第31話 銅鐸と鉄人(2)

 健吾は平城宮を出るときに平城が渡してくれたペットボトルのお茶を開けながら、首をうしろに回す。

「それは確かに不思議な疑問ですね。えっと、平城さんの疑問が不思議、という意味ですけど」

「そうだろうか」

 すぐうしろの平城に顔を向けたまま、健吾はお茶を飲む。

「だって相手は大仏ですよ。守られていて当然じゃないですか」

「だから、なぜ守られていて当然なんだろう、という疑問を抱いたのだ」

「大仏だからじゃないですか」

「そのとおりだ。大仏だからだ」

 返す言葉に迷い、健吾が一瞬口をつぐむ。

「あの、よくわからなくなってきましたけど」

 平城はペットボトルのミルクティーを一口飲んで唇を湿らせた。

「私は、このふたつの巨像について考えてみた。そして、私なりの共通点を見つけたのだ。

 自然災害という共通点だ」


 健吾はペットボトルを持ったまま首を傾げる。

「鉄人28号像は復興の象徴ですから災害はわかるんですけど、大仏の方がちょっと」

「奈良時代にも、もちろん自然災害はあった。

 しかし現在とは自然災害への考え方が違っていたのだと思う。

 現在は、自然災害はあくまでも自然災害だ。事前準備はできても、災害そのものを防ぐことはできないと考える。自然への理解が進み、人々の知識が科学的になってきたからだ。

 しかし奈良時代はどうだったのだろう。

 奈良時代の災害は、全部ではないにしろ一部は、怨霊の仕業だと考えられていたのではないだろうか」

「怨霊だ!」

 沙良が声を上げる。

「出ましたね、怨霊」

 健吾も続く。

「冗談ではないぞ。私がなんでも怨霊に結びつけて考えるのが好きなのは間違いないが」

「前にも言いましたけど、一応文献史学上では怨霊信仰は平安以降ですから。今さらと思われるでしょうが、一応」

 平城はうなずいて、健吾の肩をうしろからぽんぽんと叩く。


「わかっている。君の立場は理解している。

 さて、もし災害が怨霊の仕業だと考えられていたとしたら、これは防ぐ方法があることになる。災害そのものを防ぐ手段があるのだ。

 怨霊を手厚く祀り、祈るのだ。

 これは言葉を変えれば、災害の事前阻止、事前対策だ。

 大仏は人々の願いや祈りを集める。中には災害が来ないでほしいという願いもあるだろう。

 奈良の大仏が怨霊対策だとまでは言うつもりはないが、その意味合いを少なからず持って建立されたと考えてもおかしくはない。

 つまり大仏は、災害の事前予防装置なのだ。

 それに対し現代では、災厄、災害の事後処理、事後対策を考える。

 鉄人28号像は、すでに過ぎた災害の事後建立だ。そこにあるのは、災害で大変な被害を被ったけれど、そこから見事に立ち直りましたというメッセージだ。

 つまり鉄人28号像は災害の事後処理的な意味合いでの建造なのだ。

 この差が、大仏と鉄人28号像に顕著に表れているのではないだろうか。

 大仏は災害の事前対策だ。したがって期限はなく、未来のために人々の信仰を集める。

 いつまでも効力を持ち続けるために、人々は大仏を恒久的に扱おうとする。建物は頑丈に造られ、大仏本体はしっかりと保護されて風雨に晒されるようなことはない。

 対して鉄人28号像は、災害の事後処理だ。

 終了した事象を象徴しているのだから、期限はすでに過ぎている。したがって未来のために祈りを集めることはない。信仰の対象とはなり得ないのだ。

 つまり鉄人28号像は、モニュメントなのだ。過ぎ去った事象を象徴した記念碑なのだ。

 それが長田の鉄人28号像がむき出しのまま風雨に晒されている所以であり、公園にポツンと立っている理由なのだ」


 平城はそこまで話し、言葉を切った。健吾は平城の話を咀嚼するためにしばし時間を置く。

 沙良がぽつりとつぶやいた。

「ヒサヒデさん、あの鉄人からそんなこと考えてたんですか」

 ヴィッツは橿原市に入ってから京奈和道を降りる。ナビが指定する経路ではなく再検索がはじまる。ナビが支持するルートが自分の知っている道とは違うために、沙良は慣れた道を使おうと判断したようだ。

 正面にこんもりとした美しい山が見える。耳成山だ。右手に見えているのは畝傍山だろう。

 ゆっくりと陽が落ち始めている。

「平城さん、面白いお話ですけど、ものすごく当たり前の話をものすごく丁寧に説明してくれただけのようにも聞こえました」

「そうだ。普段はあまり考えないことを、再認識のために丁寧に説明しただけだ」

「大仏は信仰の対象で、鉄人はモニュメントだということですね。あらためてそれを認識すると、どうなるんですか」

 平城が正面の耳成山を見つめたまま健吾のすぐ横で話す。

「若者、認識をあらたにしたところで、銅鐸のことを考えてみたまえ。銅鐸がどんな状態で出土しているのか思い出すのだ」

「銅鐸の出土状況ですか」

 健吾は頭の中で、ふっとなにかが繋がる。

「銅鐸は、重ねられたり転がされてたり、かなり雑に扱われた感じで出土している、ということですか」

 銅鐸は山の中腹や麓から、転がされた状態で出土することが多い。何重にも重ねられていたり、逆さに向けられていたりという状態での出土がほとんどだ。また住居跡からの出土もほとんどなく、墓からの出土は一例もない。

 前部座席に腕をかけて身を乗り出している平城は、健吾のすぐ横でにやりとしてうなずく。

「そうだ。銅鐸の埋納状況、発掘時の状況はかなり無造作だといってもいい。また墓からはひとつも出ていない。

 銅鐸は当時、丁寧に扱われるものではなかったのだ。

 もちろん専用建屋などもない。風雨に晒されたまま地面に置かれ、ときには重ねられ転がされて、雑に埋められているのだ。

 この状況は明らかに、銅鐸が重要な祭祀に使われたものではないということを示している」


「つまり平城さんは、銅鐸がモニュメントだったと」

「そう考えれば、私は納得がいく。銅鐸は、弥生時代の鉄人28号像だ」

「またこれは、ぶっ飛んできましたね」

 健吾は腕を組んでうなる。

「銅鐸モニュメント説ですかあ」

 沙良がつぶやく。交通量の多い橿原市街で、沙良は丁寧に運転を続けている。混雑する大和八木駅周辺を避けようと、何度も右左折を繰り返している。

 平城が続ける。

「もし鬼道祭祀が卑弥呼の数代前から始まり、少しづつ浸透していったのだとすれば、では鬼道以前にはなにがあったのだろう。鬼道のような人々の統一した信仰がまだなかったとしたら、人々はなにをしたのだろうか。

 私は、モニュメントを造っていたのではないかと思う。

 集落、ムラ、クニで、なにかを共同で成し遂げた時、感謝を捧げる共通の神がまだなかったとしたら、人々は共同作業の完成を祝って記念碑を造ったのではないだろうか。

 私はそのモニュメントが、銅鐸ではなかったかと考えている」

 平城はいったん言葉を止め、深く呼吸をする。

「銅鐸表面に刻まれた文様には家や習俗などが刻まれていることがある。その文様について、小林行雄氏は『古墳の話』の中で、このような解釈をしている」

 平城はジーンズのポケットから自分のスマホを取り出し、画面にメモを表示させた。

 健吾は平城からスマホを受け取り、表示されたメモを沙良にも聞こえるように読みあげた。

「生きとし生けるもの、すべて己の生きんがためには、弱者の生を奪うこともさけがたく、われら人もまた、鹿を狩り猪を追う生活に永い月日を送ってきたが、いま農耕の業を教えられてより、年々の実りは豊かに倉に満ち、明日の食を憂うることもなきにいたった。いざ、わが祖神の恩沢を讃えようではないか」

 健吾はスマホを平城に返す。この言葉はまさに……。

「いまの言葉って、碑文みたいですよね」

 沙良が健吾の考えを代弁するかのようにつぶやいた。

 平城がうなずいた。

「そうだ。この言葉はまさに碑文なんだ。現代もモニュメントにはこのような言葉が刻まれる。弥生時代はそれが絵だっただけだ」

 ヴィッツは夕方の渋滞に巻き込まれて停まっている。正面には畝傍山が見えていた。

 平城が続けた。

「やがて人々の技術が進み、成し遂げた協力作業の大きさに比例して銅鐸モニュメントも大型化していく。

 しかしあくまでも事後処理としての記念碑であるので、銅鐸モニュメントそのものはそれほど重要な扱い方はされない。

 銅鐸に専用の建屋などはなく、無造作に屋外に置かれて風雨に晒されていただろう。

 墓からの出土例がないのもこれが理由だ。銅鐸は副葬品として墓に入れるようなものではなかったからだ。

 用途がはっきりとしないデザインであるのも、具体的になにかに使用するという実用品ではなかったからだ」

 健吾はまたうなる。

「面白いです。真偽はどうであれ話として筋が通っているし、面白いです」

 平城が満足そうにうなずいた。ヴィッツはゆっくりと畝傍山に向かっていく。

「モニュメントとしての銅鐸が、人々の協力作業の証として造られることが定着していた二世紀、邪馬台国に卑弥呼が登場する。

 卑弥呼は広まりつつあった鬼道を本格的に人々に伝え、ひとつの宗教と信仰を作り上げたのだ。

 信仰を得た人々は、作業の達成を卑弥呼、すなわち特定の神に感謝するようになる。

 人々はモニュメントの代わりになるものを見つけたのだ。

 こうして鬼道の普及とともに、モニュメントとしての銅鐸は造られなくなっていき、やがて製作は完全にストップしてしまう。

 これが、銅鐸が三世紀に姿を消してしまう理由だ」


 ヴィッツは四条町の交差点を抜け、県道161号線へと入った。畝傍山のすぐ脇を通る道だ。

 二代綏靖天皇陵、初代神武天皇陵を眺めながら、ヴィッツは南へ向かう。

「銅鐸は三世紀に突然姿を消す。銅鐸が出土する西日本一帯全部からだ。

 これがなにを意味しているのかは明白だ。

 銅鐸が卑弥呼の鬼道と共に姿を消したということは、卑弥呼の影響力が西日本一帯に及んでいたことと同義だ。

 その中には当然、出雲も含まれる。荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡の出土品、出雲大社のあまりの巨大さ。これらから、出雲は邪馬台国よりも規模で優っていたと思う。

 出雲はそれほどの巨大国家であったが、それでも完全に卑弥呼の影響下にあったのだ。

 つまり出雲は経済の中心であったかもしれないが、政治的には邪馬台国と卑弥呼が中枢であり、出雲はその支配下、あるいはそれに近い同盟関係であったと考えざるを得ないのだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る