5 卑弥呼

第37話 邪馬台国戦争

 長い戦いだった。

 お腹の中の、次の大王は徐々に大きくなっている。このところは動きを感じる。

 しかしまだだ。まだ次の大王が産まれ出る美しくみやびな世にはなっていない。まだ私には仕事が残っている。

 ナガは香椎に築いた宮で、この数か月間を振り返っていた。


 出雲を攻め落とした本隊が九州に到達する前に、宇佐の前線基地から出撃した先行部隊はよく働いてくれた。

 宇佐は邪馬台国攻撃にとって、最適の前線基地だった。行橋から中津、そして宇佐を制圧しさえすれば、そこは周防灘と山脈、国東半島に囲まれた天然の要塞となる。

 南から狗奴国の圧力を受けることなく、邪馬台国攻撃準備を整えることができたのだ。

 宇佐前線基地の先行攻撃部隊は、本体の出雲攻撃が始まるとほぼ同時に、邪馬台国への進軍を開始した。

 先行部隊は二軍に分かれた。周防灘を海岸線に沿って北上する部隊と、宇佐から山を越えて玖珠を経てから日田を攻める部隊だ。

 邪馬台国勢力圏も出雲と劣らずに広い。北九州から福岡、唐津に至る海岸線と、久留米、佐賀の九州内陸部、筑後平野に及んでいる。

 北九州海岸線は、出雲攻撃を終えた海上部隊が応援に駆けつける手筈だった。


 問題は日田だった。日田をいかに早く落とすかが、戦いの鍵を握っていた。日田は邪馬台国にとって、防衛上の拠点だったのだ。

 日田を落としさえすれば、邪馬台国は海岸線、福岡から攻め降る部隊と、日田から攻め上がる部隊とで挟み撃ちにできる。邪馬台国の逃げ場はなくなるのだ。

 日田攻撃は激戦を極めた。邪馬台国は日田に、狗奴国からの攻撃に備えて防衛兵力を集めていたからだ。

 先行部隊の戦いは数週間に渡った。ヤマト・吉備連合軍の損害も相当な数に上った。

 しかし、出雲攻撃を終えた本体が先行攻撃部隊によって確保された下関、門司間を渡り、そこで二手に分かれた一隊が宇佐から日田に到着すると、戦局は劇的に好転した。

 多大な損害を出した日田攻略に勝利し、ヤマト・吉備連合軍は日田から一気に吉野ヶ里方面へと進軍したのだ。


 ときを同じくして、北九州海岸線のクニ、ムラを焼き払いながら進軍した別動隊も福岡を手中に収め、大宰府を突破して内陸部、筑後平野へ流れ込んだ。

 ヤマト・吉備連合軍の全戦力を投入した戦いが、筑後平野で展開されたのだ。

 日田、大宰府を落とされた邪馬台国に残った戦力は多くはなかった。もともとが宗教国家であり、軍事は出雲に頼っていた面が大きかったからだ。

 女王卑弥呼没後の人心の乖離、卑弥呼の跡を継いだ台与とよの人心掌握力の不足、後ろ盾であった出雲の消滅と、邪馬台国にとって有利な条件は皆無だった。


 筑後平野での最終戦争は、終結までにおよそ三週間を要した。

 邪馬台国の主祭殿は巨大だった。それが燃え上がる様を、大王に見せたかった。禍々しい風俗にまみれたこの地を浄化する、清らかな炎を大王に見せたかった。

 本戦がほぼ終了したあとも、ナガは自ら部隊を率いて北部九州各地を回り、残ったムラを片端から焼いて回った。禍々しい文化をなにひとつ、この世に残すつもりはなかった。

 北部九州のほぼ全域が浄化されたあと、ナガは香椎に宮を築いた。まだしばらくはこの地に留まらなくてはならない。


 出雲とは違い、ここには戦争後に残された大きな仕事が三つ残っている。この三つは掃討部隊任せにはできない。この私が自ら終わらせなければならない仕事だ。

 戦略参謀はこの機に海の向こうの新羅を攻めるべきだと意見する。しかしそれは後顧の憂いがなくなってからの話だ。すべてが終わったあとでもかまわない。

 ナガは手にした金印を握りしめ、計画を思い浮かべる。


 まずひとつ目は、台与の処遇だ。台与は主祭殿から引きずり出し、捕らえてある。これをどうするか。

 ふたつ目。南の狗奴国だ。ヤマト・吉備連合軍の士気が高まっている今こそ、狗奴国を討つ機会だ。

 そして三つ目。前女王、卑弥呼。

 出雲と合わせて、その処置を考えなければならない。卑弥呼の処置が決まるまでは狗奴国討伐は遅らせねばなるまい。

 ナガは慎重に時間をかけることにした。

 卑弥呼の処置だけは、どうあっても間違うわけにはいかないからだ。

 たとえ二十年前にこの世を去っていようとも、この忌まわしき文化の中枢、卑弥呼だけは徹底した処置を施さねばならない。

 すでに捕らえた台与、そして複数の捕虜から、卑弥呼が埋葬された場所は特定してある。その墓を暴く前に、処置の方法を練り込んでおく必要があった。


 ナガは香椎宮に連合軍幹部を招集した。

 大きく深呼吸した後、戦傷がもとで大王が崩御されたことを告げる。そして、一刻の指揮系統の乱れも許されない今、私が大王にかわり執政と軍総指揮を執る、と告げた。

 居並ぶ幹部たちが鬨の声を挙げた。ナガの人心掌握は完璧だった。やがて情報は吉備、そしてヤマトへと伝わるだろう。

 ナガは思う。私がヤマトへ帰還するとき、この国はみやびな文化で満ち溢れているのだ。その国こそが、次なる大王が産まれ出る理想の世となるだろう。

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