくくなるとか、操りにくくなるとか、都合が悪くなるとか! 悪者扱いはあちら様方だけでよいのですっ」
ライルが先頭で「一緒だボケ」と溜息をつく。
「アルヤ人はみんなワルだ」
「ボケは君だよライル」
ライルはナジュムを睨みつけたが、ナジュムはあっさりとした顔で「どうしてその場でセフィーの口をむりやり割らせてすぐに訂正を入れなかったんだい?」と返した。
「いくら君でも向こうの都合の良いように吹き込まれているのくらいは想像がつくよね」
「それはー……そのー……、言わない約束だろう?」
ルムアが「さすがライルさま」と肩をすくめた。ナジュムも「やれやれ仕方がないなあ」と呟く。
「セフィーは宮殿にいなかった上に世間から切り離されていたのだから状況はまったく分からないはずだ。僕らは先王陛下の一派がどれだけえげつない手でハヴァース元王太子殿下を追い詰めたかそりゃあもうよく知っているから微妙に恨み切れないところもあるけれども」
「お前ヤツのことをそんな風に思っていたのか、それじゃあいったい何を思ってシャムシャの味方をしているんだ」
「すべてはフォルザーニー家の栄光のために!」
「誰よりも一番お前が悪だということは分かった」
「僕は誰というのではなく正義の味方なのさ!」
「あのフォルザーニー家が正義ということか?」
「話が脱線した元に戻そう。とにかく、やろうと思えば僕らはセフィーに完全な対ハヴァース思想を植えつけることができるはずなんだ」
「本当に話元に戻ってるのかそれ」
そこでルムアが「どうでしょうかね」と言った。ナジュムが振り向き「どういうことだい?」と言う。
「ずっと行動をともにしていて思ったですけど……、セフィーにはもっと何か決定的なものが欠落しているように思われます」
そう言うルムアの表情は険しい。
「と、言うと?」
「セフィーは、予測のつかないような、無、なのです。いろんなことにもっと時間がかかる気がするです。ナジュムさまが思うようには進まないですよ」
「うん? もうちょっと詳しく頼む」
「ルムアはセフィーには赤ちゃんにしてあげるようにしてあげることにしたです」
ナジュムは「ふむ」と頷いた。どこか納得のいかない様子ではあったが、口では一応「そういう可能性も考慮する必要はありそうだね」と言う。
「女性の勘、特にルムアの直感は時として人類に未知なる能力が備わっているのではないかと思わせるほどなので、参考には――」
「グラーイス・ナジュム・フォルザーニー」
前方から声がした。
三人は立ち止まって前を見た。
いつの間に展開していたのだろう。回廊に白い制服を着た兵士たちが並んでいた。ざっと十人程度はいる。
彼らに守られるようにして褐色の髪に蒼い瞳の宰相服を着た男が立っていた。
ナジュムは嫌味っぽく「ご機嫌よう」と微笑んだ。その隣でライルが「出たな」と頬を引きつらせた。
「兄上からの伝言だ」
ナジュムもライルも右手を腰の剣の柄にかけた。
「さすがフォルザーニー家史上最高の子供と謳われただけあり、大胆で奇抜なことを考えるものだ。だが、」
セターレスが右手を挙げた。兵士たちが剣を抜いた。
「ハヴァース三世の御世を乱そうとする罪は重い。王族の神聖な血の侮辱を目論んだ罪で処刑する」
金属音が鳴り響いた。
「ライルのやつ遅いな」
シャムシャがそう言った次の時、廊下から足音が聞こえてきた。セフィーは初めそれをライルたちかと思って扉を開けようとした。だがどうも様子がおかしい。走ってくる足音が多い気がする。
「セフィー、こっちに来い」
そう言ったシャムシャの表情は引き締まっていた。
「扉から離れろ」
その目は兄たちとの諍いに悩む十六歳の女の子のものではない。鍛えられた戦士か狩りに慣れた獣のようだ。少し恐ろしい。だが扉の外で何か普通ではないことが起こっているのも分かる。
セフィーがシャムシャに歩み寄ると、シャムシャは「私の後ろでじっとしていろ」と言い、自分の蒼い上着を脱いでセフィーに持たせた。中に着ていたのは蒼い王族男児の略装だ。生地が薄いので彼女の体の曲線が出てしまっている。
腰には短剣がさげられていた。彼女はその柄に手をかけた。
「いいか、絶対に騒ぐな、落ち着いて動かずにいろ。そのうちライルとナジュムが来る、それを待て」
足音が部屋の前で止まった。
「畜生、どうしてこんな時に限っていないんだあの馬鹿ども!」
扉が開けられた。幾人もの白い制服を着た兵士たちが王の許可なしに入ってきた。シャムシャがセフィーを庇うようにして一歩さがった。
兵士たちの内の一人、他の兵士たちとは異なり制服の胸に金の飾りをつけている男が一歩前に出る。まだ若いが何らかの地位を持つ男であることは察しがつく。
「失礼致します。さっそくですが、後ろにいるその白い化け物を引き渡していただけませんか」
自分のことだ。セフィーは震え上がった。
シャムシャは即答した。
「無礼者、この者はシャムシアス四世の認めた付き人ぞッ! 今すぐその発言を撤回してこの間から出ていけ」
一般人であればすぐに恐れをなして逃げただろう。だが、
「畏れながら、セターレス宰相閣下は認可なさっておりません」
セフィーはぞっとした。それは、つまり、王であるシャムシャより、宰相であるセターレスの方が、宮殿内では立場が上、ということだ。
「王は私だ。従う気はない」
「ではやむを得ません。強制的に排除させていただきます」
男が片手を挙げた。白軍兵士たちが剣を抜き、構えた。その剣はいずれも立派な長剣だ。対してシャムシャが抜いたのはあくまで短剣だ。
「我らが太陽、ハヴァース三世陛下は、それでも構わないと仰せです」
「裏切り者ッ!!」
それが合図だった。兵士たちが動き出した。
ある兵士が振り下ろした剣をシャムシャの短剣が受け止めた。金属音が鳴り響いた。
セフィーは目の前で始まったそのぶつかり合いの迫力と耳に残る高い音に「ひっ」と喉を詰まらせた。
シャムシャの腕は男の力に押されても負けなかった。男の剣を払うと、すぐそこにあった剣を握る手の根元、手首に短剣の刃を滑らせた。
手首に刃が食い込んだ。
兵士が「何を」と言った次の時にはうまく骨の間にはまったらしい短剣が長剣を握ったままの手を腕から切り離した。
血しぶきが勢いよく噴き出した。シャムシャの白い頬が返り血で赤く染まった。
シャムシャはその手首を拾った。
剣を握っているまだ温かい手首を短剣でこじ開けるようにしてむりやり外した。長剣を奪った。
そうする蒼い瞳は獣の目だった。
セフィーだけでなく、周りの白軍兵士たちも恐怖を覚えたのか、途端に動きを鈍くした。
それでも気を奮い立たせて向かってきた兵の剣をシャムシャの手に入れた剣が弾き飛ばした。胸を切り裂く。血が噴き出す。
シャムシャはそのまま剣を横に薙いだ。近づいてきていた次の兵も腕を床に落とした。
重い剣を扱っているにもかかわらずシャムシャの動きは機敏だった。蒼い目は次の獲物を正確に捉えていた。足さばきはまるで踊っているかに見えた。
重い剣だからこそだ。彼女は剣を遠心力に任せて振り回している。わずかな手首の捻りによって角度をつけることにより、また下半身を動かして体全体を移動させることにより、相手を切り裂いている。驚くべきはそれを続ける握力と肩だ。
突然横から腕をつかまれた。セフィーは自分の腕をつかんでいる男の方を見た。
「こっちに来――」
だがその言葉はそこで止まった。その男の右の脇腹から反対の左の脇腹へシャムシャの剣が突き抜けたからだ。おそらく今までどおり横に薙いでいたらセフィーを一緒に斬ってしまうと判断したのだろう。
それが敗因であった。
「くそっ」
シャムシャがいくら引いても彼女の腕力では肉にめり込んだ長剣を引き抜くことができない。
セフィーの目の前、シャムシャの背後で、先ほどの口上を述べた若い士官が剣を構えていた。
何も考えられなかった。ただ、危ないと思った。
一歩を踏み出した。シャムシャを守るように前に出た。
背中に何か熱いものが走った。右肩から左脇まで一直線に雷に撃たれたかのような熱と衝撃が走った。不思議と痛みはなかった。
斬られた。
そう認識した瞬間、ようやく体が悲鳴を上げた。
「セフィー!!」
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